◎出雲伝説7/8の殺人
◎出雲伝説7/8の殺人
島田荘司
光文社文庫
トラベルミステリーとは、時刻表からどんなドラマとトリックを編み出していくのか、作家の着想力が試されるジャンルなのかもしれない。
そういえば時刻表というものを生涯で3回ほど購入した記憶がある。旅の用途に使ったわけでもなく、もちろん私は一冊の時刻表を元に仮想の旅計画を立てる鉄道マニアではないのだが、全国鉄道の運行時間を羅列した文字を眺めているだけで、高揚としてくる不思議な気分は理解ができる。
ローカルの聞いたこともない路線に名も知れぬ駅の配列。それが愛想のない活字であるからこそ、未知なる場所への想像が湧いてくるのだろうか。そうでなくとも子供の頃は、本籍を置く新潟の家から、田んぼの向こう側を単線の羽越線が通過するのをぼんやり見ているのが好きだったので、時刻表をめくりながら、今頃、ちょうどあの辺りを走っているのかとよく想像したものだった。
ただ時刻表を自由自在に操れるまでには相応の慣れとセンスが必要なのではないかと思う。私のように想像力だけで対峙する楽しみ方には限界がある。それこそ有能な推理小説家にかかれば、この縦横の活字の配列には多くのネタと可能性が見え隠れしているものなのだろう。
【山陰地方を走る6つのローカル線と大阪駅に、流れ着いた女性のバラバラ死体。捜査の結果、殺された女は死亡推定時刻に「出雲1号」に乗車していたことが判明。休暇で故郷に帰っていた警視庁捜査一課の吉敷竹史は、偶然にも犯罪の渦中に…。】
バラバラ死体を7つの路線の網棚に捨てるという発想にまず度肝を抜かれる。これが犯罪集団の仕事なのか、ひとりの犯人の仕業なのかという初動捜査での引っ掛かりがあり、仮に犯人が単独の場合、果たしてこんなことが可能なのだろうかという吉敷刑事の疑問が展開する。この前段は時刻表の図解もあり興味深くページをめくっていた。
それにしても島田荘司には事件の発想が先にあって、それを裏付けるトリックに符合する路線を時刻表から探していったのか、時刻表から事件を思いついたのか、そのあたりの創作の発端はどうだったのか。行方不明の首を除く七つのバラバラにされた人体。つまりは八つに分断された死体を「やまたのおろち(八俣の大蛇)」伝説に見立てたことから想像すると、当然最初に舞台として出雲は決定していたと思われるので、よく練られたプロットだったとは思う。
ただ前述したように、私は時刻表を操れるまでの慣れとセンスがないので、挿入されている本物の時刻表の抜粋を見ながら、正直いえば、あまりにも謎解きばかりに偏りすぎる読書というのもいかがなものかという気分になっていた。そもそもパズルの解答に追われるような読書では、帰宅電車や昼休みに分断されながらの島田流ミステリーを把握するのは少々厳しいのではないか。さらに、この夏は現実に私自身のトラベルが間に入ってしまい読書期間が数日空いてしまった。
確かにトラベルミステリーというジャンルは「本格もの」とは別モノという風潮が業界にはある。おそらくテレビドラマ化とともに成長していったジャンルという位置付けがあり、下手をすれば小説そのものがテレビサスペンスのシノプシスに陥っているのではないかと評価されているのではないか。確かに警視庁の刑事が事件解決のため列車に乗り込むことで、舞台が移動する様は極めて映像的であり、必ず地方ロケが行われるため旅情を演出することも出来る。正直いうと時刻表トリックを活字で読むよりも映像で解説してもらった方が有難いと思わなくもない。
島田荘司が異色なのは「トラベルミステリーで本格をやる」からだということらしい。それは前作の『特急「はやぶさ」1/60秒の壁』で私も感じるところがあったのだが、それでも『占星術殺人事件』『斜め屋敷の犯罪』といったゴシック調探偵小説の豊潤さと比べれば、探偵役の吉敷竹史に御手洗潔ほどのアクがあるわけでもなく、島田荘司という作家の本領とは別の成り立ちをしているのではないかという気はした。
その点で吉敷ものの第二弾となった『出雲伝説7/8の殺人』は全編を謎解きで覆い尽くすことによって、流行のトラベルミステリーに一石を投じようとした島田荘司の意志がより鮮明になったのではないだろうか。バラバラ死体をトリックの骨子とするなど、原点帰りを模索しているのだと思えなくもない。
ただ謎解きが充実すればするほど、肝心の物語が迷走していた感は拭えない。首なし死体による被害者不特定の事件であるにもかかわらず、通報によって早々に容疑者が浮かび上がり、マスコミからも追求されていくという流れは、時刻表ミステリーについて精緻に描き込まれているのに比べるとかなり荒っぽい印象を与える。
また「やまたのおろち」伝説にまつわる父と娘の悲しい執念を、出雲の風景の中で描き切れたかのといえば、その点でも内田康夫の領分までには及ぶところではなかったのではないか。個人的には読み切るのが少々きつかったというのが正直なところだった。
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