■2017.11

日めくり 2017年11月(平成29年)         



2017.11.01(水) 切なさが良かった『ブレードランナー2049』

1982年に公開されたリドリー・スコットの前作は、封切り落ちの二番館で観た。
その時は併映のクリント・イーストウッド主演作がメイン観賞で、
『ブレードランナー』は添え物扱いで、雑に観たことだけは憶えている。
ところがビデオの時代とともに作品そのものがムーブメントとなり、
80年バブル期のカルチャーに大きな影響を与える映画になっていく。
確かにロサンゼルスの斬新な造形は近未来ものの基本となったようで、
アジアンテイストのネオン看板に雨、林立する巨大タワーの下にうらぶれた街。。。。
ここから近未来のデザインが一変し、多くの亜流を産んでいったわけだ。
ことほどさようにこの映画には熱狂的なフリークがいるのだが、
私はここから派生したサイバーパンク・ムービーにはまったく興味が持てず、
どちらかといえば『ブレードランナー』は敬遠したいタイプの映画ではあった。
今さらDVDで前作を見直すことはなかろうが、描かれたのは2019年の未来都市。
1982年の公開当時からすると37年後は途方もなく未来だったのだろう。
実際の2019年は映画ほど科学が先鋭化されたわけではなく、
あそこまで退廃もしていなかった。
そしてさらに30年後を描く『ブレードランナー2049』が公開され、
仕事帰りに最終回のレイト上映に駆け込んだ。
前作からリンクされたエピソードもあるのだろうが、
私はハリソン・フォードがデッカード捜査官という役名だったことも憶えていない。
私はよほどの興味を掻き立てられない限り、微に入り細に入りの考察はしない。
何度もいうが『ブレードナンナー』にはそこまで掻き立てられるものがなかった。
だから雑音(失礼)なしに『ブレードランナー2049』と対峙することになったのだが、
それが本当に良かったと思う。何よりも物語が非常に明確で親切だったのが有難い。
レプリカントによるレプリカント狩り。そこから生ずるアイディティの模索。
もちろんアンドロイドが自身の存在を探求する映画も多く発生したが、
その通俗性が『ブレードランナー』の世界観に抱かれると何とも心地良かった。
途中で反乱軍が現れ、最近の『スター・ウォーズ』みたいで嫌な予感もしたが、
そっちの戦闘アクションにブレなかったのが何よりも良かった。
「三行の映画評」で、Kに寄り添う電磁ホログラム“ジョイ”が欲しいと書いたが、
Kとジョイが「作りものの悲哀」を共感し、バディを組む展開がとくに好きだった。
人を殺しながら涙を流すラヴといい、この映画にはレプリカントたちの切なさが漂う。
何といってもようやく辿りついたアイデンティティにすら裏切られたKが、
雪の舞う虚空を見上げる切なさこそこの映画の本質だったのだと信じたい。
とくにラストはサイバーパンクの尖った世界観を否定するようでもあり、
Kやディカードたちの闘いとシンクロし、パラドクスを形成するようで面白かった。


2017.11.02(木) DeNA、浜スタ凱旋を完遂

第3戦を落としてホークスに王手をかけられた一昨日。
「何やってんだ、5戦のチケットを買ったベイファンに試合を見せたれよ」と思った。
今回のベイの使命は浜スタできっちり3つやることであり、
長いこと不遇をかこったファンにシリーズの雰囲気を味あわせてやることに尽きた。
それが昨日はルーキー濱口が快投し、今夜はロペス、筒香、宮崎で逆転勝利。
0-3も2-3になると俄然シリーズの様相が変わって来る。
問題はベイより、福岡でホークスが胴上げを許すイメージがまるでないことか。


2017.11.03(金) 新米とレイトショー

新潟から新米が届いた。
もう旨いのなんのって。母親が塩かけて食ってみろという。
脳梗塞の母と高血圧の息子。もうダメダメだが旨いのだからしょうがない。
なお新米は4合の米に3合の水で炊くのが最高だ。
夜の10時からレイトに出掛ける。
ここから深夜2時まで2本観る。独り身の三連休なんてこんなものだ。
滝田洋二郎の『ラストレシピ』はシネスコ大画面に豪華な料理が並ぶ。
名付けて“大日本帝国食菜全席”。
しかしどう見ても実家での白米塩かけご飯の方が旨そうだったし、
映画の中でも親娘で食べる焼き鮭の切り身を超えるものはなかった。
戦時下の幻のレシピを探しに若い料理人が日本、中国を訪ね歩くというストーリー。
二部展開は悪くなく、スケール感もある。監督は滝田洋二郎。
いい話だ。しかしいい話すぎて感動VTRに見えてしまう恨みが残った。
続いて日付が変わって北野武『アウトレイジ 最終章』。
たけしのドンパチものなら深夜でも眠くはならないだろうとの読みもあった。
眠くなるどころか、2時過ぎまでずっと緊張しながら観ていた。
例によって「バカヤロー、コノヤロー!」の男たちの怒号が場内に響く。
「三行の映画評」にも書いたが、どうしても馴染んだ東映やくざ映画と比べてしまい、
そのあまりにも冷たく乾いた質感が私にとって異形のやくざ映画となるのだが、
豪華な顔ぶれも、所謂「やくざ映画役者」が白竜くらいなのが逆に不気味だっだ。
東映の場合は主役から脇役、大部屋まですっかり顔ぶれに親しんでしまい、
その副作用でやくざがおっかないと思える映画はほぼ皆無になっていた。
北野映画は親分からチンピラまで心底「嫌だな」と思うやくざがズラリ並ぶ。
やくざは観る者がその世界に入って、中からやくざを見るよりも、
我々の日常からやくざの存在を見る方がずっと恐ろしい。
北野は常に客観的な視点からやくざを描くので、「嫌だな」の感覚から逃れられない。
そこに世界に衝撃を与えた北野バイオレンスの妙味が施されるのだからたまらない。
カメラが引いたところで淡々と二名を射殺する場面など北野映画の真骨頂だろう。
東映で一発の銃声の後、薬莢がカランと落ちる音など聞いたことがなく、
そのヒリヒリした質感に私はいつも緊張を強いられてしまうのだ。
もちろんそんな緊張感を私は前のめりにワクワクしながら味わったのだが。


