■2017.08

日めくり 2017年08月(平成29年)         



2017.08.01(火) ドガーンと来た

ボツボツと雨が落ちてきたと思ったら「ザザァーー」と一気に降った。
アスファルトが出し抜けに黒い絨毯を敷いたみたいに一気に色が変わる。
バケツをひっくり返したどころか、浴槽をひっくり返したような豪雨。
いきなりピカっと光った途端、ドガーンと雷鳴。
光った後にゴロゴロ鳴ってドーンと来るのではなく、いきなりドガーンだ。
いやいや驚いたのなんの。
雷を怖いと思ったことは一度もないが、今日のは怖かった。
雨雲レーダーを見ると、うちの周りだけ真っ赤だった。
しとしと降る長雨ではなく、こういうのが突発的災害を引き起こすのだろう。
カラ梅雨を嘲笑うような月替わりの嵐だった。


2017.08.02(水) ヌードの夜

新文芸坐で熊井啓の没後十年の特集上映で『朝やけの詩』と『忍ぶ川』を観てきた。
映画はそれぞれ関根恵子と栗原小巻の裸体を観ることが出来る。
関根恵子の溌剌と弾けるような肉体は映画に生命力を与え、
モノクロスタンダードの古色蒼然たるメロドラマ調で進行する『忍ぶ川』は、
栗原小巻と加藤剛の初夜を情感豊かに描くクライマックスが映画として圧巻だった。
かつて70年代から80年代のスター女優たちはみんな脱いでいた。
主役級で脱がず終いは吉永小百合と山口百恵ぐらいではなかったか。
私は日本映画で女優が脱がなくなったことに大いに不満を感じている。
スケベでいっているのではない(いやスケベと思われても全然構わんのだが)、
女優の「脱ぎ」はそのまま日本映画論であり、時代論であるとも思っているので、
スター女優が脱がなくなったことに日本映画の怠慢、時代の硬直を感じてしまうのだ。
例えば現在の日本映画は恋愛ドラマがシネコンで百花繚乱のごとく封切られているが、
そこにまったくセックスの匂いがない。それが「手抜き」に見える。
情愛が縺れ合う場面で男の肩越しに表情だけ喘いで見せても、本気とは思えないのだ。
この齢で満島ひかりや二階堂ふみ、黒木華のヌードが切実に見たいわけではないが、
彼女たちの溢れんばかりの資質や才気が、寸止めになるように計算されているようで、
秋吉久美子、桃井かおり、原田美枝子たちの存在感まで昇華していないのが残念なのだ。
かつての女優たちは脱ぐことで観客を満杯にしてやろうとの気概があった。
時代の象徴を具現化し、さらに超えて行くのだという良い意味のヤマっ気があった。
『桐島、部活やめるってよ』は傑作だが、「性」から目を逸らすのは不満だった。
もし高校生のセックス場面があったら、もっとエッジの効いた映画になっていたろう。
それとも青春映画はセックスを描くことに興味を失くしてしまったのだろうか。
映画会社が映画を作らなくなり、製作委員会制度を敷いたの弊害もあるのではないか。
マーケッティングを優先するものりばかりを企画して出資企業を募り、
かつての製作会社は興行・配給会社となり、撮影所は貸しスタジオと化す。
その結果、東宝のひとり勝ち時代で、映画会社間の競争も胡散霧消した。
もちろん女優たちが脱がなくなった理由もわかる。
今は「プレイボーイ」や「GORO」で濡れ場をパブリシティで使う時代ではない。
インターネットに乗り、一生裸が晒され、映像が世界中に拡散される世の中。
表現の自由を追求するにしてもリスクがありすぎる事情もあるだろう。
まして15歳で脱いでいた関根恵子や原田美枝子は今だと児童ポルノに抵触する。
もはや古ダヌキと化した映画親父は、ただ郷愁に浸るべしなのか。


2017.08.03(木) 朝から信号機故障

「よしっ、今日も一日乗り切るぞ」
こんな私でも朝の出勤時はほんわかと多少無理やりに気合をかける。
「頑張るぞ」じゃなく「乗り切るぞ」というところに手詰まり感があるのだが・・・。
そのせっかくのほんわか気合がいきなり削がれるのが電車の遅延だ。
よくある遅延の原因には3パターンある。
「人身事故」「故障」「乗客トラブル」。
乗客の立場からするとそのどれでも腹が立つ。
飛び込みであれ、踏切事故であれ、もしかすると誰かが命を落としたとしても、
通勤客にとって、単に電車が遅れて迷惑以外の何ものの感情も起こらない。
それは痴漢、喧嘩、急病も同じ。いつも運行時間が第一義的に優先される。
「公共交通の場」に身を置く人間の心理など非情なものだ。
とりわけ「故障」によるトラブルくらい頭に来るものはない。
乗車賃返せ!とまではいわないものの、要は鉄道会社の点検管理の問題なのだから、
車内アナウンスでもっときちんと深くお詫びせんかい!と思う。
これが概しておざなりの定形文句で済まされる場合が多い。
しかも東急田園都市線は東京メトロ半蔵門線となり東武伊勢崎線に乗り入れる。
東急の職員にとってメトロが原因の遅延に謝罪など要らないということなのか、
遅延の説明を他人事のように説明されると「冗談じゃない」と、余計に腹が立つ。
・・・などと言いつつも職場について「お疲れさん」と言われた瞬間に怒りは収まる。
「公共交通の場」から解放されるとそんなものかもしれない。
今、こうして書いていても「人身事故」「故障」「乗客トラブル」ならマシで、
「地震」「テロ」だったら腹立てるどころじゃないぞと思ってしまう。
でも明日、遅延が起これば、ほんわかな気合を削がれ腹を立てているのだろう。多分。


