■2017.07

日めくり 2017年07月(平成29年)         



2017.07.01(土) 激動の1/2

以前は日々過ごすうち、そういえば今年も半分過ぎたと気づく感じだったが、
今年ははっきり半年過ぎたことを意識した。
この半年、我が家は激動だった。家族の形態が一変したといっていい。
三人の家族が各々別の場所で寝泊まりしている。
あり体にいえば不自然な形なのだが、この不自然さも普通になりつつある。
そしてこの不自然な普通がしばらく続いてくれと願ったりもしている。
今日はマイナンバー用に親父の部屋で両親の顔写真を撮る。
心のどこかでこれが遺影になるのかなと浮かんだが、すぐに打ち消した。


2017.07.02(日) 悲喜交々

昨日、連敗を8で止めた阪神タイガース。
今日、勝つか負けるかでチーム状況は大きく変わっていただろう。
前の試合で値千金の一発を放ったドラ1の大山が今日もお立ち台。
ツキが変わったのかどうかは次の浜スタで試される。
カープもベイもそれぞれの相手を3タテ。
タイガースも3つとれた筈だと思うと残念。すべて僅差の勝利だからそうでもないか。
14歳中学生の藤井七段は連勝29勝でストップ。
天才などといわれるが、立ち振る舞い、受け応えは早熟ではなく成熟した大人の佇まい。
食事内容まで取材される異常フィーバーも少しは落ち着くだろう。
東京都議会選挙は自民が歴史的大惨敗。都民ファーストの大圧勝で終わる。
敗れた自民候補にも藤井七段に投了した29人の棋士たちにもドラマはあったろう。
ベイに3タテ食らった巨人はざまぁねぇなと思うだけだが。


2017.07.03(月) ♯twitter

内閣府主催の「青少年の非行・被害防止対策公開シンポジウム」に行く。
そういえば今月から東京都の「特定異性接客営業条例」が施行されるのか。
いわゆる“JKビジネス”を規制しようという条例。
未就学児童に怪しげな接待をやらせる商売は取り締られて当然だと思うのだが、
18歳以上の「大人」がJKを模したジャンルまで「児童ポルノ」で規制する動きもあり、
そこは憲法21条「表現の自由」との兼ね合いで慎重に対処するべきだろう。
しかし流れは一斉に網をかけて規制に持って行こうとする勢力が優勢のようだ。
それはそれとして、このシンポジウムで驚かされたことがあった。
パネルディスカッションで紹介された「twitter」について。
twitterにはまったく興味がないので、この機能の常識をまるで知らないでいた。
単なるつぶやきを投稿するツールとしてそれ以上でもそれ以下でもなく、
トランプの放言が世界中に垂れ流されるのに眉をひそめる程度だったのだが、
そのtwitterが少年非行の温床になっているのだという。
ハッシュタグという言葉は聞いたことがあっても何のことかわからなかったが、
それが“♯援交”で検索をかけると驚くべき投稿が次々と現れる。
今さらなのかも知れないがびっくりした。まさに公開売春ではないか。
聞けば「出会い系サイト」は過去の遺物で、今はtwitterが主流らしい。
しかも内容を見ると「ゴム1万、ナマ2万」と、かなりな援交デフレも起こっている。
“♯援交” “♯円光” “♯サボ”でも何でもいいが、この膨大な非行少女たちに、
警察の取り締まりが追いついていけない事情も納得がいった。
(そもそも「非行少女」なんて言い方が昭和のオヤジ感満載か)
疑似児童ポルノ規制に鼻息を荒くする前に、twitterを何とかすべきではないのか。


2017.07.04(火) 雨の中1万歩

この五日間、晩飯に米を抜いている。
それで圧倒的に肉ばかり食っている。
今夜もひとり焼肉をやった。一応、チョレギサラダもつけたが。
台風3号は首都圏を逸れてくれた。しかし雨脚は強い。
どうしようかと迷ったものの、腹ごなしに歩くことにした。
人生最大級の体重となってから運動不足も甚だしく、
以前なら軽く歩けたアパートまでの40分の距離がやけに遠く感じる。
それでも夜道を歩くのは好きだ。
雨が容赦なく折畳み傘を直撃し、襷掛けしたショルダーバッグを濡らす。
スマホアプリの歩数計を見たら9600歩。
そう、表題を若干サバ読んでしまった。


2017.07.05(水) 北朝鮮+原発≠右も左も真っ暗闇

またも日本の排他的経済水域(EEZ)に北朝鮮の爆弾が落とされた。
「米国と連携して対話より圧力を」と右の連中はいう。
さらに「この国家の非常事態に森友だ加計だと騒いでいる場合か」とも。
私もそれを思う。常軌を逸した隣国がありながら何をやっているのかと。
しかしそれを平和ボケというのなら、原発再稼働を急がせる論調はどうなのか。
なにせ北から日本のEEZに何発も爆弾が落とされているのだ。
いや、原発の機能をマヒさせるのに爆弾はいらない。工作員を潜入させればいい。
私は以前からそのことで誰も言及しないことを不思議に思っている。
原発をめぐる不毛なイデオロギー論争くらい時間の無駄遣いはない。
高浜から柏崎までの日本海沿いに原発が何と22基。
まさかの攻撃にも備えは万全などとは絵空事もいいところだろう。
日本の致命的弱点を半島の鼻先に並べておいて、早く動かせと煽る。
平和ボケというなら、これこそ究極の平和ボケではないのか。


