■2020.06

日めくり 2020年06月(令和2年)       



2020.06.01(月) 6月ってどうなんだろ

今年に限っては神様たちにも県を跨ぐ出雲旅行は自粛してもらわねば。
と、うまいこと書いたなと思ったが違和感。
・・・・神無月は10月だったか。6月は水無月だった。
田んぼに水を持っていかれるから水無月というのだったか。
うーん、6月ってどうにも「ぱっ」としないイメージだ。
梅雨になる。ナメクジが出る。傘を失くす。祝日がない。
59年間生きてきて、6月に何かあった思い出は皆無だ。
不思議なことに6月が誕生日の人もたった一人しか知らない。
しかも直接会ったことがない人だ。
この齢になると、忘れられない出来事に悪いことが多く、
ならば大した印象がないまま平穏無事に過ぎてもらうに越したことはない。
いやこのご時世で平穏無事に過ごせることが素晴らしいのか。


2020.06.02(火) この際、食に明け暮れる

一昨日が「ねぎし」で牛タン。昨日が「天龍」で餃子。
そして今日は「美登利寿司」。
緊急事態宣言は解除されたが、まだそこまで街は賑わいを取り戻していない。
つまり普段なら「待ち」が出る人気店に行くのには千載一遇の機会ではある。
ガラガラの店内でガッツリ胃袋を満たしてやったわけだ。
まあこういう話になると結論はひとつ。
あんた、口で言うほど痩せる気ないな、ってか。


2020.06.03(水) 遥かなり

実はこの人のことが結構好きなのだが、
ジェーン・スー女史が「相鉄瓦版」で語る記事が妙に腑に落ちた。
「女に悩みを打ち明けられると、大抵の男は結論を探そうとするけど、
女は本音で答えなんかではなく共感を求めているのだ」と。
人生60年まであと少し。男女の機微らしきものに触れておそよ40年か。
断続的な記憶の中で、相手に寄り添ったつもりで確かに結論を探し続けていた。
もう手遅れどころの話でないにしても、
いきなり彼女たちの失望のため息が聞こえてきた気がする。
あっ、中には舌打ちも・・・・
もちろんそれほどの人数ではないのだけど。


2020.06.04(木) コロナ疲れか

コロナ疲れ=自粛疲れ。ということだろうが、
6月に入ってからコロナの話題自体に疲れてきた。
ネットの記事にコロナの文字を見つけても読む気になれず、
「コロナ?もういいよ」という具合。
緊急事態宣言が解除され、世の中が一気に活性化したわけでなく、
街ゆく人たちがハレの気分になっているわけもない。
一日の感染者数に一喜一憂したところで、検査数の分母がバラバラなら、
5人だろうが30人だろうが大した意味がないこともわかってしまった。
日増しに暑くなってきて、マスクも汗でびしゃびしゃで気持ち悪いし、
マスク50枚入りの箱が1700円で売られていても欲しいとも思わない。
そんな中、自宅の郵便受けにマスクが届いていた。
もう6月だぜ。植木等じゃないけど「お呼びでない」よ。
もはやこのマスク、日本のダメな政府とダメな行政の象徴になったか。
それにしても疲れる。


