■2018.04

日めくり 2018年04月(平成30年)       



2018.04.01(日) こもる

ポカポカ陽気に桜の散り際の美しさ。そして映画ファーストデー。
朝起きた時は映画館に出掛ける気マンマンだったが、
ちょっとHPを更新していたら、もう止まらなくなった。
映画観賞の過去履歴を作り始めて、それにハマってしまったのだ。
まったく本末転倒もいいところだが、単にタイトルと日付を羅列しているだけでも、
こういう過去を辿る作業は、過ぎ去った歳月と、
それなりに甘酸っぱい記憶をよみがえらせてくれる。
「未来」と「過去」の引力なら、後者に強い“引き”を感じる。
それが人生で良いことなのか悪いことなのかわからないが、
過去には後悔はあっても今さら不安はなく、それなりにほのぼのとした幸せがある。
何よりも過去をデータベース化出来るのは有難いと思いながら、
タバコの煙でモクモクとしたアパートにこもって、一日悦に入っていた。


2018.04.02(月) 寸止めニュースに

かつて、仕事から部屋に帰ると真っ先にテレビをつけたものだった。
別にとくに観たい番組などなくとも、テレビから流れる「ガヤ」が欲しかった。
今やそれがパソコンに変わった。帰宅早々、とりあえずパソコンを立ち上げる。
パソコンはテレビのような音は発しないが、モニターに「ガヤ」が溢れ出る。
先ずはYAHOO!のトピックスを見て、目に止まった記事をクリックする。
以前はニュースのリンク先が産経新聞に飛ぶことが多かったように思うが、
今は朝日新聞がリンク先となる頻度が増えた気がする。
ところが見出しで惹かれてニュースをスクロールすると、
記事は途中から、[無料登録して全文を読む>>][ログインして全文を読む>>]と出る。
一応、朝日ニュースには無料登録しているが、あまり気持ちのいいものではない。
それどころかクリックしたことを軽く後悔する。
映画の濡れ場で、登場人物が部屋の電気を消して真っ暗にするのと似ていないか。
大谷翔平のメジャー初勝利の記事ぐらい最後まで読ませろって。


2018.04.03(火) 「雑途往還」をスマホで見ながら・・・

帰りの電車の中で自分のHPをスマホで閲覧すると、
まず100%の確率で誤字・脱字を発見する。
明らかにタイプミスもあるが、普通に無知から来る誤りもある。
「あちゃっ、またやっちまってる」と思う。スマホからはHPを訂正出来ないのだ。
焦る気持ちで帰宅し、早速直さねばとPCを立ち上げるのだが、
今度は誤字の箇所が何処だったか見つからなくなる。
これは「HP管理人あるある」のひとつかもしれない。
それにしても100%確率で誤字っているのは情けない話で、
誰も教えてくれないまま放置して、さぞかしバカだと思われているのではないか。
いや実際、お利口ではないのでバカと思われても構わないが、
とっても恥ずかしいことであるには違いない。
この「日めくり」など、毎月、更新する際に改めてチェックをしているが、
必ず誤字っている。さしずめ誤字の海になっているのではないか。
このたびも「どこのお大臣だ。」という文を発見し、「お大尽」と訂正した。
誤字の海に放置され、恥を晒している文字たちには申し訳ないが、
これが私のクォリティだと思って読んでくれる方が気が楽というものか。
単なる開き直りなのだが。


2018.04.04(水) 個人的に

「今日は皆さん、残業お願いします」と指示をする。
残業手当が出ない職場で、残業のお願いをするのは非常に肩身の狭い。
しかし、どうしても今夜は早く上がらなければならない個人的事情がある。
そんなことはおくびにも出さず、昨日の残業でそこそこ余裕を作って、
「効率を意識し、今日は何が何でも定時で終わらせましょう」とやった。
このHPの存在を絶対、職場の連中に知られたくない所以でもある。
そんなこんなで私はいそいそと職場を抜け出すのであった。


