■2013.12

日めくり 2013年12月(平成25年)         



2013.12.01 な、なんてこった

股関節の痛みがいくらか和らいだので、
ストレッチの延長で、体育の準備運動でよくやっていた膝屈伸をやってみた。
腰を落として左右の脚を交互に伸ばすお馴染みの運動だ。
そう、お馴染みの運動だ。
・・・・・・で、できない(汗)
まず膝を曲げて腰を落とすのにひと苦労。その段階で「え?えーっ」だが、
何とか腰を落としたものの、逆の脚をやろうとすると今度は腰があがらない。
ていうか、まったくあがる気がしない。思わず床に手をついてしまう。
ここまで、身体が退化していたとは・・・。
年内まで、せめて左右3回づつは出来るようにしよう。
年内までには。


2013.12.02 石破に一票!

石破茂が自身のブログで、秘密保護法案に反対する市民のデモを、
「単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらない」と批判した。
確かに与党の幹事長の立場でテロは言い過ぎだったとは思う。
しかし気持ちは解らなくはない。
実は自分も一度だけデモらしきものに参加したことがある。
大学のとき、あろうことか学内で常務理事が刺殺されるという事件が起きた。
従前より総長側と理事長側の対立が取り沙汰されていたらしいが、
その説明を大学側に求めるべく、学生有志が立ち上がったわけだ。
大学のことなど正直どうでもええと思っていたが、なにせ暇だった。
しかし行列作ってシュプレイヒコールを叫ぶことの陶酔感は今でも憶えている。
そう、反権力で集結した束の間の連帯意識は、ある種の快感でもあったのだ。
しかし同時に異様な気色悪さも禁じ得なかった。
デモに参列した学生たちの顔が、みんな自分探しに向かっていたからだ。
ずっと「自分探しの旅」というフレーズには虫唾が走るほどの嫌悪感を抱いている。
あ、俺はダメだこういうの、、、と自覚して、早々に離脱したものだった。
絶叫と連帯に取り込まれていく情緒は、確かにテロに通じるものがあるのではないか。
その意味でも石破茂の発言に頷く部分もある。
そして、こういう時に目ざとく噛みつくのが朝日新聞だ。
「街頭での市民の主張をテロと同一視したことに批判が集まりそうだ」と書いた。
朝日が上の方から「市民」という言葉を使う時の気持ち悪さはどうしたものだろう。
しかも「批判が集まりそうだ」と来たもんだ。
集まって欲しくて仕方ないんじゃろうが。


2013.12.03 津島利章、逝く

今日、西五反田の斎場で津島利章の葬儀が行われた。
津島利章は映画音楽家。代表作はやはり『仁義なき戦い』か。
ふと気がつくと何気なくメロディをハミングしているのは、
この人とエニンオ・モリコーネくらいだろう。
もはや生活の一部というより人生の連れ合いくらいに思っている。
津島利章は『仁義なき戦い』シリーズだけではない。
哀愁漂う『仁義の墓場』 『暴走パニック!大激突』 『現代やくざ・人斬り与太』
ダイナミックな『県警対組織暴力』 『やくざの墓場』もいいし、
軽快なリズムを刻む『暴力金脈』 『資金源強奪』など聴くだけで楽しくなり、
『実録外伝・大阪電撃作戦』や『北陸代理戦争』はいつでも気分が高ぶっていく。
彼の音楽が深作欣二や中島貞夫の映画にどれだけ貢献したことか。
ありがとう津島利章。これらの名曲は生涯忘れない。
少なくとも俺は。


2013.12.04 風邪、治らんなぁ

いっそ熱でもパァーと出れば、仕事を休んで医者にも行くのだが、
相変わらず飯も美味けりゃ煙草も旨い。しかし咳と鼻水は止まらない。
周囲の迷惑を考えてマスクはしているのだが、そのマスクが大の苦手。
ガーゼのマスクも不織布のマスクもダメ。
顔がデカいものだから市販の廉価ものだと紐で耳が痛くてたまらんし、
何といっても細かい糸くずが口の中に纏わりつき、喉がいがらっぽくなる。
それはもしかしたら気のせいなのかもしれないが、
子供の頃からそうだった。タオルやハンカチでも同じことが起こる。
まことに行儀が悪いのだが、道を歩いていて唾をぺっぺっと吐かずにはいられない。
風邪、治らんなぁ~というよりも癖、治らんなぁ~というべきか。


