◎制服捜査

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◎制服捜査
佐々木譲
新潮文庫


 “道警”シリーズとは違う枠の佐々木譲を読んだ。すでに実績十分の足場を持つベテラン作家ではあるが、この『制服捜査』が宝島社の『このミステリーがすごい!』の2位にランクされたことで、いよいよ佐々木譲の警察小説がミステリーファンの間で確固たる存在感を根付かせたのだろう。翌年の同賞では『警官の血』が見事にベストワンに輝いた。もちろん佐々木譲にとって本作などは「ミステリーである前に警察小説だ」と主張したいところかもしれないが。

 【警察官人生二十五年。北海道警察の不祥事をめぐる玉突き人事のあおりで、強行犯係から一転、単身赴任の駐在勤務となった巡査部長の川久保。一見平穏な田舎町で、川久保が嗅ぎつけた“過去の腐臭”とは。捜査の第一線に加われない駐在警官の刑事魂が、よそ者を嫌う町の犯罪を暴いていく・・・。】

 しかし私服と制服の違いこそあれ、モチーフとなる部分では“道警”シリーズと同じく、北海道警察の実際に起こった「稲葉事件」が作品全体に影を落としている。例の不祥事の後遺症ともいえる玉突き人事がそれだ。
 癒着と腐敗の防止に躍起となる道警本部は、職員がひとつのセクションに七年在籍したら配置換え、ひとつの地域に十年いたら別地へ異動という方針を打ち出す。その結果、それぞれの専門分野で経験と勘を培ってきた熟練刑事が畑違いの部署に転属となり、道警は犯罪発生率を増加させ、検挙率を低下させるという事態となるのだが、本作も含めて佐々木譲が最も批判するところは、世間を驚かせた稲葉事件や裏金捻出事件そのものよりも、警察が警察として最善の機能を果たさずとも「それでも不祥事を起こされるよりはマシである」という萎縮した態度そのものにあるのではないか。

 この小説の主人公・川久保篤巡査部長は、刑事課を十五年勤めてきた捜査員だったが、十勝平野端の農村の駐在所勤務を命じられる。赴任地の名称は北海道警察釧路方面、広尾警察署志茂町駐在所となり、二十五年間の警察官生活で初めての駐在所勤務となる。
 犯罪捜査の第一線で経験を積んだ私服刑事が駐在所勤務に任命されるとなると、素人には何らかの不祥事で左遷させられた警官という思い込みがある。実際、テレビや映画の刑事もので「また交番警官に戻りたいか」という台詞もよく聞く。しかし川久保の場合は「札幌に十五年いたことが、異動の理由」となったのだ。
 実際そんなことってあるのだろうかと首を傾げつつ、佐々木譲が書いているのだから現実なのだろう。事実関係で大きな飛躍はしない作家だという信頼感はもう十分だ。
 ただ誘導灯を持って吹雪の中にひとり立つ警官という文庫本表紙の印象から、私は勝手に過去に捜査官として致命的な過ちを冒し、辺境の地に飛ばされた警官の人生のうらぶれた物語を想像していた。もちろん極寒の北海道という舞台がその想像を加速させていた部分もあるし、罪を犯した人間が北へ流れる、逃げるとイメージが事件がらみの人間ドラマには効果的であるという先入観もあった。
 また一方、「駐在さん」というイメージで、地場に根付いた勤勉な駐在警官が町や村の犯罪ともいえないような小さな事件に遭遇する人情劇だという想像もあった。
 どちらにしても「昭和枯れすすき」的な演歌の世界とでもいうのだろうか。読み始めてすぐにこれは短編連作だとわかったので、少しくらいは重い内容でも何とかなるかなと安堵しつつも、結果的には『制服警官』はそういうニュアンスの小説ではなかったので、やや拍子抜けした面持ちで中盤までページをめくっていた。

 川久保篤は任務に忠実で実直な警察官だ。その意味では“道警”シリーズの佐伯や津久井たち同様に“警官の紋章”を胸に抱く男と同じ情緒の持ち主なので、当たり前のように駐在警官という立場を受け入れている。考えるまでもなく、一課の刑事には刑事の、駐在には駐在の役割がある。公務員として任務をまっとうすることが第一義にある。
 ただその役割の中で許容できることとできないことがある。まして札幌のような都会で刑事課を十五年やっていたプライドもある。別の言い方をすれば、事件捜査に加わることができない歯痒さ、ジレンマも相当なものであることは想像に難くない。
 それゆえに所轄の刑事から「駐在は、駐在らしいことだけやっていたらいい」「制服警官がおれの捜査に難癖つけてるのか?」などといわれれば腹も立つ。これは川久保が「飛ばされた警官」ではなく、「できる警官」であり、それは実直であるがゆえに道警本部の玉突き人事の虚妄性が一層鮮明さを増す部分なのだ。
 そして我慢の挙句、抑えきれずに心情を吐露してみせる。「あんたはこのあいだまで施設課にいたそうだけど、わたしは十五年、刑事課にいた。見えるものがちがう」「無能な刑事は、まわりの人間の人生をあっさりとぶち壊すなと思っただけです」。
 公に忠実であろうとする制服警官が思わず個に立ち返った瞬間に吐き出される台詞に一種のカタルシスを見出すのは私だけだろうか。

 このように『制服警官』は私が勝手に予想していた人生の哀感やアイロニーとは別の次元で展開されていく。やや味気なく解釈してしまえば佐々木譲は事件捜査ものの主人公に制服という制約を設定して見せたということになる。ミステリー作家が探偵役に何かしらのハンディをつけるのは常套手段でもあるのだ。
 しかし、事件捜査と被疑者逮捕ではなく「地元のささいな情報に聞き耳を立てる」ことを任務と自覚する者だからこそ見えてくるものもある。それらが『制服捜査』を構成する五つの事件であり、そして一編のそれぞれの中に入れ込んでおいた伏線を最終話で総括するというのがこの連作短編の醍醐味となっている。このあたりはさすがに手馴れているなと思った。
 地域に密着する警官を描くということは、その地域そのものを描くということに他ならない。その意味では川久保は地域の閉鎖性を読者に伝える狂言回しの役も担っているのではないか。そう、札幌のような大きな歓楽街を抱えた都会ではなく、僻地の駐在警官を主人公にすることで、その狭く限られた地域社会の閉鎖性を色濃く物語に反映することが可能となったのだ。
 退職した元駐在警官がいう。「田舎町ってのは、なにより犯罪者を作ってほしくないんだ。それが田舎だ。田舎の駐在警官の任務は、だから犯罪者を出さないことだ。ときには町の側についてでも、犯罪者を出さないように努めなければならないのさ」と。
 それは地域保全の観点からすれば真理でもある。しかしそこには必然的に「犯罪者や事件を町ぐるみで表に出さない」という隠蔽体質も生じる。佐々木譲が警察小説を書く動機として、組織の中で個人を浮き彫りにさせたいという思いがあるならば、閉鎖的な風土に個人が挑んでいく図式の『制服警官』はオーソドックスにテーマを踏襲した作品だともいえる。
 その意味では町に潜む巨悪を炙り出す最終話『仮装祭』が圧巻であることに異を挟む必要はないのだが、あえてミステリー色を廃して、北の果てで地道に生きようとしながらも前科者ゆえに居場所を追われる土木職人を描く『割れガラス』が、私が文庫本のパッケージから勝手に想像していた世界観に近く、印象に残る一編となった。


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