2018.04.05(木) 有難うランディ、投手戦制す ~横浜スタジアム

今日は代休をもらい“朝モス”して御用を終えた後、部屋に戻ってくつろぎ、
あざみ野から横浜市営地下鉄経由で浜スタに乗り込んだ。
浜スタまでどのルートで行くかはその時の勘で決める。
今夜はレフトスタンドバックスクリーン脇の席。
スコアボードは見られないが、遠いながらもバッテリー間はよく臨める位置だ。
この位置からの投手戦は球種やコースがわかるので面白いし、見応えがある。
ランディ・メッセンジャー、素晴らしかった。
ランディといえば我々はずっとランディ・バースだったが、
今や、レフトスタンドの応援もすっかり「ランディ!」となって、
私もそろそろメッセからランディに上書きする時期になったようだ。
それほど今夜のランディは素晴らしかった。
ベイ打線にまだ昨年終盤のような勢いがなかったとはいえ、
8回96球被安打3奪三振11与死四球0、もちろん失点0。2塁踏ませず、文句ナシ。
落ちるカーブが面白いように決まり、ストレートは梅野のミットにズバっと決まる。
おそらく私が今まで観てきたランディの中で、一番気持ちよく投げていたのではないか。
一方、対戦したベイのドラ1ルーキー、東。またも厄介な左が一枚増えたようだ。
2-0で勝ちを拾った息詰まる投手戦。
かつて大味だったベイ戦の風景はすっかり浜スタから消えていた。


2018.04.06(金) 何でもかんでも男女平等?

大相撲の巡業先の舞鶴で、挨拶の途中で倒れた市長に駆けつけた女性に、
「すぐに土俵から降りてください」と行事がアナウンスした件について。
相撲協会は人命より伝統や格式を優先したとして非難を浴び、八角理事長が陳謝した。
しかし単にその行事が職務に忠実すぎただけで、
それを男尊女卑思想に結びつけるのは違うのではないか。
私は「女は土俵に上がるな」と思っている。
人命優先は当然。ちびっこ相撲なら女の子を土俵に上げていもいいとさえ思う。
しかし伝統や格式もあるが、もともと男が巨体に相撲褌ひとつで土まみれになる神事。
風体も暑苦しい巨大な男たちが張り合い、投げ合い、転げ回る汗と涙の世界を、
女たちは上から手を叩いて喜んで眺めていればいいではないか。
この機に乗じ、宝塚市の女市長が「私に土俵から挨拶させろと」と要望してきたが、
そこは協会としてガンと撥ねつけたという。当然だろう。
ならばお膝下のタカラヅカの舞台に男優が上がってもいいのかという話。
それをやってしまったらタカラヅカでなくなってしまうではないか。
閉鎖された世界観の中で伝統や格式を伴いジャンルは研ぎ澄まされていくのだ。
くだらんフェミニズムで、純化された世界を崩壊させられたらたまったものではない。
そもそも何でもかんでも男女平等ではつまらんではないか。
映画館のプログラムに「男性デー」も作れとは思うが。


2018.04.07(土) 母親から「立てない」と電話があり、、、

慌てて土曜午後でも受け付けている病院を検索した。
レントゲンの結果、脊柱管狭窄症からくる坐骨神経痛と診断。
困るのは実家は石段を降りなければ外へ出られない。
大した段数ではないが、親父の時もそれで往生した。まったく難儀なことだ。
今、たまたま母の一番下の妹が実家に居候しているので助かっているが、
これがまたすぐに姉妹喧嘩が始まって、それも難儀なことではある。
幸い食欲もあり、口は達者なので救われているが(困ってもいるが)、
いよいよ歩けないとなると大ごとではある。
ま、頭が呆けても足腰が丈夫で、動き回られるのとどっちが良いのかわからない。
つくづく齢をとるということは、何かと往生し、難儀し、困ったものなのだ。


2018.04.08(日) 40代おっさん3人の「新しい地図」は見えたか?

稲垣、香取、草彅の元SMAPによる映画『クソ野郎と美しき世界』を観る。
はっきりいってSMAPについては完全に守備範囲外。
独立騒動も解散騒動も「うるせぇな」とは思ったものの、基本的に関心はない。
映画は四話からのオムニバス構成で、園子温と太田光の演出を楽しみにしていた。
ところがこの稲垣、草彅、香取の三人がことの他よかった。
スクリーンに大写しにされると明らかに中年オヤジで、すっかり油気が飛んでいたが、
トップアイドルだった痕跡を消した彼らの老け具合がとてもよい。
浅野忠信と満島真之介にここまでやらせるかという園子温節で笑わせる第一話は、
稲垣吾郎そっちのけの無駄なテンションが、かえって稲垣を引き立たせ、
不可思議な世界観漂う香取慎吾のパートも、その短さゆえにそこそこ緊張感が持続し、
太田光のどこまでも閉じていく内向性が草彅剛の一面を引き出して、楽しかった。
ただ第四話で「すべてのパズルが集結する」という謳いはいかがなものか。
クェンティン・タランティーノや伊坂幸太郎の小説が広めた手法だと思うが、
一話ごとのオムニバスが完結せず、各話が寸止めで終了してしまうのは勿体ない。
ならば自然と最終話に期待をするのだが、それが少しもパズルがハマってこない。
各々の連携が取れていないのだろう。結果として雑な構成と無理やりの大団円。
40代おっさん三人の“新しい地図”への意気込みは良しとしても、
所詮はファンムービーだったか。しかしいつまでもファンムービーでいいのか。
わざわざスクリーンで観せるほどの映画ではないが、ポイント観賞なので良しとするか。


2018.04.09(月) 子供か!?

