◎探偵ガリレオ

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◎探偵ガリレオ

東野圭吾
文春文庫


 【突然、燃え上がった若者の頭、心臓だけ腐った死体、池に浮ぶデスマスク、幽体離脱した少年…警視庁捜査一課・草薙刑事が、難事件にぶつかったとき、必ず訪ねる友人がいる。帝都大学物理学科助教授・湯川学。常識を超えた謎に天才科学者が挑む】

 東野圭吾を読むとき、何故か理系だの文系だの本格ミステリーの定義だのという話になってしまうのだが、『探偵ガリレオ』に関しては迷う必要はない、ど真ん中ストレートの“理系ミステリー”だ。
 そもそもミステリーの醍醐味に作者が提示する様々な謎を読者が解き明かしていく一種の「勝負論」があるのだとすれば、本書などは勝負する土壌が恐ろしいまでに公平ではないので、私は連作集の最初の一編を読み終えた時点で、躊躇なく放棄してしまった。もともとこの手の勝負には淡白ではあるのだが、この本に関しては途中からミステリーであるという前提すらも頭から消していたように思う。
 収録された五編の構成はすべて科学現象がトリックの根幹を成しており、用いられる素材を列記すると「ヘリウム・ネオン・レーザー」「電気エネルギーによる衝撃波」「超音波加工機」「水とナトリウムによる爆発」「液体窒素がもたらす光の屈折による蜃気楼現象」など、専門的な知識がなければ絶対に解き明かすことは出来ないものばかり。天才物理学者・湯川学は謎の解答を懇切丁寧に実験つきで講義してくるのだが、説明されてもまるでチンプンカンプン。ひとつの話が終わるたびに「へえ〜」と他人事のように関心するばかりだった。
 まあこれは誤用でよく使われる意味での確信犯というか、こんなことは東野圭吾は先刻ご承知で、草薙のような捜査一課の刑事ですら理解していないことを明示して読者を安心させることも忘れていない。勝手な想像として東野のテーマはトリックの根幹を理解しない読者をいかに楽しませるかというのが半分で、おそらく半分は自己満足なのではないかと思っている。
 先に自己満足について書けば、「こんなミステリーを書けるのは俺だけだろ?」という東野圭吾の愛敬であり、自伝的エッセイ『あの頃、ボクらはアホでした』で語られたように、公立大学理系の落ちこぼれのリベンジを小説で果たしつつ、さらには純粋に科学現象の不思議さを読者に披露したいという思いがあるのだろう。
 さらに挑戦の部分については万人を楽しませたいという流行作家の性に従い、短編枠の中でホームズ役の湯川学とワトソン役の草薙刑事の軽妙なやりとりや、理系人間のエキセントリックな行動、仕草、精神構造を面白おかしく描写することでエンターティメントとして体裁は保つことにも腐心している。
 この『探偵ガリレオ』はテレビドラマ化されて高視聴率をとったようだが、確かに映像向きの原作だと思うのは、湯川の実験が小説で読むよりも解りやすいということもあるが、生身の役者同士が台詞を応酬しながら物語を展開させるにはもってこいの原作だったということだ。このあたりは海堂尊の『チーム・バチスタの栄光』で医療事故なのか殺人なのかという局面を、専門知識がなくとも演劇的会話劇で読ませようとしたことと同じなのだろう。ただ海堂尊が避けた部分を東野圭吾はとことん描ききってしまったということか。
 湯川=草薙コンビといえば理系ミステリーでありながら、科学現象ではなく知性の因数分解という趣で読者に勝負論で応えた『容疑者Xの献身』という重量級の傑作がある。あの作品も読みどころのひとつとしてコンビで事件に挑んでゆくというワクワク感があり、名探偵・湯川学の人物造形を深く完成させた意味でも『探偵ガリレオ』を初端とする短編の連作は大きな意味があったといえる。


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