■2016.05

日めくり 2016年05月(平成28年)         



2016.05.01 日常というバッターボックスで

一日が無駄に長い。日没が遅くなるととくにそう感じる。
よって一週間も長く感じるのだが、あっという間に週末となる感覚もある。
丁度ひと月前に京都、奈良を旅したことが、ずっと昔のような気もするし、
こうして新緑の季節にあって、今年もあれよと過ぎていく予感もある。
日常のバッターボックスで、時間という名投手が繰り出す緩急に翻弄されるというか、
あるときは茫然と送り、あるときは思いっきりバットを振るも空を切るというか、
ああクソっ、なんちゅう下手くそな喩えなんだ。
自打球当てた気分だ。


2016.05.02 アレッポの石鹸

ここしばらく愛用しているアレッポ産の石鹸。
オリーブと月桂樹を鎌焚きして作った無添加の優れもので、
アレルギー体質で皮膚が強いとはいえない身には有難い石鹸ではある。
しかし、ますます混迷の一途を辿るシリア戦線。
ISに政府軍、反政府軍に米ロの思惑が絡み、アレッポは最大の激戦地となり、
ニュース映像では、アレッポの目を覆うばかりの惨状が伝えられている。
これはとてもではないが、まともに石鹸作りが行われているはずはなく、
今のを使い終わったら、別の天然由来の石鹸に変えようかと思っていた。
ところが破壊された街の中で、決死の覚悟で石鹸を作りを続ける職人たちがいる。
こんな平和への思いとプライドが凝縮された石鹸をおいそれと替えられものか。
と、小さくなった石鹸を新しい石鹸に貼りつけて使い続ける。


2016.05.03 GWは千葉の観音霊場とカーラジオと

今年のGWは2度の平日が入り込んでの分断連休。
ふたつの平日を休めば10連休となる。もちろん我にそんな極楽は来ないが。
それでも休みが取れるだけいいのかもしれない。
休んでも普段どおりの賃金が保証される有難さに感謝しなければならない。
GW後半の3連休に南房総に行く。
去年は群馬、栃木、茨城の北関東の古刹、名刹を3泊でめぐった。
今年は残る房総の四寺を打ち「坂東三十三ヶ所」を満願する。
坂東札所を中心に外房と内房の民宿に泊まりながら、
「関東三十六不動」「東国花の寺」、神社は上総国、安房国の一ノ宮をめぐる計画。
他に日蓮ゆかりの誕生寺、清澄寺、鏡忍寺にも寄って最後は日本寺大仏で終える。
帰りは鋸山からフェリーで浦賀水道を渡り九里浜港で神奈川へ戻る計画だ。
ただ関東有数の行楽地ゆえ、かなりの渋滞は覚悟しなければならない。
案の定、東京湾アクアラインの渋滞が、首都高まで延び、出鼻を挫かれた。
こういう時のイライラ解消はカーラジオに限る。因みに自分はTBS派だ。
ところがずっと昔から聴いていた長寿番組の永六輔や大沢悠里は3月で放送終了。
先日亡くなられた秋山ちえこの「談話室」も終わっていた。
今は伊集院光が継いでいるのだが、ラジオでの伊集院は捨てたものではなく、
ボキャブラリーも豊富でTBSの午前に上手くハマっている。
毒蝮三太夫の「このババァ」は相変わらず健在。声もまだ若々しい。
「ジャイアンツ」「ジャイアンツ」のオンパレードにイラっとさせられるのも懐かしい。
そんな具合にGWは仏と神とカーラジオと空と海の3日間を過ごす。


2016.05.04 房総巡礼 -上総・安房

夜から明け方にかけて凄まじい嵐だった。
気象用語でメイストームというらしい。
波浪警報の海岸線を白波と砂塵が舞う中、外房から内房まで走る。
強風のためしばらくアクアラインは通行止めになっていたらしい。
おかげで勝浦、鴨川、館山と行楽客も少なく、スムースに札所めぐりが出来た。
多少の荒天より渋滞が一番怖かったので、むしろ有難い。
去年の和歌山でも味わったが、半島の長い海岸線には独特の雰囲気がある。
右に海が見えたかと思えば左にも海が広がるのは愉快でもある。
平成に入ってからアクアラインが開通して千葉は神奈川と隣接県となった。
ただ成田空港もディズニーランドもすっかりご無沙汰で、
たまにロッテとの交流戦に行く以外、千葉に足を向ける用などなかったものが、
こうして寺社めぐりという趣味が出来て、改めて千葉に行くきっかけとなったわけだ。
しかし運転中「○○生誕の地」などの案内を目にしては、その名を聞いたことがなく、
後で調べようと思いながらも片っ端に忘れていく。
要は千葉の歴史についてまるでわかっていなかった。
江戸からの五街道(東海、中仙、甲州、奥州、日光)から外れ、
この地域が歴史の表舞台に立った印象がまるでない。自分が無知なのか。
安房に入ると「里見氏を大河ドラマに」などの幟を目にしたたものの、
『南総里見八犬伝』で大河は・・・?そもそも里見氏が歴史に何を残したのか知らない。
それでも千葉県は「下総国」「上総国」「安房国」の房総三国からなり、
香取神社、玉前神社、安房神社、洲崎神社の一ノ宮を擁し、古刹、名刹も多い。
里見氏より日蓮の大本山・誕生寺を擁することの方が歴史的は大きい気がする。
日蓮は数々の困難に見舞われ、千葉、鎌倉、伊豆、佐渡に「日蓮法難の地」がある。
荒れる海を写真に収めようと車を降りた途端、砂が目を直撃する。
目を擦りながら「これも法難か」とひとりごちった房総のGWだった。


