◎転迷 隠蔽捜査4
◎転迷 隠蔽捜査4
今野 敏
新潮社
一気に読んでしまった。やはり 『隠蔽捜査』 は面白い。とにかく先へ先へとページをめくらせる力を持っている。
石原慎太郎が「最近この国のエンターテイナーはジャンルを超えて極めて巧緻技巧的で他国のそれに比べて水準が高い」と芥川賞の講評で述べているのは、別に今野敏とまったく関係のない次元の話なのだろうが、何故だか今野敏のエンターティメントであろうとする姿勢に、石原発言がシンクロして、妙に腑に落ちたという感覚に囚われている。
【相次いで謎の死を遂げた二人の外務官僚。捜査をめぐる他省庁とのトラブル。娘の恋人を襲ったアクシデント……大森署署長・竜崎伸也の周囲で次々に発生する異常事態。盟友・伊丹俊太郎と共に捜査を進める中で、やがて驚愕の構図が浮かび上がる。すべては竜崎の手腕に委ねられた!】
そうは言っても 『隠蔽捜査』 のシリーズは、原理原則と合理主義で突っ走る竜崎伸也のキャラクターショーであり、あらゆる困難の渦中にいても微動だにしない姿を描くことで、シリーズはもの凄い勢いでマンネリ化の一途を辿っていることも事実だ。
私はシリーズの第一作のレビューで「読者が竜崎伸也を理解していく作業に追われる小説だ。そして竜崎伸也を理解するということは、今野敏が考える真のエリートとは何か、あるべき官僚の姿とは何かを理解することでもある」と書いた。第二作の 『果断』 では「読者に竜崎伸也という男を追認させていく小説だ」と続けた。身内の不祥事によって警察庁から警視庁の大森署に降格させられた竜崎が、横紙破りの存在感を発揮して周囲を翻弄していく姿が痛快であり、このシリーズの大きな魅力にもなっていた。
しかし、本来ならば覆ることでドラマチックになるはずの原則と正論が、それを貫き通す主人公を描くことでむしろ面白さが加速するというパラドクスは、実は三作目の 『疑心』 ですでにマンネリの兆候は伺えていた。それを今野敏が危惧したわけでもないだろうが、信念動かざる竜崎を色仕掛けで籠絡させようとして迷走してしまい、竜崎ファンからかなりの不評を買ってしまったことで、今回の 『転迷』 では再び「信念動かざる竜崎」の再構築を図ったのではないかと思っている。
今までは警察組織内の部署単位での縄張り争いや軋轢、上位伝達の硬直化に対して竜崎がそれを如何に捌くかに力点を置かれていたのだが、当然、その壁をクリアしてしまった竜崎に対して、今野敏は更なる難題をふっかけることに腐心していく。
今度の事件は大森署と大井署という二つの所轄で発生し、相変わらず公安部や本庁の捜査一課の特命から交通部まで部署間のヒエラルキーを描きつつ、やがて事件がシンクロしていく過程で外務省や厚労省の麻取捜査官といった省庁間の思惑が絡み、さらに竜崎の娘の婚約者がカザフスタンで飛行機事故に遭ったのではないかとの懸念も生じてくる。。
当然、竜崎がそれらの混沌とした状況に如何に対処していくのかが 『転迷』 の肝になるのだが、これはもうエンターティメント作家として読者の「もっともっと」の欲求に応えようとする今野敏の誠実さの著れなのだろう。しかしどうも仕掛を施すたびに、そのひとつひとつのネタが軽くなって、ますますマンネリの度合いが深まっていくスパイラルに陥ってしまったような気もする。
いや、冒頭に記したように間違いなく面白い小説なのだ。私は夢中でページをめくっていたのも事実だ。エンターティメント作家としての今野敏の姿勢にはある種の感動さえ覚えいる。
しかしこの小説は竜崎がすべての場面に登場することで、一幕芝居のようになってしまい、ネタの軽さと同時に事件のスケール感がまるで感じられないのもかなり残念だったのではないか。出来ればコロンビアでの描写や囮捜査となった外務省の役人がカルテルに追い詰められていく過程まで書き込んでいたとすると高村薫ばりの骨太な超大作になっていたと思うのだ。
その意味では刑事部長の伊丹や大森署捜査員の戸高など、すっかり馴染んだ登場人物との絡みや、どんな緊急の局面でも決裁書の束に判を押す仕事から逃れられない竜崎など、シリーズもののお約束の面白さは相変わらずとしても、この 『隠蔽捜査』 が今後も続くのだとすれば、少なくとも竜崎伸也が大森署の署長であることは限界に来たのではないかと確信してしまった。
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