子供の頃、何か悪さをしでかし親や教師にバレては大変だと、
必死の思いで、証拠の隠滅、改ざんに勤しんだことがある。
さらに「口裏合わせ」。悪ガキ同士で示し合わせ嘘をつく。
それは誰もがやったことだろう(と、思いたい)。
そんな幼稚なことが国会の予算委員会の答弁で繰り返されている。
当然、傷の深さは隠していた時間と比例して深くなる。
「どうせ後からバレること」「バレたら大変な騒ぎになること」。実に幼稚な話だ。
しかしそれは案外、お利口、馬鹿の関係なく、人間の性なのかもしれない。
どうせバレることに必死となって墓穴を掘り、その墓穴を埋めようとさらに嘘をつく。
幼稚といいながら、財務省ともあろうエリート集団がガキみたいなことをやっている。と、そう上から眺めてせせら笑いたい、こちらの幼稚な気分もあるかも知れない。
それでいて、せせら笑いながら、深くなる一方の傷口を眺めて、
どこか身につまされている記憶が燻るから困ってしまうのだ。


2018.04.10(火) メジャーにオータニの洗礼

ホームラン3発でも凄いのに、今日は・・・もはや少年マンガでも書かん。
このあまりの鮮烈なメジャーデビューに日本中が湧いている。
とにかく大谷翔平は次々と我々の想像を超えていく。
痛快だったのは“メジャーにオータニの洗礼”の見出し記事。
確かに3発放り込まれ、7回まで完全に抑えられたのだから、
MLBの面目などあったものではなく、
スプリングキャンプでの酷評は、今や賞賛と訂正と謝罪に溢れている。
大谷がメジャーに挑戦しているのは確かだが、
すでに目指す地平は挑戦者の域を超えているのは間違いない。
彼の場合、二刀流がメジャーで通用するかという実験者であり、冒険者だ。
しかし全米にデビューの華々しい記憶が刻み込まれた分だけ、
これから先、ずっと今この瞬間と比べられていくことになる。
相応の試練も覚悟しなければならないし、修整能力も問われよう。
それでもこの瞬間の大谷翔平のことは、忘れられないものになる。


2018.04.11(水) ぶるっ

「ぶるっ」と来て尿意で目が覚めた。今朝は冷えた冷えた。
桜の花がすっかり散った後で「花冷え」とはいわないのかもしれないが、
先週まで夏を思わせるような陽気だったのが一転して寒が戻った。
最近、無意味に目覚めがいい。
トイレが我慢できないからだ。いいとこ4時間ほどで目が覚める。
ほんの以前まで、やたらトイレに起きる両親を不思議に思ったものだが、
今は10時間ぶっ通しで寝ていた頃の自分が不思議でしょうがない。


2018.04.12(木) 退場

メッセンジャーが暴言により、退場となった。
チームもあえなく負け。まったく甲子園の観客は気の毒という他はない。
ついこの間まで、「親しみをこめてランディと呼ぼう」などと書いていたが、
退場となると“メッセ”に逆戻りだ。
セ・リーグに予告登板が導入されて久しいが、
好調のメッセの本拠地初登板を目当てに甲子園に来た観客も少なくない筈だ。
それが二回退場というのだから背信の誹りは免れない。
そもそもボール、ストライクの判定だ。退場になる局面ではない。
満塁でスリーボールにしたのが悪い、本人もわかっているだろう。
ま、それだけ気合を込めて一球一球投げ込んでいるということだろうが、
ただでさえ威圧感たっぷりの大男だ。
ラーメン吉村家でも無言の圧力を放ちながら、ひとり行列に並んでいた。
どうせ大声で怒鳴ることで、血の気が昇るのを抑えたいのなら、
審判には暴言にならないようなことを叫べばいい。
「奥サンノコト大事ニシテマスカっ?!!」とか(呆)