2017.07.06(木) 久々に繋がって16安打10点 ~横浜スタジアム

残念ながら三回表に飛び出した中谷、原口の連続ホームランには間に合わなかった。
帰宅してネットの映像で中谷の場外弾を見ると、もう悔しくてならないのだが、
三回裏の時点で4-3。広くない浜スタゆえ点差などないようなもの。
空中戦に持ち込まれるとベイ打線には絶対にかなわない(きっぱり)
正直言うとベイの守備の乱れが重なって、試合のレベルは今イチだったのだが、
このところまったく繋がりのなかった阪神打線が今夜は繋がった。
もう懐かしい話だが、2003年の優勝は「繋がる打線」で勝ち取ったものだ。
最近の阪神戦の面白味のなさに“散発”がある。
散発であるということは塁上が賑わっていないということ。
スコアニングポジションにランナーがいるとのいないのとでは、
投手と打者というシンプルな対決も当然、緊迫感がまるで違う。
塁上が賑わうことで攻守双方に野球の醍醐味があるのだと断言できる。
今夜の試合は1-3から4-3となって、7-3と引き離すも7-5に詰められる。
次の得点がどちらに入るのかという局面で、阪神打線が繋がった。
こういう展開に持ち込めれば、3位のベイの追い上げをかわすことが出来るのだ。
1位のカープに追いつくのは夢物語としても・・・・・(汗)


2017.07.07(金) C・イーストウッドの娯楽映画志向

文芸坐で「ワーナー・ブラザース シネマフェスティバル」と銘打ち、
クリント・イーストウッドの監督&主演作の二本立て連続上映が開催されている。
私はイーストウッドの監督作も主演作も大好物だが、意外と劇場未見の映画も多い。
今夜は『トゥルークライム』と『ブラッド・ワーク』二本立てを見た。
それぞれ1998年、2002年のイーストウッドの監督・主演。
ウィキペディアを見ると両作品ともかなりの赤字を出している。
さすがに70歳を境にヒーローを演じる無理が噴出した時期なのだろう。
確かに40~50代がやるヒーローものを、年齢に言及することなく演じており、
それでも上半身裸で果敢にベッドシーンを演じるなど頑張っているのだが、
その「頑張っている」感じが痛々しく思える場面が随所に散見される。
(これが『グラン・トリノ』になると老境の屈強ジジイという最高の味となるが)
しかし『トゥルー・クライム』も『ブラッド・ワーク』も面白かった。
当時、すでに映画監督として超一級の評価は不動のものだったが、
なにせ自身がエンターティメント部門の大御所である。このギャップが面白い。
芸術映画も社会派映画も撮れるが、自分の主演作はあくまでエンターティメント。
娯楽映画の粋を知りつくした演出のテンポ、リズムはさすがだと感じた。
個人的には1990年代から2000年代の始めにかけては劇場観賞の穴で、
この辺りの10年はろくに劇場に足を運べなかった時期でもあり、
その穴の時期にイーストウッドの悪あがきがあったのだと思うと楽しい。
私にとってイーストウッドは、カッコイイ親父であり、永遠のアニキだ。


2017.07.08(土) 映画『メアリと魔女の花』

甲子園で巨人にボロ負けしている体たらくを見て、レイトに寄ることにした。
本日封切りの『メアリと魔女の花』。女の子と魔法の冒険ファンタジーだ。
この映画の予告編を見た時、多分誰しも思っただろう『魔女の宅急便』だ、と。
黒猫を抱いた女の子がほうきに跨って空を飛ぶ。
ご丁寧にもキャッチコピーは“魔女ふたたび”ときた。
さらにハリー・ポッターの副題のような題名。舞台も魔法学校だ。
魔法を操る女の子の話も、空飛ぶほうきで掃くほど巷に溢れている。
こんな具合に米林宏昌監督のジブリ独立第一作は既視感満載で封切られた。
生命線はヒロインの女の子メアリをどう描くかだろうが、
最初のメアリの描き方に苛っときた観客は多かったと思う。
快活だが、暇にあかしてお節介を焼いてドジを踏む。
忠告を聞かず周囲を心配させる。こういう迷惑な人は煩わしいものだ。
そこは狙いだろう。マイナスから徐々にヒロインの高感度を上げていく手法か。
しかしそれもよくあるキャラ設定だ。狙いが見えてしまうのは少しイタい。
もっとも『魔女の宅急便』は宮崎駿の一番つまらない映画と思っているので、
そこをハードルとするならば、一応「師匠越え」は果たしたのだと思う。
全編休むことなく、アクションとスピードで突っ走ったのは良かった。
解放した動物たちがメアリに協力する展開も好きだ。
エンドクレジットで高畑勲、宮崎駿、鈴木敏夫に「感謝」と出した米林宏昌。
彼にジブリらしさを求めるのか、ジブリと違うアプローチを期待するのか。
個人の好みの問題で、それはどちらでもかまわない。
ただ『君の名は。』しかり、『この世界の片隅に』しかりで、
ジブリの解散によって、囲われていた優秀なスタッフたちが散って、
結果的に日本のアニメの底上げ現象になっているのではないかとの設問があり、
その設問の証明を米林宏昌が果たしたのかといえば、及第点止まりだったように思う。
ところで、最初に魔女をほうきに跨らせて空を飛ばしたのは誰なのだろう。


