◎笑う警官

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◎笑う警官
佐々木譲
ハルキ文庫


 一読して思ったのは「安直だったな」ということ。佐々木譲という作家の名前を私の中で必要以上に肥大させすぎてしまったのかもしれない。あるいは「警察小説」というジャンルに確固たるルーティンを求めすぎていたのかもしれない。どちらにしても読後には失望感が残った。

 【札幌市内のアパートで、北海道警察の婦人警官の変死体が発見された。容疑者となった交際相手は、同じ本部に所属する津久井巡査部長だった。やがて津久井に対する射殺命令が出てしまう。所轄署の佐伯警部補は、かつての盟友の潔白を証明するために有志たちとともに、極秘裡に捜査を始めるのだったが・・・。】

 などと、いきなり結論づけてしまうとそのあとのレヴューが進めづらくて困るのだが、実は私はこの小説を割と一気に読み終えることはできた。矛盾するようだが、読んでいる間はそこそこハマっていたのだ。
 にもかかわらず失望感が残ってしまったのは、冒頭に記したように、まだ読まぬ佐々木譲の名前を過度に肥大化させてしまったことがまずある。
 三年前の宝島社「このミステリーがすごい!」で『警官の血』がベストワンをとった時、私は初めて佐々木譲の名を知った。一度名前が入ってくると、不思議なことに『廃墟で乞う』で直木賞受賞というニュースも入ってくる。ベテラン作家とはいえそういう潮目を迎えるタイミングにあったのだろう。
 そうなるとこちらが求めたわけでもないのに佐々木譲の情報が飛び込んでくる。そんな中で彼の作家デビュー作が学生時代に観た小沢啓二監督による映画『鉄騎兵、跳んだ』の原作者だったことを知るに至り、単純な私は佐々木譲への興味を確固たるものとしてしまう(黒木和雄『われに撃つ用意あり』の原作者でもある)。そしてとどめの一撃が、実家に帰った折に父親が読み終えた『笑う警官』が本棚に置いてあったこと。これはもう早く佐々木譲を読めといわんばかりではないか。

 そして佐々木譲の情報としてよく聞かれる「警察小説の第一人者」というフレーズ。今や「警察小説」は、私にとっては本格ミステリー以上に興味あるジャンルになってしまっていた。
 今にして思えば警察小説ブームの先駆といわれた大沢在昌『新宿鮫』は、「組織の中の個人」あるいは「個人の背景にある組織」という観点というよりも、やはり新宿署のはみだし刑事・鮫島単体の英雄壇だった。正しい「警察小説の定義」なるものがあるのかどうかわからないが、あのシリーズでの警察組織の役割はすべて鮫島にスポットを当てるための舞台装置でしかなかったことが今はわかる(もちろん「新宿鮫」の面白さに一点の曇りはないのだが)。
 その後、高村薫『マークスの山』での警察捜査のリアルな描写に唸らされたこともあったが、「探偵小説なら警察小説」とまで私が嗜好を変えていったのは、やはり現実的に警視庁の捜査官OBたちに囲まれる仕事に就き、そこで彼らから聞く様々な逸話(迂闊には人に聞かせられない話)があまりにも面白すぎて、警察署という舞台があたかもエンターティメントの温床、伏魔殿なのではないかという思いを強くしたことが大きかった。
 組織からはみ出してしまう個というものには限りないドラマを想起させるが、同時にその個に枷を嵌めようとする組織の側にも大きなドラマがある。組織というものは個の集合体ではなく、「組織」という別人格になる。まして国家権力として厳格な綱紀に縛られている警察組織ともなればドラマが一層加速してくるのは当然のことではないか。
 さらに黒川博行・初期の“大阪府警捜査一課シリーズ”では、名探偵が圧倒的な知能指数で推理ショーを展開する小説よりも、捜査本部の合議によって捜査官たちの様々な意見が集約され捜査方針が固まり、その網が次第に絞られていくサスペンスと刑事たちの日常や心情が見え隠れする物語の楽しさを存分に楽しむことができた。
 そんな具合に、佐々木譲が「警察小説の第一人者」であるならば、過度に期待してしまう土壌が私の中に出来上がっていたのだ。