2017.08.04(金) 鈍足だった

どちらかといえば長距離が得意だった。
もちろん中学生までの話。高校生の頃から煙草を吸い始めていた。
バスケ部で放課後は必ずロードを走っていたし、
そもそも毎朝、学校まで始業ベルと競争して鍛えていた。
学内の競争でも持久走は割と上位に食い込んでいた筈。
しかし短距離はどうにも苦手。
脚の早い奴がもれなく女の子にモテたのが悔しくて、鈍足コンプレックスになった。
駈けっこの順番が来るのは、予防注射の順番待ちと同じくらい嫌いだったのだ。
さて、今も名場面として記憶に残るリオ五輪での男子400mリレー決勝。
山縣に桐生にケンブリッチ・・・ん、あと一人は誰だったか。
どちらにしてもこの4人が日本の短距離界をけん引していくものだと思っていた。
ところが今回の世界陸上で目立っているのがサニブラウンと多田。
なにやらこのジャンルの層が突如厚くなってしまったようだ。
誰が10秒の壁を破るのか興味はつきないが、
それよりも、こいつらモテたんだろうなとやっかみが先に立つ(呆)。


2017.08.05(土) 「思い出のメロディ」

実家で晩飯を食うことになって、テレビチャンネルをザッピング。
NHK『思い出のメロディ』が映された瞬間、母からそこで止めろと。
こちらもとくに見たい番組があるでもなしなのだが、
多くの子供たちがそうであったように懐メロ番組ほどつまらないものはなかった。
必ず出で来る霧島昇、藤山一郎、春日八郎。子供には面白くもなんともない。
懐メロ歌手はおそらくこの番組を中心に一年が回っていたのだろう。
今もそんなイメージでいたら、あみんは出てくる、石野真子は出てくる。。。。
そりゃこっちが懐メロ歌手並みの年齢なので仕方ない。
もしや子供の頃の「お富さん」の方が、今聴く「待つわ」より古いのか?
しかし小学生の頃、教室で振りまでつけて歌っていた辺見マリや山本リンダ。
ふたりの「経験」と「狙いうち」はあまりに声が出ていなくてガッカリした。
懐かしむより、歌い手とそれを見る我々の老いの現実を突きつけられることもある。


2017.08.06(日) 50年目の『ガメラ対ギャオス』

適当な理由をつけて実家行きをサボりフィルムセンターに行く。
まさか実家の用足しを断って怪獣映画を観に行くとはとても言えなかった。
入れ替で『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス』と『妖怪百物語』の2本。
かつて小学生の頃に父と母に連れられて町田の映画館で観たのを憶えている。
50年前に両親が連れて行ってくれた映画を観に、両親と会うのをキャンセルする。。。。
う~ん、ダメ息子もいいところか。
『ガメラ対ギャオス』は個人的に怪獣同士のバトルの最高傑作だと思っている。
その後何度もテレビで観ていたし、30年前に文芸坐のオールナイトで再見している。
まぁ50年前とか30年前とかそんなスケールの話になってしまうのだが。
うん、やはり面白い。ゴジラにここまでバトルを面白く見せる作品はない。
①ギャオスの無慈悲なまでの兇暴性。
②ガメラがかなりの致命傷を負う。
③人間ドラマの背景が丁寧に描かれている。
④その人間たちもアイデアを駆使し、果敢にギャオス退治に挑む。
⑤ガメラとギャオスが何度も闘い、それぞれに趣向が凝らされている。
この映画を金字塔にした理由を簡潔にいえば、以上の5つが挙げられようか。
おそらく大映は東宝と比べ予算がまるで少ないのだろうが、
脚本に込められたアイデアが王道に踏ん反り返るゴジラとはまるで違う。
脚本は高橋二三。実は本日の上映はこの脚本家の追悼上映だった。
本多猪四郎が高橋に「素晴らしい内容だった」と伝え、高橋を感激させたというのが、
これの脚本がいかに優れていたのかの証明だろう。
もちろん子供向けの怪獣映画ゆえに緻密な脚本では決してなく、
稚拙なセリフに失笑が漏れる場面も多々あり、突っ込みどころも満載ではある。
しかしそれも含めて万人に愛される傑作ではなかろうか。
そういえば小学校の時、私はギャオスの模写の第一人者だった。
授業中、教科書やノートの片隅に落書きしてその腕を磨いていったのだったか。
そう青木博士の言うところの「怪獣類」に夢中だったのだ。
夕方からの回の『妖怪百物語』についても触れておく。
こちらは7歳の時以来の劇場観賞。
珍しく本郷功次郎が出ていないと思ったら、同時上映が『ガメラ対バイラス』だった。
改めて認識したのだが、監督・安田公義、特技監督・黒田義之の『大魔神』のコンビだ。
子供心には妖怪が出る時代劇より、怪獣対決の方に気が行っていたが、
から傘お化けとルーキー新一の絡みなどは結構喜んでいたことを憶えている。
泥田坊、牛鬼、油すましなど、妖怪たちの百鬼夜行も今見ると被り物の行進のようだが、
ろくろ首や大首の気色悪さは大映京都のじと~とした雰囲気に溶け込んでいて、
『座頭市』や『眠狂四郎』を作り続けた大映京都の時代劇作りの粋が生きていた。
『妖怪百物語』は大映で作られて然るべき映画だったのだろう。


