◎ブルーマーダー

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◎ブルーマーダー
誉田哲也
光文社


 最新刊『ブルーマーダー』まで追いついた。購入先がBooK-Offなので著者にも光文社にも利益を寄与しないのはまったく申し訳ないことだが、単行本の帯に太いフォントで“累計240万部突破の姫川玲子シリーズ、待望の最新長編!!”とあり、これだけ売れているなら勘弁してくれるだろうと願いつつ、この駄レヴューを読んだ人がその気になって本屋に寄ってくれるのを祈るばかりではある。
 とにかく今年の2月は誉田哲也マンスリーとなった。ひとえに最初の『ストロベリーナイト』が私の感性にどストライクだったということだ。
 そして誉田哲也は『ブルーマーダー』で第一作目に原点帰りを試みたのではないか。かなり面白く読了したことをはじめに記しておこうかと思う。

 【「あなた、ブルーマーダーを知ってる?この街を牛耳っている、怪物のことよ」。常に姫川玲子とともに捜査にあたっていた菊田。玲子とコンビを組んだベテラン刑事下井。そして、悪徳脱法刑事ガンテツ。謎めいた連続殺人事件。殺意は、刑事たちにも牙をむきはじめる。】

 テレビシリーズとなり、映画化もされ、大ベストセラーとなったシリーズだが、誉田哲也はそこに妥協することなく強烈なバイオレンスを放っていく。おぉ、ここまでやりますかぁ~というぐらいに血まみれ、糞まみれ。無慈悲で残酷で、グロい。自分だったら絶対にこんな殺され方だけは勘弁してほしいし、肉塊と化した後もこんな遺棄のされ方はしてほしくないと切に思う。肉体的な苦痛よりも先に精神が崩壊してしまうのではないか。それはもう作家の破壊衝動が破裂したのではないかと思うくらいに徹底している。
 ここまで描かなくても多分ストーリーは十分に成り立つ。しかし暴力への渇望ともいえる描写がシリーズの緊張感を支えている確信が私にはある。そう我がヒロインは不浄で汚れた日常で闘っているのだ。

 姫川玲子は『インビジブルナイト』で警視庁本部の捜査一課を追われ、所轄の一係長となった。前作の『感染遊戯』で玲子は本部に復帰しているので、この『ブルーマーダー』の事件はその中間に位置するのだろう。ならば『感染遊戯』で玲子が倉田修二と再会したとき木野一政を壊述する場面があればシリーズの時系列として完璧になる。創作の段階というのがあるので単行本では無理でも、願わくは文庫に改訂されるときぜひ試みてほしいと思うのだがどうだろう。
 前作の感想で、法規制の枠外にある「正義」と「裁き」の心情を、ある種クライムノベルの永遠のテーマではないかと書いた。珍しくネタバレ覚悟で書けば、倉田修二と木野一政の二人の殺人者は元警察官であり、ざっくり書いてしまえば「正義の代行者」、あるいは「裁きの代行者」ということになる。
 もちろん二人とも背景に複雑な事情を抱えている。行動原理が必ずしも「正義」を思想信条しているわけではないのだが、一方は犯罪への憎悪が歪んだ正義を生み、一方は警察内部の不毛なセクショナリズムへの抵抗として結果的に法を踏み越えていく。二人に共通するワードは「正義」ではなく「復讐」なのかもしれないが。
 しかし昨今の警察不祥事の多さを見ても、正義の執行者としての警察組織の前提が揺らいでいるのは現実の話だ。法律の不備も常に指摘されている。そのことに不満を持つ警察官が全国50万人近くいるうち、犯罪への過激な憎悪から先鋭的な正義に走る者がまったくいないとは限らない。少なくとも破廉恥行為で検挙される警察官の数より、兇暴犯への殺意を内向的に抱える警察官が多く存在しても不思議ではないし、正直そうであってほしいとも思っている。
 実はヒロインの姫川玲子がそのひとりだ。そのことを「犯人の情緒と同調しすぎる」とガンテツに看破されようが、読者は無意識のうちに玲子が内包する憎悪と殺意をある程度許容している筈なのだ。
 このシリーズの根底にある闇はそこにあり、張り詰めた緊張感を醸すことにもなっている。誉田哲也自身がその資質の持ち主なのだろう、猟奇的ともいえる残酷描写はその破壊衝動の表れなのではないだろうか。
 事件の大詰めでそういう自分を自身が自覚し、葛藤しながらも受け入れていることを宣言した玲子。このシリーズでの姫川玲子屈指の見せ場だったといっていい。
 そこを含めて『ブルーマーダー』は三つのテーマを抱えながら進行していく。あとの二つは菊田とのドラマであり、警察内部のセクショナリズムの問題だ。

