◎クジラの彼

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◎クジラの彼
有川 浩
角川文庫


 『空の中』の高巳と光稀、『海の底』の冬原、夏木、望の後日談が描かれていると知って買ってしまった。作中で生まれたカップルが数年後にどうなっているのか、読者としては想像に任せてほしいと思う反面、気になるところではある。
 そしてある意味、有川浩は後日談の名手なのかもしれない。『空の中』に収録された『仁淀の神様』など、それ自体が名作ではないかと思いつつも、当然ながら本編で瞬、佳江、そして宮じいが描きこまれているからこそ成り立っている。
 そう思うと『阪急電車』での復路でのエピソージはすべて後日談の面白さに貫かれていたといってもいいのかもしれない。
 
 【 「元気ですか?浮上したら漁火がきれいだったので送ります」彼からの2ヶ月ぶりのメールはそれだけだった。聡子が出会った冬原は潜水艦乗り。いつ出かけてしまうか、いつ帰ってくるのかわからない。そんなクジラの彼とのレンアイには、いつも7つの海が横たわる…。男前でかわいい彼女たちの6つの恋。】

 もちろん後日談ばかりの連作集ではないが、六編の物語はすべて自衛官にまつわるものばかり。男がいて女がいて恋が生まれる過程に職業の区別などのだろうが、自衛官だからこその恋愛ストーリーになっているのがこの本のユニークなところなのかもしれない。
 自衛隊である以上は規則に縛られ、自由が制限された生活を送っている。潜水艦乗務員は航海に出ると音信不通となる。戦闘機パイロットは常に命の危険と闘っている。よって、一般人との関わりにはいかんともしがたきギャップが常に生じる。そこに恋愛ストーリーのネタをねじ込んでくるのが有川浩という作家なのだろう。

 表題作の『クジラの彼』の主人公の聡子は、数合わせで誘われた自衛隊員との合コンで冬原と出会い、恋に落ちる。しかし何せ相手は潜水艦乗りであるため、一度航海に出てしまうと数か月間まったく連絡が途絶える超長距離恋愛に突入する。その間に嫌な上司にまとわりつかれて・・・というストーリー。
 こちらも父親が外国航路の船乗りだったため、航海に出ると数か月間は家を空けるという事情はわかる。まして潜水艦乗りとなると出発も行先も帰還の日程も国家機密だ。付き合いたてのカップルにとっては大きな試練だろう。
 潜水艦を「沈む」ではなく「潜る」といい、潜水艦をクジラと表現したことで冬原のハートを射止めた聡子ではあるが、冬原は「別れるかどうかは聡子が決めろ」と選択肢を委ねてくる。聡子は「我慢したい」と答える。「我慢できる」ではなく「我慢したい」という表現がこのヒロインの健気なところか。
 おっと、これは『海の底』の後日談ではなかった。『海の底』の最後には冬原は結婚して子供も出来ているのだから『クジラの彼』はスピンオフというべきか。
 例の「横須賀甲殻類襲撃事件」から冬原はその足で聡子の元へ行き、そこで泣く。潜水艦乗りが潜水艦の中で泣くわけにはいかないのだろう。
 「何処と知れぬ海の中、今日はどこまで行ったやら」。冬原を待ちわびながら素っ気のメールに不安となる彼女の気持ち。待つ人がいる住処へ束の間の安堵を求めてやってくる潜水艦乗り。これはなかなかの好編になっている。
 
 続く『ロールアウト』は、航空設計士の絵里が次世代機の設計のために幹部自衛官の高科にヒアリングをするところから始まるのだが、うーん、個人的にはこの話のツボがいまいち掴めなかった。
 小牧基地の格納庫まで向かう近道として男子トイレが通路として使われることに激しく抵抗した絵里が、輸送機内のトイレをコンパートメントにしてほしいという高科の要望をすぐに理解出来なかったのは不思議な気がした。そもそも男子トイレを通路に使うことが、それほど大騒ぎするような案件なのかどうか。
 またトイレ問答を決着させるために同じ手法を繰り返すのも冗長だったが、もしかするとこのエピソードは軍事オタク(であるはず)の有川浩が、自衛隊航空機の窮状を代弁する意図で書かれたのかもしれない。

 『国防レンアイ』で描かれたのは、男勝りの女性自衛官に八年間も片思いをし続けた同僚自衛官の悲喜劇。横暴なまでの女性自衛官の三池に対して、便利に使われ続ける伸下はひたすら憐れで、その憐れぶりが読んでいてやや反感を覚えたりもする。
 しかし、三池に赤っ恥をかかせた元カレに対して伸下がいい放つ「腹筋割れてて何おかしいんだ?こっちゃ伊達や酔狂で国防やってねぇんだよ。有事のときにお前ら守るため毎日鍛えてんだよ。チャラチャラやってて腹なんか割れるか」と。
 この台詞がこのストーリーのすべてを引き取るくらいの見せどころで、芝居ならば大向こうから声がかかる場面だろう。それにしても「国防」という言葉のあとに「やってる」と続くと何故こんなに面白く聞こえるのだろう。

