◎国境

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◎国 境
黒川博行
講談社文庫


 講談社文庫版840ページ。黒川博行がもっと売れている作家ならば上下巻で発売されていても不思議ではないボリューム。
 『疫病神』の読後感が強烈だったので、極道の桑原と経営コンサルタントの二宮のコンビでぜひ続編を!と思っていたので本書の存在を知ったときには小躍りしたい気分だった。 
 しかもこの大長編にして舞台は北朝鮮。書店で『国境』を手に持ったときのずっしりとした重さが嬉しく、最後まで読破出来るのかどうかという不安も含め、我ながら読書前からここまで気分が出来上がっていたのは珍しいことだった。

 【ここまで悲惨な状況だとは思ってもみなかった!それでもなお、この国は“地上の楽園”なのか。建設コンサルタント業の二宮と暴力団幹部・桑原の「疫病神コンビ」が、詐欺師を追って潜入した国・北朝鮮で目にしたものは、まるで想像を絶する世界だった。】

 それにしても通勤の行き帰りや営業途中での電車、昼食時、帰宅前に立ち寄る深夜営業のファーストフード店と、ごく限られた読書タイムがここまで時間を忘れさせるものなのかと驚いた。時間の消費とともにページが消化されるにつれ、少しでも長く『国境』と共有出来る時間が続けばいいと思った。
 と、ここまで書いてしまうと、黒川博行『国境』を私はいかにも充実感満点のうちに読了したということになるのだが、しかし「待てよ」とも思った。天邪鬼過ぎるといわれればそれまでだが、あまりに一気に読めてしまったことで、異物感を覚えるでもなく、何も引っ掛かることなくすっきりとした読後感で黒川博行を終えてしまうことが正しいことだったのかという疑問が残ってしまった。
 身構えてしまうような脂ぎったカロリー満点の食い物を前にして、いざ完食してみると意外と味もさっぱりしていて消化もく、胃もたれひとつ起こさないものだから、やや呆気にとられたという気分に近い。
 前作『疫病神』は一度読み始めて食感に耐えられず、六年間も実家の物置部屋に埋没させていたのを掘り起こして読み直した作品だった。読んだ後も何かが引っ掛かったようなごつごつとしたものが残り、それがある意味で続編への期待感を渇望する原動力となった気がする。840ページの大長編にして舞台は北朝鮮。当然、胃もたれは覚悟のうえで、本書を手に取ったはずだったのだが。

 大阪中の暴力団から大金を騙し取った男を追って北朝鮮に乗り込んだ桑原と二宮。不安定な独裁国家体制の中で様々な障害と命の危険に晒されながら追跡と逃亡が間断なく展開されていく。『国境』はジャンルに分類すれば明らかに冒険活劇小説ということになる。
 疫病神コンビの行動は例よって、いちいち出たとこ勝負だ。このあたりは舞台が北朝鮮の平壌、先峰だろうが、大阪ミナミだろうがシノギの大小の違いこそあれ、彼らのやることに大して変わりはない。このコンビの本質的な面白さだ。
 前作で産業廃棄物の利権をめぐって地を這うように大阪中を走り回ったことと比べて中朝国境という舞台は途方もなく巨大なようではあるが、桑原にしてみればゴロ巻きの相手が同業のやくざから社会安全員や国境警備兵に代わっただけのことであり、二宮にしてみても身にかかる火の粉として極道社会も北朝鮮国家体制も似たようなものなのかもしれない。
 しかし、だからといってミナミで成立する話を半島から大陸まで等倍で膨張させただけのチンケなものではない。北朝鮮の国勢や地理関係に対する黒川の描写は精緻に渡っている。ストーリーはフィクションとしても、そのフィクションをしっかりと成立させるには根幹の背景がリアルでなければならないことを黒川は熟知しているようだ。
 根幹の部分に一切手抜きがないだけに中朝国境から密入獄する際のサスペンスフルなドキドキ感や、国境警備兵の銃撃をかわしながら北朝鮮を脱出する豆満江のハラハラ感。頭から尻尾の先まで、まさにエンタティメント小説としての本領発揮ということだろう。
 問題はこうして大作『国境』を読み終えてもなお、頭に残っているのが『疫病神』で桑原が登場した際にやくざ相手にセコいサバキをつけたときのインパクトだった。黒川博行がどれほど北朝鮮の国家体制を取材、調査し、多くの文献を漁ってリアリズム獲得したとしても、残念なことにあのインパクトを凌駕することはもはや不可能なのか。
 まったくボリュームたっぷりと黒川流エンタティメントに浸っておきながらも、悪食に慣れてしまったがために、胃もたれを期待してしまったという妙な読書体験になってしまったものだ。


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