2017.08.07(月) 台風5号がかすめた

昨日の夜。職場の上層部から電話が入り、
「明日、台風が直撃したら無理して出勤するな」と連絡を回せと指示がきた。
直撃したら電車も動かんだろうから、無理しようがないではないか。
それにしても驚くべきは今回の台風5号。
台風が日本付近をうろうろしていたのは知っていたが、
それが先月の梅雨明け頃に発生した5号だとは思わなかった。
もう二週間以上も太平洋上空でクダをいや渦を巻いているではないか。
幸い、首都圏直撃は回避され、交通機関も平常通りだったが、
こうなったら観測史上最長寿を目指してもらいたいといったら不謹慎か。


2017.08.08(火) アカンぞ岩貞、でもめげるな

ちょっとした残業となり、その流れで上司とサシで飲んだ。
台風通過した蒸した空気に久々にビールが旨い。
隙を見てチラっとスマホで東京ドームの経過を見る。
3回を終わって0-6.。。。。先発は確か岩貞祐太。正念場の男が打ち込まれていた。
ほろ酔い加減で帰宅してネットで試合を追う。
1イニングに5与四球の球団ワーストタイ記録。
岩貞は降板してそのまま帰阪命令が出され、登録を抹消されたという。
金本非情なり。と思ったが、球場の虎党の気持を思えば同情するのもどうなんだか。
岩貞は去年、二桁勝利を上げてブレイクしたものの、今季は開幕からパッとしなかった。
オフの間に浮かれて遊びまくっていたのではないか。
熊本出身で被災地に援助を続けた真面目人間だけに、そんなことはないのだろうが、
結果がダメならそう思われても仕方ないのがプロの世界だ。
それにしても試合途中で球場を出て、ひとり新幹線に乗った岩貞の心境や如何に。
めげるな岩貞。能見に衰えが見えてきた今、左腕の再起を期待したい。


2017.08.09(水) 爽快!土壇場で再逆転 ~東京ドーム

到着した途端に福留のツーベースで追加点。
すでに初回に先制していたが、隅イチの予感から早々に脱したのが大きかった。
面白いように三振の山を築く青柳のノーヒットピッチングは見事だったが、
五回で阿部にぶつけてペースが乱れたか、例によって制球が怪しくなる。
勝利投手の権利がかかる先頭打者に死球。若い投手にはここがヤマだったか。
ヒットが出る割にはあと一本が出ない。要は「タラ、レバ」の展開が続く。
本日、首都圏は37度の猛暑だったが、涼しいドームが7回、一気に不快指数が上がる。
桑原、岩崎の中継ぎ陣が制球に四苦八苦している。やはり疲れているのか。
満塁のピンチでバッターはマギー。金本はマテオを送り込む。嫌な予感。
大丈夫ではなかった。マギーに走者一掃の長打を浴び一気に逆転を許す。
スタンドを乱舞する橙色の雑巾。不快指数は最高潮だ。
3塁側スタンドでぞろぞろと帰宅を始める阪神ファンたち。
完全に負けのパターンだったが、何と九回に福留の3塁打が飛び出し再逆転だ。
ホントに福留様々だ。今夜は3つの長打と帰塁で40歳が走る走る。
不快指数転じて最後は爽快な清涼感に包まれた東京ドームだった。


2017.08.10(木) 久々に暑さ満点37℃

梅雨明けが宣言されたと同時に雨続きの毎日となっていたが、
昨日は東京で37度を記録した。
ベランダで一服しようとガラス戸を開けると「もあぁ~」と熱気が凄まじい。
さすがに体温と同じ気温となるとちょっとした恐怖を感じる。
聞けば三年後の同じ日は東京オリンピックの閉会式だという。
閉会式ということは男子マラソンが開催される筈だ。
もし今日のような気温となると・・・アスリート・ファーストが聞いて呆れる。


2017.08.11(金) あゝ・・・メッセンジャー・・・

阪神タイガースのランディといえば、昔はランディ・バースだったが、
今はランディ・メッセンジャーだ。
球団最長の在籍8年目。ローテーションの中心というより、チームの大黒柱。
メッセのラーメン好きはタイガースファンには有名な話だが、
私はメッセとラーメン吉村家で同じ行列に並んだことがある。
声を掛けようかと思ったが、あまりにラーメンに集中していたので止めた(笑)
「腓骨骨折!今季絶望」・・・ニュースを聞いて愕然とする。
蒸し暑い日本で汗だくになって中5日のマウンドに立ち続けた頼もしい奴。
ヒーローインタビューのお立ち台から家族を探す姿を今年はもう見られないのか。
ピンチを切り抜けた後、帽子を曲げてベンチへ引き上げる姿が好きだったのだが、
結果、巨人にドーム負け越し。それよりも今シーズンに暗雲が立ち込めた。
いや、日本シリーズには戻って来ると語ったという。
これを聞いて意気に感じない選手がいたとしたら、そいつは間違いなくイモだ。