2017.07.09(日) ルーキー糸原、大仕事

例え楽勝展開が土壇場でもつれようとも、
巨人相手の甲子園サヨナラ勝ちは気持ちいい。
といっても池袋で映画を観ていたので中継は見ていない。
映画が終わった22時過ぎにスマホで試合結果を確認した。
帰宅後は「虎テレ」をダイジェストで観戦。
こんなことをやっているから寝る時間が遅くなる一方なのだ。
それにしてもルーキーの糸原健斗。
なになに本日は左二塁打-右二塁打-右本塁打-一ゴロ―サヨナラ中二塁打。
5打数4安打。しかもすべて長打。いやいや申し分ないではないか。
ただ今のタイガースは昨日当っていた打者が今日はさっぱりを繰り返す。
打線全体もそんな感じで、ここが明らかにカープと違う。
でもドラフト5位の糸原には期待したい。
願わくはソフトバンクの中村晃みたいな存在になってほしい。
オールスター休みまであと二試合。
打って打って打ちまくるのじゃ~!!


2017.07.10(月) またイーストウッドについて

金曜日の『トゥルー・クライム』と『ブラッド・ワーク』
そして昨日の『目撃』と『スペース・カウボーイ』
いずれもクリント・イーストウッド監督・主演の未見作を新文芸坐で観た。
いやはや萌えた、否、燃えた。
すべてレンタルビデオ屋時代に、新作として入荷し、中身を見ずに棚に並べた。
イーストウッドの映画を劇場ではなく、ビデオで初見などあり得なかったのだ。
今回、文芸坐で上映があるまで20年近く宿題を抱えていたことになる。
きっと楽しい時間が過ごせるとは思っていたが、それ以上に至福だった。
『目撃』も『スペース・カウボーイ』も併せて感想を書きたいと思うのだが、
またぞろイーストウッドへのオマージュの羅列になるので止めておく(笑)


2017.07.11(火) 映画『セールスマン』の破壊力

映画評で「社会性やストーリーの巧みさに批評を埋没させてはならない」と書いた。
しかし実によく出来た脚本ではある。
私はアーサー・ミラーの『セールスマンの死』は未読なので、
映画の本筋とテレコのように描かれる舞台劇との関係性は言及できない。
冒頭で建物崩壊から避難する主人公たちに面喰いつつ、
イラン社会の現実の暗喩は窺えても、それもそんな気配を窺っているに過ぎない。
平たくいえば心理サスペンスの傑作だが、それでは身も蓋もない気がする。
劇伴のない日常描写。手持ちカメラの揺らぎが駆り立てる不安と緊張。
素早いカット割りと、その繋ぎ目で必ず出力最大の擬音や大声が鳴り響く。
この不協和音の積み重ねに、最後まで苛々と心が波立つのを禁じ得なかった。
なにしろ電源を入れただけで電球がパリンと割れてしまうのだ。
唯一、ホッと息をつけるのがBGMが奏でられる舞台シーンではなかったか。
もっともその舞台の役者たちもどこか神経が破綻しているようにも見える。
全体に漂う不穏な空気が、不穏な事件を招いたとしか思えず、
その嫌な感じが登場人物たちの葛藤を孕ませて、破滅へ加速していく。
一体、何という破壊力を内向した映画なのだろう。
アスガー・ファルハディ監督の作品は初見。もの凄い才能に初見した。
イラン映画に秀作が多いことは知っている。
しかし所詮、アサッバス・キアロスタミとマジッド・マジティしか知らず、
そのふたりの作風をイラン映画の全体だと勝手に思い込んでいたようだ。
アカデミー賞授賞式のボイコットで『セールスマン』は社会性を帯びてしまったが、
アスガー・ファルハディ自身、そんな社会的な映画を撮ったつもりはないだろう。
サスペンスを巧みに描く監督は多いが、不協和音を巧みに描き切れる監督は少ない。


