◎脳男

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◎脳 男
首藤瓜於
講談社文庫


 駅のブックスタンドで電車移動での手持無沙汰を紛らわすために買った。丁度、映画の公開を間近に控え、予告編を観たばかりで『脳男』なるタイトルが頭に残っていたのだ。これが乱歩賞受賞作だったのはレジで代金を払ってから知る。
 とまあ、何とも適当に手にしてしまったもので、首藤瓜於という作家も初めて聞く名前だった。

 【連続爆弾犯のアジトで見つかった、心を持たない男・鈴木一郎。逮捕後、新たな爆弾の在処を警察に告げた、この男は共犯者なのか。男の精神鑑定を担当する医師・鷲谷真梨子は、彼の本性を探ろうとするのだが・・・。】

 私の場合、未知の作家の著作と対峙するとき、まず作家の生年月日を知ろうとする。さすがにこの歳になると私よりもひと回りもふた回りも若い作家が雨後の筍のように文壇へ輩出されているが、作家が私と「時代」を共有しているのかどうかは気になるところではあるのだ。
 若い感性に触れるのは悪くないが、最低でも生まれた土地や環境など何らかのアイデンティティは欲しい。私は小説に共感を求める読者であるので、「時代」を共有していることが共感への一里塚だと安易に考えている。(実はもっと正直にいってしまうと、私より年上の作家に身を委ねたいとの気持ちが強いのだが・・・)
 意外にも首藤瓜於は1956年生まれなので、私よりも年長だった。更に驚いたのが『脳男』は13年前に単行本が発売されていたこと。
 なるほどエアシューターの説明など何を今さらと思ったが、前世紀に書かれたものならばわからなくもない。病院内での専用携帯電話の使用など、まだまだ新鮮だったのだろう。
 しかし首藤瓜於が私よりも年長者だったことを意外に思ったのは、これが13年前に書かれたものだとしても、今ひとつ文章が洗練されていない箇所が散見されることだった。

 不可思議な存在である鈴木一郎の精神鑑定を担当することになった鷲谷真梨子が、目撃した一部始終が物語になっているのだが、物語の肝となる精神病の説明が、いかにも「解説しています」調で語られ、いちいちストーリーから浮き上がってしまうのは、作者が未熟であるとしかいいようがない。爆破サスペンスも満載で、そこそこ派手な舞台装置を用意していながら物語の進行をいちいち用語の解説で停められてはたたみかけがきかないではないか。
 もちろん精神病理を描くうえで専門用語や知識の説明は必要なのだろうが、雪山登山での薀蓄も然りで、どうもそれらを調べた労力は伝わっても、それがストーリーの運びや心理描写の掘り下げに反映されていない。そんなもどかしさを最後まで拭い切れないまま読み終えてしまった。

 そう全体的にぎこちなく、どうもリズムが悪いのだ。野球に例えれば、自軍の調子の出ない投手の背中をイライラしながら見ている野手の気分に近い。チェンジになっても攻撃のテンポが掴めないまま得点の機会を逸してしまう感じか。
 そんな具合なので、鷲谷真梨子をヒロインとして読んでも今ひとつ乗り切れない。謎の男に対峙している彼女の語り口がどうにも弱いのだ。それならばむしろ茶屋という巨漢刑事に物語を語らせた方が面白くなったのかもしれない。
 続編も文庫化されているようだが、多分読まないだろうなと思うのは、主要登場人物三人の「これから」に対して興味が持てないからだ。


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