◎地獄のババぬき

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◎地獄のババぬき
上甲宣之
宝島社文庫


 キャリアを積んでいない作家の第二作目に対する読者の欲求は果てしない。
 サスペンス、アクションはもちろん「バカバカしさ」までのすべてに『そのケータイはXXで』よりも高いボルテージを求めてくる。前作と同じレベルでは容赦なく後退したと評価されることになりかねず、観客の「もっともっと」の欲求に応えるべく上甲宣之は前作以上に狂気のストーリーを用意して水野しよりと火請愛子をさらに過酷な修羅場に叩き込もうとする。これはもうこの作家がいかに読者に誠実であるかの証明のような小説だ。

 【卒業旅行のため、夜行バスで東京へと出発したしよりと愛子。旅行を満喫していた二人だったが、なんとバスジャック事件に巻き込まれてしまう。かくしてバス車内では、犯人の命令により、命を賭けた“地獄のババぬき”が開始された!】

 架空の土地、阿鹿里村の地図まで表記して水野しおりと火請愛子を西へ東へと疾走させた前作と打って変わり、本書ではバスの中での密室劇が延々と展開される。その分だけアクション指数は下がったのかもしれないが、今度は女子大生ふたりの孤独な闘いではなく全国民が注視する中でのバスジャックという設定で、むしろ派手さでは前回を上回るものになった。
 描かれるのは命を賭けたババ抜き勝負。その意味ではギャンブル小説の色合いも濃く、実際にババ抜き勝負の描写はこの小説の白眉であるといってもいい。そもそも『そのケータイはXXで』で散々な目にあった二人がまたしても絶体絶命の危機に遭遇するというシチュエーションが笑える。さらにジャックされたバスに乱入する殺人鬼レイコや、再びしよりにケータイで指示を送るという物部くんの登場は快哉もので、こうなると『地獄のババ抜き』が前作の続編ではなく、しより&愛子の冒険二部作として位置づけた方が愛すべきバカバカしさ加減が増幅される気がする。それだけ前作の濃度が半端ではなかった証左だろう。
 映画の『ダイ・ハード』は傑作だったが『ダイ・ハード2』は凡作だったことを思うと、この“世界一運のない女子大生”を描いた小説は『ダイ・ハード』を超えているといってしまうと少々筋違いだろうか。
 まあ妙なキャラクターが一堂に会してババ抜きの勝ち抜き戦を展開するという内容は映画というよりもマンガそのもので、良識派には前作以上にキツイ作品かもしれない。 
 しかし、たかがババ抜きも命が賭かるとそれこそ息を呑む神経戦ギリギリの極限の場となり、ゲームの面白さと勝負心理の襞を徹底的に描くことで上甲宣之はさらに階段をひとつ上ったのではないか。丁々発矢の駆け引きやいかさまの技術が次々と繰り出せる面白さは息つく間さえも与えないほどだった。
 高見広春の傑作『バトル・ロワイヤル』を読んだときも思ったが、こういう小説はディティールに凝る部分は徹底的に凝らないと決してエンタティメントには昇華しないのものなのだろう。

 やや残念だったのは、描写がババ抜き勝負の緊迫感に徹するあまり、中継に固唾を飲んで注視している全国何百万人の視聴者が背景に存在するのだというスケールに乏しかったことか。この巨大なマスまで描写に取り込むことが出来たら、もっと臨場感が増してとんでもない怪作に昇華したのではないかと思う。


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