2017.11.04(土) ソフトバンクホークス優勝

ソフトバンクホークス優勝おめでとう。
九回一死の土壇場での内川の同点ホームランには恐れ入った。
もう今夜決めるのだとサファテを3イニング跨がせた工藤采配にも感服した。
サヨナラの場面をかっさらった川嶋は殊勲だったが、
その瞬間にベンチを飛び出したホークスの面々の狂喜の表情を見て、
いかにこのシリーズでDeNAに絶対王者が苦しめられてきたのかもわかった。
横浜DeNAベイスターズ、なかなか天晴れな挑戦者だったではないか。


2017.11.05(日) 米国大統領来日

大統領専用機エアフォースワンがどれだけ快適なのかは知らないが、
そこでゆったり出来たとしても、到着早々ゴルフとは・・・・。
やはりタフでなければ勤まらない。
首脳会談の中心は北朝鮮問題になるのだろうが、
シンゾーとドナルドは一層の圧力外交を確認し、共有する作業になるのだろう。
「圧力よりも対話重視で」などの声も聞こえるが、
日本にとって最悪のシナリオとは、
アメリカが北朝鮮の核保有を認めないまでも、黙認すること。
北朝鮮が核開発放棄を前提とした対話はあり得ないといっている以上、
日本は、アメリカの圧力路線を支持し続けながら、
より大きな核の傘に入らなければならない運命にある。
トランプと金正恩の威嚇合戦が相変わらず終わらない中で、
もっともチキンレースを強いられているのは日本ではないのか。


2017.11.06(月) 街が発展すること

私の借り住処の最寄り駅である中央林間駅は、
東急田園都市線と小田急江ノ島線の二路線が発着している。
だから毎朝、約100メートルの通路を乗換客が右に左に猛ダッシュで行き交う。
これが非常に危ない。いつだか正面衝突しそうになったこともある。
いい大人のサラリーマンやOLたちが朝から鬼の形相で走るのもどうかと思い、
私などわざとゆっくりふんぞり返って歩いたりもするのだが、
朝の乗換駅のコンコースなどどこもそんなものだろうか。
二路線といっても、渋谷に行くか新宿に行くかの違いで方向はほぼ一緒。
私は始発駅で座れるという理由で東急を利用しているが、
東急はラッシュ時の急行運転は中止し、準急のみで運行しているため、
田園都市線の朝7時台は僅か2本だけの準急に乗客は殺到することになる。
一方、工場跡地に建設中の大規模なマンションが売り出されていて、
なんでも約900世帯の入居が可能なのだそうな。
その規模の入居が完了したとすると、最低でも900人の乗客が増えることになり、
朝7時台の2本の始発の準急の混雑を考えるとうんざりする。
もともと私など他所者であるため、この街の発展など迷惑なだけなのだ。


2017.11.07(火) 小春日和の立冬

知人とのメールのやりとりで「立冬」と書くべきところ、
「冬至」と書いてしまった。
抜けるような秋空で、10月中旬並みの気温だという。
10月中旬並みといわれてもピンと来ないが、
小春日和とはこういうものかと思った。
どちらにしても暦の上ではもう冬。
一日はどうにも長いが、一週間は早い。
一ヶ月はもっと早く、一年などあっという間。
ドナルド・トランプは韓国入りして、文在寅と首脳会談。
一年前の今頃はまだ二人とも大統領ではなかったか。
そう思うとあっという間の一年にもいろいろあったものだ。
って、一年を振り返るのはまだ一ヶ月早いか。