2017.07.12(水) ヤマト“使命”果たす

おととい糸原、昨日は上本。そして今日は大和が4打点のヒーローだ。
オールスター休み前の3連勝。猛打の日替わりヒーローが続くのは悪くない。
もちろんお立ち台に上がるばかりがヒーローではない。
ぜひ日替わりヒーローから継続ヒーローの誕生を願いたい。
それにしても大和。彼がスタメンで出ると、守備でも魅せてくれるのが嬉しい。
内野、外野問わず素晴らしい。スタンドで何度喝采の拍手を送ったことか。
今夜も左打席で右へ運び、右打席で左へ運ぶ。なかなかのタマではないか。
そんな大和も2005年の高校生ドラフト5巡目の選手なので、もう十年目。
30歳からのスィッチヒッターへの取り組み。
「守備の人」に甘んじるつもりはさらさらないのだろう。
♪誰しもの この夢のため~戦え大和、お前の使命~
観客から使命を言い渡されるのも、なかなかしんどいだろうが、
守備固めだとしても、代走、ピンチバンターだとしても、
彼はいつも重大な使命を背負っている。


2017.07.13(木) 大相撲名古屋場所のどんより感

相撲ブームであるのは間違いない。
私も秋場所の国技館のチケットは早くも諦めムードである。
しかし肝心の土俵内容はどうだろう。
僅か五日目にして全勝は白鵬と平幕8枚目の碧山だけ。
鶴竜は欠場、日馬は2敗。稀勢も3敗して怪我が気にかかる。
照ノ富士は暗憺たる現状で、豪栄道もパッとしない。
まったく豪華番付が聞いて呆れる惨状だ。
近年の白鵬は余裕が出ると勝手気儘な相撲に走る傾向にあり、
もはや希望の星は1敗の新大関・高安だけ。
どうも土俵が弛緩しているように見えるのは私だけか。


2017.07.14(金) アラン・ドロンと今さらな夜

ル・シネマをほぼ満員に埋めていたのは、私より年上のオバチャンたちだった。
集英社の映画雑誌「ロードショー」を定期購読していた中学生の頃。
ブルース・リ―が怒濤の大ブームを巻き起こすまで、
男優の人気投票はR・レッドフォード、C・イーストウッド、S・マックイーン、
P・ニューマン、A・パチーノ、G・ジェンマ、J・P・ベルモンドなどの常連を制して、
常にアラン・ドロンがダントツで王者に君臨していた。
そう当時は人気俳優=ハリウッドスターではなかったのだ。
もちろん矢継ぎ早に公開され続けたドロンの新作は殆んど観に行くことはなく、
あんなもの男が観るものではないくらいに思っていたはずだ。
私が観たのは『太陽がいっぱい』『冒険者たち』『さらば友よ』と名作ばかり。
(きっと他にも観ているだろうが忘れた)
実際、ドロンは稀代の美男子だが、男騒ぎさせるスターではない。
あの顔をずっと見ているとなんとも疲れてくるのだ。
今、アラン・ドロンを知らない若い映画ファンも増えてきたのだろう。
そんなドロンの〈俳優生活60周年記念特集上映〉が開催された。
そのリーフレットに “こんな男いない。”とある。確かに今はそう思う。
一昨日『太陽が知っている』、今夜は『地下室のメロディー』を観る。
『太陽が知っている』はお目当てがロミ―・シュナイダーだったが、
『地下室のメロディー』は映画ファンなら観てなきゃ可笑しいでしょ?という名作。
とっとと「午前十時の映画祭」にかかるものだと思っていた。
増田貴光が解説する「土曜映画劇場」で放映されたとき、音楽だけ録音した。
だからあの有名すぎるラストのドンデン返しは知っていても、実際観ていなかった。
内容は知っていたが、まさかここまで皮肉と苦笑いに彩られていたとは。。。
その場面のドロンとギャバンの表情は映画史上でも特筆すべきものかもしれない。
監督アンリ・ヴェネヌイユ。まさにフィルムノワールの至宝だ。
ところで紳士服の「ダーバン」は、まだ売られているのだろうか。


2017.07.15(土) 日射しの強さ

首都圏を含む南関東にいて、この梅雨で傘を使った記憶は3度ほど。
だから九州北部の災害・水害のニュースを見ていてもあまり現実感ない。
同じ日本人としては本当に申し訳ないことだが、
綺麗事を抜きにいってしまえば異国の出来ごとのように思える。
職場のベランダから眺めると目に映るのは無数の室外機の群れ。
中を冷やすために熱い排気を無限に放出する矛盾が延々と繰り返されている。
やっていることも狂っているが、この蒸し暑さも殆んど狂気に近い。
3年後、こんな中で本当にオリンピックなどやれるのだろうか。