2013.12.05 異音

さすがに市販の風邪薬では心許ないので、職場近くの医者に行った。
昔と違って、いまの病院は簡単に注射を打ってくれないようだ。
聴診器で胸と背中をあてると何やら異音がするというのでレントゲンへ。
検診のルーティンと違って、敢えてやることになったレントゲンは緊張する。
そして採血。もしかしたら喘息ではないかと曖昧に診断されたが、
咳き込みながらも煙草は止められない奴なんで、さぞ肺も草臥れていることだろう。


2013.12.06 久々にいい酒飲んだ

お馴染み気の置けぬ仲間と高田馬場「清龍」で忘年会。
ついこの間飲んで、カラオケやったばかりだと思ったら、一年前だという。
この人たちと飲むと過去の思い出話も楽しいが、近い将来のシビアな話題すら楽しい。
楽しく笑っていられる飲み会は本当にいい。
時間を忘れさせてくれることの有難さ。つくづく大切だよなぁ。


2013.12.07 土曜出勤のあとに

仕事を終えた後に食事に誘われる。
なるほど、人に上に立つリーダーの資質とはこういうことかと教えてもらう。
人たらしの極意といっては聞こえが悪いが、声をかけ、手間をかけ、金もかける。
それでていて無理する風もなく、やんわりと心を解きほぐしてくれる。
素直に「俺には絶対出来ん」と感心してしまった。


2013.12.08 商店街

年老いた親に風邪を移して肺炎にでもなられたら大変なので、
今日は実家行きを躊躇っていたが、どうしても用があると懇願された。
用といっても園芸用の土とトイレットペーパーの買い足しなのだが、
ふと顧みると実家近くの商店街はもはや壊滅状態だ。
中学の頃には八百屋が二件、文具屋、牛乳屋、乾物屋、電気屋と揃っていた。
それが今は見る影もなくシャッターが並んでいる。
何とか商売をやっている店も、昔のお店のお姉さんはおばちゃんになった。
そういえば、あれから駅前に大型のスーパーが何軒か出来たものの、
そのスーパーでさえ潰れたり名前を変えたりで苦戦しているのがわかる。
「ここらあたりは何にもなかったけど、随分と賑やかになったものだ」
いずれ大人になればそんなことをいうものだと思っていたが、
まさかの「昔は賑やかだったのだけど、さびしくなった」になるとは。


2013.12.09 政界ドタバタ劇

特定秘密保護法案が自民公明の圧倒的多数で衆参議会を通過した。
自民としては複数政党を取り込んで可決させたかったのだろうし、
そのように巧いこと運んでいってると思ったのだが、
何を急いだのか最後の最後でドタバタ劇となってしまった。
この種の法案は可決を急げば急ぐほど胡散臭くなってしまう。
正直言うと我々には、、、少なくとも自分には直接関係のない法律だが、
日本の安全保障上、必要不可欠というならきちん決めればいいと思う。
それにしても協議に参加して付帯条件を呑ませておいて、採決で欠席はない。
みんなの党の分裂は残念だが、結局その程度の党なのだろう。
民主の海江田代表あたりは憤懣やるかたなしの表情を浮かべていたが、
この特定秘密保護法を発案したのは民主党だったことをお忘れなく。


2013.12.10 それにしても

『ミカドの肖像』で世に出て来て論客ぶりを発揮したとき、
小泉政権下で道路行政を仕切っていたとき、
副知事として石原慎太郎をフォローしていたとき。
もう往時の面影は見る影もないではないか。
いやはや猪瀬直樹の打たれ弱さに驚いたというより、笑ってしまった。


