◎屍蘭 新宿鮫Ⅲ

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◎屍蘭 新宿鮫Ⅲ
大沢在昌
光文社文庫


 【容赦なく目的を遂行していく殺人者。懸命に事件に食らいつく新宿署刑事・鮫島。浮かび上がる産婦人科医院は呪われた犯罪の、そして三人の女の驚愕の過去への入り口だった。事件に迫る鮫島に突然、汚職・殺人の容疑が。】

 『屍蘭』をほとんど初読のような気分で読んでいた。それだけ十数年前に読んだときの印象は希薄だった。山梨県のサナトリユウムの特殊病室一面に飾られた大輪の蘭だけが本書の茫洋としたイメージであり、大絶賛された『新宿鮫』『毒猿』と直木賞を受賞した『無間人形』との狭間で、女ふたりによる異常犯罪心理を中心に据えた異色作という位置づけを脱するものではなく、シリーズの中でも面白味に欠けた一編というのが長い間の私の印象だった。
 現実、ネリョチギの名手・劉鎮生がやくざ相手に大殺戮を展開する『毒猿』の後を受けるには『屍蘭』の心理戦は大沢在昌の意趣返しであり、こうして『鮫』を再読しようと思い立った時も『屍蘭』はしんどいぞという覚悟はあった。
 ところがどうしたものか『屍蘭』の再読は第一作、二作を凌駕するのではないかという面白さのうちに読破してしまったのだから、我ながらファーストイメージのいい加減さには呆れるばかり。
 改めて確信したのは、『屍蘭』は決してシリーズ中の異色作でも、大沢在昌の意趣返しでもなかったということ。それどころかこの『屍蘭』こそシリーズの典型を成す作品ではないかとさえ思ってしまったほどだ。
 なるほど鮫島が「脅迫や懇願、ある種の買収などにも応じずに、手紙を秘匿しつづけた」のは、警察そのものを傷つけたくなかったからであり、命令系統の再終点に所属するような多くの地味な現場警察官こそが「組織としての警察を支え、機能させている」という信念が初めての明確となるのも本書である。そして鮫島の心情に上司の桃井が呼応する形となって、より二人が緊密な関係であることを示したのも、この第三作目からということになる。
 もっとも『屍蘭』を一、二作よりも面白いとする読者は、全国二十六万警察職員のうち五百人にも満たないキャリア組ほどに希少品種なのかもしれないが…。
 また、エステティックサロンを経営する美貌の女経営者・綾香と、綾香を溺愛するベテラン看護婦・ふみ枝。このふたりと植物人間となって特別病棟のベッドに眠るあかね。正直この女三人のアンサンブルがここまで面白かったのかというのは意外だった。
 とくにシリアルキラーともいうべき、ふみ枝の人物造形と描写が出色で、何故この味を初読の際に見抜けなかったのか不思議なくらい。トマス・ハリスの『レッドドラゴン』『羊たちの沈黙』『ハンニバル』を続けて読んだ時に、ふみ枝のことを思い出しても良かったのではないか。
 
 確かに防犯課の刑事である鮫島が対決すべき相手としてはシリーズ中でも異彩を放っているが、そこに目を奪われつつも、何故、鮫島が警察機構の矛盾であり続けるのかという回答がこの作品に明示されているので、シリーズとしても、鮫島の人物像としても、いささかのブレはなく、むしろ、そのことで犯罪の背景も犯人像も様々な応用が利くというレベルを大沢在昌は獲得した意味で、重要な作品なのかもしれない。


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