2017.07.16(日) オールナイトでウディ・アレン

午後22時45分から早朝6時まで。
文芸坐でウディ・アレンのオールナイト4本立てに行って来た。
オールナイトなんて十何年振りだろう。
体力と集中力がどこまで続くか解らなかったが、何とか最後まで完走できたのは、
ひとえに映画のすべて素晴らしかったからに他ならない。
正直、最初はあの“俺様展開”に連続してついていけるか心配ではあったのだが。。。
ショーン・ペンが天才ギターリストを大熱演する『ギター弾きの恋』。
ジャンゴ・ラインハルトと匹敵するといわれる天才ギターリストの半生を、
関係者の証言と本人の饒舌を交えて伝記映画風に綴っていく作品。
ところが観ている途中から、本当にエメットなんて奴は実在するのか?となり、
気がついたときには、もうすっかりウディの術中にはまっている。
『世界中がアイ・ラヴ・ユー』には完全にやられた。
ここまでノー天気に自由奔放な恋愛模様を見せつけられてはぐぅの音も出ない。
しかも不倫も浮気も歌って踊ればすべてハッピーという問答無用の“俺様展開”。
ゴールディ・ホーン、ドリュー・バリモア、ジュリア・ロバーツ。みんないい女ばかり。
一転、黒ヴディ全開でシリアストーンとなる『ブルージャスミン』。
かつての『インテリア』などウディのベルイマン傾斜の作風は神経にピリピリ来る。
事前の知識からここで寝てしまうのではないかと予想していたのだが、
ケイト・ブランシェットの大熱演に気押されながら一気に見てしまう。
暗い話だが、ジャスミンはこれから先もしたたかに生きていくことを暗示する。
これもまた喜劇なのかもしれない。
午前4時半に始まった『ミッドナイト・イン・パリ』。
かつての『カイロの紫のバラ』に似た虚実皮膜の寓話。いやはや面白かった。
とくにサルバドーレ・ダリとルイス・ブニュエルの登場には恐れ入った。
あの『アンダルシアの犬』は学生時代のオールナイトで出合った衝撃の一本。
まさかオールナイト繋がりでウディにあの衝撃作と引き合わされるとは。
思えば今も80歳を越えて年に一本づつ、ウディは新作を発表し続けている。
こうなるとイーストウッドとどちらが最後までメガホンを握ってられるのか勝負だ。
そして年末の「午前十時の映画祭」で『アニー・ホール』と高校生以来の再会をする。
あの頃は面白さが今イチ解らなかっただけに、今から上映が楽しみだ。
朝6時。早朝の池袋繁華街は一晩遊び呆けた若者たちが眠そうにたむろし、
終夜営業のシャッター前に積まれた生ごみをカラスが喰い散らかしている。
なんとなくウディが描き続けたニューヨークの舗道に似ていなくもなかった。


2017.07.17(月) このところ映画三昧

昨夜はレイトで入江悠監督、藤原竜也主演で『22日目の告白-私が殺人犯です-』。
今朝は朝からアル・パチーノのオスカー主演賞『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』。
「映画脳」ってあるのかもしれない。
このところ頭の中が映画に行きたいと身体を動かしているようだ。
この十日あまりで映画を14本観た。
このペースは浪人時代を思い出すのだが、56歳勤め人。ま、そう長くは続くまい。


2017.07.18(火) 雹(ひょう)

ここまで生きてきて今年ほどのカラ梅雨は初めてかも知れない。
梅雨入りしてひと月で傘を差したのは3度ほど。
通常月より少ないくらいではないか。
明日には梅雨明けが宣言されようかという折、強烈な最後っ屁が来た。
まさしく一転俄かにかき曇った空は、激しい雷雨となり、凄まじい風を連れてくる。
まるで「大魔神」が里山に降臨したときのあの感じ。
職場の窓の下の舗道では、街路樹が暴れ、自転車が次々なぎ倒されていく。
稲光と同時に爆撃のような雷鳴。外界はほぼ視界ゼロだ。
そのうち窓ガラスに猛烈な勢いで何かが叩きつける音。
無数の氷の塊だ。ガラスが割れるのではないかと思った。完全に大魔神超えだ。
この唐飛に始まった荒天ショ―はほぼ一時間ほどで終了。
まるでカーテンコールのような青空が広っていき、
散らされた葉っぱや小枝が緑の絨毯となって舗道を染めている。
それにしても、連日のクソ蒸し暑さの中で氷を降らす不思議さよ。


2017.07.19(水) ウル虎の夏(涙)

オールスター明けに甲子園にカープを迎えての三連戦。
ここがシーズンを左右するキーポイントだと、
勝手に思っていたのはタイガースと虎党だけ。
3-14。。。今、各地で予選たけなわの高校野球ならとっととコールド負けだぜ。
勝つときは辛勝、負けるときはボロ負け。カープ戦は気持ちを壊されそうで困る。
半泣きでボコられて目がウルウル。・・・・ウル虎の夏でした。


2017.07.20(木) 蟲への耐性

子供の頃は平気だったのに、大人になるにつれ苦手になったものは幾つかある。
生のタラコ、筋子。そして「虫」だ。
子供の頃は手掴みしていたのが今はとても触れるものではない。
以前、夜中に歩いていたとき、道路でクワガタがひっくり返って暴れていた。
何かの拍子で裏返ったまま元の体勢に戻れなくなったのだろう。
このままでは車に轢かれてしまうので、元に戻してやろうと思ったのだが、
触れない・・・・!ゴキブリや便所コオロギではない、クワガタなのに。
足で軽く蹴ってやろうと思いつつ、誤って踏みつぶす図を想像してしまう。
今、ヒアリが大騒動を巻き起こしている。
5月下旬に神戸港で見つかるまで、ヒアリなんて聞いたことがなかった。
へぇ~「火蟻」と書くのかとWikipediaで検索してみた。
画像をリックして拡大した途端「ぎゃっ」となる。気持ち悪う~
たかがアリではないか。ところがどう見ても殺人クリーチャーだ。
小さな昆虫も巨大化したら超グロテスクな怪物。しかも明らかに強そうだ。
私の住む中央林間でヒアリが見つかったわけではないのに、
今、ドラックストアの店頭ではアリ用の殺虫剤が大々的にコーナー展開している。
町内の公園という公園で「アリの巣コロリ」が撒かれているのではないか。
アースやフマキラー、キンチョ―の株価も上がっているというのだから、
私だけではなく多くの大人は虫を恐れているに違いない。