2016.05.05 坂東を打ち終えて

旅の大半はホテルに泊まるが、今回は民宿を使った。
蒲団の上げ下げなど自分でやらなければならないが、こういうのも悪くない。
さて鎌倉は長谷寺を参拝して、坂東三十三ヶ所の初端を切ったのが5年前。
本格的に打ち始めたのは去年からだが、ようやく33番那古寺で結願した。
坂東の札所は「めぐる」よりも「打つ」という響きが似つかわしい。
残念ながら専用の納経帳には18番の中禅寺の朱印が空白となっているが、
別の御朱印帳で貰っていると説明し、住職さんに結願印と満願証を戴いた。
並行して打ち始めていた西国三十三ヶ所の方も残すは岐阜の華厳寺のみ。
西国、坂東に秩父三十四ヶ所で百観音となる。秩父も打ち始めなければならない。
世界遺産や国宝、重文を擁するきらびやかな観光寺が多かった西国と違って、
坂東はいかにも虚飾のないひたすら古刹然としたお堂が多かった。
中禅寺には近々の内に再訪して専用納経帳をすべて埋めるとしよう。


2016.05.06 痴れ者、許すまじ

五年前の3.11以来、やたら「絆」という文字が躍った。
平泉に旅したときに買ったTシャツにも筆字で「絆」と記されている。
この度の熊本でも「絆」があちらこちらから聞こえてくるが、
「絆」は与えられた側がそう感じるべき言葉であって、
施す側が自ら「絆」を名乗るのは少し恥ずかしくはないか。
そんなことよりも許すまじは被災した留守宅を狙う空き巣犯だ。
「火事場泥棒」などと軽く言うが、その罪深きこと万死に値するのではないか。
家屋が倒壊した衝撃に耐えながら避難所で過ごす人々を更に人間不信に陥れる。
鬼の長谷川平蔵が悪党どもを「痴(し)れ者!」と斬り捨てるが、
まさに痴れ者たちの破廉恥な犯罪であり、まったく日本人の恥だ。


2016.05.07 惰眠むさぼりて

マジで我ながら情けないくらい疲れを引きずるようになった。
実家に電話して今日行く予定を明日に延ばす。
そして二度寝、三度寝、とうとう四度寝で一日を過ごす。
一日アパートに籠ると、何故だか部屋が雑然としてくる。
蒲団のまわりに『鬼平犯科帳』のコミック本が散らかる。
そして蒲団を干す千載一遇のチャンスを逃す。


2016.05.08 母の日てか

飴ちゃんを持ち歩くのは大坂のオバちゃんに限ることではない。
女は齢をとると、やたらとモノをあげたくなるものなのか。母親のことだ。
この頃、帰り際の「これ持って行け、あれ持って行け」攻撃が一段と激しくなった。
要らないと断るが、いつの間にかバッグに飴や煎餅、豆菓子が入っている。
とても有難いことなのだろうが、こちらは血中脂肪と血糖値を指摘されている身。
もはやそんなことは一切お構いなしなのだ。
今日も馴染みの園芸店に行くといって、お土産にBOXティッシュを車に積む。
「絵柄が綺麗なんで店のお姉ちゃんが喜ぶだろうから」などと言い出す。
「そんなもん要らん、向こうは商売だから喜ぶそぶりはするぞ」
と、たかがティシュの箱で大喧嘩になる。
こういう話を他人にすると「お母さんの好きにさせれば」と大概こちらの分が悪い。
確かに親に孫を抱かせてあげられなかった引け目はある。が、
生命保険の外交や百貨店の進物係のいいカモにされている感じもあり、
BOXティッシュの延長線上にあるものも無視できないのだ。
と、最後は自分の正当性を自分に言い聞かせることの繰り返しになる。


2016.05.09 ああ目が痛え

誕生寺の手前で、白波が立つ房総の海を写真に収めようとした際、
砂塵が舞う浜で車を降りてしまい、それで目をやられた。
目に異物感が残り、涙を溜めても、水道水で洗ってもなかなか解消出来ない。
そのうち痛み出してきたので、堪らず職場近くの眼科に行った。
なにせ昨秋に網膜裂孔でレーザー治療をした身。目を手で擦るのは禁物だ。
幸い目に砂は残っていなかったので、拷問のような洗浄は受けずに済んだが、
網膜に傷が見つかったので目薬を処方された。
その時は勝手に「安房法難」などとひとり冗談を飛ばしていたのだが、
ただでさえ目を酷使する毎日。洒落にならない冗談は控えなければ。