2017.11.08(水) 映画『夜空はいつでも最高密度の青色だ』

“都会を好きになった瞬間、自殺したようなものだよ。塗った爪の色を、きみの体の内側に探したってみつかりやしない”
石井裕也監督の新作は、主人公・美香のこんなモノローグから始まる。
最果タヒなる人の書いた原作は読んでいない。多分、読むことはないだろう。
小説ならともかく、同名の原作『夜空はいつでも最高密度の青色だ』は詩集だ。
私は詩を諳んじて感銘するような資質は持ち合わせてはいない。残念だが。
学生時代に付き合っていた彼女に中原中也を贈ったことがある。
今、白状すると単にカッコつけただけ。
本の中身は最初の「汚れちまった悲しみに」を斜め読みしただけだった。
石井裕也が詩から抱いたイメージを物語に乗せたのならそれを真剣に観るのみだ。
『川の底からこんにちは』『舟を編む』『ぼくたちの家族』と快作を世に送り出して、
大きな資本がついた『バンクーバーの朝日』でブレーキがかかった。
これは石井裕也には小さな映画からの仕切り直しなのだろうが、最高傑作となった。
冒頭に引用したモノローグにあるように美香は東京に絶望しながら、
昼は看護師、夜はガールズバーのホステスをやって生計を立てている。
“きみがかわいそうだと思っているきみ自身を、誰も愛さないあいだ、きみはきっと世界を嫌いでいい。そしてだからこそ、この星に、恋愛なんてものはない”
一瞬、『真夜中のカーボーイ』のダスティン・ホフマンが頭に浮かぶ。
あのラッツォはニューヨークにしがみつきながらフロリダを夢見ていた。
しかし美香は故郷も憎み、孤独であることに躊躇しない。ラッツォより逞しく、悲しい。
一方、左目が見えない慎二は、世の中を半分の目で見ながら過酷な労働に身を置く。
ときに饒舌で仕事仲間の顰蹙を買うが、内気で純粋な心を持った青年として描かれ、
同じように東京に迷いながら、どこかに不安定な危うさを孕んでいるようにも窺える。
ふたりは自己内向に生息しているようで、実は東京のリアリズムでもがいている。
仔犬が保健所に捕らわれ、焼き殺される煙が降り注ぐ都会から逃れないのだ。
石井裕也は最果タヒの詩集から、そんな美香と慎二の物語を編んでいく。
物語はぎこちないラブストーリーとなって、互いをチラ見しながら寄り添っていく。
そして次第に自身に纏わりつく緊張を削ぎ落していくのだが、その過程が気持ちいい。
♪頑張れ~!と絶叫するストリートシンガーが繰り返し映し出されるのは、
昔の『あらかじめ失われた恋人たちよ』の棒高跳びのフラッシュバック、
あるいは『書捨てよ街に出よう』の人力飛行機のリフレインを想起させ、
いつか見た懐かしい青春映画の記憶が呼び覚まされたようで嬉しかった。
この映画が東京の今を映し出していたかどうかわからないが、
少なくとも2017年の日本映画に無垢な楔を打ち込んだことは間違いないだろう。


2017.11.09(木) “恨”の国の晩餐会

米大統領を迎えての晩餐会に竹島産のエビ料理に元慰安婦の活動家。
半島の切迫した状況にあって、韓国は一体何をアピールしたいのか。
この国が日本と組んで北の同胞と闘うなんてあり得ないわけだから、
日本もアメリカの顔色ばかり気にして、韓国と付き合う必要などあるのか。
さすがに断絶して国際世論の批判を浴びるのは得策でないのなら、
もう無視、黙殺に近い関係であるべきではないのか。
そもそもこの国との関係で、日本にメリットが何かあるのだろうか。
経済?観光?文化交流?どれも大したことはないだろう。
もちろん断絶するメリットは少ないだろうが、デメリットもあるのか。
嫌われている相手に、いつまでも交際を持ちかけるのはみっともないではないか。


2017.11.10(金) 被害者たちの身元が明かされる

事件発覚以来、“9遺体”と呼ばれ続けてきた彼ら。
この呼称にはずっと抵抗を感じていた。
遺体の身元と氏名が公表され、ようやく彼らに人権が戻っかと思いきや、
いざ顔写真が並ぶと、ここまで公表されることの残酷さを思う。
中には15歳の女の子もいるではないか。
「自殺サイト」が発端である以上、世間の好奇な目に晒されることにならないか。
「彼らが自殺サイトに拠り所を求めた理由とは何か?」
「あなたの娘は大丈夫ですか?」「はびこる自殺サイトの深層とは?」
早速、週刊誌は被害者の家庭事情を記事にしていたが、
おそらく被害者宅にはマスコミが殺到し、
電話のベルと玄関の呼び鈴は鳴りっぱなしなのではないか。
励ましやお悔やみばかりではない郵便物も届いているだろう。
そんな中で、逮捕された白石某から残虐な犯行手口が供述されていく、
結局、彼らは何度も殺され続ける運命にあるのだろう。
被害者全員に捜索願が出されていたというが、
遺族たちは同情されこそすれ、非難される筋合いはない。