2018.04.13(金) 13日の金曜日

13日の金曜日が不吉とされる説は、いつ頃から流布されたのだろう。
イエス・キリストが磔にされのが13日の金曜日だと聞いたのは小学校の時か。
しかし紀元後間もない頃の大昔の日付・曜日が特定できるわけはない。
イヴによるアダムの誘惑。大洪水からノアが脱出した。バベルの塔が壊された。
すべて13日の金曜日だという。しかし聖書にその記述はないらしい。
もともとこの日を「忌むべき日」とするのはアメリカ、フランス、ドイツだけ、
すべてWikiネタだが、実は13日にあたる曜日で一番多いのが金曜日なのだそう。
その13日の金曜日、甲子園球場。先発は藤浪晋太郎。
藤浪は毎試合、最後通牒を突きつけられながらマウンドに上がっている。
この日の藤浪はかなり良かった。ボールに勢いがあった。しかし勝てない。
9回裏に福留が日米通産300号の同点2ランを放ったものの、
守護神ドリスが延長で逆転されてあえなく負け。
とにかく打てない。貧打に喘ぐ虎は相変わらずだったが、
しかし13日の金曜日とはおそらく関係ないことだと思われる。


2018.04.14(土) 豊子おば、居座る

母方の一番末の妹、豊子叔母さんが長逗留している。
若い頃にバスガイドをやっていた豊子おばはとにかく喧しい(笑)
誰にでも話しかけ、誰とでもすぐに打ち解けてしまう。
どうも母はその豊子おばを持て余しているらしく、
仕事中に要らぬ愚痴電話をかけてくる。
それで私も「くだらんことで電話すな」と叱り飛ばすものだから、
母の血圧も上がる一方なのだそうだ。実際、疲れているのがよくわかる。
でも私はこの叔母のことは結構好きだ。歯に衣着せぬ物言いも嫌いではない。
ただもの凄くおせっかい焼きで、物事を簡単に決めつけてしまうのが玉に瑕。
今日も横浜の病院に母と一緒に同行したのだが、
医師の話をろくに聞かず、看護婦相手に持論をまくし立てていた。
それでも、座骨神経痛で動けない母の手足となって動いてくれて助かっている。
換気扇を掃除してくれ、部屋の片づけもなんなくこなしてくれて有難い。
実はこの豊子おばに一番助けられているのは母ではなく、私なのだ。


2018.04.16(月) 今回の劇場版『名探偵コナン』は面白かった

エンドロールが終わると、必ずTo be continuedとスポットが流れる。
来春の公開告知だ。そこで次回コナンと絡むメインキャラクターがわかる仕組みだ。
何せ一年に一度、春の公開が決まっているので、
スケジュールに沿って万全の態勢が組める。
しかも70億級の大ヒット必至ということで予算も潤沢だ。
以前から劇場版『名探偵コナン』はかなりの高レベルにあるが、
それもこれも第一作の『時計じかけの魔天楼』が素晴らしすぎたからだろう。
もちろん中には「う~ん・・・」と首を傾げた作品もあるが、
総じて一定のクオリティは約束されているのがこのシリーズだ。
そんな毎年春のお楽しみ劇場版『名探偵コナン』の最新作『ゼロの執行人』。
前回の『から紅のラブレター』を軽く凌ぐ面白さだった。
警察と検察それぞれに公安部があって、その内部対立が事件のキモ。
正義を振りかざし、正義のために多少の犠牲は止む得ないとする公安部に対し、
そんなもの正義ではないと叫ぶコナン。
少年少女の観客を相手になんちゅう難しいストーリーを繰り出しているのだろう。
正義とはなんだ?やっぱり子供に理解されているとは思えないが、
我々も「ウルトラマン」や「ウルトラセブン」で正義の裏表を考えた記憶がある。
子供は子供なりに思うところはあるのかもしれない。
ただ内容が重厚であればあるほど、クライマックスのアクションはド派手になる。
以前から車でのダイビングはやっていたにしても、もはやインフレ化しつつある。
いやいやコナンの観客はあくまでも子供たちであることを忘れてはなるまい。


2018.04.16(月) ジェニファー・ローレンスの凄味

何を隠そう、私はジェニファー・ローレンスの隠れファンだ(笑)。
といっても彼女の映画は2本しか観ていない。
『世界にひとつのプレイブック』と『アメリカン・ハッスル』。
傑作との誉れ高き『ウィンターズ・ボーン』も劇場未見であるし、
正直言うと、他のフィルモグラフィには興味のない作品が並ぶ。
『アメリカン・ハッスル』など完全に脇役なのだが、もう存在感が図抜けていた。
間違いなく20代のハリウッド女優の中で実力ナンバーワンだろう。
頼むからマッチョなヒロインの道ばかり歩まないでいただきたい。
彼女には昔のアメリカン・ニューシネマの匂いがする。
だから好きなのだろといわれればそれまでだが、
今のシステマティックなハリウッドでは収まりきれないものを感じる。
その意味で、昨日観た『レッド・スパロー』などはまさに本領発揮。
ドミニカ・エゴロワという主人公が辿る数奇な運命よりも、
それをジェニファーがどう演じたのかに私の興味が向かってしまったのだ。
私には珍しい映画の見方だったが、そうならざる得ない。いやはや。
だからシャーロット・ランプリングとの2ショットにはドキドキした。
そして映画館を出た後、「ジェニファー、すげぇな」と思わず呟いてしまった。