2016.05.10 amazonの本社へ行く

目黒雅叙園に近代的なビルが建ち、そこにamazon JAPANが入っている。
ひょんなことでamazonから仕事が持ち込まれたので、上司に同行して訪問してきた。
受付でセキュリティカードを貰い、カードマンに案内されて待合室に座る。
さすが外資だけあって社員も国際色豊かで、フロアのある案内も殆んど英語。
そこをIDカードを首から下げたポロシャツにチノパン姿の社員が行き交う。
そして誰彼の例外なく、全員がノートパソコンを持ち歩いている。皆とても若い。
年功序列の権化である我々のスーツにネクタイ姿がやたら野暮ったく、
ひと回りは下と思しき部長が現れ、一方的にスケジュールを言い渡される。
こちらはメモを取るのに四苦八苦。やれるのならどうぞという感じ。
きっと彼らは合理的であることに命を賭けているのだろう。
古い雑居ビルの応接で、問屋相手に灰皿てんこ盛りで商談していた頃が懐かしい。


2016.05.11 村山実デーとコリジョンルール

今季、あろうことか甲子園で巨人まったく勝てていないタイガース。
11日は「村山実デー」として、ナインは帽子に“11”をつけて試合に臨む。
結果は負け。せめて今夜くらい打たんかい!
こういう夜はスポーツニュースはスルーなのだが、たまたま見てしまった。
この試合の最大のトピックは今季から導入されたコリジョンルール。
よく言われることだが、はっきり糞ルールだろう。
素人目にも糞だと思う。いや素人だからこそ思うのかも知れない。
本塁突入のクロスプレーは何よりも野球の醍醐味であり、
送球する野手、腕を回す三塁コーチ、突入する走者、阻む捕手、一瞬を判定する審判。
この5人の思いが一瞬に交錯し、ホームベースに凝縮する、最高の見せ場のはずだ。
最高の瞬間の中で、プロとしての研ぎ澄まされた技術が見たいのはファンとして当然。
そもそも自分は本殺場面での捕手のブロックプレーは好物だし、
同時にそのブロックをかいくぐる走者のスライディング技術を見るのも好物。
その好物の8割方を奪うのがコリジョンルールだ。
衝突を避け選手の怪我を防止する。それは理解できる。
ならばタックルで中村悠平を何度も病院に送ったマートンを退場にすればいい。
しかも不可解なのはアピールプレーでビデオジャッジとなること。
セーフかアウトか、審判最大の見せ場を機械に委ねるわけだ。
そもそも試合時間の短縮はプロ野球の命題ではなかったのか。
スポーツ紙は猛抗議に出た金本の談話を受けてこんな見出しをつけた。
「天国の村山先輩、野球が変わってしましいました・・・」
何でもかんでもメジャーに倣う必要などないではないか。
ある評論家に言わせると、今回のプレーはメジャーでもセーフにならないらしいが。


2016.05.12 蜷川幸雄、逝く

蜷川幸雄の名前を最初に知ったのは、夕刊に載った舞台公演の宣伝広告だったか。
『NINAGAWAマクベス』―。
SHAKESPEAREのマクベスではなくNINAGAWAのマクベスとは凄いなと思った。
蜷川幸雄の舞台は二度だけ見ている。
明治座『近松心中物語』とシアターコクーン『十二人の怒れる男』。
『近松~』は梅川を富司純子さんが演じるというのでチケットを買った。
群衆が右に左に行き交うスペクタクルと、客席まで降ってくる雪の大乱舞。
芝居をろくに観たことがなかったので、その豊潤な世界観は驚嘆ものだった。
『十二人~』は格闘技場のように中央にステージを置き、周囲を客席が囲む。
最小限の装置の中で繰り広げられる、まさに会話の格闘というべき緊張感が際立つ。
ここで追悼文を展開するほど蜷川幸雄を知っているわけではないが、
ずっと第一線で活躍していた上の世代存在が、自分の励みになっていたのは確かで、
先日亡くなられた富田勲しかり、次々と鬼籍に入っていくのは寂しい限りだ。