2017.08.12(土) 叔母、従姉、従姪

久々に叔母を見舞う。親父が倒れてからは行くに行けなかった。
母は妹の様子を気遣う間もなく、例によってお土産の披露。
相変わらず人の話を聞かない母に叔母と顔を見合わせて苦笑だ。
帰りに日本橋で喫茶店を営む従姉の店に寄る。
お盆で娘たちが帰っていて、赤ん坊の時から面倒を見ていた母が妙に張り切っている。
ここで初めてくらいに知るのだが、「いとこ」の子供は「はとこ」だと思っていたら、
親同士が従姉妹の場合に、その子供を「はとこ」と呼ぶらしい。
母にとって姪の娘ふたりがはとこ。となると私からすると彼女らは何なのだろう。
調べてみると従妹の娘は従姉妹違(イトコチガイ)または従姪と呼ぶらしい。
従姪と書いてジュウメイ、ジュウセイと読む。初めて聞く言葉だ。
従姉の娘からすると私は従伯叔父(いとこおじ)と呼ばれるらしい。
サザエさんの従兄妹がノリスケなら、イクラちゃんは従甥になるということか。
まったく56年生きてきてまだまだ知らないことだらけだが、
何よりも驚いたのがその従姪たちが30代半ばになっていること。
彼女たちは私の56歳にも驚いていたが。
ふと気がつけば、その従姪を相手に母はせっせとお土産を披露していた。


2017.08.13(日) 夢は繋がっている

大学時代にフロイトを読みかけで挫折した身で偉そうなことはいえないが、
夢の中で当り前のように居る場所があり、当り前のように会話を交わす人がいる。
目が覚めた時、現実にはそんな場所もそんな人も、そんな出来事もない。
しかし夢の中ではその場所も、その人らとの出来事もずっと前から知っている。
きっと夢限定の物語の記憶はずっと繋がっているに違いない。
一度も顔も見たことがない人を夢で見ることはないというが、
すれ違っただけの人や通過する電車の乗客が脳に焼きつくこともあるらしい。
ところが残念なことに、目が覚めてそれを認識してしまった途端に繋がりは消える。
もういくら夢を見ても絶対にその場所もその人も出てこなくなってしまうのだ。
そう思うと、うつつ(現実)とは実につまらないものだ。
齢をとるということは夢の中だけの物語を消す作業の連続かもしれない。


2017.08.14(月) 肌寒い

7月のカラ梅雨の連日じと~とした暑さが嘘のように肌寒い。
肌寒いのもそのはずで今朝は黒のTシャツ一枚での出勤だった。
本来ならどんなに猛暑でも長袖のYシャツに袖を巻くるスタイルなのだが、
実は先週の金曜日、いつものように書類に赤ペンでチェックを入れていたら、
あろうことか赤ペンでYシャツの胸に線を引いてしまい、洗濯屋に出していたのだ。
暑くないとはいえ真夏ではあるので、電車内は冷房が効いている。
普段からそんなにシャツ一枚で出歩くことがないからか、二の腕に鳥肌が立った。
ま、そんな自分自身に赤ペンでチェックを入れたというお粗末か。


2017.08.15(火) 革命の映画『アルジェの戦い』を観て

新文芸坐で『アルジェの戦い』が一回だけ上映されることを知り、
「あっこれは、観なければ」と思った。
タイトルだけはエンニオ・モリコーネの音楽で早くから知っていたが、
別にモリコーネの音楽を聴きたいから観たいと思ったわけではない。
学生時代、「ぴあ」や「シティロード」などの情報誌にマーカーを引きながら、
『アルジェの戦い』のタイトルは何度も見ていた。
そう私の場合、この映画は映像ではなく活字から入っていった。
しかし名画座ではなく、頻繁にホールや大学の講堂で上映されていた。
成就した革命を描いた映画だけに、70年代当時の若者に人気があったのだろう。
今では考えられないが、あの頃は「若者は反権力たれ」という図式が根付いていた。
1966年アルジェリア映画(イタリアとの合作)。
ヤクザ映画とポルノ映画を追いかけていた私には十分に辺境の映画だった。
いつかは場末の名画座から抜けようと模索する私にもカスバはあまりに遠い。
結局、左傾化した映画青年たちの商業映画への偏見に嫌悪感を覚え、
その対岸の映画好きのまま、東映のビデオ販社に就職することになるのだが、
4年前にアルジェリアで10名の日本人が犠牲となった人質事件が勃発したとき、
真っ先に浮かんだのが『アルジェの戦い』の活字だった。
あれから幾星霜・・・・。目の前のスクリーンに展開される映像に右も左もなかった。
あるのはアルジェリアのレジスタンス一派と駐留フランス軍との戦闘だった。
そもそも革命を仕掛けるドラマなのだから反戦映画ですらない。
もちろんドキュメンタリーでもないので、フィクションの味付けは随所に見られる。
とくにフランス軍率いるマシュー将軍の颯爽とした描写と、
レジスタンスに身を投じる青年アリとの対比など演出的な技法が際立っていた。
ただアルジェリア独立戦争という歴史を映像化する強い使命には圧倒させられた。
戦闘場面がほぼ妥協のないくらいのリアルさで迫って来るのは、
独立戦争を直近で体験した人々が映画に参加していたからだろうか。
私はエイゼンシュタイン『戦艦ポチョムキン』の2回目で鳥肌を立てたのだが、
勝利へ驀進する群衆の昂揚感に似たものを感じることができた。
それは即ち映画における情動、パッションであり、
『アルジェの戦い』が今なお鮮烈なパッションを持ち得ているということだろう。
左とか右とか、商業映画、非商業映画などまったく意味のない色分けに過ぎない。