2013.12.11 嗚呼、また風呂が

また風呂がつかなくなった。
排水の際の不具合で業者の立ち入りが必要とのこと。
こんな時によりによって冷え込む。風呂ナシなど有り得んわ。
いつものスーパー銭湯は送迎バスの発着が終了、町場の銭湯に行く。
思えばひとりで銭湯通いなど生まれて初めてではなかろうか。
脱衣所には常連客の洗面道具が置いてあり、
富士山の看板に洗面器には「ケロリン」のロゴマーク。
番台には無口で無表情なおじいさん。昭和だなぁ。
風呂上りに牛乳を買いそうになったが、
タオルを巻いた腰に手をあてて飲む自分を想像してやめた。
明日も仕事帰りに銭湯に寄ることになるのだろうが、
どちらにしろ早々に風呂を直してもらわなければ。


2013.12.12 チャリ買う

オートライトで6段変速。
15800円か、まぁこんなもんだろ。
衝動買いに近かったが、やっぱり銭湯通いにはチャリが一番だ。
往復4キロかけて風呂屋へ。
どこかで聞いたフレーズだが、洗い髪が芯まで冷えた。


2013.12.13 道々

職場から横浜駅経由で実家に寄る。
駅ビルが跡形もなく消えていたのにまず驚いた。
そういえば毎日のようにこのターミナルを利用していた時代もあったのだ。
かつて横浜駅といえば西口と東口しかなかったのだが、
今は「きた東口」 「みなみ東口」 「きた西口」 「みなみ西口」とわけわからん。
東京駅の「丸の内口」 「八重洲口」と比べ、気の利いていないこと甚だしい。
東急から相鉄への乗り換えも随分と遠くなってしまった。
ふと気づくと相鉄線の二俣川から実家までの道も様変わりしている。
以前は運転試験場が近くにあるので代書屋が軒を並べていたが、
今どきは運転免許の習得にも更新にも代書屋は使わなくなって、ほぼ消滅。
そのかわり県立がんセンターが建ち、調剤薬局が何軒かオープンした。
思えばそんな駅や街の変遷に気も止めず、長い時間をやり過ごして来たものだ。


2013.12.14 中島みゆき『夜会工場Vol.1』in名古屋

ネットのレヴューを拾い読みする限りは好評だったようだが、
正直、一抹の物足りなさを感じてしまったのは自分だけか。
もちろん中島さんは凄まじく体を張っていたし、力強く歌い切ったとも思う。
しかし過去17作の『夜会』をまとめて見せるという趣向はどうなのか。
どうしても総花的になり、いつもの圧巻のその先に行けないもどかしさが残る。
そんなこんなで今回は年末のルーティンである中島さんのLIVEを名古屋で観た。
式年遷宮のお伊勢さんに参拝したかったので『夜会』とセットにしたわけだが、
午前中には名古屋駅に降り立ったものの、スマホは新大阪へ(汗)
旅に出るたびに何かやらかす。
前回は赤穂郵便局から取り忘れたキャッシュカードが届いた。
もはや忘れ物が職場に届くたびに赤っ恥を掻くのもルーティン化したか。


2013.12.15 お伊勢参りへ

20代のとき、旅の途中に伊勢神宮に寄ったが、殆ど記憶に残っていなかった。
今回は外宮から月夜宮、倭姫宮、月読宮、そして五十鈴川を渡って内宮へ。
遷宮を迎えて参拝客でごった返す神宮の行ける限りを巡ってみた。
立ち入り禁止場所の多さは何とかならないものかとも思いつつ、
和の神髄ともいうべきか、高野山の大伽藍と曼荼羅とはまさに好対照。
静謐とはこういう空間をいうのだろう。
おかげ横丁の喧騒が嘘のように神宮全体がモノトーンに彩られている。
最初に印象が薄かった理由がなんとなくわかったような気がした。
次の遷宮の頃には70を越えているのか・・・。


2013.12.16 ぐたぐたの月曜日

やはり二日間の歩き通しで身体が疲れていたのだろう。
帰宅してからのチャリの銭湯往復4キロがとどめだったか。
眠い眠い、とにかく眠い。
ややもすると睡魔に持っていかれそうなところで、スマホが着払いで届く。
笑われーの、呆れらーれのの一週間の初めだった。