2016.05.13 浜スタに緊張感が生まれた

7回表の攻撃前。今夜も虎党のジェット風船飛ばしが始まった。
横浜スタジアムの三塁側の内野席スタンドを見回すと、風船に隙間が目立つ。
空席が目立つのではない。風船飛ばしをやらない観客が隙間を作っているのだ。
隙間には青いDeNAのユニフォームを着ている大勢のベイファンたち。
今やベイファンは阪神側の三塁エリアにも浸食するようになった。
浸食もなにも、浜スタは横浜DeNAベイスターズのホームグランドだ。
以前はネット裏から一塁側はもちろん、ライトスタンドの一部まで黄色で埋まっていた。
そっちの方がよほど異常なこと。ビジターはビジターの分というものがある。
毎年、芳しくない成績を繰り返す中でファンを増やした営業努力は認めざる得ない。
実際、浜スタがベイファンで埋まることでビジターは燃えるのだ。
勝っても負けても牧歌的な緩さが浜スタの印象だったが、今は緊張感も出て来た。
だからこそ大和、ゴメスの二塁打で逆転し、とどめの良太の一発が気持ち良かった。


2016.05.14 ふたたび日光をめぐる

せっかく坂東を打ち終わったのに、納経帳の18番中禅寺が空白になっていた。
野生の木に千手観音を掘った立木観音。未だ土中に根をはっているらしい。
一昨年暮れの中禅寺参拝の折も、立木観音像には即身仏のような畏怖を感じた。
お顔は柔和で優しいものの、生々しさが妙に居たたまれなくさせるのだ。
寺院めぐりで様々な仏像を拝してきたが、私は立木観音が少し苦手だ。
さて前回はひとり急ぎ旅で、最後は閉門寸前での小走りの寺社回りとなったが、
今回は職場の後輩たちと、比較的ゆったり世界遺産の宝物を見物した。
東照宮陽明門や輪王寺三仏堂などが修復工事中だったのは残念だったが、
それゆえ普通は見ることの出来ない壁画や、仏像を至近距離から拝むことも出来る。
そうか、修復工事にはそういうメリットがあったのかと目からウロコだった。
左甚五郎の「見ざる言わざる聞かざる」の猿や「眠り猫」の彫刻もしっかり見た。
日光には何度か滝見物で訪れているが、
三匹の猿と寝たふりの猫に再会したのは小学校の修学旅行以来だったか。


2016.05.15 とっとと、せっせと

コインパーキングに停めた車をとっとと出してしまえばよかった。
疲れに格好つけてサボってしまう。駐車代1200円なり。
車を返しがてら実家に行かなくてはならないが、
午前中こもっているなら、せっせと洗濯器を回すべきだった。
明日からの残業は必至。
そうなると洗濯が出来なくなる。洗濯機が回せるのは夜の9時までだ。
地元クリーニング屋の営業時間にも間に合わない。
まったく朝の気象予報士の「絶好の洗濯日和でしょう」の笑顔が恨めしい。


2016.05.16 残業再開

週が明けて待ち受けているのはGW前後で溜まりまくった仕事。
しばらく残業が続く。それにしても仕事が減らない。
休み前の駆け込みがあるなら、休み明けの大量持ち込みもある。当り前のこと。
GWさえ乗り切ればと考えていたこと自体が阿呆だった。
一日で処理できる量より、持ち込まれる量が多いのだから減らないのは当然。
そうこうしている内にamazon絡みの仕事が加わる。
もちろん仕事が無いよりあった方がいい。これも当然。
それで給料が上がることはなくとも、ダラダラ愚痴をいい、時に悪態をつきながら、
300円の夜食代支給で男たちは仕事をこなして行くのだ。
今日び、300円でなにが食えるか。


2016.05.17 あ゛~鳥谷!

今季の金本タイガースは負るときは、かなり惨めに負ける。
オープン戦から開幕当初は高山、横田、江越が躍動した。
さらに北條、陽川、原口、板山が出て来た。
鮮度満点。昨年までとはベンチの顔ぶれが一新した。
この循環は掛布二軍監督との好連携が生んだものとして、なかなか楽しい。
しかし勢いはあるが経験のない彼らは、研究されるとすぐにスランプとなる。
もちろん一度落ちて、そこから這い上がってくる作業は絶対に必要なこと。
その意味では金本タイガースの土台作りは着々と進められているのだろうが、
それでも勝利を求めてしまうのがファンの性というもので、
勝率5割を切ると、やはりマートン、呉昇桓の穴が身にしみてくるし、
故障の西岡や休みがちな福留を恨めしく思う。
思わず今季は4位が妥当かななどと脳裏をかすめるのも、
星野タイガースも岡田タイガースも優勝した前年は4位だったからか。
問題はキャプテンの鳥谷敬だ。精彩がなさ過ぎる。どこか怪我でもしてるのか。
とにかくショートフライを足がもつれてエラーする鳥谷など初めて見た。
試練から這い上がるべくは若手ばかりではない。


