◎蜘蛛の糸

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◎蜘蛛の糸
黒川博行
光文社


 久々に黒川博行を読む。文庫化されたものは大抵読んでしまっているので、文庫未発刊のものを図書館で借りた。
 この先、図書館を利用するなりして未読の黒川作品を伊坂幸太郎と交互に読んでいこうか思う。同じミステリーのジャンルにカテゴライズされる両者だが、その作風は真逆があるがゆえに客観的に作品と対峙していくにはバランスとしては悪くない気がする。本当はそんなバランスが必要なのかどうかはわからないが、まあしばらくは大阪と仙台を行き来してみるのもいいだろう。

 【彫刻家・遠野公彦。独身、四十二歳。頭髪と体型に少々の難あれど、相続資産あり。そんな遠野に巡ってきた、千載一遇のモテモテチャンス。だが、ひょんなミスをしたことが運の尽き。めくるめく夜の迷走劇がはじまった。】

 ただ無骨な装丁にタイトルと作家名が記載されているだけの一冊。図書館の貸出し本なので、本屋に並んでいる新刊のようにキャッチコピーを記した帯がかかっているわけではなく、見開きにも裏表紙にもこの本の内容を記載するものは何もない。一体どんな内容なのかまったくわからない状態で最初のページを開いた。
 一読して、まさに “しょーもなさ青天井” というベタな内容。ただ黒川博行の小説であるのだから、知る人は知る、読む人は読むという相当に突き放したスタンスの一冊という印象。
 もしこの本が黒川博行の初読だったとすれば、おそらく桑原・二宮の疫病神コンビにも、ブンと総長の大阪府警捜査一課コンビにも永遠に出会うことはなかっただろう。
 黒川のファンであって、「ほんとに黒川博行はアホなもん書きよったな」ということを面白がれるセンスがなければ楽しめない。ノリとしてはヤクザ映画の添え物で公開されるようなお色気喜劇といったところだろうか。

 表題作の『蜘蛛の糸』の他に『充血海綿体』『USJ探訪記』『尾けた女』『吸血鬼どらきゅら』『ユーザー車検の受け方教えます』『シネマ倶楽部』を収録した七編からなる短編集。

 芥川龍之介の『蜘蛛の糸』は国語の教科書で読んだ。地獄に堕ちた盗賊のガンダタを救うため、慈悲深いお釈迦様が蜘蛛の糸を垂らすだが、後ろを罪人たちが這い上がっているのを見て、カンダタが「糸が切れる、寄るな触るな」と叫んだ途端に糸が切れるという話。
 小松左京にこれを見事にパロった『蜘蛛の糸』という抱腹絶倒のショートショートがある。あれはガンダタを救ったお釈迦様が勢い余って地獄に堕ちてしまい、今度はカンダタがお釈迦様を助けようと、蜘蛛の糸を垂らすのだが、後から閻魔大王や鬼たちがうじゃうじゃ登ってくるので、お釈迦様が「糸が切れたら困るじゃないか」というと、芥川と同じ結末になるという一編だった。
 では黒川博行が『蜘蛛の糸』という題名でとんな物語を作ったのかといえば、色ぼけした彫刻家や高校教師が、ラウンジやスナックのおネエちゃんを口説き落とそうと奔走するが、まんまと逃げられるばかりか、散財されられたり、痛い目に遭ったりと散々な結果に終わるという話しだった。
 要するに目の前に垂らされた甘い糸にしがみついて自爆するお馬鹿カンダタの群れといったところだろうか。
 解釈としては、大阪を舞台に、男という生き物のしょうもなさ、それを利用する女たちのしたたかさを徹底的に哂いながら、例によって漫才さながらのテンポで色ボケ、欲ボケに一直線で邁進する単純直情型の人物たちを描き、懲りない大阪庶民たちのバイタリティを描き倒すというのがテーマなのだろう。
 「大阪人がみんなそんなん思われたらかなわんなぁ」という声が飛んできそうだが、それが黒川節の魅力であるのだから仕方がない。

 収録作品は『オール讀物』『小説宝石』などに連載されたもので、おそらく黒川としても肩の力を抜いて上梓したものばかりなのだろう。
 しかし、色気たっぷりの娘を脱がそうとして高価な美術品を次々と巻き上げられるエピソードなど、相変わらず古美術品に対する黒川の旺盛な知識が生かされ、内容は軽く軟らかいものの、実は重厚な力作長編の『蒼煌』などと大して変わらないテーマだったりするあたり、黒川博行ならではの世界であり、ファンを名乗るならば、この短編集は一読する価値があるのかもしれない。
 1600円という定価の是非はともかくとしても。


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