2017.08.16(水) 『狂った野獣』のトチ狂った奴ら

現在、京橋の国立近代美術館フィルムセンターの大ホールで、
「逝ける映画人を偲んで 2015-2016」という催しが開催されている。
今日は一昨年、昨年の物故者の特集ということでリリィと脚本の大原清秀の追悼上映。
しかしお二人には大変申し訳ないが、ここは渡瀬恒彦の追悼に止めを刺したい。
中島貞夫監督『狂った野獣』はおそらく渡瀬恒彦の代表作だといってもいい。
私も大好きな映画だが、意外にも劇場では一度観たきりだった。
記録では1979年11月17日新宿昭和館となっているので38年ぶりとなるのか。
宝石を強奪した渡瀬を乗せたバスが逃亡中の銀行強盗二人組にジャックされる。
渡瀬の代表作だといっても、別に渡瀬が目を瞠るような熱演をするわけではない。
熱演といえば全編叫び、泣き喚く川谷拓三、片桐竜次のバスジャッカーの方で、
ふたりのテンションに巻き込まれながら渡瀬はクールに受ける芝居に終始する。
この映画が渡瀬の代表作だといわれる所以は、自演した命懸けのスタントだろう。
疾走するバスの窓にオートバイから飛び移り、ハンドルを握りながらバスを横転させる。
この気違いじみたスタントをやる主演スターも、許した撮影所もどうかしている。
横転するバスには渡瀬の他にも川谷、片桐も乗っていたという。
当時は命を懸けても客を呼んだろうという映画バカが撮影所にゴロゴロいた。
「そういうことでしか東映の中で生きていける術がなかった」と渡瀬。
危険手当一万円を「5千円でやります」とヘリコプターにぶら下がった片桐。
片桐竜次。今やTV『相棒』で嫌味な警察幹部を演じているが、若い頃は弾けていた。
お前の人生は何だったのだ?と笑わずにはいられない室田日出男の憤死ぶり、
志賀勝は強面を白塗りにしてチンドン屋を哀愁たっぷりに演じて笑わせてくれる。
やけくそになった川谷が「南国土佐をあとにして」を絶唱すれば、
それに伴奏をつける人質のちんどん屋。
さすが東映ピラニア軍団と、軍団の元締め渡瀬恒彦。村長の中島貞夫だ。
とにかく犯人も乗客も京都府警もまともな情緒の持ち主は皆無。全員が狂った野獣だ。
作品そのものが観客に愛してと全身全霊で訴えかけてくるような映画。
あの頃の東映の社風、京都撮影所独特の風土、そこに巣食う大部屋俳優たち、
そしてそれを下支えしてきた東映の観客たち。
こんな映画を綺麗なプリントで、国立の立派なホールで観てよかったのだろうか。


2017.08.17(木) 大瀬良大地にありがとう

正直、広島カープの大瀬良は嫌いだった。
私は2014年4月16日の「日めくり」でこんなことを書いている。
(とくに腹立たしかった「最高で~す!」から始まったヒーローインタビューで、
「僕がドラフトでカープに決まった時にすごく喜んでいただき、、、」の件り。
タイガースも大瀬良を1位指名したのだ。なんかムカついた)
あれ以来、妙なテンションでの「最高で~す」のヒーローインタビューは嫌いになった。
一球に泣き、悔しさにグランドを去る敗者の背中にあの軽さは失礼ではないか。
ましてドラフトで大瀬良の当りくじを見守った虎党たちの前であれはない。
それで人間としてこいつはダメだと思ってしまったのだ。
ところが早々にルーキー初勝利をものにした大瀬良もその後は怪我に泣く。
先発ローテを追われ、一軍と二軍を往復し、中継ぎで酷使に近い使われ方をする。
やはり苦労は人間を一段も二段も高めるのだろう。
一方、制球難で底なしのスランプに喘いでいる藤浪晋太郎。
右打者にはボールが抜け、左打者には引っ掛けて死球を量産する。地獄の日々だ。
この日も打者の大瀬良に投じたボールが抜けて肩口を直撃する。
相手の先発投手にぶつけるなどプロでは絶対にあってはならないことだが、
大瀬良は頭を下げる藤浪に「いいよいいよ」と笑顔で応え、
色めき立つ自軍トレーナーとベンチも笑顔で制止する。
流行り言葉だが、これぞまさしく「神対応」といわずしてなんといおう。
大瀬良は藤浪の境遇も心境もよく理解したうえでの「いいよいいよ」だった筈だ。
これは観ていて鳥肌ものだ。本当にありがとう。


2017.08.18(金) アイデンティティ確認

久々の「清龍会」。高田馬場の居酒屋「清龍」で友人たちと飲む。
時事問題を語り、池波正太郎を語り、野球を語り、プロレスを語りつつ、
年寄りをなじり、若い奴らをなじり、そんな自分たちを嗤う。
老親がいて、職場で70歳近い先輩たちと30代の後輩たちに挟まれる中で、
自分ら世代のアイデンティティを確かめる意味で貴重な時間なのだ。
チューハイであっという間の最終電車。
何より口が軽くなったのが楽しかった。


2017.08.19(土) 報い

今日も母を連れて親父で用を足し、早々にアパートに引き揚げた午後18時。
カーラジオから「本日の多摩川花火大会は中止となりました」との報に、
「あはっ、ざまあみ~」と呟いてしまい、すぐさま「イカン」と打ち消した。
ひとり身には花火大会ほど用のないものはないのだが、
だからといって「ざまあみ~」はない。
こういうのが反射的に口からこぼれるとは我ながら情けない。
ふと空を見上げると雨は落ちてはいないが、黒く重そうな雲が立ち込めている。
すでに大雨警報が出ている、崩れるのは時間の問題か。
車を駐車場に停め、少し迷ったが、一か八かスーパーで総菜を買う。
スーパーを出た。その途端にポツンときた。傘は車に置いてきた。
ポツンの粒が大きいなと思うや否や突風が吹き、雷鳴が轟き、激しい雨音。
「やばっ」とアパートまで全力疾走。
びゅ~びゅ~、ピカッ、ゴロゴロ、ザァーっ、ばしゃっばしゃっ。
アパートのドアに辿りついた時にはほぼ全身がずぶ濡れになっていた。
なにが「あはっ、ざまあみ~」なんだか。


