◎三匹のおっさん
◎三匹のおっさん
有川 浩
文春文庫
『シアター!』の自分のレヴューを見てみると若干シニカルなことを書いている。確かに有川浩が自ら語るように、キャラクターが走り出すのを書き留めるスタイルだと、読者によってはそれを捕まえるタイミングを微妙に逃してしまうことがあるのではないかと思う。
結局、『シアター!2』でこちらも登場人物たちの走るスピードに合わせられたので、小説の世界観を楽しむことが出来たが、『三匹のおっさん』の場合は逆に登場人物たちと一緒に好スタートを切ったものの、後半になって息切れしてしまったような気がした。
すでに続編の『三匹のおっさん ふたたび』が単行本で発売されているが、有川作品では初めて「ちょっと続きはいいかな」と思ってしまった。
【還暦ぐらいでジジイの箱に蹴り込まれてたまるか!還暦を迎えた剣道の達人・キヨ、居酒屋店主で、柔道の達人・シゲ、町工場経営者で機械をいじらせたら右に出るものナシの頭脳派・ノリ。かつての悪ガキ三人組が結成した自警団が、痴漢、詐欺、動物虐待などご町内にはびこる悪を成敗する!】
「世間知らずには世間から教えてやらねぇとな」。
五十年間続いた剣道場を閉めた感慨に浸る間もなく、息子夫婦に還暦祝いで赤いちゃんちゃんこを着せられ、道場をピアノ教室として改装したいと提案されたキヨさん。嫁の入れ知恵とは分かっているものの、言いなりになっている息子にも腹が立つ。腹の虫をおさめるには幼馴染のシゲさんがやっている居酒屋「酔いどれ鯨」で憂さ晴らしするのが定番だ。
有川浩にしては珍しく重松清ばりのアイロニーではじまる。もちろん、そんな嫁に対して「萎れた真似はお上手だったことでしょうね」と、有川節ともいえる奥さんのキツイ追撃があり、そのあとの展開は『定年ゴジラ』とは似ても似つかない展開となっていく。
「現代を舞台にした時代劇を書きたい」との思いが有川浩にあったのだという。それと同時にアラ還世代の元気も描きたかったと。なるほど『三匹のおっさん』は還暦を迎えたおっさんたちによる現代劇版『三匹の侍』、『三匹が斬る』といった趣向なのだろう。
キヨさんに居酒屋店主のシゲさん、工場経営者のノリさん。かつての悪ガキ三人組が集まって町の自警団を結成する。有川浩、得意の連作短編で、さすが面白さのツボは外さない勧善懲悪の物語が展開していく。
しかしどうも緊張感溢れる最初の三話の出来があまりに良すぎて、残りの三話で失速した印象が拭えない。
まず勧善懲悪が陥りやすい安定による停滞を感じる。頭の三話で主要五人の人物形成が出来上がってしまうと、あとは起こる事件に対処するだけの繰り返しとなって、おっさんたち自体のドラマがどんどん希薄になっていく。そう勧善懲悪ドラマとは受身のドラマなのだ。
悪を叩いてめでたしめでたしが勧善懲悪のお約束なので、第四話目の動物虐待のエピソードなどは、肝心の悪党退治が物語上、歯切れの悪い決着となってしまったのだが、中学生男女の美談を入れてめでたしめでたしを演出する。別に歯切れの悪いままでよかったのだが、この辺りは勧善懲悪に固執してしまったがために強引だった印象は否めない。
「イマドキのお年寄りって若いよなぁ、と思ったことがこのお話のきっかけでした」とあとがきで語る有川浩。
確かに40歳になったばかりの彼女にとっては、むしろ20代、30代がジジむさくなっている昨今、アラ還世代の元気さに目が行くのは分からないでもない。しかし年寄り=元気という定義だけでは、あまりにも年寄りをステレオタイプに捉えすぎているような気がするのだ。
還暦世代はかつて「戦争を知らない子供たち」として大人たちとの軋轢と戦っていた世代だ。高度経済成長、ドルショック、石油ショックも、バブルの全盛も崩壊もくぐってきたから相当に鍛えられてはいるが、実はこの世代にもっとも自殺者が多い。
キヨが最近目が遠くなってきたという今さらの記述には驚いたが、還暦を過ぎればいくら鍛えているとはいっても持病のひとつやふたつぐらい抱えていてもよく、武道家ならば古傷が疼く夜もあるだろう。例えば下世話だが小便の放物線が小さくなったなどと嘆く描写があってもいい。
普段、アラ還世代に囲まれて仕事をしている身としては、もう少しディティールがあってもよかったのではないかと思う。こんな具合に彼らを取り巻くドラマのネタはいくらでも転がっているはずだった。
もしかすると、その辺りは続編でフォローされているのかもしれないが、ページが進めば進むほど、主役はおっさんたちから祐希と早苗の恋模様に移ってしまうのもどうしたものだろう。もっともこちらはラブコメ女王の面目躍如で活き活きとしているのだが。(ただし高校生のアルバイトを深夜シフトに入れるのは法律違反です)。
などと有川浩の力量を知っているだけに難癖をつけているみたいな感じになってしまったが、確かに勧善懲悪時代劇だと思えば、ひとつひとつの事件はどれもよく練られている。
それも人間関係が希薄になったゆえの現代病ともいえる事件ばかりで、それをアラ還世代が解決していくというアプローチは社会批判の余韻も残して、さすがだと思わせる部分も多く、ここまで書いてきてようやく続編もどこかのタイミングで読んでもいいのかなと思うようになってきた。
ということで二年続けて有川浩の夏となったので、これ[読書道]の夏の恒例にしていこうかしらなどと思っている。
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