2017.07.21(金) 今年も400人大盛況

毎年、この時期になると職場が主催する研修会の話となる。
今日もホテルメトロポリタン池袋に400人を集め大盛況となった。
盛況なのはいいのだが、業界でも最古参となりつつある私は、
知った顔を見つけては愛想を振りまくのにヘトヘトになる。
懇親会が終わると、以前の職場の旧友たちと飲むのも恒例なのだが、
もう齢なのか、酒も吸い込みが悪く、つまみも減らない。
それでもダラダラ喋って3時間。会計はひとり1200円。
1200円!?還暦カウントダウンのオヤジどもがまったく情ない限りだ。


2017.07.22(土) いつもの週末

毎週末、実家に寄って母を車に乗せ、親父の元へ面会に行く。
毎度のことをでわざわざここに書くほどことはないのだが、
もうすっかり足腰が弱って移動は車椅子オンリーになっていた親父が、
今日は珍しく手摺につかまって廊下まで立って見送ってくれた。
古い映画を観るとスクリーンの中は故人で溢れているが、
両親が健在であることを噛みしめるのも週末の過ごし方かもしれない。


2017.07.23(日) 白鵬、最多勝と賜杯

白鵬が優勝して名古屋場所が終わる。
勝負の行方だけ追うと、平幕の碧山が頑張らなかったら味気ない場所になっていた。
優勝への興味を千秋楽まで持ち込んだのだから、碧山の敢闘賞は賞賛していい。
もちろん歴代最多勝がかかっていたことで、白鵬主役の場所であり、
積み上げた1050勝は紛れもない金字塔ではある。
後になって何場所かナマで白鵬の土俵を見たことは自慢になるのかもしれない。
しかし低迷時代に横綱の責任を全うした云々は引退後に語られればいいことで、
ここ数場所の大相撲の盛り上がりは白鵬の怪我で成り立っていたのも事実だろう。
すっかり時計の針は戻ったようだ。
依然として場所のテーマは「誰が白鵬を超えるか」になっていくようだ。


2017.07.24(月) 東京五輪まであと3年

今年の春、千駄ヶ谷の東京体育館のデッキから建設中の新国立競技場を見た。
まだ、ぽっかり空いたスペースに数台のトラクターが土盛りをしている段階だった。
それにしても暑い、蒸す。本当に3年後の今日、オリンピックをやるのだろうか。
アスリートたちの東京に賭ける意気込みは別として、
都知事の相次ぐ辞任に、エンブレム、競技場の問題。
日本の底力を世界に示すどころか、恥ずべき問題が次々と露呈していくなかで、
4年前の五輪決定の歓喜を日本の片隅で享受した私もどこか冷めてしまっている。
当時の「日めくり」に「オールジャパンで乗り切るべきだ」と書いているが、
もうその自分の文にもどこか違和感がつきまとう。
これもやっぱり凄まじい蒸し暑さのせいだろうか。


2017.07.25(火) 怪獣映画

仕事を終え、国立近代美術館フィルムセンター駈けつけた。
今、2015~2016年に物故した映画人たちの追悼上映会が開催されている。
小泉博と伊藤ユミの追悼上映で、上映は1963年製作『三大怪獣・地球最大の決戦』。
小泉博は言うまでもなく、宝田明、佐原健二と並んで東宝怪獣映画を支えた一人であり、
ザ・ピーナッツの伊藤ユミはインファント島のモスラを呼ぶ小美人。
しかし私の映画の原点が1966年神戸での『大魔神』と『ガメラ対バルゴン』なので、
断然、大映のガメラ派であり、東宝のゴジラは好みではなかった。
ゴジラが嫌いだった理由は単純。出来のいいものがあまりにも少ないからだ。
第一作目の『ゴジラ』と去年の『シン・ゴジラ』以外、ほぼ凡作だと思っている。
脚本がつまらない。怪獣同士の対決に緊迫感がない。子供騙しも甚だしい。
いや子供騙しといえばガメラも大概だが、ゴジラはバトルに緊迫感がない。
キングキドラが出てくる前のゴジラとラドンのバトルの迫力のなさはどうだろう。
そもそもやたらと怪獣を出せばいいというセンスが一番気に入らないのだ。
結局、モスラが仲介して両者はキングギドラ退治に結託するのだが、
それは同時に孤高の破壊マシンであったゴジラの終焉の瞬間だった。
その意味で『三大怪獣・地球最大の決戦』は歴史的にその初端につく作品。
以降、大人の観客は単なる子供の引率者となるのだが、
2年後に登場したガメラもこのフォーマットに乗りつつも、
最初の三作が大人も子供も満足のいく出来栄えで素晴らしすぎた。
……などと物心がつく前の怪獣映画を子供騙しとクサしても仕方ないか。
映画ファン的にいうと60年代前半の東宝カラーは楽しめた。
あの頃は画面に各映画会社のカラーが焼き付いているのだ。
竣工間もないマリンタワーがなぎ倒される当時の横浜港や、
トロリーバスが走る実景に郷愁を掻き立てられたのもよかった。
星百合子と若林映子の両極端なヒロインーを比べるてみるのも一興。
そして何といってもザ・ピーナッツの歌声。
最大音量で映画館を包み込む彼女たちのハーモニーこそ、
東宝怪獣映画が得た優れたキラーアイテムなのかもしれない。