2017.08.20(日) 故意とか喧しいわ

仙台育英が春夏連覇を目指す大阪桐蔭相手に勝利した。
結末は劇的だった。
九回裏二死の場面。遊ゴロを大阪桐蔭の一塁手がベースを踏み損ない満塁としてしまい、
続くバッターが外野を深々と破って仙台育英の逆転サヨナラ勝ちとなったのだが、
中盤で走者に足を蹴られたことが、ベース踏み損ないの伏線になったと騒がれている。
一塁手が七回に蹴られたのは事実だが、それが故意だったかどうかはわからないし、
そのことで一塁手が委縮していたのかどうかもわからない。
それよりも大好きな甲子園大会がネットのヤジ馬に汚されたのが不愉快でならない。
動画は瞬く間に拡散され、鬼の首を獲ったような一方的な「正義」の誹謗中傷が溢れる。
そもそも九回に踏み損なった時の走者は頭からの滑り込みで、ラフプレーはなかった。
一塁手は、その悔しさをこれからの人生の糧にすればいいし、
称えられるべきは逆転サヨナラをかっ飛ばした仙台育英の馬目選手だろう。
“甲子園に魔物が棲む”を具現した名勝負にとんだケチがついたものだ。


2017.08.21(月) 歯医者

ずっと右の上の奥歯がぐらついている。
歯茎が相当に心許なくなっているのだという。
日常、痛みはないが、疼く感じはある。
いつか抜かなければならない日まで、ブラッシングで歯茎を鍛えるしかない。
それでも歯石はたまるので半年に一度は掃除しに歯医者に行く。
歯石除去など治療ともいえないのだろうが、たまに「痛っ」と思う瞬間がある。
その「痛っ」がキュイィィィーーーンの音と相俟って思わず肩に力が入る。
生まれて初めて歯医者に行ったのが40代も終わろうかという7年前。
それまでは歯医者など行ったことがなく、虫歯がないことが自慢だった。
あの時は、レントゲンもドリルも麻酔もすべて初体験。
小さな自慢より、大事なのは経験値であると、つくづく思い知らされたものだ。
さらにこの先、一本一本と歯が抜け落ちて行くのかと思うと暗澹たる気分なり。


2017.08.22(火) 広陵の中村奨成

おそらく戦前から注目の逸材ではあったのだろう。
しかし広島広陵の中村捕手が俄然注目されたのは大会が始まってからだ。
その意味では文字通り「甲子園が生んだ」スターだということだ。
清宮ロスとまでいわれた今大会だが、別に清宮は甲子園が生んだスターではない。
今日の2発で6本塁打をマーク。清原の記録を32年ぶりに更新した。
驚くべきは打点17。塁打数38の大会記録だろう。
清宮は風貌があまりに「阪神顔」なので、ドラフトは清宮で決まりと思っていたが、
中村くんの精悍な顔つきを見ていると縦じまを着せたくなるからいい加減ななもの。
甲子園に縁がなかった清宮より、中村よ甲子園に帰ってこいと虎党おやじは妄想する。
ただ何故かふたりともパ・リーグの匂いがするのだな。


2017.08.23(水) 焦る

今日は大切な待ち合わせがあるのだが、
横浜駅構内でハンバーグを注文した後、スマホがないことに気付く。
なんたって自他共に認める遺失物大王だ。
ポケットやバッグにないだけで電車に置き忘れたと思う。
確かに相鉄線の車内でスマホで甲子園決勝の試合経過を追っていた。
横浜駅到着時にやや焦って降車したことも思い出した。
その時にポケットにしっかり収めなかったのかもしれないが、
もしかしたら誰かが拾って駅員に届けてくれている可能性もある。
ハンバーグをキャンセルすべきだろうか。
しかし注文してからそこそこ時間は経っている。食うしかない。
拾われたスマホが遺失物として登録されるのにも時間はかかるだろう。
クソ、いつか奈良から天王寺に降りるときにスマホを落として以来、
立ち上がったら必ず振り向いて確認する習慣はつけたつもりだったのに。。。
その確認を怠った記憶だけは残っていた。焦りは禁物ということか。
ハンバーグは肉と厳選された野菜をたっぷり煮込んだソースが自慢だという。
最早そんなことはどうでもよく、電光石火の勢いで一気に食い込む。
さあ出ようと立った時、リュックの網目のポケットに差し込まれたスマホを発見。
その瞬間、冷夏であるにも関わらずドォと汗が出る。
ズボンと胸ボケとリュックの中になかっただけで、もう落としたと早合点していた。
それほど失くし物に対して自分を信用していない。
落とすより、どこにしまったかわからなくなるのがいつものパターンでもあるのだ。
大いに安堵している私のテーブルに、セットのコーヒーが運ばれてきた。