2017.11.11(土) 80年代映画ベストテン

新文芸坐が企画した<あなたが観たい80年代邦画・洋画ベストテン>。
その結果がHPにアップされ、劇場ロビーにも貼り出されていた。
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【80年代日本映画ベストテン】
1位:影武者(80黒澤明)/2位:その男、凶暴につき(89北野武)3位:ツィゴイネルワイゼン(80鈴木清順)/4位:乱(85黒澤明)/5位:台風クラブ(85相米慎二)/6位:蒲田行進曲(82深作欣二)/6位:風の谷のナウシカ(84宮崎駿)/8位:泥の河(81小栗康平)/8位:転校生(82大林宣彦)/10位:時をかける少女(83大林宣彦)/次点:家族ゲーム(83森田芳光)
【80年代外国映画ベストテン】
1位:ダイ・ハード(88ジョン・マクティアナン)/2位:ブレードランナー(82リドリー・スコット)/3位:アマデウス(84ミロシュ・フォアマン)/4位:E、T.(82スティーヴン・スピルバーグ)/5位:ストリート・オブ・ファイヤー(84ウォルター・ヒル)/5位:ブルース・ブラザース(80ジョン・ランディス)/7位:スタンド・バイ・ミー(86ロブ・ライナー)/8位:地獄の黙示録(79フランシス・F・コッポラ)/9位:未来世紀ブラジル(85テリー・ギリアム)/10位:ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ(84セルジオ・レオーネ)/次点:エレファント・マン(デヴィッド・リンチ)
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かつての文芸坐の観客気質を思うと、黒澤が清順を抑えているのが不思議だが、
あくまでも「あなたが観たい」であって、中高年の郷愁ばかりではないのだろう。
洋画の『未来世紀ブラジル』以外はすべて劇場で観ている。
(ただし『未来世紀ブラジル』のビデオは売ったな…)
そこで私も個人的な80年代映画ベストテンを選んでみた。
もちろん劇場観賞に限っているのと、後年に観た80年代映画は除外している。
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【私個人の80年代日本映画ベストテン】
1位:転校生(82大林宣彦)
2位:蒲田行進曲(82深作欣二)
3位:風の谷のナウシカ(84宮崎駿)
4位:ピポクラテスたち(80大森一樹)
5位:ツィゴイネルワイゼン(80鈴木清順)
6位:土佐の一本釣り(80前田陽一)
7位:となりのトトロ(88宮崎駿)
8位:嗚呼!おんなたち・猥歌(81神代辰巳)
9位:細雪(83市川崑)
10位:家族ゲーム(83森田芳光)
次点:ゆきゆきて、神軍(87原一男)
【私個人の80年代外国映画ベストテン】
1位:ダイ・ハード(88ジョン・マクティアナン)
2位:E、T.(82スティーヴン・スピルバーグ)
3位:パリ、テキサス(84ヴィム・ヴェンダース)
4位:ストレンジャー・ザン・パラダイス(84ジム・ジャームッシュ)
5位:プロジェクトA(83ジャッキー・チェン)
6位:ペイルライダー(85クリント・イーストウッド)
7位:愛と追憶の日々(83ジェームズ・L・ブルックス)
8位:バック・トゥ・ザ・フューチャー(85ロバート・ゼメキス)
9位:マッド・マックス2(82ジョージ・ミラー)
10位:ハンナとその姉妹(86ウディ・アレン)
次点:ローズ(79マーク・ライデル)
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持論として80年代は85年の阪神優勝以外はクソみたいな年代なのだが、
こうして並べてみると、それなりに充実した10年だったような気がする。
なにせ「家宅の人」「遠雷」「狂った果実」「天城越え」「天空の城ラピュタ」「台風クラブ」「男はつらいよ・知床慕情」「ブリキの太鼓」「プラトーン」「レイジング・ブル」「ブルース・ブラザース」「ストリート・オブ・ファイヤー」
これらのお気に入りを落としてしまったのだから。
まぁ、あと十年も経てばこんな順位は幾らでも変動するだろうが。


2017.11.12(日) 家族

週末に実家に帰るたびに母と喧嘩し、
親父を訪ねては親同士が喧嘩する姿を見る。
お互いに誰に遠慮なくズケズケ言える対象がいないのだから仕方がない。
とくに両親の会話など、耳が遠い同士で相手の話を聞かないので、
迂闊にそんなものの間に入ってなるものかと思う。
幼い子供が成長するのと、老人が退化するスピードは同じだと実感しつつ、
今も大量に残された宿題から逃げ続けている。


2017.11.13(月) ジーナ・ローランズが健気に見えた

昨日の午前十時に映画『グロリア』を観る。
36年ぶりにジーナ・ローランズ姐御と再会した。
ローレン・バコールと並び、出てきただけでハードボイルドを感じさせる存在。
ジーナ・ローランズとローレン・バコール。
名前からして、もうハードボイルドではないか。
要は無茶苦茶カッコいいのだ。拳銃を握らせたときの画面映えは半端ではない。
Eウンガロのド派手な衣装を着て躊躇なく拳銃をぶっ放すグロリアおばさん。
これを観たのは緋牡丹のお竜さんに身も心も没頭していた頃なので、
北野映画ばりの躊躇のなさに、二十歳の映画小僧はやや引き気味で画面を観ていた。
今や『アトミック・ブロンド』など、マッチョな女性アクションは定番になったが、
当時、ここまでハードなヒロイン映画は珍しかったのだ。
しかし、それほど昔の話ではないと思っていたことが、軽く36年前なんてことになる。
そうあのグロリアおばさんは当時50歳。今の自分より6つも年下ではないか。
因みにジーナは1930年生まれというから、母と同年代。まだご健在とのこと。
6年年下ともなれば、グロリアおばさんのイメージも変わる。
ニューヨーク中を駆け回る姿が、健気でもあるし、性格のやさしさも垣間見える。
そしてそんなグロリアをほんの少し上から目線で見ていられる。
旧ヤンキーススタジアムに世界貿易センタービルが並んで建つニューヨークが、
それほど古びた感じでもなかったのも嬉しかった。


2017.11.14(火) 夜更かし、もはや性(さが)

