◎ストロベリーナイト

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◎ストロベリーナイト
誉田哲也
光文社文庫


 面白いという評判で手に取った。文庫の帯をそのまま信じるならば、相当売れているらしい。確かテレビドラマ化されて映画にもなるのだったか。・・・えっと、主演女優は篠原涼子じゃなくて竹内結子の方か。

【溜め池近くの植え込みから、ビニールシートに包まれた男の惨殺死体が発見された。警視庁捜査一課の警部補・姫川玲子は、これが単独の殺人事件で終わらないことに気づく。捜査で浮上した謎の言葉「ストロベリーナイト」が意味するものは?クセ者揃いの刑事たちとともに悪戦苦闘の末、辿り着いたのは、あまりにも衝撃的な事実だった。】

 ヒロインの名は姫川玲子。警視庁捜査一係、ノンキャリ27歳にして階級は警部補。班持ちの主任刑事。
 主人公が女刑事で真っ先に思い浮かべたのが乃南アサ『凍える牙』の音道貴子だった。彼女も警察組織という男社会の中で相応のストレスを浴びながら自己を確立しようと足掻いていたと思うのだが、あれは女性作家の目線から女刑事を、周囲の男たちを描いた小説だった。直木賞受賞作だから優れた作品だったと決めつけるわけではないが、『凍える牙』には女の強さにも弱さにもリアリティがあったし、男の卑小なところも容赦なく批評されていたことを思い出す。
 音道貴子と姫川玲子との違いを一言でいえば、女主人公とヒロインの違いかもしれない。そう姫川玲子はあくまでもヒロインなのだ。
 思うに姫川玲子は作者の「理想の女」を具現化するために創造された女刑事であり、この小説はそのつもりで読むのが一番正解なのではないか。
 そして私はかなり誉田哲也に同調できた。だから面白かったし、このヒロインは健気でカッコいいと思った。

 物語は殆ど解決の糸口も見えないまま、残りページが異様に少なくなっている。そして本当に最後の最後に突拍子もなく犯人が名乗り出てヒロインを襲撃する。ちょっと待てよ、と。やっぱりあいつが真犯人なの?こりゃいくらなんでも警視庁もただじゃすまされんぞ。
 一読して、これは批判も少なくないのではないかと、試しにAmazonの読者レヴューを覗いてみた。いやはや予想以上に評判は芳しいものではなかった。
 曰く、「軽い」「グロい」「ミステリーの体を成していない」「人物造形が浅い」「リアリティがない」等々となかなか凄まじい。
 シリーズの第一作なので、次回作がどのように進んでいくのかはわからないが、こと『ストロベリーナイト』に関しては「グロ」はこの小説のエキセントリックさを端的に表す意味で実は効果的だったと思っている。
 確かに冒頭の描写にはたまげる。殺人ショーの残虐さは怪奇趣味丸出しのところまで来ているので、(例えば)好きな彼女においそれと本を貸すのを躊躇わせるハードルも感じる。なにより作家は理想のヒロインをグロのトーンの中に投げ込むことに愉悦を覚え、姫川玲子がとんでもない窮地に立たされることを欲求している風でもある。

 姫川玲子の捜査方法は理詰めよりも “勘”に依存している。だから「リアリティ」をこの小説に求めてはいけない。むしろリアリティの呪縛を抜けたところで好き放題やっているところが痛快だ。
 それでも殺人事件が発生し、所轄署に帳場が立つ。電話やFAXが次々と運びこまれ、地どりや敷鑑の区分けがされるなどの手順はきちんと踏んでいる。そんな描写のひとつひとつのリズムもテンポもいいので「軽い」と受け取る読者も多いだろう。
 「ミステリーの体を成していない」のは当たり前。もともと誉田哲也はその線を狙っていない。しかし、決して「人物造形が浅い」とは思わなかった。
 ひと癖もふた癖もある男所帯の本庁捜査一課。公安出の悪徳刑事「ガンテツ」に捜査に一切の予断を許さない日下というライバルを向こうに見据え、個性豊かな姫川班の面々と、所轄署の井岡。あまりにもキャラクターが当たり前に存在しすぎで、これは本当にシリーズの第一作かとチェックし直したほどだった。
 人物造形など延々と説明すれば深化するというものではなく、「書ける」作家は物語に落とし込むだけで的確に人物のプロフィールを描き切れてしまうのだろう。
 とくに「ガンテツ」がスレスレのところでいい味を出している。裏金を使って情報を買い、おもちゃ屋で買ったモデルガンを片手に事件現場に乗り込むなど、ややもするとヒロインを食ってしまうばかりの大活躍ではないか。

 姫川玲子は高校生のときにレイプ被害に遭っている。その傷は相当に深く、トラウマに悩まされている。おそらくFBI女性捜査官クラリスの「羊の群れのトラウマ」どころの話ではないだろう。
 そしてその事件を担当した埼玉県警の女刑事も殉職する。その女刑事が玲子に語りかけるように綴った日記がきっかけで「私は逃げてばかりではいけないんだ」と裁判に立ち向かう玲子。もう「泣かせ」もド真ん中直球勝負だ。

 以上、『ストロベリーナイト』について四の五のいってる暇があったらとっとと次を読めと、声なき声に囃し立てられている気がするので、ここらで筆をおくことにする。


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