 『有能な彼女』が誰を指すのかというと、『海の底』で唯一の女子高生だった森生望のことだ。あの事件から月日が経って潜水艦乗りの夏木と望は恋人同士になっている。
 いや正確にいえば『海の底』のラストで、すでに事件から五年後の世界も描いていたのだから、『海の底』と『有能な彼女』にはそれほどのタイムラグはない。むしろ『クジラの彼』からは時間が経過していることになる。こう考えると夏木と冬原の物語はそれなりにスパンは長い。
 さて、夏木は相変わらず口が悪い。そのことで未だに望と諍いが絶えない。しかし望は高校生の頃の俯いてばかりだった望ではない。ここでは完全に攻守が逆転し、夏木は望に翻弄されっぱなしだが、彼女を精神的に自立させたのは夏木自身でもある。
 私は『海の底』での夏木と望の絡みにそれほどのシンパシーを感じることが出来なかったので、「ああ、そうなりましたか」という感想でしかないのだが、望の『海の底』での脆さと『有能な彼女』での強さの二面性は、有川浩が創造するヒロインの典型であるとは思った。

 彼女や彼氏に会いたいという一心で自衛官たちが基地を脱走しようとする『脱柵エレジー』。この場合「脱走」では聞こえが悪いので「脱柵」と配慮された用語が使われているのだが、家畜が逃げることも「脱柵」というというオチが冒頭に紹介される。
 当然にしてエピソードの登場人物は皆“ラブラブワールドの住民たち”であるため、何よりも「会いたい」の情熱がすべてに優先される。恋愛沙汰への旺盛な努力は涙ぐましい限りだが、現実は相手が一般人であるというギャップの前に彼らの努力は空しく頓挫していく。
 舞台は基地の警衛詰め所。限定された空間での話なので、『脱柵エレジー』はラジオドラマにしたら面白いのかもしれない。しかし脱柵を阻止し続けた清田二曹と吉川三曹がさりげなく恋に落ちたことを示唆するラストは、いくら“ラブラブワールドの住民たち”とはいえ、突飛すぎる印象は拭えなかった。

 さて最後はいよいよ光稀と高巳が登場する『ファイターパイロットの君』だ。
 私は女性戦闘機パイロットの光稀に対し、『空の中』での感想で「今風にいえば(?)ツンデレの権化である光稀には強く惹かれた」と書いた。それほど魅力的なキャラクターで、彼女の発する言動のひとつひとつを思い出してはニヤリとしてしまうのだが、この小編での武田光稀、いや春名光稀も高巳曰く「凶悪なほどの可愛さ」に満ちている。
 その彼女も高巳との間に茜という女の子を作った一児の母親になっている。その茜から「ママとの初めてのチューは?」と高巳が尋ねられる構成もいい。
 初デートで女っぽい格好で現れたものの首から認識票をぶら下げていた彼女。高巳が「足がきれいだね」と褒めると「どこ見てやがるエロジジイ!金取るぞ!」と罵詈雑言を飛ばし、ファーストキスで「舌は予定に入ってないッ!」と抗議をする。しかし最後には「嫌じゃなかった、と言っていることくらい分かれ!」などというのだからこれは相当にツボだ。
 しかし現実問題としてどうだろう。彼女は戦闘機パイロットだ。『空の中』で光稀は「パイロットは、空で起こることは全部自分で引き受ける覚悟で飛んでいる。どんな不測事態が起こっても誰かのせいにはしない」といっていたが、そんな彼女が一児の母親となったことで、それを理解しない人たちとの軋轢が生じてしまう。「茜より飛行機が大事だから降りないのだ」と。
 『ファイターパイロットの君』にはそうした厳しい現実が垣間見える。現実、光稀は有事があれば国防のために闘う運命を常に背負っている。「空で起こることは全部自分で引き取る覚悟」は家族にも突きつけられた命題だ。
 この短編集は確かに自衛隊を舞台にしたベタ甘なラブコメなのだが、押さえるべきところはしっかりと押さえている。

 余談だが、有川浩は自身のブログにおいて、去年、尖閣で起こった中国漁船衝突事故について以下のように書いている。
「海保長官がクビで大臣は不問……!?釈放は那覇地検のせい、ビデオは海保のせい、国が有事に際して何一つ責任を取らないでこれからどうやって海上保安庁や自衛隊に命をかけて国を守ってくれって言うつもりだ!ふざけるな!」と。
 まさに正論、至言だ。こういう作家だからこそ本作は自衛隊員の恋愛沙汰を面白おかしく描きながらも、根底には国防に従事している者たちへのオマージュとして成立しているのではないだろうか。
 

 


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