◎リオ
◎リオ −警視庁強行犯係・樋口顕
今野 敏
新潮文庫
出版不況や活字離れが叫ばれて久しいが、最近、電車の中で本を読む人が増えてきたような気がする。少なくとも漫画や週刊誌より単行本、文庫本を読んでいる人が多いのは確かだと思う。
友人や職場関係でも時たまに本の話題になる。そこでよく出てくる名前が佐伯泰英と今野敏。どちらも一度読み出したら止まらないのだという。
そこでAmazonで検索してみたところ、とにかく二人とも作品数が多い。まるで長寿ドラマの脚本家ではないかと思えるほどの旺盛な執筆ペースだ。
どうも日本の文壇では多作というだけで評価の圏外に置かれてしまう傾向にあるようだが、考えてみれば、村上春樹のように新作を出すたび話題を集め、店頭に特設ブースが設けられるような超ベストセラー作家よりも、現実に出版流通を下支えしているのは佐伯泰英や今野敏のような創作意欲旺盛な作家たちなのかもしれない。
【警視庁捜査一課強行犯第三係を率いる樋口警部補は、荻窪で起きた殺人事件を追っていた。デートクラブオーナーが殺害され、現場から逃げ去る美少女が目撃される。第二、第三の殺人が都内で起こり、そこにも彼女の姿が。捜査本部は、少女が犯人であろうという説に傾く。しかし、樋口の刑事の直感は、“否”と告げた。】
今回は今野敏の警察小説を読むことにした。多作ゆえに作品ジャンルもSFから格闘ものまで多岐に渡ってるようだが、驚いたのが今野敏の作家デビューが『鉄騎兵、跳んだ』であるということ。これを映画化したものを学生時代に観ていて、あれは小澤啓一監督のカムバック作品だった。そうなると今野敏とは30年前に間接的に出会っていたことになる。
もっとも実質、今野敏の名を知ったのが評判の『隠蔽捜査』なので、その前哨の意味で警察小説のジャンルから十年以上前のシリーズ作品からまずは読むことにする。
何せ「読み出したら止まらない」ということなので、『隠蔽捜査』2作を含め『警視庁強行犯係・樋口顕』シリーズと併せて5冊を通販で買っていたのだ。
さて、その警察小説というジャンルが数年前からちょっとしたムーブメントにあり、火付けは大沢在昌『新宿鮫』なのだろうが、横山秀夫、佐々木譲などの諸作がベストセラーとなって年末のミステリーベストテンを賑わせていることは知っていた。私ももともと刑事のドラマは観るのも読むのも嫌いではないので、真っ先に飛びつきたいところだったが、幸か不幸か警視庁OBの受け入れ先のような団体に転職してしまい、そこで聞く現職時代の逸話や苦労話がべらぼうに面白く、大概にして、事実のような小説よりも、小説のような事実の方が面白いに決まっているので困っていた。
さらに先輩方が異口同音にいうのは、刑事が出て来るドラマや小説は「とにかく嘘臭く、馬鹿らしくて見ていられない」のだそうで、それはその通りだろうという気がする。彼らの仕事は地道な分業制で成り立ち、決してドラマのようにスター刑事がヒロイックに事件を解決に導くわけではないのが実際なのだろう。
しかし事件や犯罪は常に我々と背中合わせにあり、加害者にも被害者にもなるのだという不確実な現実がある限り、警察小説は臨場感を生み続け、永遠のエンターティメントであることから逃れられるものではないと思うのだ。
この『リオ』の主人公である警視庁捜査一課の樋口顕も、新宿署の鮫島刑事ほどヒロイックではないものの、作家の味付けとともに難事件と対峙するスタイリッシュな敏腕刑事であることには違いない。
それでも「自分に自信が持てず、警察機構の中で常に違和感を覚えながら、周囲から期待されるのが重荷と感じている」という主人公の着想は面白いと思った。組織の中で自分がどう思われているのか気になって仕方がないという感覚は、我々の肌感覚に近いし、そんな性格だけに警察組織を客観的に語らせることができる。
実は「読み出したら止まらない」という話は本当で、私はすでに樋口顕シリーズの続編『朱夏』『ビート』も一気に読んでしまっている。今野敏の作家としての円熟もあるのだろうが、シリーズは回を重ねる毎に面白くなり、内容も一気に充実していく。
それゆえに、今こうして『リオ』について書きながらも、私はすでに樋口顕の今後の成長過程を把握してしまい、そんな状態で『リオ』を単体で捉えるのが非常に難しくなってしまっている。
そんな具合に『リオ』の読後感は『朱夏』『ビート』と比べると非常に乏しいものだった。事件の展開も若者風俗に沿っただけで真新しいものとは言い難く、タイトルになった“飯島理央”という女子高生の描き方も平板なので、樋口も含む被害者や加害者たちが何故そこまで彼女に翻弄されていくのかという説得力にも欠けると思えた。
すでに次回作も既読であるので、今野敏が創造した樋口顕という刑事像についての感想は『朱夏』へ引き継ぐことにしたい。
※文中、今野敏の作家デビューが『鉄騎兵、跳んだ』と記述してしまったが、同作は佐々木譲のデビュー作と判明。改稿せずここに訂正する。
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