◎極大射程
◎「極大射程」(上下)
スティーヴン・ハンター(Point of Impact)
佐藤和彦・訳
新潮文庫
この文の冒頭に強調しておきたいのが、とてつもなく「面白かった」ということ。
しかし読後にそのような幸福な感慨にありつけるまでに七年の歳月を要してしまった。あろうことかスティーヴン・ハンターの『極大射程』を四十ページほど読んで挫折したまま、実家の物置部屋に七年も埃の中で放置していたのだ。
そもそも翻訳ものが得意でもないのに関わらず、本書の主題でもある射撃の精緻な描写と静謐なまでのトーンが当時の自分の生活リズムとあまりにも掛け離れており、「レミントン七百ボルトアクションのライフルで銃身がヴァーミントンバレル、使用弾薬は・三〇八ウィンチェスターで倍率十倍のレオポルスコープ」なんて説明文にビビッて四十ページで埃を被せてしまったのは必然だったのかもしれない。
それにしても七年前に本書を購入した理由が、その年の海外ミステリーのベストワンを獲った作品だからであり、七年ぶりに埃の中から引っ張り出した理由がマーク・ウォールバーグ主演の映画化によってタイトルを思い出したからという、何とも緩い読書動機ではある。
【ライフルだけを友に隠遁生活を送る伝説の狙撃手ボブ・リー・スワガーに、ある依頼が舞い込んだ。精密加工を施した新開発の三〇八口径弾を試射してもらいたいというのだ。だが、それはすべて謎の組織が周到に企て、ボブに汚名を着せるための陰謀だった…。】
結果としてあっという間に挫折した四十ページを通過していた。射撃の描写は精緻だが、緊張感に溢れ豊潤なイマジネーションを喚起させるし、リズムは静謐だが、それは一転してカタストロフィに突入する直前の息遣いというべきものだった。まったく自分の生活リズム云々もへったくれもなく、七年前であろうが少し我慢して百ページくらいまで読んでいれば一気に上下巻七八八ページを読みきっていたに違いない。
ハンターが主人公のボブ・リー・スワガーに託して語るライフルへの執着は、銃社会というよりも銃そのものが建国の象徴である合衆国ならではの境地であり、ある種の病理でもあるのだが、ハンターはそれを十分に意識したうえで、なお、超大国であるがゆえの虚実皮膜、高度に肥大化した安全保障と正義の形骸化という現実の反対側に、普遍的アメリカンヒーローへの憧憬と渇望を活写してみせる。
とにかくスワガーが体現する英雄的な行動は、緊張に彩られながらも呆れ返るくらいに爽快であり、サスペンスフルな権謀術数、ここまでやるかというド派手な戦闘、さらにラブロマンスを折り混ぜながら、ラストに「あっ」といわせる大ドンデン返しと“物語主義者”たる私は完璧に作劇に乗せられてしまうのだが、これだけエンタティメントの要素を全部たたみかけてられても「精緻」と「静謐」であるという最初の印象は壊されることもなく、今もスナイパーたちの孤独とプライドが残影として目に浮かぶような気分でいる。
冒頭に記した「とてつもなく幸福な読後感だった」という所以だ。
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