◎暗闇のセレナーデ

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◎暗闇のセレナーデ
黒川博行
創元推理文庫


  お盆旅行以来、しばらく本から遠ざかってしまった。まだまだ私にとっての読書は習慣ではなく、勢いに過ぎないということだろう。一応、カレンダーも捲れて秋になったが黒川博行のストーカーはゆっくりだが続けていく。
 この『暗闇のセレナーデ』の入手にはかなり苦労した。この作品をもって創元推理文庫から発刊している黒川博行の初期作品群は完読することになるのだが、これは「大阪府警捜査一課」のシリーズでもないので発刊部数も少ないのだろう。ブックオフでもなかなか見つからず、結局、Amazonの通販にて『赤塚不二夫全集』とともに購入した。

【有名彫刻家に嫁いだ姉の家を訪ねて、密室の中で瀕死の状態の姉を発見した、美大生の美和と冴子。自殺未遂とも殺人未遂ともつかない状況の中で捜査は進む。義兄の犯行を疑う美和と冴子は独自の調査を始めるが、彼も死体で発見され思わぬ結末へ―。】

 初期作品ということだったが、『二度のお別れ』『雨に殺せば』に続く著者の長編第3作目ということで、サントリーミステリー大賞を受賞した『キャッツアイころがった』のひとつ前の作品ということになるのだから初期も初期。黒川自身のあとがきにある通り、この『暗闇のセレナーデ』はNHK銀河テレビ小説でドラマ化されることが決まっていたということで、黒川自身もテレビドラマの原作であることを強く意識して書いたという。読む側もその情報を先に仕入れてしまったものだから、読み始めは何となくノベライゼーションに接しているような違和感があった。女子大生探偵が警察を出し抜くという内容が、そもそも典型的なテレビドラマという感じではある。
 また「主人公に花がない」という理由でサントリーミステリー大賞を二年連続で逃した黒川が、ならば当時でいう“花の女子大生”を主役にしたれ!と思ったのが『キャッアイころがった』だと思っていたのだが、テレビドラマ化というきっかけで初めて女子大生を持ってきたということもここで知ることになった。京都の美大生という共通点もあるが、本書での美和と冴子はそのまま『キャッアイころがった』での啓子と弘美に置き換えることが出来る。
 正直にいえば、人生の酸いも甘いも知り尽くしたようなベテラン刑事たちのエピソードに独特の黒川節を見出し、その旋律に惹かれているので、好奇心だけで探偵ごっこに高じる女子大生という設定は好きではない。女性が勢いよくまくし立ててくるような大阪弁の台詞にもアレルギーを感じるし、そもそも素人探偵がしゃしゃり出て捜査に乗り出し、警察を出し抜こうとする性根も気に入らない。『キャッツアイころがった』では女子大生ふたりがインドまで捜査に出掛ける場面は飛ばし読みしたいくらいだった。

 とまあ、一応の苦言は呈してみたのだが、テレビの原作で、女子大生の素人探偵の話というキツそうな要素はあったとしても、黒川曰く『ドアの向こうに』と双璧の本格ものということで、確かに『暗闇のセレナーデ』は堂々の本格推理小説だった。
 ただ私は密室トリックが苦手である。部屋の間取りを文章だけで把握出来ないという空間理解力が著しく乏しいのと、そもそも推理というよりもパズルの問題みたいなイメージがあって、ならば漫画で読みたいという情けなさなのだ(文中、チャートは挿入されていたが)。確かに事件発覚後に密室が構成されたというアイデアは面白く、それが後々の伏線にもなっていて興味はそそられたにしても、やはり私は刑事たちが地道な捜査を丹念に重ねていく描写に面白さを見出してしまう。
 「探偵が女子大生」「テレビドラマ用に作られた原作」「密室トリック」という私にとっては三重苦のような作品だったが、例によって美術業界の暗部などがこと細かく描写され、一見、お気軽なライトミステリー風でありながら重厚感を失っていなかったのはさすがだったと思う。今回は大阪府警本部ではなく、兵庫県警の所轄署が事件を担当し、本部に主導権を取られる前に(つまりは“帳場事件”になる前に)事件解決を目指すデカ魂も悪くない。ドラマのための原作だろうが、事件の背景や捜査の描写には絶対に手を抜かないという黒川の実直さが嬉しかったという作品だった。


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