2018.04.17(火) 三船敏郎がミフネだった頃

フィルムセンターが国立近代美術館から独立して国立映画アーカイブになった。
仕事帰りに黒澤明の『生きものの記録』を観る。
いつか黒澤映画のすべてをスクリーンで観ようと思っているのだが、
こればかりはその数少ない機会を見逃さないようにするしかない。
『生きものの記録』は黒澤映画史でも珍しく記録的な不入りだったという。
やはり原爆を扱ったことが昭和30年当時の観客からは敬遠されたのだろうか。
確かにこの映画の見所の大半は35歳で70歳の老人を演じた三船敏郎の凄さにある。
黒澤明は三船敏郎のバリエーションを見せる仕事にキャリアを費やしてきた。
そして、その輝きたるや、スターのスターたる所以はこういうことかと思わせてくれる。
世界のクロサワは三船を見出したことで名声は不動のものとなり、
黒澤映画に出続けたことで世界のミフネになった。この二人は両輪だ。
『酔いどれ天使』など若き三船の躍動感がはちきれんばかりで、目が眩むほどだった。
しかし我々世代の三船はTV時代劇や、大作の箔付けにチョイ役で出てくる人。
誰もが無骨な面白味だけを求め、寄ってたかって世界の三船に枷をはめ、
あの類い稀なる反射神経とスピード感を封じ、愚鈍な頑固者ばかりを押しつけていた。
三船自身も巨大化した三船プロの維持に奔走する宿命を負ってしまったのだろう。
だから壮年となって以降の三船の芝居はつまらなくなった。
しかし同時にミフネはその栄光と名声に敢然と存在する人でもあった。
この人ほど、その当時の現在と過去のイメージが乖離している人はなく、
名画座でその圧倒的な光を感じつつ、封切館の三船に失望するというギャップを生む。
唯一、三船が三船としての存在感を見せたのは寅さんにゲスト出演した時だけか。
実は今日の今日まで『生きものの記録』のスチルの老人が三船だとは知らなかった。
あー、これ三船だったんだと心底驚くことになったのだが、
三船の反射神経とスピード感とはまさにこういうことなのだ。
頑迷でありながらひどく臆病で、いずれ行き着く悲劇を垣間見せる狂気性。
リアルな70歳の三船が、このような70歳を演じられなかったことは、
日本映画のキャンパスの狭さを如実に物語り、不幸なことだった。


2018.04.18(火) 恫喝

昨日の国立映画アーカイブからの帰りの田園都市線。
先の駅で発煙騒ぎがあったとかで電車が途中駅で運転見合わせとなった。
帰宅駅の中央林間駅からふたつ手前の南町田駅で降ろされる。
時刻も23時を回り、観客も苛立っていたのか改札の駅員の元に詰め寄っている。
「電車はいつ動くんだ」「まったく目処が立たないのか」「臨時バスは出ないのか」
見るとまだ入社して間もないような若い駅員で、客の怒気に平謝りの体だ。
「あんたじゃ話にならん、今すぐ上司に電話して指示を仰げ」と、
駅員が頼りなげな若いお兄さんと見たからか、複数の乗客がいいたい放題だ。
電車が止まったばかりの駅で、職員にあれこれ要求したところでどうにもなるまいに。
我慢できず「そんなものこのお兄さんにいっても仕方ねぇだろ!」ど怒鳴ってしまった。
遅い時間帯でストレスを抱えた客もいるだろうし、酒が入っている客もいる。
「タクシー代、東急に請求するからな」と捨てゼリフを吐いて立ち去る客。
鉄道会社のこういう場合の客あしらいは「ひたすら謝る」がマニュアルなのだろう。
鉄道マンはクレームとホームの吐瀉物の処理を繰り返しながら成長するのだとしても、
この場に乗じてストレスを発散しようとするオヤジの悪態は許すまじだ。
所詮、終点まで駅ふたつ。歩けない距離でもあるまいと、
小雨の中を国道沿いにてくてく歩いたのだが、私も妙にテンションが上がっていた。


2018.04.19(木) 外交の安部?