2017.08.24(木) 牧歌の打ち上げ花火~神宮球場

夏季休暇中ゆえ、いつもより早く神宮球場に到着した。
バックネット裏上段の位置から、久しぶりにタイガースの打撃練習を見る。
ゲージの糸井のバッティング練習をじっと見つめる背番号「6」。
未だに鍛えているのだろうか、後ろ姿は現役時代からの若々しさだ。
とにかく糸井と金本のツーショットはライブで観るにはかなり贅沢な光景。
軽々とスタンドに放物線を描く糸井の打球を観ていて思い出した。
1985年10月16日神宮球場。
あの日も私は早々に到着してタイガースの打撃練習から観ていた。
ピンポン玉のようにスタンドに放り込んでいく真弓、掛布、バース、岡田。
とくに掛布、バースは右に左に自由自在に打ち分けて観客を驚かせていたが、
今から優勝するチームの打撃の破壊力とはこれか!と、大いに感動したものだった。
さて試合が始まる。実は私の神宮観戦は目下3連敗中なのだ。
しかし、こちらは抜群の安定感でローテーションの柱となった秋山の先発。
相手は監督が辞任を表明したばかりで、すっかり目標を失ったヤクルト。
ここで取りこぼすわけにはいかない。一昨日は接戦で負けている。
秋山は序盤、制球に苦しんでいたのか、バレンティンに一発食らったものの、
尻上がりに調子をあげて、五回以降はひとりのランナーも出さずドリスに繋ぐ。
試合自体は鳥谷、中谷のホームランが飛び出して四回までで6得点。
まったく反発力を感じさせない相手に正直、牧歌的に楽勝ムードだった。
ただ気になったのは阪神打線も中盤からヒットこそ出るがタイムリーが出ない。
夏休みは五回終了時に花火を上げるが、打線の花火もそこまでだった。
とくに村中に対してまったく打てる気配がなかったのはどうしたものか。
相変わらず左に弱い。明日は東京ドームに行くが、田口の先発だぜ。


2017.08.25(金) 青柳、また壁越えられず~東京ドーム

タイガースはここ何年もシーズン通して巨人には負け越しているが、
実は私の球場観戦での巨人戦は目下7連勝。ドームでも6連勝中だった。
ただ巨人の先発は天敵・田口麗人。向こうからいえば虎キラーか。
しかし阪神打線はその天敵に対し五回までに9安打を浴びせ、3-1とリード。
青柳は立ち上がりこそ悪かったが、次の回から3人ずつで攻撃を終わらせている。
これで2点差のまま何とか自慢の中継ぎに繋げて・・・甘かった。
前回観たドームの試合でも青柳は突如打ち込まれた。
まして勝利投手の権利を得る五回は青柳の壁だといわれている。
今夜も走者を出すと途端に制球があやしくなるのだった。
プレッシャーに弱いのか、それとも慎重になりすぎるのか、力むのか。
この回一挙に5失点。せっかく田口を攻略しかけたのに試合を壊してしまった。
そうはいっても青柳晃洋、まだ二年目の選手。
何だかんだでローテに踏みとどまっているのは立派だろうし、
明確な「壁」が見えているなら、そこを克服することでひと皮剥けるだろう。
この試合、唯一の光明は石崎、伊藤が終盤を抑えたこと。
8連勝はならなかったが、そこまで勝ち続けるほど巨人は、否、阪神は甘くない。
青柳もタイガースもまだまだこれからということか。


2017.08.26(土) さて夏休み中だが

一昨日は人形町界隈をほうじ茶アイスに人形焼きなどを食べて、
新装となった水天宮を参拝し、神宮でヤクルト戦。
昨日は品川で映画を観て、秋田県のアンテナショップで舌鼓を打って東京ドームへ。
そんなこんなで夏休みを満喫したのだが、お盆も終わった平日に休むのは気分がいい。
去年はその夏休みがとれなかったことを思えば、実に有難いことではあった。
そして土曜日。いつものように母親の病院に付き添い、午後から親父の所へ行く。
仕事に出ること以外で、夏休みの終わりを自覚するのは初めてかもしれない。


2017.08.27(日) オードリー・ヘプバーンと『おしゃれ泥棒』

「午前十時の映画祭7」の観賞も地味に続行中。
この映画祭を通してオードリー・ヘプバーンの興行成績は群を抜くという。
それで今夏はオードリーの4連打となり、未見の『おしゃれ泥棒』を観た。
ただ『ローマの休日』『麗しのサブリナ』までのオードリーは可愛いと思う。
映画は好きだが『昼下がりの情事』辺りから微妙かな?と思い始め、
『シャレード』『マイ・フェア・レディ』『ティファニーで朝食を』となると、
ジバンシーのモデルならいいが、映画のヒロインとして痩せすぎてno thanks。
(なにをエラそうなのだ私は・・・)
とにもかくにも彗星のように現れたアン王女に世界中が魅了され、
この映画祭でも未だに不動の人気を得ているという話ではある。


