◎白銀ジャック

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◎白銀ジャック
東野圭吾
実業之日本文庫


 【 「我々は、いつ、どこからでも爆破できる」。スキー場に脅迫状が届いた。警察に通報できない状況を嘲笑うかのように繰り返される、山中でのトリッキーな身代金奪取。雪上を乗っ取った犯人の動機は金目当てか、それとも復讐か。今、犯人との命を賭けたレースが始まる。】

 実業之日本社という出版社は私にとって畑中純のマンガ『まんだら屋の良太』の印象が深い。あれを夢中で読んでいたのは大学生の頃だったので、それ以来の実業之日本社が発行した本を購入したことになる。
 この出版不況といわれる業界にあって文庫の新規参入は楽ではないと思うが、東野圭吾という超売れっ子の新作を連載雑誌から単行本を経ずしていきなり文庫本で発行出来たことは実業之日本社文庫にとっては願ってもないスタートだったのだろう。事実、発売間もなくして100万部を突破したという。
 雑誌『ステラ』によると、このいきなり文庫化は東野圭吾のアイデアということになっているのだが、本当のところはどうなのだかわからない。出版社としてはこれぐらいのインパクトを擁してこその文庫参入であったというのも紛れもない事実なのだろう。
 そして残念ながら『白銀ジャック』は東野圭吾が単行本を放棄したことを裏付けるように凡庸な作品に仕上がっていた。

 雪山を巡るサスペンス小説として真っ先に思い浮かぶのは真保裕一の『ホワイトアウト』だ。あれは[読書道]以前にくぎ付けにさせられた本だったが、『白銀ジャック』は迫力も緊迫感も、何よりも面白さも『ホワイトアウト』には遠く及ばない出来となってしまった。
 とてもではないが『白夜行』と同じ作家だとは思えないほどコクがない。『容疑者Xの献身』で国内のミステリー賞をほぼ独占し、直木賞にも輝いたことで、ある種のゴールだと思わせといて『新参者』で再びミステリーのベストワンに輝くという離れ業をやってのけた冴えは一体どこに行ってしまったのだろう。
 思いついたストーリーをなぞるだけで、プロットも場当たり的だし、何よりも登場人物たちの心理描写を行間に漂わせる努力をせずに、文章で説明してしまっている。これでは読者は何も考えないでページをめくっていくだけになってしまう。
 私はこの物語を連載していた小説誌のターゲットは小中学生で、そこに合せて書かれたライトノベルなのではないかと思ったほどだ。
 まず登場人物たちがひどく類型的でつまらない。スキー場のパトロール隊の描写はカッコいいが、どこかで読んだり、映画やドラマで観てきたりしたような人間ばかりで、彼らは一様に名前と役割を割り振られただけの駒に過ぎず、あらかじめ人生の機微をすべて放棄しているとしか思えなかった。
 強いて想像力が喚起されるといえばスノボーの疾走感ぐらいではなかったか。そう思うと東野にとって、身代金の受け渡しのアイデアも、それをめぐる関係者の思惑も実はどうでもよくて、自身の趣味であるスノボーを、ブームが過ぎたといわれるスキー場への思い入れの中で描写することが一番の意図だったのではないかと勘繰りたくもなる。
 どうした東野圭吾。スター作家ゆえに多作化が進み過ぎて赤川次郎や西村京太郎の二の舞に堕ちていくのか。多作ゆえに作品の出来不出来もあるだろう。しかし失敗作の中にも強烈なインパクトを残してほしいのだ。
 彼の溢れんばかりの才能を知っているがゆえにテレビのサスペンス番組の御用作家になりつつあるのだとしたら非常に不幸なことではある。


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