安部政権誕生以来、最大のピンチなのだろう。
「モリカケ」問題なら、刻み海苔ごときに割増料金を取られるならモリで結構だが、
ないとされていた財務省や自衛隊の記録文書が出てきたり、
短期間の間に国税庁長官についで財務事務次官が辞任したりと内政がぐだくだの中、
得意とされる外交でもフロリダのトランプ別邸で好き放題されている印象だ。
そもそもこの度の鉄鋼関税も日本にとって根耳に水だった。
首脳同士の信頼関係で乗りきれるほど、相手は情緒的ではない。
だからアメリカのポチのままでは危険なのだ。
そもそも相手は日本との貿易不均衡を正すと宣言して大統領になった男。
対等な日米関係といったところで、相手がポチだと思っている内は遠吠えにもならない。


2018.04.20(金) セクハラの二重構造か

セクハラ発言の福田事務次官の辞任の件について、
あの全否定はなんだったのか。週刊誌を告訴して戦うとした勢いはどうした。
名乗り出ろといっておきながら、舌の根も乾かぬうちに辞任会見を開く。
そもそも「名乗り出ろ」という発言は世間の反発を招くに決まっているわけで、
何度もいうが、何故それくらいのシミュレーションが出来ないのか本当に不思議。
日本の根幹である財務省のこの脇の甘さ。本当に日本は大丈夫なのか。
そしてテレビ朝日の女性記者が名乗り出て、会見を行った。
当該記者は福田氏のセクハラ発言をテープに撮って週刊誌にリークしたという。
そのことで自社の取材テープを他のマスコミに流すのか?との批判も出ているが、
結局、そうせざる得なかったから、女性記者は新潮に流したのだろう。
要するにテレビ朝日は私を守る気がないと判断したわけだ。
元警視庁の部長だった職場の上司がいうには、
コメントを求めに夜中に何度も女性記者が自宅に押し掛けて来たのだという。
要するにデスクから「体張ってスクープ取って来い!」なんて指示は日常茶飯事で、
この度のケースもそんなところだろう。
女性記者バッシングなど的外れもいいところだ。
結局、テレ朝も福田氏もセクハラを介した同じ穴のムジナにすぎない。
しかしこういうセクハラの二重構造は社会のどこにでも転がっている。
さようにセクハラについては難しい問題を孕んでいるのは事実だ。
私の職場など日常会話がほぼセクハラではあるのだが、
そんな気はなくとも相手がセクハラと主張すればセクハラになってしまう。
どこまでがセーフでアウトだとの基準もないし、そもそもセクハラ罪なんて存在しない。
本音としてこの程度のことで国会を空転させていいのかとなるのだが、
「この程度のこととはなんだ、それもセクハラだろ」だといわれかねないから怖い。
ただ断言しておく。部下のセクハラで大臣がツメ腹を切る必要は絶対にない。


2018.04.21(土) 「午前十時の映画祭9」スタート

“あの名作がスクリーンで甦る”というフレーズで始まった「午前十時の映画祭」。
今年で9年目を迎えることとなった。
週末の午前十時に映画館に行くというのも、最初の内は苦行に近かったが、
この映画祭がきっかけで私は映画館に呼び戻された面もあり、
基本ビデオで映画を観ない私に、観賞を諦めていた作品を観せてくれた有難さと、
作品が連れてくる遠い日々の思い出に、どっぷり浸る楽しさを与えてくれている。
今までリピート上映を除く200本の作品の殆んどに出掛けて来たが、
さすがにスペクタクル超大作は出尽くしてしまった感はあり、
『十戒』『戦争と平和』『史上最大の作戦』『西部開拓史』くらいしか思いつかない。
そんな形でやや小粒になりかけて来たラインアップではあるものの、
次は何が上映されるのだろうかと、毎年、2月を過ぎるとそわそわさせられている。
今年の第9回もリピート上映を除く22本を観に映画館に行くつもりではある。
22本の内、劇場未見作が8本というのは少し寂しいが、
ビデオ観賞に甘んじていた『椿三十郎』と『パルプ・フィクション』が上映される。
去年、文芸坐の上映を「もしや」と思い、観るのを控えた『ジャイアンツ』など、
読みが当たってガッツポーズしたくなった映画もある。
上映環境は最善の方がいいに決まっている。
封切時ではただ眺めてしまった『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』。
中学生がアル・パチーノの熱演に手に汗握った『狼たちの午後』など、
今年の劇場観賞履歴にそれらが加わるのは大いなる歓びだといっていい。