 『笑う警官』の舞台は北海道警察。警視庁ではなく地方警察という設定は悪くない。夕張出身という佐々木譲の土地勘に根ざした土着のドラマが楽しめそうな気がする。
 この『笑う警官』を第一作として“道警もの”としてシリーズ化されているということだが、ところがページをめくってまもなく、佐々木譲が土地勘だけで舞台を北海道警察に設定したわけではないことがわかってくる。
 何年か前に実際のニュースとして報道されていた北海道警察の巨額の裏金捻出事件。私の憶えている範囲では領収書のない多額の使途不明金が問題となり、道警が組織ぐるみでマネーロンダリングを行っていた事実が発覚したというものだったが、それ以前に銃器の摘発で華々しい成果をあげていた道警の某警部が麻薬取締法で逮捕され、某警部の情報提供者が獄中で不審死を遂げた挙句に、元上司が自殺するという事件が勃発していたらしく、その某警部の事件と裏金捻出事件とは密接な繋がりがあるとされ、改めて警察組織の隠蔽体質が浮き彫りにされたのだという。
 佐々木譲はその事件をモチーフに道警の暗部を描いている。どうやらこの警察小説は事件解決までの捜査官たちの活躍を一種のカタルシスとともに描くものではないらしい。そう絶対的ヒエアルキーを持つ組織の善悪と明暗が常に拮抗しているのが警察小説であるともいえるのだ。
 警察の隠蔽体質の根深さは、不祥事に携わった個人や部署の保身もあるのだろうが、警察不信が世間に蔓延することで国家安全の根幹が揺るぎかねないのだという怖れにある。警察の正義が必ずしも世間一般の正義とはならないとなれば、当然、そこに斬り込む警察小説も出てくる。
 今野敏の『隠蔽捜査』が優れていたのは、その警察組織の善悪・明暗を見事に融合させて見せたことにある。では佐々木譲の『笑う警官』はどうだったのかといえば、実際の事件に着想を得たわりには、どうしてもプロットに無理が生じていたようにしか思えず、それがゆえに失望感を残してしまったような気がするのだ。
 
 道警の不祥事を追求する委員会の証言台に立つ刑事と、それを阻止しようとする道警上層部との暗闘という図式はいいのだが、婦人警官の殺害事件の容疑者に仕立て上げて、射殺命令まで出すというのいうのはいくらなんでもどうなのだろう。女警殺しというのも相当なものだと思うが、現職刑事への射殺命令など果たして現代日本で起こりえるものなのかどうか。
 その組織ぐるみの陰謀に立ち向かうために有志の捜査チームが秘密裡に結成され、明日に迫った委員会までに真犯人を突き止め、刑事が証言台に立つまでをガードするというのが彼らの使命となる。
 しかし明日までに事件解決というタイムリミットサスペンスがどうにも作為的であり、秘密の捜査チームとして選抜された面々もリアルとは思えず、警察組織対警察官という一歩間違えれば劇画になってしまいそうな設定で、一歩も二歩も踏み誤ったという思いが禁じえなかった。さらに真犯人の正体たるや・・・あまりにも軽く描かれはしないだろうか。

 と、ここまでダラダラと書いてきたのだが、実に困ったことがある。
 私はこの文章を一昨日の夜に書きはじめたのだが、その間に“道警シリーズ”の第二作『警察庁から来た男』の読書にとっかかり、それがあまりも面白くて夜なべで一気に読み終えてしまった。さらにそのカタルシスの余韻に浸る間もなく、「次へ次へ」の欲求に耐え切れずに図書館で三作目を借りてしまったという状況にある。
 第一作について批判めいた読書評を書きながら、同時に第二作目に夢中になっていたという矛盾。脳内のバランスがぐちゃぐちゃになりつつも、そもそも本を読む時間よりも読書評を書いている時間の方が長いことが最大の矛盾であることを教えられた。


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