◎別冊 図書館戦争Ⅱ
◎別冊 図書館戦争Ⅱ
--- 図書館戦争シリーズ⑥
有川 浩
角川文庫
いよいよシリーズ全6巻はここに完結し、この夏の読書はまるまる有川浩に費やされた恰好となってしまったのだが、もうこの文庫本を読み終えてから4か月近く経っている。とにかく感想文になかなか着手できないでいた。いや正確にいえば感想文を書かねばと思いながら、ちょっと読み返すとまたそのまま読み始めてしまって、書くに書けないでいたのだ。
【 “タイムマシンがあったらいつに戻りたい? ” という話題で盛り上がる休憩中の堂上班。未来が真っ白だった無垢な時代。年をとるごとに鮮やかさを増す、愛しき日々・・・。そして卑劣なストーカーの魔の手が柴崎に迫ってくる、そのとき手塚は―!】
いやはや自分でも笑ってしまうほどのハマりっぷりだが、こういうことは漫画やビデオではよくあることで、その意味で私は小説以外の別のものとしてこのシリーズと対峙していたのかもしれない。
もちろん有川浩の読みやすいのだがクセのある文章表現と、勢いに任せてしまっているようなリズムに、こちらがすっかり慣れたのだというのもある。
「~としたもんだろう、~だしな。」という独特の言い回しもそうだが、「奇貨を取れ」などとパソコンの辞書でも変換しない難しい言葉を(思わず字引で調べてしまった)笠原郁に喋らせることも、台詞の後の心情描写の主体が目まぐるしく入れ替わるので大いに途惑ったことも、すっかりと学習させられてしまったようだ。
もともと有川浩は序章から終章まできちっとしたプロットを組むのではなく、登場人物たちが勝手に踊り始めるのを待ちながら書き進めていくスタイルで、このシリーズは「どいつもこいつも、こちらの予想の斜め上を行きやがって」という結果になったらしいのだが、『阪急電車』のように確信的なストーリー展開もものにしているのだから、『図書館戦争』シリーズは有川浩という作家の最初の過渡期になっているのかもしれない。その意味では有川浩があと何十年か経って熟成した後で『図書館戦争』を書けるものかどうかはわからない。
さて、この『別冊 図書館革命Ⅱ』。時系列も整って『Ⅱ』は現在のリアルタイムでの関東図書隊の面々を描いている。それもあって前作の『Ⅰ』以上に、本編シリーズに組み込まれても申し分ないような出来となっている。
まして連作短編の色合いの強いシリーズにおいて本作での『背中合わせの二人』は文庫本で100ページを超えるボリュームで、かなりズシッとくる読み応えもあった。
主役は柴崎麻子と手塚光。この二人を最後の最後でピックアップしたことで、郁の成長と堂上との恋の成就を描いてきたシリーズもついには群像劇になったといえる。
ただ、ひと組のカップルが片付いたので、それでは次のカップルと進められるほど話は簡単にはいかない。郁と堂上が結ばれたのが被弾と硝煙に彩られた銃後であるならば、柴崎と手塚の恋にもそれ相応のインパクトを読者は求め、作家はその読者の「もっともっと」に応えていく必要があるのだと、有川浩は考えたのだと思う。
それが柴崎を襲うストーカー禍であり、読者レビューでは拒否反応を起こす人もいるほど柴崎は追いつめられていくのだが、忘れてはならないのは『図書館戦争』はバイオレンス要素が内包された物語であるということだ。
もちろん郁が戦闘で相手の腕をへし折ろうと、マウントから顔面にパンチを繰り出して返り血を浴びようとも、それは戦闘職種だからというお約束があり、柴崎が被ったダメージとは単純に比べられないではないかという批判も理解できるし、ただでさえ嫌な女には容赦のない有川浩の筆が走りすぎて生理的な嫌悪感を読者に抱かせるのも欠点といえば欠点なのかもしれない。
しかし二人を結びつけるため、柴崎を絶体絶命の危機に陥れ、それを救う白馬の王子・手塚という設定は不可避だったと思うのは、このシリーズが少なからずバイオレンスと無縁ではないことの証左だと思っている。
なるほどストーカーの供述が読後感に影響するほどインパクトが強かったのは確かで、その意味では「あとがき」で紹介された有川夫妻の会話での旦那さんの要望は正解だったのだろう。
もともと柴崎と手塚のカップルはシリーズ中盤からの了解事項だった。実際、本書を読んだ後に改めて『図書館革命』に収録された番外編を読んでみると、手塚の柴崎への恋心は明らかだし、柴崎も酔ったどさくさで手塚にシグナルを送っていることが見て取れる。つまりはこの二人がめでたく祝言を挙げるまでを描ききってこそ、シリーズの完結だといえると思うのだ。
この『別冊 図書館革命Ⅱ』ではこの『背中合わせの二人』前に『もしタイムマシンがあったら』と『昔の話を聞かせて』、番外に『ウェイティング・ハピネス』という短編エピソードが収録されている。
『昔の話を聞かせて』は郁のリクエストに応えた形で堂上が小牧との駆け出しの頃の失敗談を語っていく話で、例の訓練での「熊殺し」の詳細が明かされたりもするのだが、これはいかにも添え物的な軽い話で、取り立ててピックアップするほどではないのだが、『もしタイムマシンがあったら』はシリーズでも白眉の出来栄えだったといってもいい。
この話は本編では脇役キャラだった緒形と進藤が主人公を張る。地味な脇役を主役にするあたりはいかにもスピンオフ的な扱いではあるのだが、なかなか凄い話だった。
何が凄いのかといえば、『図書館戦争』シリーズは有川浩が創作した架空の世界であり、関東図書隊も良化特務機関も、図書館法もメディア良化法も架空の機関で、架空のルールなのだが、その架空の世界だからこそ成立するラブストーリーを、いつものベタ甘ではなく、大人の男女の機微に触れるような極上の妙味で作り上げたことだった。
今まで隠されていた緒形の出自が元良化隊員だったことにまず驚かされる。そして愛する女性のデビュー作となる小説を狩ることになって、それが原因で別れるに至る件では良化法がいかに悪法であるのかを知ることになる皮肉も効いている。
またその女性の心情も折口がインタビューする形で明かされるフォローも巧いと思った。これは全6巻の蓄積が生んだまさに珠玉の一編だといえるだろう。
その元良化隊員に食って掛かる若き日の進藤のやんちゃぶりも楽しく、この恋の結末も玄田と折口の結末も巻末の番外編でめでたく回収されていく。
『阪急電車』をきっかけに10冊続けての有川浩の集中読書だったが、ようやくここでひと呼吸おくことになる。続いたのは10冊でも、前述したようにこの4か月は何度も繰り返し読んでいた。
そういえば7月の『塩の街』のときにはライトノベルなどという括りに疑問を持っていた。しかし若者の活字離れが叫ばれている昨今のこと、有川浩がライトノベルの旗手として若い読者を取り込んで行くことに五十路過ぎのおじさんが出しゃばった口を挟むべきではなかったと、今は反省しきりであるのだ。
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