30代から十年余り昼夜逆転の生活をやっていた。
深夜の2時にラーメン屋に出掛けたり、夜中に待ち合わせて朝まで飲んだり。
そんなドラキュラ生活の日々がまだ身体から抜けていないのかもしれない。
時計の針が23時を過ぎたあたりで突然走り出す。
ふと気がつくと2時、3時になって「やべっ」となる。
少なくとも日中の11時から15時と同じ速さで時計は回っていないぞ、絶対。
昔と違うのは今が朝6時起床の生活だということ。
この職場はどうも朝早くから出勤した奴はエライという風潮がある。
始業3時間前に出勤する猛者もいて、非常に迷惑だ。


2017.11.15(水) この秋はミステリー三昧

狙っていたつもりはないが、この秋、結果としてミステリー&サスペンス映画が続いた。
アルフレッド・ヒッチコックの『私は告白する』、『見知らぬ乗客』を皮切りに、
エド・マクベインを原作とする黒澤明の『天国と地獄』。
沼田まほかる原作の映画化『ユリゴゴロ』、『彼女がその名を知らない鳥たち』。
ボワロー&ナルスジャックの原作をヒッチコックと映画化権を争ったといわれる、
アンリ=ジョルジュ・クルーゾーの『悪魔のような女』。
そのヒッチコックは同じ原作者で『めまい』を作り、それは昨年の暮れに再見。
『めまい』にオマージュを捧げたデ・パルマの『愛のメモリー』をようやく観て、
その脚本を書いたポール・シュレイダーが登場する『ヒッチコック/トリュフォー』。
これはヒッチコックに傾倒するトリュフォーのインタビュー収録本の映画化だが、
9月に観た『トリュフォーの思春期』では赤ん坊が転落するヒッチ・タッチが有名。
『ヒッチコック/トリュフォー』では黒沢清も出演してヒッチコックを語っているが、
その黒沢清のミステリータッチのSF『散歩する侵略者』もこの秋に観ている。
そして今夜『ダイヤルMを廻せ!』を観るとなると、もうちょっとしたループではある。
その間、小学生以来のモーリス・ルブラン、コナン・ドイルを懐かしさ満点で再読し、
沼田まほかるのミステリーを堪能しているのだから、まさにミステリーオータムだ。
とりわけ『見知らぬ乗客』『ダイヤルMを廻せ!』、そして『悪魔のような女』は最高。
『見知らぬ乗客』のテニスの試合会場での映像表現の怖さは、
『断崖』の光るミルク、『裏窓』の襲撃、『鳥』の一気に増える群れと並ぶ名場面。
ちょっと視線を逸らせた隙をドラマがうねる『ダイヤルMを廻せ!』も名人芸だ。
ただヒッチコック映画が面白いのは想定内というか、ある意味、当然だが、
クルーゾーの『悪魔のような女』の展開と圧倒的演出力には本当に度肝を抜かれた。
やはり張り巡らされた謎が最後、一気に瓦解する快感は何ものにも替え難く、
観客をミスリードしていくテクニックは並みの才能ではなく、
これを観て嫉妬したヒッチコックが『めまい』『サイコ』を連発したのも頷ける。
今も結末を知ったうえでもう一度見直したい欲求にかられているくらいだ。
デ・パルマの『愛のメモリー』を観るのは長年の宿題として引き出しに放り込んでいた。
ただ40年近くしまっていたのは、いくらなんでもしまい過ぎだった。
原題は“Obsession(妄念)。それに『愛のメモリー』の邦題はダサいといわれていたが、
そこに新文芸坐が休憩時間に悪ノリで松崎しげるの歌を流したのには笑ってしまった。
最初の誘拐場面が『天国と地獄』を観た後ではあまりに稚拙でずっこけたが、
そこに全編にバーナード・ハーマンの音楽が鳴り響くとなると、
これではヒッチ・オマージュというより、ヒッチ・コンプレックスではないかと思った。
そんなこんなで秋の夜長は映画、小説とミステリーとサスペンスを堪能したのだが、
そうなると期待したいしたいのは年末に公開される『オリエント急行殺人事件』。
これは吹替えで見ようかと思っている。ポワロの声が草刈正雄?うーん・・・・。


2017.11.16(木) 大和が勝ち取った権利だから・・・

7月の「日めくり」に「ヤマト“使命”果たす」と題して大和のことを書いた。
その大和がFAを宣言し、オリックス、DeNAと交渉の席につく。
もちろんタイガースも引き留めるための待遇を用意しているらしいが、
チームに必要不可欠な選手、大和は絶対に引き留めるべきだろう。
あの華麗な守備と、30歳でスイッチ転向した器用さはなによりも捨て難い。
大和がFA宣言をすると噂された時点で「頼むから止めろ」。そう思っていた。
しかし彼が他球団の評価を聞いてみたいと思うのは当然のこと。
現実、大和が残留したとして、タイガースでの立ち位置はどうなのだろう。
相変わらずのスーパーサブ的な役割なのではないか。
スーパーサブといえば聞こえはいいが、悪くいえば便利屋。
期待された北條の不振、糸原の怪我がなければ今季もどうなっていたか。
その不遇も見てきただけに、レギュラーが見込まれる居場所があるのなら、、、。
他球団に流出ではなく、転出。そう思うのもありのような気がする。


