◎告白

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◎告 白
湊かなえ
双葉文庫


 冲方丁『天地明察』を読み終えた時点で、本屋大賞の受賞作は全部読もうと決め、湊かなえの『告白』が文庫化されたので、早速購入した。
 それにしても新刊が文庫化されるまでのウィンドは三年だと聞いたことがあるが、去年の本屋大賞受賞作が早くも文庫になっていたのには驚いた。何てことはない本書は中島哲也監督によって映画化されるタイミングでの文庫化だった。帯には主演女優の松たかこのスチル写真があり、それが劇場割引券も兼ねている。角川映画ブームの頃が思い出されて懐かしい。
 ただ本屋大賞と併せ、本書は去年末の各誌ミステリーベストテンでも上位にランキングされており、出版不況が叫ばれて久しい中、あまりの文庫化の早さは少々気になることではある。
 …などと、文庫を待って購入した者のセリフではないのだろうが。

 【 「愛美は死にました。しかし事故ではありません。このクラスの生徒に殺されたのです」。 我が子を校内で亡くした中学校の女性教師によるホームルームでの告白から、この物語は始まる。語り手が「級友」「犯人」「犯人の家族」と次々と変わり、次第に事件の全体像が浮き彫りにされていく…。】

 凄まじいスピード感と集中力を読み手から喚起する小説だった。とにかく読み出したら止められない。結局、平日であるにもかかわらず、半ば徹夜状態で読み耽ってしまった。
 この小説は『告白』という題名通りすべてモノローグで語られている。形式としては教壇からの語りかけであったり、手紙、日記、手記、ブログ記事、携帯メールであったりするのだが、湊かなえはそれぞれに「聖職者」「殉教者」「慈愛者」「求道者」「信奉者」「伝道者」という役割を振り分け、その中に犯人がいて、被害者がいて、遺族がいて、それら、それぞれの語り部が章を構成して、“事件”の発端から解決までの全状況を読者に把握させる仕組みとなっている。東野圭吾『白夜行』をうんと饒舌にさせた感じだと思えばいいのだろうか。
 私はこの【読書道】では、とくにミステリーに関して、努めてネタに即した論評は避け続けてきた。本来、そこを言及してこその書評であることは十分に承知しているのだが、私自身が未読の小説のネタが割れるような書評を読みたくないのだから、そんな文章を自分が書くわけにはいかないのだと思っている。
 『告白』は、そういう約束事で縛ると書くのが辛くなる小説ではある。もっと内容に深く切り込みたいという欲求はあるのだが、こんな辺境のページでも、訪れた人が「読んでみるか」というきっかけになればいいというささやかな思いもあるのだ(蛇足ながら、文庫本巻末に収録されている中島哲也のインタビューは、ぜひ本編読後に読んでもらいたい)。

 ただ、読み手から「凄まじいスピード感と集中力を喚起する小説」であるということは、言い方を変えれば、人物の深層や心理の闇の部分に深く切り込まず、読者をある一点で立ち止ませることもなく、一気に線を滑走させてしまう小説だということでもある。
 優れた小説とは、読者に次のページをめくることを躊躇させ、立ち止まらせてしまうものではないかという見方も成り立つのではないか。
 この小説には現代社会が抱える病巣のいくつかが内包している。学校、教育、いじめ、家族、溺愛、インターネット、少年犯罪、HIVに対する偏見などがそうだ。しかしそれらを巧みに炙り出してはいるものの、掘り下げることがないので、常に「どこかで聞いた話」という思いがつきまとってしまう。下手をすると事象の羅列になっているような気がするのだ。

 もちろんモノローグ形式の限界であるかもしれないが、作者の意図が敢えて「一気に読ます」ことを信条としたのであれば、滑走の快感だけでも十二分に読む価値のある小説だといえるだろう。
 深層心理や事象をとことん掘り下げるのもその意味では両刃の剣になる可能性もある。枝葉末節をバッサリ切り落として、小説世界に乗ってエンディングまで駆け抜ける読書というのも案外と気持ちのいいものだ。
 『告白』にはある種の爽快感がある。それは対象をとことん痛めつけ、完膚なきまで叩き潰すことによって、読者の内に秘められたサディズムが解放される快感とでもいおうか、スキャンダルを眼前にして隠された自己の暗部が引き出される愉悦とでもいおうか、湊かなえがそこまで狙ってこの物語を綴ったのだとしたら、相当なタマではないか。

  湊かなえという名前は本屋大賞の受賞で初めて知った。新人作家だというが、十分に「書ける作家」が登場したものだが、とりわけ第一章の「聖職者」には度肝を抜かされた。のっけにこのテンションを持ってきたことが、一気読みのパワーに繋がったのかもしれない。そこには復讐という免罪符を隠れ蓑とした闇が孕む悪意が満ち満ちており、とんでもない世界の扉を開けてしまった臨場感があった。


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