2020.06.05(金) 将棋

藤井蒼太七段が史上最年少での王位戦挑戦の快挙を成し遂げたという。
で、この人のことを書こうと思うのだが、さてこの人を何と呼ぼう。
藤井蒼太君と呼ぶには存在が大きくなりすぎたし、
なによりも彼自身が「君」呼びをさせない雰囲気を醸している。
17歳の少年を「さん」付けで呼んだことがないので、違和感があり、
テレビでの受け応えを見ていると「藤井氏」でもいいのかとも思う。
実際「17歳なのに王位挑戦?それはすごい!」というより、
「へ?この人、まだ17歳なの」との驚きのほうが強い。
喋り方、佇まいがどう見ても老成している。
でも早熟天才のキラキラしたイメージや初々しさはほぼ皆無。
さらにベテラン職人の不動の身のこなしという風でもなく、
どちらかといえば地方の営業所の所長さんって感じではないか。
そんな藤井蒼太像を作り上げたものは将棋そのものだろうが、
実はレベルの差こそあれ、こんな感じの奴はクラスに必ずいた。
そうだ、こんな奴が休憩中や昼休みに将棋を指していた。
私は子供のころ、親父に駒の並べ方を教わった程度で、もちろん弱い。
弱すぎて将棋がクラスで流行ることを苦々しくも思っていた。
だからプロレスごっこで、将棋を指している一群めがけてダイブする。
そして基盤をひっくり返しては「悪りぃ悪りぃ」と笑っていたのだ(最悪)
今思えば対座での一対一の勝負が怖かったのかもしれない。
坂田三吉にはなれないがタイガー・ジェット・シンにはなれたわけだ。
・・・・そんな余談はともかく。
藤井蒼太七段がしんどいのは格上相手に勝つことを常に期待されていること。
期待も数が集まれば義務となり宿命となる。
17歳の少年に日本中が無責任な期待を浴びせ、勝負人生を負わせていく。
飄々としたボキャブラリーは大人顔負けだが、大丈夫なのかとも案じもする。
自分が17歳の時は、いかに素人童貞を捨てられるかしか考えていなかった。


2020.06.06(土) 親父と3か月ぶり

親父が横浜の瀬谷から藤沢の長後の施設に引っ越して初めての面会。
というより面会が許され、3か月ぶりに親父と会ってきた。
食が不調との話だったので覚悟はしていた。
それでも痩せさらばえて人相がすっかり変わっていたことに驚いてしまう。
頬がすっかりこけた分だけ目がまん丸くなっている。
ヘルパーさんは「随分と可愛くなった」と笑っているが、
申し訳ないが『ロード・オブ・ザ・リング』のゴラムを思い出してしまった。
でも目と目があった瞬間に「おう」と反応してくれる。
コロナ禍で施設が立入りを遮断していた間に何かあっては嫌だなと思っていたので、
本当にこの「おう」には救われた。
どんなに痩せさらばえようとも生き永らえたのは勲章だと思いたい。
聞けば親父は転居して以来、スタッフさんたちの人気者なのだそうだ。
入居当初はどちらかといえば嫌われ者だと思っていたのだが、
なんと92歳にしてモテキ到来か?
もう、自分が至らない分、スタッフさんたちにお願いするしかない。


2020.06.07(日) 草臥れてんなー

今週から始まった通常勤務。
朝の5時45分に起きて6時32分の電車に乗る。
本当はもっと早く目覚めておきたいところだが、
場合によっては(ほとんどか)6時に布団から出る。
だから常に眠い。いや夜の寝つきでもたついて午前1時を過ぎてしまう。
だから常に眠い(しつこい)
つい一週間前は4時間後ろ倒しの生活で、午前3時まで起きても余裕だった。
だから昨日、今日の週末は日中でも布団が恋しく、
午後寝への欲求にまるで抗えず、大した悪循環を繰り返している。
楽しみしていた映画館の営業再開で、いよいよ映画三昧だとイキんでいたが、
あまりのかったるさに身体と心と脳がまったく使い物にならない。
今更ではあるが、要は完全に「夜型人間」なのだろう。
1992年から2003年までのビデオ屋時代。
夕刊が配達される頃に出掛けて、朝刊と一緒に帰宅する。
医学的にどうなのかわからんが、30代~40代は絶好調だった。
40になった頃「今が働き盛り」といわれ、嘘コケとは思っていたが。


2020.06.08(月) まぁとにもかくにも

全国の映画館が動き出した。
今週からぼちぼちと文芸坐に通うことになると思うが、
とにかく世界規模で、映画、演劇、ライブ、スポーツが一斉に止まる事態など、
戦争中でもなかった異常事態を経験してしまったわけだ。
その意味で2020年は忘れられない年になるのだろう。
歴史的に2020年限定の一現象にとどめて欲しいと切に願う。