2017.07.26(水) ビリー・ワイルダーとレイモンド・チャンドラー

シネマヴェーラで『深夜の告白』を上映すると知った時、思わず「おおっ」となった。
ビデオ屋時代に、劇場未見のビリー・ワイルダー作品を集めたことがある。
お客に見せるためというより、もちろん自分が見るためだ。
かつて立川談志が「棺桶に映画5本持ってくなら全部ワイルダー」と言っていたが、
私も10本持って行けるなら5本はワイルダーがいいかなとなるかもしれない。
どの5本を選ぶのかで随分悩むとは思うが……。
さて『深夜の告白』。主人公の保険外交員ネフを演じるのはフレッド・マクマレー。
『アパートの鍵貸します』のスケベで嫌味な上司から遡ること15年前、
精悍でどこか軽薄な面相が40年代のモノクロの犯罪映画にはぴったりだ。
不倫と保険金殺人。よくある話だが、『深夜の告白』はその原点ともいわれている。
脚本はビリー・ワイルダーとなんとレイモンド・チャンドラー(!)。
しかし娯楽映画の神様とハードボイルド文学の神様は酷く折り合いが悪かった。
評伝『ビリー・ワイルダー・イン・ハリウッド』でも相当激しくこきおろしている。
そんな具合にワイルダーは皮肉屋でかなり喧嘩早かったことでも有名だったが、
それにしても監督と脚本が終始いがみ合ってこれだけの完成度になるものなのか。
映画は倒叙もののスタイル借りて澱みなく、気持ち良く流れていく。
「殺人の共犯は特急列車と同じだ。終点の墓場まで、誰も下車できない」
このセリフを吐くのはネフの上司キーズを演じるエドワード・G・ロビンソン。
女に翻弄され夫殺しに加担し、保険金を騙し取るまでに堕ちたネフが、
最後の最後にキーズとの友情を交わし合う。
その当り口のよさで『深夜の告白』をノワールとして弱いと評する人もいる。
しかし、人間は馬鹿だ、男と女はもっと馬鹿だと達観するキーズの眼差しが、
この映画を一段上に押し上げているのは間違いないと思うのだ。
余韻に男同士の友情を醸したのはワイルダーの業かチャンドラーの筆致か。
その答えは今さら知る由もないのか。


2017.07.27(木) 紛うことなき最高峰『博奕打ち・総長賭博』

「これは何の誇張もなしに「名画」だと思った。何という自然な必然性な糸が、各シー
クエンスに、綿密に張りめぐらされていることだろう。セリフのはしばしにいたるまで、
何という洗練が支配し、キザなところがひとつもなく、物語の外の世界への絶対の無関
心が保たれていることだろう。何と一人一人の人物が、その破倫、その反抗でさえも、
一定の忠実な型を守り、一つの限定された社会の様式的完成に奉仕していることだろう。
何という絶対的肯定の中にギリギリに仕組まれた悲劇であろう。しかもその悲劇は、何
とすみずみまで、あたかも古典劇のように、人間的真実に叶っていることだろう。」
・・・・あまりに素晴らしい名文なのでつい長々と引用してしまった。
これは三島由紀夫が『博奕打ち・総長賭博』に寄せた有名な批評。
私が日本映画最高の脚本家と(勝手に)思っている笠原和夫の作劇を、
任侠映画最高の巨匠と(勝手に)思っている山下耕作が撮りあげた一大任侠悲劇だ。
しかし上映を知った時、今さら『総長賭博』を観に行くべきかどうか迷った。
過去、場末の名画座で2回、ビデオで1回観ている。
ただフィルムセンター所蔵のプリントなら最高に近い状態で上映されるに違いなく、
そもそも残りの人生、これを逃したら二度と劇場で観る機会はないのではないか。
そう思った時には有楽町線で銀座一丁目駅まで向かっていた。
改めて観て感じたのが、この作品の任侠映画としてのあまりの異質さだった。
私は高校生の時に行った『緋牡丹博徒』のオールナイト5本立で、
観客がここぞという場面で拍手する最後の風物詩に触れさせてもらったが、
一体『総長賭博』で拍手が起こる瞬間はなど、あり得るのだろうかと思った。
集大成といわれながら、この映画には任侠映画必須のカタルシスがない。
なにしろ最後に派手な殴り込みもなければ、花道をゆく主題歌もない。
何と組同士の抗争劇すらない。驚くべきほどのないないづくしなのだ。
あるのは任侠道を貫くことで捻子曲がる人間関係。その齟齬の繰り返し。
三島に「絶対的肯定の中にギリギリに仕組まれた悲劇」と言わしめたことを、
実は絶対的肯定の先に、笠原は必然的否定をやってのけた。
渡世の筋道を通せば通すほど、人の筋道から外れて行く悲劇。何と凄い仕事だろう。
この頃、笠原はギリシア悲劇を読み込んでいたらしいが、
まさに全編に配置した駒が折り重なり、引き離れながら一点の悲劇へと加速する。
そんな脚本家の見事な作劇を情感たっぷりに格調高い画にした山下耕作。
演じた鶴田浩二、若山富三郎、藤純子。本当に素晴らしい。
これが健サンだとどうしても勧善懲悪に傾斜してこのコクは出ない。
任侠映画のベストをあげると常に鶴田の映画が上位に来るのはそういうことだ。
名和宏、桜町弘子、三上真一郎。この三人はベストアクトなのではないか。
当時、「終」マークが出た時、初めて大きな拍手が起こったに違いない。


