◎永遠の0

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◎永遠の〇ゼロ
百田尚樹
講談社文庫


 何だろう?突如として感性が鈍化しまったのだろうか。特攻の英霊たちの勇姿に思いっきり泣くつもりでページを開いたのだが、泣けないどころか、信じられないほどのつまらなさに児玉清の解説が出る577ページまでなんとか青息吐息で不時着したという、かなり悲惨な読書になってしまった。

 【「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」。そう言い続けた男は、なぜ自ら零戦に乗り命を落としたのか。終戦から60年目の夏、健太郎は死んだ祖父の生涯を調べていた。天才だが臆病者。想像と違う人物像に戸惑いつつも、ひとつの謎が浮かんでくる。】

 若い姉弟が特攻で死んだ実祖父・宮部久蔵の戦争を知る人を訪ねて行く過程で、そこで得たかつての兵隊仲間たちの証言がそのまま物語となっていく。
 伝聞によって人となりが浮き彫りとなっていく形式はそれほど新しい手法ではないが、それ自体は悪くはないと思っていた。『軍旗はためく下に』もそうだが、それぞれの証言を積み重ねていくことで、現代の視点で捉えた戦争の実像が浮かび上がる構成はミステリーの余韻も楽しめるのではないかと大いに期待したものだった。
 ところが文章があまりに稚拙だったことにまず驚いた。もう揚げ足を取り始めたらキリがないほど、構成も何もあったものではない。
 それでも先に述べたように私は最初から揚げ足をとる構えで物語に入ったのではなく、かなり無防備に感動を享受するつもりで『永遠の〇』に入ったはずだった。評判をとったベストセラーであることや、無類の読書家で知られる児玉清が絶賛していたこともあるが、ゼロ戦の撃墜王である坂井三郎、西澤広義、岩本徹三といった伝説の男たちの勇姿に率直に涙したいと思っていたのだ。
 読み始めの数ページですでに違和感はあった。老人たちを訪ねる以前の姉弟の会話からして「なんじゃこりゃ」と思える幼稚なセリフの羅列。「今、ぼくはあの戦争で亡くなった多くの人の悲しみを感じているんだ」・・・って、お前は星飛雄馬か!
 しかしそれとて、著者の百田尚樹は放送作家出身だけに、万人の視聴者を満足させなければならない宿命が身に染みてしまっているのだろう。と無理やり納得していたのだが、老人たちが饒舌に語っていく太平洋戦争が明らかに戦記物の資料や坂井三郎『大空のサムライ』のコピーであることがわかってくるにつれて、逆に高評価を得ていることの方が不思議でならなくなっていた。

 あの愛書家としてリスペクトしている児玉清が何故なのだ?なにせ、老人たちが語っているのは宮部久蔵のことでもなんでもなく、真珠湾、ミッドウェイ、ラバウル、ガダルカナルの資料を基にした戦況であるのは明白であるにも関わらずなのだが・・・。
 おそらく児玉氏ほどの境地になれば、文章の表層に囚われず、私などには計り知れないこの小説の本質を見抜いてしまったとでもいうのか。うむ、きっとそうに違いない。
 しかし、例えば「ぼく」が太平洋戦争の関係の本を読み漁り、大本営や海軍司令部に激しい憤りを感じていたにも関わらず、老人へのインタビューの途中で「すると、特攻は若いパイロットが多かったのですか」と聞いてしまうアホらしさはどうしたものか。お前は一体何を読み漁り、何に義憤を覚えていたのだろうか。特攻をイスラムのテロリズムと同等だと断言した新聞記者を、後で間違いに気がついて号泣していたなどの一文で済ましてしまうご都合主義も許容範囲なのか。

 ついでに書いてしまえば、オマージュとして零式戦闘機の危うさも含めた美しさを描いたものとしても佐々木穣の『ベルリン飛行指令』にまったく及ぶものではない。
 私には戦記オタクの作者が本一冊の相当数を資料の引用だけで賄い、素人の作文程度の会話で繋いだだけの小説以前の代物としか思えなかった。


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