2020.06.09(火) アベノマスクと給付金申請書

実家のポストに手を突っ込んで郵便物を取ったら、
べったりナメクジがついていて思わず「ぐげぇっ」と奇声をあげてしまった。
ともあれようやくアベノマスクと給付金の申請書が届く。
職場での話題からどうも横浜市が一番遅かったのではないか。
大和市のアパートには先日届いていた。
一律配布の利点はスピード感にあると思うのだが、
最初に話を聞いてから何か月も経とうとしている。
市場で値崩れを起こしているマスク。
外出自粛要請中も連日通勤していたので満額出る給料。
ぶつくさいいながら、せかせかと申請書にボールペンを走らせるのだった。
マスクは記念にとっておくか。


2020.06.10(水) さらばディスクトップパソコン

愛用していたディストップPCの調子が悪い。
いや実は一年以上前から、突然、電源が落ちることが度々あった。
それでも騙し騙し使っていたのだが、
電源落ちが頻発する事態となり、いよいよ買い換えることにした。
ただ簡単に買い換えといいながらも、データやソフトの移行などの面倒もある。
実はiphoneの方も調子が良くない。ここでダブルの出費は痛い。
もちろんパソコンもスマホももはや生活必需品。
思い切らなければならないということで、ディスクトップPCに囁いてみる。
「いいか、次に電源が落ちたらオサラバだ」と。
思えばこのマシンとは8年付き合ってきたか。
それが長いのだか、そうでもないのかはわからないが、
その愛用のマシンもデータをHDDに移す作業中に不穏な空気を察したのか、
いよいよ要らなくなったと決めた途端に頑張りだす。
こういうのはパソコンに限らず家電全体にいえる不思議な現象ではある。
また故障で電気屋さんを呼ぶと動きだす。家電あるあるではないだろうか。
さてビックカメラを物色するとノートPCばかりが陳列され、
ディスクトップPCなどゲーム用として数台置かれているのみ。
ちょっと待て。ノートPCなら旅行で持ち歩く用に買ってある。
愛用している20年ものの専用机がレールのついた古いタイプで、
ノートには向かないと思い込んでいたが、
蓋を閉めたままモニターに繋げばまったく問題ない。
スペックだって8年前のディストップより高いくらいではないか。
とにもかくにも新たな十数万の出費は抑えることにした。
これでスマホの機種変を心置きなくできるというものだ。
しかし考えてみれば、この「雑途往還」にしたって、
私とPCとの二人三脚の蓄積には違いない。
一言「お疲れ様」くらいはいっておこうと、最後の電源ボタンを押したのだった。


2020.06.11(木) ♪ポップコーンをほおばって~

 ♪映画を見るなら フランス映画さ 
 若かった頃の君と僕の思い出話は 
 君が手を振り切った二十歳の時 
 埋もれ陽の道に すべては消え失せた~
文芸坐の座席に身を沈めながら甲斐バンドの名曲を思い出していた。
もちろん、ポップコーンをほおばって。
あの歌詞の君と僕はどのフランス映画を見ていたのだろう。
それはきっとトリュフォーかゴダールの映画に違いない。
それもロードショー館ではなく名画座であってほしい。
フランス映画、ヌーベルバーグであっても不思議と「昭和」の匂いがする。