2017.07.28(金) 稲田朋美と蓮舫

もうすぐ安倍政権は内閣改造に踏み切る。
稲田朋美に防衛大臣を辞めさせたければ、次の任命を外せばよかった。
しかしどうしても更迭したという事実が必要だったのだろう。
それだけ政権も追い込まれている。もちろん安倍首相の本意はわからぬが。
稲田朋美は舌禍と脇の甘さから常に野党、マスコミから追求され続けてきた。
それでも頑として大臣の椅子から降りようとしなかった。
私などはそのしぶとさには一目を置かないでもなかったのだが、
北朝鮮がまたも日本の経済圏にICBMを打ち込んだ翌朝に、
防衛大臣、幕僚長、事務次官が相次いで辞めるドタバタは本当に恥べきことだ。
一方の蓮舫民進党代表。二重国籍問題が自民からではなく民進内部から再燃した。
私は都議会選での惨敗と蓮舫の二重国籍はまったく別の話だと思っているのだが、
戸籍を開示する騒ぎとなり、かえって自らを追い込んでしまったか。
要は周囲は敵だらけ、身内にハシゴを外された人徳のなさが露呈したのだろう。
私は昔から蓮舫は好きではなかったが、民進に彼女以上の神輿がいるのだろうか。


2017.07.29(土) 「肉マイレージ」ゴールドに昇格

29日に相応しい話題を。
ステーキチェーン「いきなりステーキ」の肉マイレージカードがゴールドに昇格した。
下手すれば一生分のステーキをこの一ヶ月で食ったかもしれない。
それだけ。
・・・・それだけの一日なんてあるかい。


2017.07.30(日) 親父とうとう卒寿

スゲーな満90歳。
そこが自宅ではない場所の部屋でも、
手摺歩きのリハビリをサボって車椅子で横着していても、
フサフサの髪をきちんと櫛ですいてから食堂へ行く。
さすがにケーキは無理なので、大福で卒寿を祝う。
少なくとも孤独ではない90歳を通過したのは大したもののように思う。
私には絶対に無理。90まで生きられるとも思っていないが。


2017.07.31(月) 夏・甲子園地方大会決勝

地元の神奈川は横浜が東海大相模を破って甲子園へ。
東海相模はアパートから歩いて10分の距離にあるが、
この高校とは因縁がありすぎて素直に応援できない。
(それを未だ引きずっているのもどうかと思うが・・・・)
ただ決勝の日、阪神タイガースはナゴヤで中日とのデーゲーム。
相手先発は小笠原慎之介。二年前、夏の甲子園を制した東海相模のエースだ。
直前に後輩の甲子園が決まるのと、決まらないのとでは気合が違ってくるはずで、
幸い、東海相模は負け、阪神打線は小笠原を打ち込んだ。良っし良っし(悪)
大阪大会では春の覇者、大阪桐蔭が苦戦の末に甲子園の切符を勝ち取る。
最後まで王者を苦しめたのは大冠高校という聞いたことのない高校。
何と公立高校だという。全国最大の激戦区での大健闘は凄いのひと言。
清宮幸太郎の異常人気で神宮に3万以上の観客を集めた東東京の決勝。
ほぼアウェー状態の中で早稲田実業を破った東海大菅生。
確かに清宮の豪快な一発を甲子園で観たかったとは思うが、
そんなもん関係ねぇとばかりに優勝候補の日大三、早実を破っての甲子園は立派。
東京の高校はまず応援しないが、あきる野にあるど田舎の高校は応援しようかと思う。



                           

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