◎アリス殺し

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◎アリス殺し
小林泰三
東京創元社


 【大学院生・栗栖川亜理は、最近不思議の国に迷い込んだアリスの夢ばかり見ている。ハンプティ・ダンプティの墜落死に遭遇する夢を見た後大学に行ってみると、キャンパスの屋上から玉子という綽名の博士研究員が墜落死を遂げていた。不思議の国では、三月兎と頭のおかしい帽子屋が犯人捜しに乗り出していたが、思わぬ展開からアリスは最重要容疑者にされてしまう。】

 「目と鼻の先に燻り狂えるバンダースナッチがいる。これと同じ程度の絶望はそうは思い付かない。匹敵するのは、近くにいるスナークがブージャムだとわかった時か、ヴォーバルの剣なしでジャバウォックと対峙した時ぐらいだろうか?」 

 私はこの件りがまったく理解できなかった。いや、本質的には大半を理解できないまま本を閉じたのではないか。
 この小林泰三『アリス殺し』というミステリーのモチーフとなる、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』や『鏡の国のアリス』を読んでいない。
 そのことは読み始めてしばらくしてわかるのだが、では、この『アリス殺し』を理解するため、一旦本書を閉じて、今更ながら有名なルイス・キャロルの児童文学を読んでおくことも考えないでもなかったが、優れた作品ならば出典など知らずとも楽しめるのではないかと思ったことと、読んでいくうちに、次第にその出典そのものが好みではないのではないかとの予感が走って、結局、半分はわけがわからないそのまま最後まで読んでしまった。

 そもそもこれを読んだきっかけは、昨年の「このミス」上位ランク作品であり、例によって図書館に予約していたのが手元に届いたということ以外の理由はなかった。
 もう少し読書前に前知識を仕入れて、このミステリーが『不思議の国のアリス』をモチーフとしていることを知っていたら読んでいたのかどうか。
 なるべくまっさらな気持ちで本に臨みたいと心掛けているのが仇になったが、本の表紙を見た印象から先日読んだばかりの湊かなえ『贖罪』が思い浮かべていた。また幼い女の子が殺される話なのかと、正直言うと少々うんざりもしていた。あまり好きな世界ではない。
 本来なら「アリス」の3文字で『不思議の国のアリス』を思い浮かべるべきだったのだろうが、「アリス」は可愛い女の子の総称のようなイメージもある。
 何だか、どちらにしても自分が読むべき本だったのかどうかわからないまま、いたずらにページを消化していったという感じだった。
 まぁ、『不思議の国のアリス』などは誰でも知っている筈だという前提のもとに書かれたのだろうから、ここは作者の不親切を批判するより、自分の読書歴の浅さを自覚すべきかもしれない。

 ただ『贖罪』とは内容は違っていたものの、全体がグロテスクなトーンで彩られていたことでは同じような印象を持った。
 そう、童話や児童書には残酷な描写が少なくはない。日本の民話で子どもが神隠しに遭う話などは自然に対する畏れを感じるが、グリムやイソップの話しなど、もっと物理的というか、ストレートに食物連鎖を想像してしまうテイストが全編に溢れている。
 私はよく知らない世界だが、こういう寓話的世界観と執拗なほどの残虐描写は、ある方面への愉悦的嗜好が高いのかもしれない。
 
 非常に趣味的な小説のようだが、ミステリーのベストテンに入るほどの作品だけに、ルイス・キャロルの物語世界と『アリス殺し』をリンクさせながら、作者は巧みに読者をミスリードしている。「あっ」と思わせる局面もあり、そこは出典を知らずとも面白かった。


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