日めくり

  日めくり



2017.08.04(金) 鈍足だった

どちらかといえば長距離が得意だった。
もちろん中学生までの話。高校生の頃から煙草を吸い始めていた。
バスケ部で放課後は必ずロードを走っていたし、
そもそも毎朝、学校まで始業ベルと競争して鍛えていた。
学内の競争でも持久走は割と上位に食い込んでいた筈。
しかし短距離はどうにも苦手。
脚の早い奴がもれなく女の子にモテたのが悔しくて、鈍足コンプレックスになった。
駈けっこの順番が来るのは、予防注射の順番待ちと同じくらい嫌いだったのだ。
さて、今も名場面として記憶に残るリオ五輪での男子400mリレー決勝。
山縣に桐生にケンブリッチ・・・ん、あと一人は誰だったか。
どちらにしてもこの4人が日本の短距離界をけん引していくものだと思っていた。
ところが今回の世界陸上で目立っているのがサニブラウンと多田。
なにやらこのジャンルの層が突如厚くなってしまったようだ。
誰が10秒の壁を破るのか興味はつきないが、
それよりも、こいつらモテたんだろうなとやっかみが先に立つ(呆)。


2017.08.03(木) 朝から信号機故障

「よしっ、今日も一日乗り切るぞ」
こんな私でも朝の出勤時はほんわかと気合をかける。
「頑張るぞ」じゃなく「乗り切るぞ」というところに手詰まり感があるのだが・・・。
そのせっかくのほんわかな気合がいきなり削がれるのが電車の遅延だ。
よくある遅延の原因には3パターンある。
「人身事故」「故障」「乗客トラブル」。
乗客の立場からするとそのどれでも腹が立つ。
飛び込みであれ、踏切事故であれ、もしかすると誰かが命を落としたとしても、
通勤客にとって、単に電車が遅れて迷惑以外の何ものの感情も起こらない。
それは痴漢、喧嘩、急病も同じ。いつも運行時間が第一義的に優先される。
「公共交通の場」に身を置く人間の心理など非情なものだ。
とりわけ「故障」によるトラブルくらい頭に来るものはない。
乗車賃返せ!とまではいわないものの、要は鉄道会社の点検管理の問題なのだから、
車内アナウンスでもっときちんと深くお詫びせんかい!と思う。
これが概しておざなりの定形文句で済まされる場合が多い。
しかも東急田園都市線は東京メトロ半蔵門線となり東武伊勢崎線に乗り入れる。
東急の職員にとってメトロが原因の遅延に謝罪など要らないということなのか、
遅延の説明を他人事のように説明されると「冗談じゃない」と、余計に腹が立つ。
・・・などと言いつつも職場について「お疲れさん」と言われた瞬間に怒りは収まる。
「公共交通の場」から解放されるとそんなものかもしれない。
今、こうして書いていても「人身事故」「故障」「乗客トラブル」ならマシで、
「地震」「テロ」だったら腹立てるどころじゃないぞと思ってしまう。
明日、遅延が起これば、ほんわかな気合を削がれ腹を立てているのだろう。きっと。


2017.08.02(水) ヌードの夜

新文芸坐で熊井啓の没後十年の特集上映で『朝やけの詩』と『忍ぶ川』を観てきた。
映画はそれぞれ関根恵子と栗原小巻の裸体を観ることが出来る。
関根恵子の溌剌と弾けるような肉体は映画に生命力を与え、
モノクロスタンダードの古色蒼然たるメロドラマ調で進行する『忍ぶ川』は、
栗原小巻と加藤剛の初夜を情感豊かに描くクライマックスが映画として圧巻だった。
かつて70年代から80年代のスター女優たちはみんな脱いでいた。
主役級で脱がず終いは吉永小百合と山口百恵ぐらいではなかったか。
私は日本映画で女優が脱がなくなったことに大いに不満を感じている。
スケベでいっているのではない(いやスケベと思われても全然構わんのだが)、
女優の「脱ぎ」はそのまま日本映画論であり、時代論であるとも思っているので、
スター女優が脱がなくなったことに日本映画の怠慢、時代の硬直を感じてしまうのだ。
例えば現在の日本映画は恋愛ドラマがシネコンで百花繚乱のごとく封切られているが、
そこにまったくセックスの匂いがない。それが「手抜き」に見える。
情愛が縺れ合う場面で男の肩越しに表情だけ喘いで見せても、本気とは思えないのだ。
この齢で満島ひかりや二階堂ふみ、黒木華のヌードが切実に見たいわけではないが、
彼女たちの溢れんばかりの資質や才気が、寸止めになるように計算されているようで、
秋吉久美子、桃井かほり、原田美枝子たちの存在感まで昇華していないのが残念なのだ。
かつての女優たちは脱ぐことで観客を満杯にしてやろうとの気概があった。
時代の象徴を具現化し、さらに超えて行くのだという良い意味のヤマっ気があった。
『桐島、部活やめるってよ』は傑作だが、「性」から目を逸らすのは不満だった。
もし高校生のセックス場面があったら、もっとエッジの効いた映画になっていたろう。
それとも青春映画はセックスを描くことに興味を失くしてしまったのだろうか。
映画会社が映画を作らなくなり、製作委員会制度を敷いたの弊害もあるのではないか。
マーケッティングを優先するものりばかりを企画して出資企業を募り、
かつての製作会社は興行・配給会社となり、撮影所は貸しスタジオと化す。
その結果、東宝のひとり勝ち時代で、映画会社間の競争も胡散霧消した。
もちろん女優たちが脱がなくなった理由もわかる。
今は「プレイボーイ」や「GORO」で濡れ場をパブリシティで使われる時代ではない。
インターネットに乗って、一生裸が晒され、映像が世界中に拡散される世の中。
表現の自由を追求するにしてもリスクがありすぎる事情もあるだろう。
まして15歳で脱いでいた関根恵子や原田美枝子は今だと児童ポルノに抵触する。
もはや古ダヌキと化した映画親父は、ただ郷愁に浸るべしなのか。


2017.08.01(火) ドガーンと来た

ボツボツと雨が落ちてきたと思ったら「ザザァーー」と一気に降った。
アスファルトが出し抜けに黒い絨毯を敷いたみたいに一気に色が変わる。
バケツをひっくり返したどころか、浴槽をひっくり返したような豪雨。
いきなりピカっと光った途端、ドガーンと雷鳴。
光った後にゴロゴロ鳴ってドーンと来るのではなく、いきなりドガーンだ。
いやいや驚いたのなんの。
雷を怖いと思ったことは一度もないが、今日のは恐しかった。
雨雲レーダーを見ると、うちの周りだけ真っ赤だった。
しとしと降る長雨ではなく、こういうのが突発的災害を引き起こすのだろう。
カラ梅雨を嘲笑うような月替わりの嵐だった。



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