◎廃墟に乞う

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◎廃墟に乞う
佐々木譲
文藝春秋


 佐々木譲を続けて読みながら『このミステリーがすごい!』でベストワンとなった上下巻の『警官の血』をとりあえずの締めと考えているのだが、その前にまだ文庫化されていない『廃墟に乞う』が図書館ですぐに借りられることになったので、先にこの単行本を読むことにした。もちろんついでに読むわけではない。本作は直木賞受賞作品だ。

 【十三年前に札幌で起きた娼婦殺害事件と、同じ手口で風俗嬢が殺された。心の痛手を癒すため休職中の北海道警察の刑事・仙道は、犯人の故郷である旧炭鉱町へ向かう。犯人と捜査員、二人の傷ついた心が響きあう、そのとき・・・。】

 佐々木譲は警察捜査にハンディをつけることで浮かび上がるドラマをこの作品でも描いている。有志による隠密捜査本部が結成される『笑う警官』。駐在の制服警官ゆえに事件捜査から除外される『制服捜査』。そして『廃墟に乞う』はある事件捜査で受けた衝撃でPTSDとなり、長期療養を科せられた休職中の刑事という設定だ。
 何故、主人公の刑事・仙道がPTSDとなったのかについては最後の事件でようやく明かされる構造になっており、本作は6編からなる連作短編の体裁をとっている。
 
 さて、ここまで佐々木譲の警察小説を続けて4冊読んできて、一番面白かったのが『警察庁から来た男』だったが、残念なことに『廃墟に乞う』は一番つまらなかった。実はメインと据えた『警官の血』の上巻をすでに読み終わっているのだが、こちらはかなり夢中でページをめくらせてくれる。同じく連作短編の『制服捜査』は悪くはなかったが、作品によって出来不出来のバラつきを感じた。
 そうなると佐々木譲の持ち味はズバリ、長編であるのかもしれない。『廃墟に乞う』は表題作の第二話を除けば物語のトーンも低く、人物造形も浅くてどこか記号的、プロットの掘り下げも物足りないので、いかにもベテラン作家が小説雑誌の連載ものをそつなくこなしたとしか思えなかった。
 これは『制服捜査』でも感じたのだが、事件そのものを追いかけて短くまとめられたストーリーはどこか淡々としているだけで切れ味がない。もともと意外な真犯人や完全犯罪を目論んだトリックを破っていく類の小説ではなく、人間ドラマとしての余韻で読ます小説なのだから人物造形の薄さは致命的であると思うのだ。
 おそらく直木賞の栄誉は佐々木譲の長年にわたるキャリアへの功労賞的なものなのではないだろうか。作品のコクという部分でも『制服捜査』に及ぶものではなかった。
 
 ストレス障害で休職中の刑事に持ち込まれる事件というコンセプトは悪いものではない。事件にのめり込むことを躊躇いながらも、核心へと巻き込まれる捜査権も手帳を持たない刑事。所轄の警察署の捜査官には奇異の目で見られ、ときには煙たがれる。事件の核心に迫りながらも捜査の外側でしか事件と関わることができない。それでいて一介の私立探偵と比べれば、都合よく元同僚から捜査情報を入手できることもある。設定はなかなか面白いとは思うし長編であればもっとよかったとも思う。
 しかし、連作短編という形で休職中の仙道に次から次へと事件が持ち込まれてくるとなると一気にリアリティがなくなるばかりか、結局は休職中のルーティンワークではないかという印象を持ってしまう恨みが残る。このあたりは一定のブランクがある小説誌の不定期掲載ならよいが、単行本で一気に読まれてしまうとつらい。
 だから、唯一、感銘した第二話『廃墟に乞う』について書き残しておけば十分なのだが、結局、『制服捜査』で一番良かったのが『割れガラス』だったので、私が佐々木譲に求める短編作とは事件のプロットより、北海道という土着に根ざし、余韻にチアリーノのエンディングテーマが似合うような人生の哀歌が漂うような、ほろ苦いストーリーということになるのかもしれない。

 『廃墟に乞う』はサブテーマとして、吉川という犯人の生い立ちと、その背景にある夕張の忘れ去られた炭鉱町がある。その描写が切なく胸を突く。
 かつて炭鉱の町として栄華を極めながら、時代のニーズから炭鉱が次々と閉山し、やがて財政も破綻し今やゴーストタウン化している町で、犯人の母親は貨車から落ちる石炭を拾って生計を立てていたという。犯行の動機に過去の絶望と極貧があるのは、松本清張の『ゼロの焦点』や『砂の器』など、不遇の過去を隠すために犯行に及ぶというのがお馴染みなのだが、『廃墟に乞う』の吉川は絶望そのものを知ってもらうために犯罪を冒す。
 吉川は取調室で仙道に向かって「知らないのかい?行ったこともないのかい?」と挑発する。仙道にしてみれば、犯人に対して過度の思い入れは禁物だという思いもある。当然、犯人の生まれ育った環境がどうであれ、犯罪者がなした事実を冷徹に調べて記録するのが警察官の使命には違いない。
 「追う者と追われる者のあいだに発生する〈清算〉がテーマです。普通は清算を要求するのは追う者の側ですが、この作品では追われる者が追う者に決死の清算を迫り、それを仙道刑事が、ヒーロー然としてやり過ごせないところに新鮮なリアルを感じました」
 直木賞の選考にあたった宮部みゆきの選評にあるとおり、心に深い傷を負い、PTSDに苦しむ仙道だからこそ、犯人の記憶の闇に引き寄せられるように追体験していく。このあたりの葛藤のドラマはなかなか読ませるものがある。
 表題作の『廃墟に乞う』が秀でているのは、傷を負う者同士の不思議な連帯を描きながら、時代論と都市論をさりげなく織り込んでいったことにあるのかもしれない。
 それだからこそ、この表題作を囲んだその他の短編の凡庸さが惜しまれてならない。


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