2016.05.18 every little thing every precious thing

「日めくり」などを書いていても、残業の日々では大した話題はないし、
自分自身がそれほどのものに遭遇するわけでもない。
舛添要一について書くか、タックスヘイブンについて書くか。
などと帰りの電車で「虎テレ」を眺めながら、ネタをつらつら考えていると、
九回裏、いきなり甲子園にリンドバーグの登場曲。
騒然とする中をリリーフカーに乗って現れる背番号18。
九回裏のマウンドに藤川球児が帰ってきた。思わずブルっと身震い。
一瞬、映画『フィールド・オブ・ドリームス』の一場面が浮かぶ。
しかしここはとうもろこし畑ではなく甲子園。シューレスではなく藤川球児だ。
全球ストレートで押して、一人斬り、二人斬り。もうスマホの小さな画面に釘付け。
セットで構える藤川球児の背景に、今かと発射を待つ無数のジェット風船。
「あとひとり」コールが「あと一球コール」へ。
そんなに昔のことではないが、あまりにも懐かしい光景。
様々な思い出が甦って目頭が熱くなりそう。大丈夫か?俺。
そう藤川球児はいつも阪神ファンの琴線とともにいる。


2016.05.19 原口、見事なサヨナラ打

「日めくり」などを書いていても、残業の日々では大した話題はないし、
自分自身がそれほどのものに遭遇するわけでもない。
清原和博について書くか、三菱自動車について書くか。
などと帰りの電車で「虎テレ」を眺めながら、ネタをつらつら考えていると、
九回裏、甲子園は一死満塁。スコアは2-2。バッターは原口文仁。
6年間燻り続け、ほんの何週間か前に支配下登録されたばかりの男が、
カウント3-1から快音を響かせ、見事にセンターオーバーのサヨナラヒット。
つい先日、コーチからユニフォームを借りて一軍に出場した男が、
歓喜の水しぶきに濡れたユニフォームで、金本も濡らさんばかりにがっちり抱擁。
今季、様々なニューカマーが登場した中、一番頼もしいのが原口文仁。
八回には同じ育成上がりの田面巧二郎が登場。渾身のストレートで三振を奪う。
背番号94と97のバッテリーは「超変革」の象徴となった。
久々に竜飲が下がったサヨナラ勝ち。まったく甲子園の観客が羨ましい。


2016.05.20 稀勢、白鵬に及ばす

明日は職場の後輩たちと国技館に行く予定だが、
その前日の13日目。横綱・白鵬と大関・稀勢の里の全勝同士の大一番が組まれた。
番付の順とはいえ、金曜日にこの大一番が組まれるのはもったいない限り。
期待の大一番はなかなかいい相撲だったとは思う。
しかし「稀勢の里もなかなか健闘した」という取組に終わった。
今の大相撲は後になって白鵬時代と呼ばれるかもしれない。
それほど白鵬の存在は盤石。とくに今場所は揺るぎのない強さ。
稀勢の里は明日、鶴竜戦。優勝の行方を千秋楽まで持ち込めるか。
それとも目の前で白鵬優勝の瞬間を見てしまうのか。
大いに楽しませてもらおう。


2016.05.21 俯瞰で見た国技館

というわけで相撲見物のため両国に出掛けた。
相撲は「観戦」よりも「見物」という言葉が相応しい。
興行の色合いがスポーツではなく伝統芸能。だから「見物」がいい。
そもそも国技館に棚引く極彩色の幟の数々が芝居のハレを演出している。
前回の見物は枡席の、かなり土俵に近い位置だったので、じっと勝負に見入ったが、
今回は2階席最後方のイス席で、土俵の勝負より、相撲そのものを俯瞰してみた。
相撲は前相撲、序ノ口、序二段、幕下、十両、幕内と進行するわけだが、
朝の8時半から始まっている。実に10時間興行だ。
結びの一番を迎えるまで、力士、裏方、付け人を含め膨大な人数が興行に携わり、
各々の役割の所作ひとつひとつの格式と様式のうちに執り行われるのだが、
すべてが横綱の取組に収斂される意味で、途方もないピラミッドが形成されている。
相撲好きなら常識かもしれないが、自分が今日、初めて知ったことも多い。
横綱の土俵入りは横綱、露払い、太刀持ちの三力士で構成されていると思いきや、
横綱の後ろに構える行司も、軍配の房を回すなどの所作が決められていることを知る。
相撲は伝統芸能である以上に、神事だということを改めて思い出す。
幕下上位から、行司と呼出しがふた番ごとに入れ替わっていくのにも驚いた。
そもそも行司と呼出しにこれだけの人数が存在するなど想像すらしていなかった。
東西の二階席の壁に設置された電光の星取表をテレビの中継がよく映しているが、
一番右端の枠に決まり手が表示される。表示は控えの行司の仕事だという。
土俵下で出番を待つ力士は、それぞれが自分の四股名の入った座布団に座る。
力士が土俵に上がると、呼出しが座布団を回収し、次の力士の座布団を敷く。
座布団がそれぞれのMy座布団だったとはびっくりだ。
懸賞幕を掲げて呼出しが土俵を廻る所作もすべて決められているようで無駄がない。
このときNHKの中継では引きの画面となり、館内音声も絞られているのだが、
これを現場で聞くと実に面白い。
例えば引きの画面でも一目でわかる3本続いたお茶漬け模様の懸賞幕。
「味ひとすじお茶漬け海苔の永谷園」「さけ茶漬けの永谷園」「梅干茶漬けの永谷園」
他にも「家づくり街づくりタマホーム」「シーチキンのはごろもフーズは85周年」
「競馬の横綱決定戦!日本ダービー」「徳俵からの大逆転!日本ダービー」
「イエス!イエス!高須クリニック」「背中にぴったりフィットちゃん」etc・・・・
ご丁寧にも「本日の懸賞取組」として、その文言はすべて取組表に記載され、
呼出しの背中にプリントされた「紀文」「なとり」「鈴廣かまぼこ」なども記載。
とにかく協賛企業の広告の露出にはかなりの力を入れているようで、
相撲協会が文部省の所管団体で、NHKが中継する国技と考えると、かなり意外だ。
結び前の大一番。白鵬に力水をつける稀勢の里の心境はどうなのだ。
勝った白鵬から今度は力水をもらった結びの稀勢の里の心境はいかに。
結果的には白鵬が日馬富士を破り、稀勢は鶴龍にまんまんとしてやられた。
稀勢健闘の場所だったが、千秋楽を待たずして白鵬優勝。
表門に棚引く幟から陣太鼓の叩き手に、行司、呼出し、付き人やその他の裏方。
多くの人たちの所作と格式のすべてが白鵬を引き立てるためにあった。