2017.11.17(金) 久々に職場泊

年末進行で毎度のことながら、この時期は仕事が立て込む。
忙しいのは結構なことだが、そうなると仕事の優先順位が一変する。
困るのが私個人に任されている仕事がなかなか手につかなくなること。
それはそれで期限が迫っているのだ。
熱海への職場旅行は春に延期したが、連日の残業に、休日出勤。
ただ残業は一昨日サボった。休日出勤は親のこともあり免除してもらっている。
にも関わらず、残業と休出の指示は私が出さなければならないのだ。
そんな引け目もあって、泊り込みで下命された仕事をこなすことにした。
誰もいないオフィスで仕事をすることには多くのメリットがある。
電話もメールもなく、誰からも助言を求められず、自分のペースで集中出来る。
そしてなにより、デスクでタバコが吸える。


2017.11.18(土) 今、真相は藪の中

隠ぺいしている時間が長ければ長いほど、発覚後の傷跡が深くなる。
あらゆる事象で、問題が発生したらとっとと発表してしまうに限るのだろう。
横綱・日馬富士が同じモンゴル力士の貴ノ岩をビール瓶で殴打したとされる事件。
事件が発覚したのは場所後の2日目。それで相撲協会が揺れに揺れているのだが、
責任の所在が明らかではなく、対応が後手に回って収拾がつかなくなっている。
そもそも頭蓋底骨折と髄液漏れが全治二週間程度のことなのか。
何故、貴乃花は協会に報告せずに警察に被害届を出したのか。
多くの関係者や当事者の証言が悉く食い違い、憶測は憶測を呼び、まるで藪の中だ。
真相を知る者が黙っているのか、誰かが捻曲げているのか、誰かを庇っているのか。
横綱たる者の品格、改善されない角界の暴力体質など多くの問題が噴出しているが、
先ずは事件の筋道だけは明らかにしてもらいたいと、俄か好角家は思っているだが。


2017.11.19(日) 母、86歳の誕生日

といっても母の誕生日に花を贈る孝行息子ではなく、
いつものように車で乗り込んで、母を乗せて親父の元へ。
親父も親父で耳元で「今日は11月19日」と母が大声で行っても無頓着で、
「だから何だ?」という顔をするばかり。
まぁ絵に描いたようなほのぼのとしたホームドラマの風景とはほど遠いものの、
こうして母の誕生日に短い時間を3人で過ごせたことに感謝すべきか。


2017.11.20(月) 健康診断

今年の健康診断にはまったく自信が持てなかった。
明らかに去年より健康状態が悪い。
体重も増えた。腹まわりを見ればわかる。自分でも重い。
診断評価はA~Eで示され、治療中はFとなる。とにかくFが目立つ。
去年に続いて尿蛋白がまた出る。
血糖値も依然として糖尿病予備軍だ。空腹でこれなら満腹時は考えるだに恐ろしい。
今年もまた高血圧、高血糖、高脂血症の「三高」。
相変わらず肝機能も標準値を下回る。
このままじゃいかんと節制の誓いを立てるのではあるが、
後輩を誘って池袋で飲んでしまった。
と、この文章の8割を去年の「日めくり」をそのまま引用。
ああ情ないったらありゃしない。


2017.11.21(火) それにしても冷える

毎年、12月の半ばごろまでコートは羽織らぬ私であるが、
今年の晩秋はとりわけ身にこたえる。毎晩のように寒波が来ているのではないか。
今夜は仕事帰りにひとつ手前のつきみ野駅で下車し、
私が認定する“世界三大餃子”のひとつ、韮鉄餃子を食べたのだが、
腹ごなしにアパートまで歩こうかという20分程度を思わずためらってしまう。
結局、ショルダーをタスキ掛けに、両手をポケットに突っ込んで歩くことにしたが、
食熱も5分ほどで醒めると、いやはや寒かった。自然と背中が丸くなっていく。
母が「夏と冬どっちがいいのか。足元が冷えてたまんないけど、蚊はいないからねぇ」
などとまったく実のない戯言をつぶやいていたが、
この寒空で庭いじりが苦痛になっているのはわかる気がする。
今はザクザクと霜を踏む機会はなくなったが、これからさらに寒くなる一方だ。
「ここより寒い場所なんて日本全国に幾らでもあるだろ」
なんてヤボはいいっこなしということで。


2017.11.22(水) 我が良き友たちよ

牡蠣の「がんがん焼き」が仕上がるまで13分…。
缶の中に殻のままの牡蠣を放り込み火にかけるだけの漁師料理。
牡蠣自身から蒸される香りが牡蠣全体を包み込み、我々を磯に連れてゆく。
そのベストなタイミングが13分。お店が研究した結果、出した時間なのだろう。
そんながんがん焼きの旨さの恩恵だったかどうかは知らないが、
恒例となっている高田馬場での飲み会(清龍会)は楽しかった。
私としてもおっさん同士で屈託なく言葉を飛びかわせる唯一無二の機会ではある。
プロレス好きが高じて20代からの付き合い。もう30年は超えるか。
でも懐かしい話ばかりではないのが嬉しく、あっという間に5時間近く経ってしまう。
思うにこの人たちは頭がいいのだ。頭のいい人たちと話すのは楽しい。