2020.06.12(金) 名画座主義

Mini-Theater AIDに少なからぬ寄付(私にしては)をしたが、
寄付の特典である招待券やパスポートは受け取らないことにしていた。
べつに「無償の愛」を気取ったわけではない。
単純に私には特典を享受すべき馴染みのミニシアターがなかったのだ。
よく通う文芸坐やシネマヴェーラはミニシアターではなく名画座。
エイドの協力館ではあったが特典の設定はあらかじめなかった。
20代の頃、私は単館やミニシアターに通う映画好きとは一線を引いていた。
過去、思い出してみても数々の映画談義で彼らと噛み合ったことがなく、
東映、日活のB級名画座野郎は彼らからふたつもみっつも下に見られていた。
当時のミニシアターがアート系やアバンギャルド系に傾向が寄っていたこともあるが、
ヤクザ、ポルノ好きとは同じ映画ファンでも水と油。
かつて井筒和幸が「『仁義なき戦い』も観てない奴が映画を語るな」と言ったとき、
「その通り!」と思わず膝を打ったのもその頃だったか。
横浜黄金町にジャック&ベティという有名なミニシアターがある。
しかし前身の横浜東映名画にはよく通ったが、改館後はすっかり足が遠のいてしまった。
ミニシアターのムーブメントが始まった90年代から十年間は、
ビデオ屋に塩漬けされ、私の映画観賞史にポッカリ穴があいた頃だった。
気が付けば、シネコン時代。ミニシアターの様相も大きく変わっていく。
愛すべき名画座がひっそりと閉館していく中で、
次第にミニシアターも軒並み閉館に追い込まれていく。
シネマライズ、バウスシアター、シネヴィヴィアン、シネセゾン。
名画座を潰したのはレンタルビデオに違いないが、
カルチャーを先導したミニシアターが消えていった理由はよくわからない。
ブームによる乱立と、それに伴う買付け価格の高騰もあったのだろう。
それでも都心では今でも膨大な数のインディペンデント映画は封切られ続けている。
聞いたことのない製作会社に監督、無名の出演者。さらに馴染みの薄い国の映画。
それらの映画はこちらから情報を取りに行かなければ存在すらわからない。
情報を仕入れに行くのは好きではない。向こうから勝手にやってきてほしい。
例えば『この世界の片隅に』と『カメラを止めるな!』のときのように。
それが以前なら、例えばライズでかかるなら観ようという観客がいた。
それは観客と劇場が信頼関係で結ばれていた幸福な時代だった。
今、劇場と観客のそんな関係は都心から地方に移ったのではないか。
配信上映でもわかるように都心は新作が玉石混交のまま闇雲に封切られていく。
その点、地方のミニシアターは内容も情報も選択し、口コミも揃えて上映できる。
だから観客と劇場との信頼関係も構築しやすい。これは大きなメリットだ。
ただ最近は都心で当たった作品をシネコンが吸い上げる傾向がある。
先に挙げた『この世界~』も『カメラを~』もシネコン網で波及した。
そもそもハリウッドメジャーにかつての勢いがなくなったといわれ、
明らかにシネコン乱立のしわ寄せがミニシアターの領域を侵し始めている。
そんな中でのコロナ禍。
名画座主義者として、かつてミニシアターを斜めに見ていた私ではあるが、
映画のダイバーシティの担い手として、とてもシネコンには任せられない。
そして小さな映画ほど何故かミニシアターで観た方が面白みを感じるのだ。
そういった諸々も含め、地方のミニシアターも責任重大ではないのか。
直接応援できなくて申し訳ないが。


2020.06.13(土) 暗澹たる

施設から連絡が入る。
親父が食物も水分もまったく受け付けなくなったと。
病院に搬送するので家族の立ち合いが必要だとのこと。
朝の8時に介護タクシーに同乗し、鵠沼の脳神経外科に行く。
何故、脳外科なのか理解出来なったが、親父を見た途端、納得。
ただ険しい表情で一点を見つめるのみで一切の反応もなく、
まるで生気というものが感じられない。
先週、3か月ぶりに顔を見たときは思ったよりも元気で、少し安心したのだが。
認知症は進んでいるにしても、ここまで抜け殻のようになっているのを初めて見た。
介護タクシー、病院の待合いとずっと寄り添っていたのだが、
眠っているわけでもないが、とうとう私と目を合わせなかった。
卑怯かもしれないが、いたたまれなさにこの時間から逃げたかった。
自分の存在を認識してくれない親に寄り添い続けるのはつらい。
回復は願うが、施設のスタッフさんに任せるしかないのだと思った。
CTを撮ってみると脳にいくつかの梗塞が見つかった。
要介護5の寝たきりに近い状態だったが、そこに麻痺が加わっていたのか。
先週、久々に会ったときは、結構、顔色いいじゃんかと思ったが、
今はそれをいうのも憚れる状態。こういうことが急にくる。
そろそろ母が呼んでいるのかもしれない。
親父に残された時間は多くはないだろう。
そのための準備はなかなか出来ないが、覚悟せざるえないか。