2013.12.17 JKお散歩

お散歩といっても、店外接待なので摘発されたJKリフレより危険といわれていた。
女高生相手に萌えるオヤジどもの心情などまったく理解の大外圏外もいいところだが、
大人の男に優しくされることで居心地の良さに依存してしまう少女もいるらしい。
この夏に研修会があり、その辺りのことを警視庁少年育成課の警部に教えてもらった。
実際、店にはこんなメニューがあったという。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
①お客様がJKに腕枕する…3分1,000円
②JKがお客様にトントンする…3分1,000円
③JKにいい子いい子する…3分1,000円
④見つめあう…1分1,000円(1分に換算すると1万2千円)
⑤ハグ…5秒1,000円
⑥手をつなぐ…10分1,000円
⑦JKから往復ビンタ…1回1,000円
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
笑ってしまうが、ニーズがある以上、性癖は人それぞれということか。
そういえば街の繁華街にアベックが随分と少なくなった気がする。
昔、新宿通りがホコ天だった頃はもうアベックで溢れ返っていた。
今は男子は男子同士、女子は女子同士でつるむ時代というものなのか。
学生時代はカノジョと歩けば、安価なレンタル―ムを物色したものだった(恥)
たまに見かけるバカップルの方がJKお散歩よりも健康的ってもんだろう。


2013.12.18 紆余曲折で忘年会

「今年は厳しい一年でした。来年はもっと厳しくなると予想されますが、
皆さまのご健闘とご発展を祈念して乾杯の音頭とします。カンパーイ!」
毎度同じ乾杯の挨拶が五年間繰り返されている。
おそらくその五年前も似たり寄ったりだっただろう。
では、こちらも皆さまの執念深い生命力が続く限りカンパーイ!だ。


2013.12.19 激痛

午前4時。突然の腹痛、慌ててトイレに駆け込むも下痢ではなく嘔吐。
そう昨日の夕方、忘年会開始前に赤褐色のおしっこが出てびっくりしたのだった。
何度かトイレで吐いて、スマホの「家庭の医学」アプリで症状を入力すると、
腎梗塞、腎腫瘍、腎がんやらと恐ろしげな病名がヒット。検診でも尿蛋白が出ていた。
なおも断続的な激痛。たまらず寒空にコートを羽織って救急病院へ。
途中、何度も吐きながら夜間受付のドアを開けて、目の前のソファに転がる。
レントゲンに尿検査で診断は尿路結石だということ。
看護師にパンツを脱がされ、生まれて初めての座薬をぶち込まれ、そのまま昏倒。
「石が出るまで水分を取って、痛みが出たらご自身で座薬を入れてください」と。
本日は病欠。アパートに帰ってから自分でもびっくりするほど寝た。
そして痛み止めが切れた途端にまたも激痛と嘔吐。自分で座薬を挿肛。
ところが自分だとなかなか奥まで挿せない。ケツを抑えながら悶絶。
胃液を逆流させまくったので、水も飲む気がしない。ていうか、情けないほど痛い。
そして、まだ石が出る気配なし。


2013.12.20 さらば先輩

最後に座薬を入れて24時間経過するも痛みはこない。
知らずのうちに石は流れたのだろうか。
本音は今日も仕事を休んで安静にしたかったのだが、座薬持参で出勤。
何せ入社して初めに仕事を教えてもらった先輩の退職日だ。休むわけにはいかない。
ありがとうございます。色々と勉強させてもらいました。
そして、最後は石の出し方まで教えてもらいました。
「ビールをガーと飲んで、ガマンしながらチ○コの先を摘まんで一気に!」
・・・お元気で。