2016.05.22 コインランドリー

溜まりに溜まった洗濯物。残業続きで洗濯機が回せる時間に帰れない。
コインランドリーに行こうと思ってはいたが、
生憎、住処の傍にはコインランドリーがなく、隣駅まで行かなければならない。
実際、残業から帰宅して、改めて洗濯物を抱えて隣駅まで行くのは億劫だが、
洗濯物を詰めたボストンバッグを背負い、ふーふー言いながら自転車を漕いだ。
それにしてもコインランドリーの生温かい空間。
おっさんと兄ちゃんの二人が漫画を読みながら洗濯が終わるのを待っている。
この絵に描いたような息苦しさはどうしたものだろう。
悲しいくらいの「やもめ感」が10坪ほどの空間に充満している。
そこに自分が加わったことで、さらに10度ほど湿度が上がったに違いない。


2016.05.23 自由時間の罠

残業やって帰宅すると、就寝までの時間が非常にタイトになる。
平日は帰宅して寝るまでが自分の自由時間。ひとり暮らしの特権だ。
しかしその自由時間を少しでも延ばそうとすると、睡眠時間が減る。
まさか自由時間をいかに計画的に効率よく・・・などと考えるわけがなく、
結局YouTubeなどをダラダラと見てしまい、気がつけば午前2時。
この歳でYouTubeで夜引くなんで馬鹿げたことではあるのだが、
そういう馬鹿げた時間が、今は切ないほど愛しく思える。
その思いがつのればつのるほど、目に見えない罠にはまっているのか。


2016.05.24 私、私、私、私、私、私、私、、、、

このページを読み直すと、我が人称が「自分」と「私」とで揺らいでいる。
日記のようなものなので、当然一人称なのだから「自分」でも「私」でも構わないが、
「私」と書くとき、常にむず痒い違和感を禁じ得ない。
日常的には「自分」で通しているのだが、たまには「俺」を使う時もある。
しかし文字言葉に「俺」はどうだろうか。何だか日活映画の主人公みたいだ。
「自分」で困るのは、他者に対しても「自分」を使う場合があることだ。
人に向かって「で、自分はどうなんだよ」「自分が悪いんだろが」とかの場合だ。
一方「僕」。これだけは生理的に受けつかない。
過去に「僕」と書いた文を読み返すとさぶイボものだ。
さすがに「当欄では―」「日めくりでは―」は使えない。
「日めくりの見解として、脱原発を視野に入れることを訴えて来た・・・・」
そこまで尊大になれない。『天声人語』や『編集手帳』ではないのだから。
もう50代の半ばだ、無理してでも「私」に統一しようかと思う。
私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、私、、、、
そのうち、慣れるさ。きっと。