2020.06.14(日) 母の留守電

スマホの調子が悪く、アップル指定店での修理も予約がとれない。
これはさすがに買い替えなければならないと決めたのだが、
このスマホにはそこそこの数の母の留守電が入っている。
親不孝者だとしてもこれを消してしまうことはさすがに憚れる。
何とか買い替え機種に移せないものかとネットで検索してみると、
ボイスメモに移行してiTunesを使ってPCに保存可能だと知る。
そこで何十件に及ぶ母からの留守電をひとつ残らずボイスメモに移動する作業。
実は留守電の母の声をまともに聴くのは今日が初めてだった。
大概は独り勝手な愚痴と頼みごとばかりで、母の留守電は嫌いだったのだが、
さすがに聴いているうちにいたたまれない気持ちになっていく。
しかし泣けない。母の死去に際してまだ一粒の涙も出てこない。
齢とともにテレビの些細な場面で流れる安い涙が溢れてこない。
ひとりアパートにいて誰に気兼ねなく泣くことは出来るのだろうけど。


2020.06.15(月)~06.20(土) 一週間

水曜あたりから、いよいよ親父の容態が悪化してきた。
施設から呼吸器を装着する許可が要請される。
本来ならコロナ対策で面会には予約が必要だが、
時間外であっても面会が許されることに。
会社を定時にあがれば、21時前には施設に到着可能。
日参は出来ないかもしれないが、なるべく顔を見に行こうかと思う。
そのことを親戚にも伝えた。


2020.06.21(日) 延命治療拒否と看取り同意書

医師に親父の状況が説明された。
脳梗塞と認知症による障害が顕著であり、
それによって空腹が感知できず、口からの食べ物も認識できない。
また足の壊死が進んできて、感染も懸念される。
呼吸低下も深刻で、呼吸器をつけたが、施設での対応には限界があると。
このまま施設に留めるか、病院に搬送すべきか肉親が決めてくれという。
病院でより強力な呼吸器をつけ、より太い点滴で栄養と水分を入れ、
場合によっては壊死した足首を切断する。
いくら何でもそこまで苦しめるわけにはいかない。
「このままここで自然に任せてください」
92歳。施設に入居して3年。もう十分ではないか。
医師からは今月いっぱいの命でしょうといわれ、
これ以上の積極的な治療はしないことの同意書にサインした。
こんな判断を委ねられるのは辛いが、これも一人息子の務めなのだろう。


2020.06.24(水) 目ヤニ

今夜は親父の顔を見るのはやめる。
あまりに目が痛くて夜の運転に自信が持てないからだ。
それにしても赤くはれた瞼から目ヤニが次から次へと出てくる。
そもそも目ヤニって何だろう。
Wikipediaで調べてみた。
「結膜や角膜上皮から分泌されているムチンを主成分とする粘液に、涙、血管から漏れ
た血液細胞、まぶたからの老廃物、埃などが混じったもの」
ムチンって、納豆や山芋に含まれているネバネバした物質じゃなかったか。
明日、目が覚めた時、瞼が開くのかどうか。


2020.06.25(木) 『風と共に去りぬ』が消される?