2017.11.23(木) 親不幸の手

またも親不幸の話をする。
例によってこの祝日は母と喧嘩しながら親父の元へ。
未だに「いつまでこんな所にいなきゃならないんだ?」という親父。
思えば親父が救急車で運ばれたのが今年の1月。
それ以来、家の敷居を跨いでいない。
本当に気の毒なことで、その心情を察するといたたまれないのだが、
同時に私の毎週末の自由もほぼなくなってしまった。
ひとり息子の義務として、母を親父の元へ連れて行かなければならないが、
わかっていても、仕事から開放される休日くらい勝手気儘に過ごしたい時もあり、
モーニングとレイトでの映画観賞では飽き足らないこともある。
もっというと常に泊りで首都圏を脱出したい欲求にかられている。
そこに勤労感謝の日の木曜日。
今日顔を出す代わりに土日は行けなくなったと両親に伝える。
浜松・静岡の寺社めぐりなら自分の車で行けるだろうと踏んで宿を押さえる。
そう、この祝日を利用しない手はないのだ。
どんな手だ?それは親不幸の手か。


2017.11.24(金) 夜のハイウェイと動体視力

仕事を切り上げると、ロマンスカーで一旦帰宅。
すぐに駐車場にとって返し、浜松方面に向かって東名高速の料金所をくぐった。
そこから200km磐田のルートインまで夜のうちに行ってしまおうという計画。
車の中で、買ったばかりの中島みゆきの新アルバムを聴きながら、
かつてなく長距離ドライブがキツくなっているのを実感する。
20代の頃は浜松までプロレスを観に余裕で往復出来たものだったが、
今はとても無理。浜松からその日のうちに帰宅など狂気の沙汰に思える。
さらに夜間の高速で120キロ超のスピードで追い越しにかかるのも怖い。
前方の車との距離感が覚束ないのは、明らかに動体視力が衰えているため。
そのことは普段の仕事の中で嫌というほど思い知らさせているが、
例えば急行電車の車窓から通過駅のプレートが読めなくなっていたりもする。
それと緊張の持続力もなくなってきているので、運転時間がやたら長く感じる。
要はハンドルを握りながら、いつ眠くなるのか自分が信用できないのだ。
おそらく車の運転は浜松あたりまでがギリギリの上限なのだろう。
だから弱気になってひとつ手前の磐田にホテルをとった。
深夜までチェックインが可能なのと、大浴場があるのが魅力に思えたのだ。
磐田に着いた頃、中島さんの新アルバムは3周目に入っていた。


2017.11.25(土) 遠州めぐり

やはり昨夜のうちに乗り込み、大浴場で身体をほぐしておいて正解だった。
横浜からの車移動の疲れはほぼなく、朝食バイキングをたっぷり戴く。
朝一番で浜松まで行く予定のところ、磐田に魅力的な寺社があるので参拝。
そこから浜松に入り、浜名湖の湖北五山を中心に参拝する。
龍譚寺、大方寺、大福寺、摩訶耶寺、寶林寺。
秋晴れとまではいかないが、湖面のきらめきに紅葉が反射して美しい。
もちろん勢いがついてラリー化した私には、紅葉など借景に過ぎない(笑)。
ふと見ると浜名湖畔のあちらこちらに「女城主・直虎の里」の幟がはためいている。
やはりNHK大河ドラマのアナウンス効果は絶大といったところか。
井伊家の菩提寺・龍譚寺には観光バスでおばちゃんたちが乗りつけ、
本堂のうぐいす張りの床をキュッキュ鳴らしながら喧しい。。。。
戴いた御朱印に“直虎の寺”の印が押してあり、とにかく今は直虎オシのようだ。
そもそも大河ドラマが始まるまで、井伊家と浜松の関係など知らなかったのだが、
思えば一昨年「井伊家ゆかりの寺めぐり」で彦根の龍譚寺にも参拝している。
吉田松陰を敬愛する身として井伊は仇敵だと思っていたが、
彦根と浜松でゆかりの地をめぐるとは我ながら皮肉なことで可笑しい。
この日の宿は掛川にとった。掛川には遠江国一宮の事任八幡宮がある。
大変申し訳ないことに、閉門過ぎにも関わらず社務所を開けてもらった。
普段の私と比べ、旅での私はかなり図々しくなるようだ。
反省しなければならない。


2017.11.26(日) 遠州三山から駿河湾へ

遠州にはなかなかの古刹が点在する。
代表的なのが“遠州三山”と呼ばれる袋井の尊永寺、可睡斎、油山寺。
どこも誇らしげな大伽藍は威容といっていい。
古刹に真っ赤なもみじが見事な日本的な風情を醸し出すのだが、
その紅葉の真っ最中であることには出発前から懸念も抱いていた。
案の定、もうひとつの遠江国一宮、小國神社で紅葉狩りの大渋滞にはまる。
長閑な周智郡森町という田園の幹線道路が車で埋まっていたのに焦る焦る。
拝殿に参り、渋滞に参ったでは洒落にならぬではないか。
幸い山道に迂回し、拝殿から少し離れた特設駐車場に停めることが出来たが、
ここで思わぬ時間を使ってしまい、なら計画を変更するかとカーナビを操作する。
ここから浜名湖に戻り湖西市の日蓮宗総本山まで約一時間。
東名を飛ばして愛知県の豊川稲荷までも一時間。
しかしここから更に距離を伸ばしていいものかどうか。体力との兼ね合いもある。
やはり当初の計画通り、帰路に向かいながら焼津、静岡に寄るべきか。
などと逡巡している時間ももったいないので、東名を東京方面に上ることにする。
久能山の東照宮にはもしかしたら小学校時代に来ているかもしれず、
日本平から久能山に渡るロープウェイの中で微かな記憶がよみがえる。
駿府までくれば当然のことながら徳川家康一色となるのだが、
それにしても駿河湾の大きくカーブを描く海岸線に富士山。この景観は反則だ。
これはさすがにラリーの借景などとはいえず、思わず見とれてしまう。
そこでとんでもない失敗をしでかすのだが、それについては明日書こう(汗)
静岡浅間神社、静岡縣護国神社と回ってこの旅の日程を終えることとなった。
因みに未踏の県に来たとき、一宮と護国神社は最優先に参詣するのを基本としている。
残りの帰宅路は145km。しかし当然のことながら上り方面は大渋滞だ。
案の定、御殿場から大井松田、秦野中井から横浜町田と渋滞ランプが点灯していた。
結局、痺れを切らして秦野で下車し、国道246号線を帰ることにしたのだが、
上が混めば下も当然混む。帰宅の頃には22時を超えてしまった。
超えてしまったが、この2日間でめぐった24の寺社はすべて素晴らしく、
東海道を急ぎめぐった“ひとり野次喜多珍道中”。
珍道中ゆえに失敗もあったが、総じて楽しいものだった。