2017.08.28(月) ウィリアム・ワイラーとイーライ・ウォラック

昨日観た『おしゃれ泥棒』の話を続ける。
正直いうとオードリー・ぺバーンよりもピーター・オトゥールの方が光っていた。
画面を観ながら、ずっと「オトゥールいいな」と頭の中で呟いていた。
そして観る直前までこれがウィリアム・ワイラーの監督作品だは知らなかった。
ワイラーといえば言わずと知れたアメリカ映画界の大巨匠だ。
(Wikipediaには「巨匠中の巨匠」と紹介されている)
それがここまで軽妙なコメディを手掛けさせるのがハリウッドの凄さだろう。
フェリーニやヴィスコンティ、ベイルマンや黒澤明にこの真似は出来ない。
『おしゃれ泥棒』はヘプバーンとオトゥールによる正真正銘のスター映画。
この映画に巨匠らしい作家性を見出すことは不可能だ。
『ベン・ハー』『大いなる西部』を撮った大巨匠が『おしゃれ泥棒』を撮る。
『おしゃれ泥棒』の前後に『コレクター』と『ファニー・ガール』を撮る。
ワイラーの懐の深さを思うと巨匠というより、よい意味での職人監督なのだろう。
それもとびきりの名工だ。それは同じドイツ出身のビリー・ワイルダーにも通じる。
思えば今回の映画祭のオードリー4連打のプログラムは、
ワイラーが『ローマの休日』と『おしゃれ泥棒』。
ワイルダーが『麗しのサブリナ』『昼下がりの情事』。
しかしワイルダーの『ベン・ハー』はどう考えても想像はつかない。
改めてあらゆるジャンルを縦断するワイラーの「匠」ぶりが窺えるというものか。
さらに『おしゃれ泥棒』で嬉しいのは富豪役でイーライ・ウォラックが出ていたこと。
映画の公開年が1966年ということはあの『続・夕陽のガンマン』と同じなのだ。
もしかしたらワイラー映画を撮り終えた後、イタリアに旅立ったのかも知れない。
芝居は大富豪役にも関わらず「汚い奴」と殆んど同じなのには笑ってしまったが。


2017.08.29(火) 北朝鮮、弾道ミサイル発射

恥かしながら「Jアラート」(全国瞬時警報システム)の存在を初めて知った。
朝起きてテレビをつけたら「北朝鮮がミサイル発射」の文字が目に飛び込み、
北海道、東北、北関東12道県に避難を呼びかけている。
まず最初に見て思ったのが、関東首都圏は大丈夫なのかということと、
仮に避難しろといわれてもどうすることも出来んだろうなということ。
とにもかくにも我々日本人には終戦以来の空襲警報の発令だ。
この国は与党も野党も「専守防衛」を絶対としているのだが、
ミサイルに核が搭載され、襟裳岬の遥か太平洋上ではなく本土だとしたら・・・・
「専守防衛」って何だろうと改めて思う。


2017.08.30(水) お天気

何でも神奈川県内で一時間に100ミリの雨が降ったそうだ。
県内や首都圏で記録的短時間大雨情報が出た。
今年の8月はそういう月だったのだろう。
日照不足で野菜の高騰などかいわれているが、
先月の連日猛暑の折に8月はさらなる猛暑が来るといわれていなかったか?
気象予報も精緻となって、各スポット単位の予想も可能になったが、
中長期的な予報についてはまだまだということなのだろう。
冷夏といえば忘れられないのが1993年の夏。
あの年の夏は記録的な冷夏となって米不足となった。
後にいう「平成の米騒動」だ。
あの時に初めてカリフォルニア産コシヒカリなるものの存在を知った。
確か売上が低迷した露天商が借金を返せず自殺なんて暗いニュースもあった。
しかし長雨の夏休みのおかげでビデオレンタル屋は大儲けした。
連日新記録を作り、ボーナス時期にはレジから釣銭がなくなったことを思い出す。
「我が世の春」ならぬ「我が世の夏」を謳歌したなんて冗談も出た。
今は猛暑だろうが冷夏だろうが、関係のない仕事に就いているが、
天気が経済に直結するのは今も昔もこれからも変わらないのだろう。


2017.08.31(木) 八月の終わりの藤田敏八

「藤田敏八 あの夏の光と影は~20年目の八月」と銘打ち、
映画監督・藤田敏八の没後20年特集上映が新文芸坐で組まれている。
私も「20年目の八月」に仕事帰りに寝不足覚悟で4本観た。
高校から大学生の頃、藤田敏八はまさに映画小僧にとってシンボリックな存在だった。
業界ではパキさんと呼ばれ、我々は親しみをこめてビンパチと呼んだ。
ビンパチさんの青春映画で育った邦画ファンも少なくなかったのではないか。
全共闘という祭りに行き遅れ、浮遊しながら苛立つ若者たちというテーマが、
そういう祭りに相当行き遅れた我々世代の心情にも見事にはまり、
深夜ラジオなど若者カルチャーにビンパチさんは大いに持ち上げられたのだが、
没後20年経て、ビンパチさんの再評価がなされていないことは不満でもあった。
まずビンパチさんが全盛期を終えた頃にやってきたレンタルビデオのブーム。
そのレンタル市場でビンパチさんの存在は殆んど黙殺されていた。
私の店でもビンパチさんのビデオは置いてなかったように思う。
確かに80年代半ば以降にビンパチさんのニーズはなかった。
それ以上に『ツィゴイネルワイゼン』から、俳優・藤田敏八としての活躍が目立ち、
「青春映画の鬼才」のイメージを自ら消していたようにも思うのだ。
しかし深夜ラジオで『八月の濡れた砂』が神格化される過程を身近に知る身に、
ビンパチ不在の青春映画のありようには苦々しく思うこと大アリだった。
そしてビンパチ映画を熱狂させたのはやはり名画座文化にあったのだろうと思う。
確かに原田芳雄、藤竜也、梶芽衣子、地井武男がダイナマイト片手に田舎町で自爆し、
桃井かおりが牧歌的カーチェイスの末に死ぬ映画にシネコンは似合わない。
空気の悪い名画座の硬い座席だからこそ映えたのだといえなくもないだろう。
その名画座文化の雄、池袋文芸坐にビンパチが還ってきた。
数年前までそうした青春時代の記憶を辿る懐古行為に抵抗感はあったものの、
今は完全に開き直った。
新文芸坐はそんな懐古オヤジで席が埋っていた。



                           

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