30代の頃、アトランタに行ったことがある。
最初にアトランタの地名を知ったのは『風と共に去りぬ』だった。
今や著作権フリーとなり、DVDが500円で売られているにしても、
通称“GWTW”。世界の映画史に燦然と輝く名作中の名作だ。
目的が違っていたのでマーガレット・ミッチェルのスクエアには行けなかったが、
その4年後、オリンピックがアトランタで開催された時、
開会イベントでスカーレットもレッドもその気配すらなかったのには驚いた。
『GWTW』はアトランタの財産であり誇りであり、象徴だと思っていた。
今に始まったことではなく30年も前からすでにこんなだったのだ。
さらに「Black Lives Matter」運動が過熱する中、『GWTW』が槍玉にあがり、
あるネット会社は作品の配信を一時、中断した。
確かにスパイク・リーの映画で『GWTW』は冷やかな暗喩として登場した。
しかし『GWTW』が奴隷制度を殊更に礼賛する映画とはどうしても思えない。
もちろん奴隷制が肯定されていた時代的背景はあるだろうし、
80年前のフィルムメーカーたちがそのことに無頓着であったのも事実だろう。
ただ、当時の価値感を現代のモラルに当てはめて裁くことが“真理”なのか。
「Black Lives Matter」で自由を標榜することは有意義であるに決まっている。
しかしその目的を達成するために他の自由まで奪うべきなのかどうか。
確かに『駅馬車』のアパッチ襲撃など今では全否定されるべき描写ではある。
しかしステレオタイプな「アパッチ=凶暴な暴徒」の構図は『駅馬車』の肝だ。
あの大迫力の血沸き肉躍る決闘場面を抜きに『駅馬車』は語れない。
それが白人ヒューマニズムの権化のような映画であったとしても、
映画史の名作として位置づけられてきた時間までは否定できないし、
絶対にするべきではない。
「必ず誰かを傷つける」。そもそも娯楽とはそういう宿命にあるのだから。


2020.06.28(日) お墓仮押さえ

墓地・墓園を石材店が仕切る業界の慣例は先日知ったばかりだが、
朝から大雨の中、担当の石材屋さんと墓苑で待ち合わせ、説明を受けた。
とにかく弔い事の数多ある決まり事には、途惑うことが多い。
お墓を持っている人たちには常識の話なのだろうが、
石の素材や形によって値段が違うのはわかるとしても、
角の区画、墓標が東向きと西向きとで値段が違うことを初めて知る。
親父が命のカウントダウンで頑張っている最中に墓地は不謹慎とも思ったが、
母の一周忌も近づき、納骨を考えなくてはならないタイミングではあった。
命日が8月31日なので、お盆を考えるとギリギリだということだ。
東向きの8列6番目の区画を仮抑えする。
偶数より奇数が好きなのだが、東向きを考えたら仕方がない。
「4」は飛び番になっている。「4=死」は忌み嫌うものらしく、
実際、角から数えれば奇数に落ち着く。
「4=死」もなにも、そもそも墓の話ではないか。
次に施設で親父と面会。例によって「頑張れ!」と声を掛け、
その足で葬儀場を訪ねる。
墓地と葬儀場を挟んで親父には申し訳なかったが、こちらは土日しか動けない。
目的は母の一周忌法要と納骨だが、父についても相談した。
もしかしたら一周忌と四十九日を一緒にやることになるかもしれない。


2020.06.29(月) 親父、頑張ってる

ある人と長電話する中で、
「今、自分の人生の中で、この瞬間が一番若いわけだから・・・・」
と、まぁ使い古されたフレーズを口走ってしまったが、
思わずさっき見てきたばかりの親父の顔を頭に浮かべてしまう。
呼吸器をつけ半目を開けながら命と向き合っている親父だって、
今が人生の中で一番若いのだ。
握り返してくる手にはまだ力がある。
よっし、頑張ってるな、もっとガンバレ!


2020.06.30(火) 6月を超えるか

医者には今月までといわれていたが、
何とか頑張って6月を乗り越えられそうだ。
今は「がんばれー!」と「ありがとう」が交互に口にでる。
そして「明日も顔を出すぞ」と敬礼して部屋を出る。
もはや仕事帰りの日課になりつつある。
この日課、もう少し続けられないものか。



                           

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