2017.11.27(月) さて、失敗の話をしようか

今回の東海道寺社めぐりでふたつの失敗をやらかした。
ひとつは常用している血圧と脂質の薬を忘れてしまったこと。
準備はしていたのだが、出発直前にバッグを入れ替えたのが失敗だった。
寺院には石段や坂道がつきもの。それでいい運動になっているのだが、
降血剤なしの巡行はかなり血管に負荷がかかっていたに違いない。
そこにもってマイカーなのでタバコは吸い放題。
よせばいいのに渋滞が続くとついタバコに手が伸びる。
高血圧のリスクを押してまで吸うものなのかと思うが、どうても止められない。
それがひとつ。
もうひとつは久能山を打ち上げて、静岡市街の護国神社に向かうとき、
渋滞につかまり、カーナビで別ルートを検索して抜け道に案内された時のこと。
幹線道路から細い路地を曲がったところでお巡りさんに止められた。
「その路地は左折禁止ですよ、ご存じなかったですか?免許証を拝見します」
やってしまった。反則キップを切られるなど何十年ぶりだろう。
20代で3度ほど免停を食らったが、今はずっと優良ドライバーで通していたのに。。。
慣れない土地ゆえにカーナビのモニターを広域モードにしていたのが仇となったか。
詳細モードに戻してみると、ほんの数メートル先の路地を曲がれと出ている。
もちろんやっちまった自分が悪いのだが、
もし渋滞回避ルートにセッティングしなければ、
日本平から市街までの道路に渋滞がなかったら、
焼津神社に寄らなければ、
あの時、浜松から西に豊川稲荷のルートを行ってたら、
「タラが欲しけりゃ魚屋に、レバが欲しけりゃ肉屋に」昔の上司にいわれてたっけ。
7000円の罰金を払うくらいなら新幹線にすればよかった。
職場でこのことを話すと「全然、ご利益ないじゃん」といわれたが、
いやそういうことでもないのだけどね。


2017.11.28(火) 突然、呂律が回らなくなった件

仕事帰りに後輩とだべりながら池袋まで歩く途中、
突然、呂律が回らなくなった。酒は飲んでいない。
頭の中で言葉は浮かんでいるのだが、それが上手く口に出せない。
「あれ?呂律が回らねぇぞ」
「いや普通に喋ってますよ」
「脳梗塞の前兆かも知れない・・・」
「まさかでしょ」
「午後、19時25分、突然、呂律が回らくなる。何かあったら証言してくれ」
「だから普通に喋ってますって」
「頼んだぞ」
「わっかりました」
こんな会話を交わしながら、何ともしっくりこない。
自分自身に違和感だ。
試しに両手の人差し指の先端同士をくっつけてみる。
これが出来なくなくなったらいよいよ脳梗塞の前触れらしい。
「出来てるじゃないですか」


2017.11.29(水)「叱ったことが彼を傷つけ、世間を騒がしてしまった」

横綱・日馬富士が会見に伊勢ヶ浜親方を伴い引退を発表した。
会見は表題通り、日馬富士の無念さがにじむ会見となった。
国技とはいえ、ぶちかます、張る、投げるを日常とする格闘技。
後輩への叱咤を身体に覚え込ますことはあるだろう。
正直、一方的に糾弾する世間にも違和感を感じてしまうのだが、
さすがに傷害で書類送検の事態となれば、引退は不可避ということか。
好角家の末席にいる者として非常に残念なことではある。
秋場所で横綱3人に大関2人が欠場する中で見事に逆転優勝し、
横綱の責務を果たして国技館が大歓声に包まれてから僅か3ヶ月。
随分と忙しく、実に呆気ないものだった。


2017.11.30(木)うーん。

ありゃ11月も終わりかい。
11月が早く過ぎたことをボヤいていたのは私だけではないが、
本当に「あっ」という間に過ぎてしまった。
じゃ、どの月がゆっくり過ぎるのだ?という話になると、うーん。
去年のことなら去年のことだと認識できるが、
では三年前と五年前の区別がついているかといえば、うーん。
下手をすれば五年前くらいだと思っていたものが、十年前だったなんてこともある。
かつてあんなに大騒ぎしていたNHK朝ドラ『ちりとてちん』も十年前。
・・・・・・うーん。



                           

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