◎震度0

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◎震度〇ゼロ
横山秀夫
朝日文庫


 児玉清氏の「生涯で一番愛した“黄金の50冊”」に、購入したまま待機中だった一冊を見つけたので、早速手に取ることにした。氏が絶賛していた百田尚樹『永遠の0』が私には残念な読書になったことへの挽回の意味もある。奇しくも“0”繋がりとなったのは偶然ということにしておこう。

 【阪神大震災のさなか、700km離れたN県警本部の警務課長が失踪した。県警の事情に精通し、人望も厚い彼がなぜ姿を消したのか?本部長をはじめ、対立するキャリア組の警務部長、準キャリアの警備部長、叩き上げの刑事部長など、県警幹部の利害と思惑が錯綜するが、解決の糸口がなかなか掴めない…。】

 結論からいえばひと言「面白かった!」。さすが児玉清、もとい横山秀夫だ。昨年来より横山秀夫を定期的に読んで、短編という制約された中で濃密な世界観を紡ぎ出してきた作家と対峙して、思わず短編の名手などと書いてしまったが、それが長編であってもまったく間延びせずに最後まで緊迫感あふれる物語を創造している。

 N県警が奈良県警なのか長野県警なのかもすっかり気にならなくなったのは私の慣れだとしても(奈良県警でないことは一読してわかるが・・・)、犯人逮捕に至る刑事たちの活躍を描くのではなく、県警本部内部の暗闘を描くことの多い横山秀夫の場合は、匿名の警察本部の方が余計な先入観を持たなくても済むだけいいのかもしれない。この『震度0』はそんなN県警察本部の各課の部長たちによる権力闘争と権謀術数の限りを尽くした凄絶なディスカッションドラマとなっている。

 時あたかも平成7年1月17日。兵庫県南部を襲った阪神・淡路大震災の当日のこと。
 早朝、モーニングコールをしてきた妻に促されるように県警本部長はテレビをつける。神戸で震度6のアナウンスがあるものの、肝心の映像が出てこない。ニュースキャスターは窓ガラスに近づくな、火の元を確かめろ、余震に備えろとただ延々と繰り返すのみだ。
 この震災当日のNHKニュースは私もはっきりと覚えている。当時、ビデオ屋で働いていた関係で夜明け過ぎに帰宅した私は、関西地区を襲った地震のニュースをぼんやりと眺めていた。結局なかなか進展しないニュースに飽きて、長い睡眠に入ってしまったのだが、目が覚めて夕刊の一面に載った分断崩壊した阪神高速道路の写真を見て驚愕したものだった。あの記憶は今も鮮明だ。
 しかしここで震災当日の記憶を引っ張り出しても、まったく意味はない。
 なにせ「はっきりと自覚した。何千何万人の人間が死のうが、六百キロ離れた彼の地の出来事は無関係なことなのだ。」とこの小説では言い切ってしまっている。まったくもって無慈悲なことだが、創作とはそういうものなのかもしれない。
 では未曽有の大震災さえも関係ないと言い切る、どんな大問題が県警本部で発生しているというのかといえば、警務課長の突然の失踪に端を発した本部長、警務部長、刑事部長たちが織りなすパワーゲームだった。

 警察機構の中のヒエラルキーはキャリア、ノンキャリアはもちろん、警務、警備、刑事、生安、交通という担当部署のランクにも及ぶ。とりわけキャリアとして本部の実権を握らんとする35歳の警務部長と地元県警叩き上げの58歳の刑事部長との対立は、時間が経過するごとに鮮明となり、深刻化していく。
 キャリアとノンキャリ、警察庁と県警との意地とプライドを賭けた闘いといえば聞こえはいいが、外野から見ればヤクザの縄張り争いと五十歩百歩だ。そしてそれは官舎で留守を預かる妻たちの人間関係にまで波及することになる。
 舞台の大半は会議の場となる本部長室と各部署の部長室。そして官舎。各部長室で仕入れた証拠はことごとく隠蔽され、本部長室ではそれぞれが知らぬ存ぜぬを決め込みながら敵失を待つ。暗闘の蚊帳の外にある生安部、交通部も何とか点数を挙げようと、妻たちを巻き込んで巧みにいっちょ噛みの機会を伺っている中で、唯一、警備部長だけが、震災救助の号令がかかるのを今か今かと待ち構えている。
 将来は警察庁長官か警視総監の椅子を狙う立場からすれば、警務課長の失踪は確実にキャリアに傷がつく。こんな田舎の県警で汚点を残すことだけは絶対に避けなければならない。本部長など単なるお飾りに過ぎない私大出だ。心中する気などさらさらない・・・。そして会議はやがて怒号が飛び交う修羅場と化していく。

 なるほど読み進めていく内に解ってきた。これは震災のニュース映像をBGVとした人間喜劇なのだ。私は今まで横山秀夫の短編を読みながら、これはラジオドラマで聴いてみたいと何度か思ったが、『震度0』はむしろ格好の舞台劇になるのではないか。
 だからリアリティを追及するのではなく、横山秀夫はいつになく人物をカリカチュアライズしている。我々は読者というよりも観客の気分に近くなっていくのだ。
 そして観客として卑小な人物たちに怒り、呆れ、そしていつしか笑ってしまっていることに気がつくだろう。
 横山秀夫はこの小説について「情報は時として魔物と化す。この小説の主人公は“情報”かも知れない」と書いている。
 その情報に踊らされる男たちの姿はひどく滑稽だった。
 


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