2018.04.22(日) 21年前と21年後

その「午前十時の映画祭9」は『タイタニック』から始まった。
こりゃまた随分と新しい映画からスタートしたものだと思っていたところ、
なんと21年前の公開作品だった。先ずそのことに打ちのめされる。
21年の歳月が、学生時代に感じていた21年のサイズではないことは承知しているが、
ほんの10年前くらいかと思っていたものが、すでに倍の年数が過ぎている。
私の生まれる21年前といえば、日独伊の三国同盟が締結された頃にあたり、
大政翼賛会が結成され、日本がいよいよ戦争の泥沼にのめり込んで行くわけだし、
逆に今から21年後の私は78歳のジジィとして、果たして生きているのか死んでいるのか。
21年なんてあっという間に過ぎてしまうが、21年あれば時代も歴史も一変する。
まったく体感と実際とのギャップは凄まじい限りだ。
しかし改めて観た『タイタニック』はまったく古びていなかった。
デジタル上映では特殊技術の数々も最先端で甦り、
ラブストーリーとして、歴史劇として、パニックスペクタクルとしても申し分がない。
唯一、歳月を感じるとすればディカプリオとケイトの初々しさだったか。
エンドロールに流れるセリーヌ・ディオンの歌を聴きながら、
いよいよ感覚と実際のギャップは迷宮に入り込むしかないと思った。


2018.04.23(月) 117歳死去

昨日「21年後の私は78歳のジジィとして生きているのか死んでいるのか」と書いた。
そんな矢先、世界最高長寿といわていた田島ナビさんの死去が伝えられる。
1900年(明治33年)生まれの117歳。前々世紀だ(驚)
今の私が倍生きたとしてもナビさんの年齢には達しない。
最晩年まで島唄を手振りで合わせていたという。
7男2女を育て、子から孫、ひ孫、やしゃご、来孫まで160人を超えるのはすごい。
来孫(らいそん)なんて初めて聞く言葉。
人間というより、もはや人類として素晴らしい。素晴らしすぎる。


2018.04.24(火) 鉄人の思い出

衣笠祥雄。しかし私には中継のテロップに表示された「衣笠幸雄」に馴染みがある。
タイガースファンとして衣笠にやられた記憶が一切ないのは、
当時、「阪神vs広島」を中継するテレビもラジオもなかったからだろう。
いつも巨人戦でチャンスに大振りの三振を喫していたイメージが強く、
どちらかといえば衣笠には、いつもがっかりさせられていた。
だから通算ホームランの節目の度、「衣笠の500本超え」のフレーズに驚くのだが、
赤ヘルの存在感を知らしめたオールスターでの山本浩二とのアベックホームランと、
「江夏の21球」での有名なサードからの声かけが私が見た衣笠のすべてだった。
いかに怪我には滅法強かった鉄人も病魔には勝てないということか。
結腸がんということだが、鉄人の体を蝕むほどの屈強ながん細胞だったに違いない。
それにしても71歳は早すぎる。


2018.04.25(水) 眠む、、、眠む、、、眠む、、、眠む、、、

早出残業の日々。
以前、目覚ましのアラームをセットしていた時間に、
今はすでに電車に乗っている。
今朝もまたそぼ降る雨の中、傘に当る雨音と足取りとを合わせながら、
小声でぼそぼそ「眠む、、、眠む、、、眠む、、、眠む、、、」と呟いている。
就寝時間は以前と変わらないので、確実に睡眠時間が減っている。
それでも目が覚める理由は・・・・4月11日に書いた通り。