2016.05.25 1985.10.16

「自由時間の罠」と題した一昨日の夜。
なにをYouTubeで見ていたのかというと、
1985年10月16日。阪神21年ぶりの優勝を決めた日のテレビ中継だった。
この日は神宮の一塁側スタンドでバッティング練習からスタンばっていたが、
実はテレビ中継を見たことはなかった。放送は関西限定だったらしい。
あの日の記憶はすでにセピアがかった記憶として脳裏に浮かんでくるものの、
試合そのものは、5-5で引分けた以外、案外と断片的な記憶しかない。
・打撃練習で真弓、バース、掛布、岡田が次々にスタンドに放りこむのに驚く。
・中盤までのヤクルト荒木の好投。
・左中間スタンドに吸い込まれたバースのホームラン。
・レフトポールに当てた掛布のホームラン。
・佐野の犠牲フライで岡田が生還して同点に追いついたこと。
・圧倒的な投球を見せていた中西が、ピッチャーゴロに仕留めて優勝を決めた瞬間。
・騒然とする中、大勢の警官隊がスタンド前を囲んでファンの侵入を警戒したこと。
・歓喜の輪の中に松葉杖をついた山本和がゆっくりと加わったこと。
・そして不細工に胴上げされた吉田監督が、一方的に喋りまくったインタビュー。
長い間、私の記憶にそれらのピースが途切れ途切れに散らばっていた感じだ。
改めて見直すと凄い試合。今でこそ引分け優勝の印象が強いが、劇的だった。
劣勢の展開から追いついたのは真弓のホームラン。これがまず記憶から抜けている。
そもそもホーランが真弓、バース、掛布に出て。岡田はツーベース3本。
凄い試合とは「阪神ファンにとって」という注釈がつくが、なんて贅沢なのだろう。
それでもヤクルトに3-5とリードされ、9回表を迎える。
普通なら負けを覚悟する展開だが、負けるのか?と思ったまったく記憶がない。
先頭の掛布が反撃の狼煙を上げる一発。あのホームランはそういう意味があったのだ。
続いて岡田がセンターフェンス直撃の二塁打。この日の岡田の活躍は殊勲賞ものだった。
しかし岡田には申し訳ないが、3本も二塁打を打っていたことなど記憶から消えていた。
代打・佐野が告げられ、球場が異様な雰囲気に包まれる。これはよく憶えている。
最後の中西の快投。直球でグイグイ押していた印象だったが、意外にも変化球か多い。
1985年の10月26日のリーグ優勝と日本一を決めた11月2日。
長い間、関東虎党としてこの2試合を生観戦したことを大いに自慢してきた。
私に言わせればクソったれの80年代の社会風潮の中で、唯一、輝いた日だったか。


2016.05.26 ほなサイナラ負け

神宮でサヨナラ負けを喰らったのは10年ぶりとなる。
この球場はグランドにブルペンがあり、外野スタンドからよく見えるのだが、
マテオはブルペンの時点で球が荒れていた(泣)
控え捕手をバッターボックスに立たせての投球練習でもストライクが入らない(呆)
試合はクリーンアップの3本塁打などで接戦に持ち込むも、
9回裏に登板したマテオは、案の定、先頭打者を明らかなボール球で歩かせ、
案の定、ストライクを取りに来たところを山田哲人に三遊間を痛打。
さらにバレンティンに当てて睨み合い。両軍ベンチから選手がグランドに雪崩れ込む。
この時、図らずもブルペン捕手まで駆けつけるものなのだと知るのだが、
結果は案の定、満塁からサヨナラ打を浴びてジ・エンド。もう案の定の三重構造だ。
今さらながら韓国の石直球の喪失の大きさを知るが、それも今さらか。
明日からの東京ドームを2日続けて観戦予定だが、抑えは一体どうなるのだ(恐っ)


2016.05.27 ドームに行けなかった・・・

日米首脳会談も、伊勢・志摩サミットも米大統領の広島訪問も気になるニュースだが、
それよりも今夜の東京ドームで菅野をいかに攻略出来るのかばかり考えていた(呆)
東京ドームで惨めな試合を試合に遭遇することだけは勘弁してほしい。
・・・勘弁してほしいと言いながら過去、どれだけ惨敗を観て来たことか。
ここは今年一気にブレークした一昨年のドラ1、岩貞の左腕に託すしかないのだが、
仕事で致命的な抜けが発覚し、人海戦術でことにあたらなければならなくなった。
あえなく東京ドーム観戦はおじゃん。そういうことも過去、何度もあった。
試合結果は1-0で勝利。防御率、奪三振1位と2位の素晴らしい投手戦だった。
スミ1であげた得点を最後まで守り切る。私好みの痺れる試合。
正確にいえば痺れる試合・・・だったらしい。
球場に行けななかったことに恨み事は言わない。仕事とはそういうものだから。
しかしこの試合を観られなかったことは残念でならない。