2013.12.21 カーラジオを聴きながら

自分のことはとりあえず置いといて、母親の定期検診に付き添って病院へ。
三連休の初日とスリップ事故による渋滞で車が進まない中、
何だかんだと一日中、カーラジオを聴きながら一日を過ごしていた。
この時期、ラジオはクリスマスソングのオンパレードだったが、
異彩を放っていたのがNHKラジオの『ひるのいこい』。
20代の頃、荒川の土手で営業車を止めて、弁当を食いながらよく聴いていた。
束の間の休息と癒しにここまでうってつけの番組はあるだろうか。
『ひるのいこい』はどうしようもなく日本人の琴線に訴えてくる。
60年間。変わらない進行とスタイルとお馴染みのテーマ曲のおかげだろう。
自分が死んでも、きっと続いていそうな唯一の番組かも知れない。


2013.12.22 結石、消息不明

尿路結石ということだが、未だに石が出た自覚なし。
検索してみると砂利のようになって自覚なしに排出されていることもあるという。
それならいいのだが、一か月も排出されないことも珍しいことではないともいう。
しかし赤褐色の血尿が出た件や、左わき腹から背中にかけての激痛に止まらぬ嘔吐。
それが痛み止めが効いている間に解決しましたなんて決着でいいのか。
火曜日にちゃんとした泌尿器科に行ってみようとも思うが、
仕事も年末最後の週を控えて、そうそう職場を中座していいものかどうか。
こうなると年末年始というタイミングの悪さが恨めしい。


2013.12.23 陛下、80歳の誕生日

大病を乗り切り無事に傘寿の日を迎えられた天皇陛下。
今も公務や宮中行事にご多忙な日々を過ごされているという。
「天皇という立場にあることは、孤独とも思えるものですが、私は結婚により、私が大切にしたいと思うものを共に大切に思ってくれる伴侶を得ました。皇后が常に私の立場を尊重しつつ寄り添ってくれたことに安らぎを覚え、これまで天皇の役割を果たそうと努力できたことを幸せだったと思っています。」(会見文そのまま引用)
天皇皇后ご夫妻の姿に戦後の日本人がどれだけ癒され続けて来たのだろう。


2013.12.24 スタジャン購入

ブクロの駅前にやや尖った洋服屋がある。
てかてかのスタジャンや鋲の入った髑髏のプリントGジャンとか。
その店の店頭にぶら下がっているスタジャンが気になった。
もともと着古したスタジャンが一着あるが、捨てた記憶はないのだが行方不明(汗)
丁度スタジャンが欲しかったところだ。
定価は58,800円だが、値引いて19、950円で売っている。
楽天の定価詐称問題があったばかりで、迂闊に値引き率を鵜呑みにできないものの、
結局、カードで衝動買いしてしまった。
帰宅電車で、買ったばかりのスタジャンを改めて眺めてみる。
左胸にお馴染みの阪神球団マーク、右胸にTHの意匠。
背中にはドカーンとTigersの斜体文字。
う~ん、こんなスタジャン着てどこに行くのだろう。
球場に行く頃はスタジャンの季節でもないだろうし。
ま、ええか、なにせ今夜はイブだから。


2013.12.25 反中・嫌韓

端っからネットの匿名世界に真っ当な秩序など期待していないので、
反中も嫌韓もそこで勝手にやっていりゃいいと思うのだが、
この一年の週刊誌、夕刊紙の中国、韓国への誹謗の羅列はどうしたものか。
よくもまぁ活字ばかり勇ましく、内容のない根拠薄弱な記事を書き飛ばせるものだ。
ネット世論を追随するレベルの記事がいかに日本人の民度を下げまくっていることか。
相手の非常識を拾ってきて笑いものにして溜飲を下げるなんざ、
みっともねぇこと甚だしい。そもそも今の日本人がそんなに偉いのか。
隣国を中傷することで成り立っている愛国心など愛国心とはいわんだろう。
もちろん大陸も南北半島も腹が立つことの連続ではある。
しかし中国の脅威も、朴槿惠の外交も国の実務者がしっかり対応するに任せて、
我々、一般日本人は泰然自若に構えていればよいではないか。
ていうか、フツーに朝日や毎日の記事に苛っと出来る環境に戻してくれといいたい。