 菊田という玲子の部下である刑事の描かれ方にはまったく不満だった。いつも玲子に寄り添いながら目前では優柔不断になり、井岡やガンテツに苛つきながら離れたところから僻んでいるイメージ。そのことは『ブルーマーダー』を読了した今も大して変わることはない。
 玲子の抱えるドラマの中で菊田の存在はあまりにも卑小すぎるのではないか。お互いが好き同士という前提であれば、誉田哲也は菊田にも刑事(男)としての何か玲子と拮抗出来るような存在証明を与えてやるべきではなかったか。警察官の経験は菊田の方が長いのなら、ここぞという場面で刑事の矜持を玲子に示す場面があってもよかった。本編では難しいのなら連作短編での一編でもいい。だから『インビジブルレイン』のようなことが起こっても「菊田では役者が違うか」となり、牧田へ惹かれた玲子が超えるハードルはそれほど高くはなかったのではないか。
 誉田哲也もこれ以上、菊田で物語を膨らませることは無理だと踏んだのだろう。だから玲子と決別して菊田が結婚したのはよかったと思う。
 ところが菊田の嫁が妙に可愛く描かれていたので、これはもしかしたら菊田殉職への布石になっているのではないかとそっちの方が気になってしまったのだが・・・。

 横山秀夫は『震度ゼロ』で、警察組織のセクショナリズムを面白く描いていたが、これはもう警察小説というジャンルのお約束だといってもいい。
 今回は先の事件で玲子と組んだ元・捜査四課のベテラン刑事、下井がそのセクショナリズムの狭間で苦しみながらなかなかいい味を出していたが、本部と所轄、所轄と所轄、部署と部署、キャリアとノンキャリなど、警察組織は日常的に主導権争いと縄張り争いが跋扈する巣窟となっているのは実際なのだろう。それは警視庁OBが集まる職場にいながら、彼らの言動からも想像はしていたし、暴力団、銃器、薬物などを一斉に扱う組織犯罪対策課の新設にまつわる話なども聞いたことがある。毎度、彼らが出てくるその手の思い出話は、警察小説を読む際の参考にもなれば、邪魔にもなることもある。
 さらに今回の『ブルーマーダー』は玲子が所属する池袋署の周辺や池袋駅周辺など、もろに馴染みのある場所が舞台となり、駅から少し離れると目白署の管内となることも知っていたし、玲子が埼玉の実家から移り住んでいる要町など自分の職場の所在地であり、図らずも誉田哲也の街の描写が実景と雰囲気をリアルに伝えていることがわかって、そのことにも大いに感心させられた。

 以上、誉田哲也というより姫川玲子マンスリーはこれにて一旦終了する。早くも今年の読書のエポックメイキングのひとつになったのではないだろうか。
 誉田哲也の姫川玲子シリーズ以外の諸作を手に取るかは約束できないが、次にこのシリーズの新刊が発売されるときは正規の書店で購入することを約束しておこうと思う。

 世間の縮図をさらに濃度アップさせたような警察内部のセクショナリズムのなかで、機能が硬直し、それに疲弊した警察官から正義の執行者たる自覚を削っていく事態だけは絶対に避けてもらいたい。と最後に一言添えておく。 


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