2016.05.28 実に爽快な一日

昨日の残業のおかげで今日の休日出勤はなくなった。
久々に自分の好きなことに1日丸々使わせてもらう。
朝から日本橋で「午前十時の映画祭」。4K上映で『マイ・フェア・レディ』を観る。
昔、名画座で観たボロボロのフィルムとは別モノのようだった。
あまりに画像と音が素晴らしかったことに悔しかったが脱帽。
何故、悔しかったかといえば私はずっと映画はフィルムに限ると主張してきたからだ。
もはや最先端技術に対して斜めから見ている場合でもないのだろう。
あまり好きなミュージカル映画ではなかったが、図らずも感動してしまった。
オードリー・ヘプバーンの演技にも感心。歌が吹替えられたのは痛恨だっただろう。
シネコンを出たところに島根県のアンテナショップがあり、
それに並列する食堂で「がいな丼」を食べる。
おひつのような大皿に海鮮をまぶした丼だ。
お椀によそって食べ、最後は出汁をかける。あゝ旨い、美味い。
三越前から地下鉄に乗って本郷三丁目下車。湯島、春日、小石川の寺社をめぐり、
文京区内の御府内八十八ヶ所、江戸観音三十三ヶ所などを尋ねる。
久々に歩いた。スマホの万歩計アプリが2万歩を越える。
寺社めぐりの面白さのひとつは神職や住職の方々と話が出来ること。
都心ゆえ、多くの寺院は敷地が縮小されたり鉄筋に改装したりなのだが、
そこかしこに江戸の痕跡を見つけることが出来る。気分は『ブラタモリ』か。
春日の牛天神では、この地を描いた北斎の浮世絵が伝わっていて、
その浮世絵がめでたくパスポートのデザインに採用されることになったらしい。
何故、文京区限定でめぐっていたかというと、最終地が東京ドームだからだ。
昨日、白熱の投手戦を残業に潰された恨みは、7連敗の泥沼に落としてこそ報われる。
輝く我が虎は先制されるも4連打で逆転。9回には原口、ヘイグの一発で引き離す。
なんでもないピッチャーフライを落とす虎も情け無いが、
それで出た無死からのランナーで流れを変えられない巨人も情け無い。
最後は藤川球児に胸が締め付けられるくらいハラハラさせられたが、無事勝利。
映画を観て、名物を食し、寺社をめぐり、最後は巨人に勝つ。
なんというか・・・実に爽快な一日だった。


2016.05.29 藤川球児

昨日の東京ドーム。9回表のマウンドに藤川球児が上がった。
思えば彼がタイガースに復帰を決めた時から覚悟はしていたような気がする。
我々タイガースファンは球児の全盛期に夢中になった。
わかっていても打てない火の玉ストレート。そろそろ10年も前になる。
あの頃の球児は本当に美しかった。
半世紀のファン歴の中でも特化して光り輝く存在だった。
いや彼のマウンドでの立ち姿は今でも美しい。
あの頃と体型も投球フォームも変わっていないように見える。
しかし今の彼はボロボロ。明らかに疲れている。見るからに痛々しい。
それでも全盛から10年経っても、まだ彼は最終回のマウンドに立つ。
一死満塁でバッターは坂本。長打を喰らえば逆転サヨナラの局面だ。
坂本のバットが放物線を描いてレフトスタンドに消えていく・・・。
おそらく虎党の誰しもがそんな最悪の場面を想像したに違いない。
もう胸が締めつけられる。それは球児の存在への愛おしさでもあるし、
ともに球児に熱い視線を送り続けた、あの頃の仲間への望郷でもある。
そんなファンの思いは球児も感じているはずだ、重たかろう。
そして敢然と存在する時間の流れの非情さ。限界にムチ打てと要求する非情さ。
凌いでくれ!頼む。球児の傷は我々の傷になる。
勝った。ほんの僅かながら、まだ夢の続きが見られるのかも知れない。
何日か前に書いた。藤川球児は琴線の人だ。


2016.05.30  改めて米大統領の広島訪問とにわか謝罪論争

たったの50分で、所感演説はたったの17分。
謝罪らしい言葉は一切なし。
などと、いろいろ喧しく言う人はいるが、
広島市民が率直に大統領の訪問を歓迎し、
被爆者が涙で感謝したのだから、今回はこれで良かったではないのか。
そもそも戦後、政府や全国民をあげて米大統領の謝罪を求めて来たのか?この国は。
たまたまバラク・オバマというリベラルな大統領が広島に行く話になって、
降って湧いたような「謝罪論争」が起こることは、にわかにも程がありはしないか。
原爆投下の国際法上の是非は、いずれ後世の研究者が結論を出すだろう。
それよりも71年前の悲劇は広島、長崎の悲劇であり、市民の悲劇だ。
未だに原爆症認定などやっている以前に、謝罪を玉音放送に丸投げしたわけで、
かかる悲劇を生みだした時の政府、軍部が心から市民に謝罪したというのだろうか。
私自身が過去、プロレスで1回、野球で2回、仕事で1回、広島を訪れたが、
原爆ドームを遠くから眺めたのみで、慰霊碑にも資料館にも行っていない。
と、自分を棚に上げてみたが、
こんな日本人の方が多いのだから、謝罪論争などまったく不毛ではないのか。


2016.05.31  就業開始時間

就業開始時間が9時半なら、まぁ5分前に到着すればいい。
今の仕事に就くまでずっとそんなスタイルでやってきたが、
この職場は朝6時台に出勤一番乗りが到着する。
その人の前職がそういう職場風土だったということだ。
早目に出勤する者は心構えが違うと評価されるらしい。
だから競うように早朝出勤をするらしい。
ここは24時間体制ではないのだ。
心構えも何も光熱費のロスは考えないのか。
ほとほと迷惑な話ではある。



                           

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