◎左手首

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◎左手首
黒川博行
新潮文庫


 結局、2008年度下半期は黒川博行で終わりそうな勢いだ。こうなったら手持ちの文庫版は今年中に完読するつもりでいる。
『左手首』という表題作の他、『内会』『徒花』『淡雪』『帳尻』『解体』『冬桜』の全7編からなる短編集だ。
 一編が文庫本にして40ページほどのボリュームということで、丁度、月刊小説誌の書下ろしというサイズは、各々の無骨簡潔な漢字タイトルがいかにも黒川ワールドを想起させるとおりの作品。ある意味では黒川が描いてきた世界の一断面のようでもあり、縮小凝縮した物語のようでもある。

 【そもそも、ケチのつき始めはどこだったのか?ちょっとした油断、小さな綻びが、一攫千金の計画を崩壊させ、彼らを奈落へ転がり落とす。ギャンブル、ヤクザ、美人局、風俗。漆黒の裏社会で、ギリギリの攻防を繰り広げる男たち。命を懸けた一世一代の大博打、その首尾や如何に―。】

 通奏低音としては、社会の裏側で燻っている男たちが一攫千金の夢を見て、大博打に出て、あえなく散っていくという物語ばかり。
 仁侠映画がクライマックスに殴り込みの場面を迎えるのと同様、一種の様式になっているので結末を書いても構わないと思うのだが、必ず最後はやくざに捕まるか、警官に捕り囲まれて物語は終わる。
 物語が終わるということは、地道な人生をどう足掻いても送れない奴らが終焉するということであり、『左手首』はワルがワルなりに一生懸命に自作自演する40ページのお祭りが幕を下ろすお約束を描いた短編群ということになる。
 黒川には同じモチーフで『燻り』という短編集があるが、『左手首』の男たちは何事にも場当たり的な人生を送りながらクソ面白くもない日常で右往左往しているような、要するに極道にもなれないような奴らばかりで、更に小説世界としてはより深化していたように思う。
 恐いのは、ふとしたときに訪れる「悪魔の囁き」という奴だろう。ここで踏み出すか踏み止まるかで人生がまるで違ってくる。
 おそらく黒川ワールドの主人公たちが最後に奈落の底に落ちる姿はふたつの思いを読者に抱かせるのではないか。そもそも世の中で巨万の富を得る人間はごく僅かで、私たちのような普通の人間は僅かな貯金に慰められ、ジャンボ宝くじを購入して億万長者を夢想するのが関の山なのだから、『左手首』のカッコ悪い男たちが弾けようとする姿は、ことの善悪は横に置いたとしても立派な武勇伝に思えてしまうし、これを教訓として、あるいは反面教師にして地道が一番だという納得も出来る。

 なにしろ結末がわかっているのだから、主人公の一挙手一投足を神の目線で読んでいくことが出来るのだ。


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