2013.12.26 首相の靖国参拝

日本人が、戦争で亡くなった英霊たちに感謝の気持ちを捧げるのは当然のこと。
仮に戦時下での靖国の存在が、若者を戦地へ赴かせる仕組になっていたとしても、
多くの兵士たちが「靖国で会おう」と散っていたのは厳然たる事実であり、
安倍総理が彼らに「不戦を誓う」ために参詣したことを何故に責めるのか。
隣国が騒ぐのは勝手だが、日本のマスコミのヒステックな反応にはがっかりする。


2013.12.27 仕事納め

ある者は通常業務、ある者は大掃除。納会まで時間があいたので横臥待機。
飲み会にはふぐのヒレ酒も出た。相変わらず飲むことには異常にアグレッシブだ。
さて1月5日まで9連休に突入。去年は叔母が倒れて、今年は両親が倒れた。
何泊も旅行に出ることは有り得ない、さりとて寝正月でもいられない。
映画はシネコンの一か月の無料パスが手に入る。
では映画三昧で過ごせるかといえばそれもどうしたものか。
結局、休みが何日あろうと、最後は「あと一日休み欲しい」となるのだから、
今回はのんべんだらりとした中でも一日一イベントを目指してみようかと思う。
経験から寝正月で終わると、身体がかったるいまま仕事始めになるものだ。


2013.12.28 アレルギー反応

書き忘れていたことがあった。アレルギー体質について。
今月の初めに咳とクシャミが止まらなくなって、採血をやったまで書いた。
その結果、自分が甲殻類以外にも様々なアレルギー体質であったことが判明。
まずスギやブタクサなどの花粉に陽性反応。
今まで騙し騙しスルーしてきたが、これで花粉症であることが確定。
さらにハウスダストやダニへのアレルギー反応が一般平均値の3倍と出た。
見れば部屋の隅やサッシにホコリがダマになっている。
身の回りにダニなど存在しないと無理やり過ごしてきたが、
咳き込んでいた日々を思うと相当なダニを食ってきたのだろう。
布団乾燥器をフルに稼働させたところで、ダニは死骸となってもタチが悪い。
朝、シーツをはがして洗濯器に投げ込んだが、前回洗ったのはいつだったか。
うーん、考えるだに恐ろしいダニ。


2013.12.29 深川七福神めぐり

森下、清澄白河から門前仲町まで深川界隈の七福神をめぐった。
寺院と神社のコラボでそれぞれ祀られる神の出自も無国籍なのだから、
まぁ七福神めぐりなど、ちょっとした札所巡礼の気分を味わう遊びなのだろう。
それでも正月にはごった返すのでひと足先に寺社をめぐってみたという次第。
深川に来たのは何十年ぶりだろう。昔、このあたりは営業でよく回った。
確か高倉健の『昭和残侠伝・死んで貰います』の舞台が深川だったか。
あの映画が新文芸坐で上映される日に母親が倒れたのだったか。
富司純子をゲストに『緋牡丹博徒・お竜参上』との二本立ては楽しみだった。
あれは母親が「いつまでも昔の好物を追いかけてんじゃないよ」と、
身を呈して阻止しにかかったのかもしれないと思うことがある。


2013.12.30 もっと鷹揚に

「親に向かってなんだその口の利き方は!」という定番の台詞。
しかし、もううちの親たちはそれを言わなくなった。
そういってもおかしくないことを自分は親に言っているというのに。
耳が遠くなったので小言が次第に罵声のようになってしまう。
反抗期の頃でもそこまでは言わないだろうということを今は言う。
近い将来には自分の親への言い方を後悔することになるかもしれない。
しかしこれを言わずに我慢したことも後悔しそうなので始末に悪い。
そもそも自分は間違いなく正論を言っているつもりなのだ。
明日は実家で年を越す予定なので、努めて穏やかにしてみようかと思う。


2013.12.31 実家で年越し

実家で紅白見終わって、母親がそばを茹で始める。
こんな絵に描いたような大晦日を過ごしたのは二十代の頃以来か。
ずっとそういう一家団欒みたいなものから逃れようと足掻いてきた。
いつかこんな風に回帰するんだろうなと思いつつも。
そんなこんなで、小さな我が家が波に揉まれ続けた2013年が終了。

                           

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