2018.04.26(水) 元子さんの純愛物語

何だか人の生き死にばかりをネタにするようで気が引けるが、
馬場子元子さんの訃報に触れないわけにはいかない。
プロレスラーの故・ジャイアント馬場夫人だ。
この二人の純愛物語は元子さんが15歳の出会いから始まる。
舞台は兵庫県の明石。まだ馬場は18歳のプロ野球選手だった。
私は「内助の功」の言葉を聞くたびに元子さんのことを思い出す。
挫折した野球選手がプロレスに転身し、「東洋の巨人」として全米を湧かせたときも、
全日本プロレスを設立したときも、それ以降も元子さんは馬場を支え続けきた。
しかし世間的には「ジャイアント馬場は独り者」で通していた。
ファンにも二人の仲はずっと伏せられてきたのだ。
(実際に私は全日本プロレスの会場でスタッフに指示を飛ばす元子さんを見ていた)
大好きな話として、遅まきながら80年代に二人が結婚発表の会見をやることになり、
馬場が「すまんがプロレス記者は出て行ってくれないか、照れ臭くてたまらん」といい、
公然の秘密を知るプロレス記者たちは笑いながら出て行くという一幕があった。
プロレス業界があらゆる信頼関係で築かれていたことがよくわかるエピソードだ。
さて馬場の死後、元子さんは夫の意志を継ぎ、全日本プロレスの切り盛りするのだが、
そこでレスラーたちの様々な具申を「馬場の考えにない」と悉く刎ねつけることになる。
元子さんがいかに夫を信頼し、それに従順であったことか。
しかし馬場の理想に反することを徹底的に排除したことで、次第に選手たちと溝が生じ、
結果的に三沢光晴らトップレスラーの大量離脱事件を招いてしまう。
それでも元子さんは一切ブレることなく、妥協もしなかったといわれている。
その頃から私も会場から足が遠のき、元子さんのその後についてはよく知らないのだが、
ファンは圧倒的に三沢を支持し、元子さんは凄まじいバッシングを浴びることになる。
しかし元子さんの頑迷さは、馬場への「信頼」「従順」というより、
根底に「純愛」があったのではないかと思っている。
死して19年。夫の遺骨を埋葬せず、自宅に置き続けていたという元子さん。
15歳のときに出会った明石で、ようやく二人はひとつのお墓に埋められることなった。
意志を貫くことの凄絶さ。こういう純愛物語もあるのだ。


2018.04.27(金) 山口メンバーか

TOKIOの山口達也が46歳だったのにびっくり。
で、子供が二人いて現在は独り身。
ジャニーズのアイドルだと思っていたら、
普通にオッサンではないか。
酔っ払ってキスした相手が女子高生。
アイドルの失態ではなくオッサンの醜態だったか。
最近、ハニ―トラップという言葉がやたらと使われ出したが、
事実はどうあれJKはNG。それ以上でも以下でもない。


2018.04.28(土) GWスタート

一転快晴。暑くも寒くもなく気持ちいい。
今年はすっかりサボっているが、新緑の候。
寺社めぐりには最高なんだろうなと思う。
そういえば「遍路」は春の季語でもある。
今日からGWが始まった。
しかし9連休もとれれば別なのだが、
電車も車も混雑するだろうから旅に出る気にもなれない。
今から宿をとるなど至難の業でもあるだろう。
去年は親父が施設に入ったものだから何かと忙しかった。
今年はそれも日常化したし、豊子叔母が実家で母の面倒を見てくれているので、
それに甘えてどこかへ旅立てないこともない。
それでも「目めくり」を辿ると、一昨年は房総をめぐり、
その前年のGWには北関東をめぐっているではないか。
“ハレ”と“ケ”があるなら、今年のバイオリズムは“ケ”なのだろう。


2018.04.29(日) 昭和の日

5月5日の「こどもの日」は別として、
GW以降の祝日について実はあまりよくわかっていない。
ただでさえ「振替休日」やら「国民の日」やらが出来てややこしくなったが、
今日が「昭和の日」だというのもカレンダーを見るまでわからなかった。
これって私だけだろうか。
「昭和の日」は数年前まで「みどりの日」だった。
しかし名称が変わったのではなく、「みどりの日」が5月4日に移動した。
先帝を由来とする「昭和の日」と「みどりの日」が続くのも奇妙な気がする。
ならば改元される来年以降、この二つの祝日はどうなるのだろう。
祝日とはそれが制定された由来を振り返る意義と目的があると思うので、
経済的理由を優先に、曜日に当てて週末連休を作るのは違うのではないか。
飛び石連休もそれなりに良かったと思うのだがどうだろう。
個人的には、仕事上どうしても連休の前後は忙しくなってしまうので、
それが分散される飛び石連休の方が有難く感じることもあるのだ。
「飛び石連休」の言葉のセンスも「1敗を挟んで3連勝」みたいで面白いではないか。
「昭和の日」。そもそも昭和を回顧することが今日である必然はあるのだろうか。
私のような懐古オヤジには月の半分は「昭和の日」なのだが。


2018.04.30(月) 四十九日に

アイ子叔母の四十九日の法要に参列した。
白木の位牌から本位牌へと変わる。
こうしてアイ子ちゃんには通夜から四十九日の段取りを教わっている。
次いでに従弟妹たちとLINEのアドレスを交換した。
私はおそらく独りで死んでいく身だ。
いずれ彼らの手を煩わすことにもなろう。
このきっけをくれたのもアイ子ちゃんだ。



                           

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