◎ヒア・カムズ・ザ・サン
◎ヒア・カムズ・ザ・サン
有川 浩
新潮文庫
【真也は30歳。出版社で編集の仕事をしている。彼は幼い頃から、品物や場所に残された、人間の記憶が見えた。幼い記憶は鮮やかに、何年経っても鮮やかに、、、ある日、真也は会社の同僚のカオルとともに成田空港へ行く。カオルの父が、アメリカから20年ぶりに帰国したのだ。父は、ハリウッドで映画の仕事をしていると言う。しかし、真也の目には、全く違う景色が見えた・・・・・・。】
正直に言う。有川浩の小説で今回が一番乗れなかった。もっと正確にいえば少し裏切られた気分になった。
有川浩のオリジナル『ヒア・カムズ・ザ・サン』のストーリーがあって、同じモチーフを成井豊が違う話でキャラメルボックスの舞台で上演し、舞台に着想を得た有川浩が『ヒア・カムズ・ザ・サン~Parallel』というもう一つのストーリーを再び綴るという形式に、こういうパラレルワールドな展開が本当に必要だったのかという疑問。
もちろん有川浩ばかりではなく小説なんてすべては絵空事なのだが、読み手としてはその小説世界で繰り広げられる主人公たちの一喜一憂のリアルを楽しみたいのであって、それがどうも方法論優先の中でストーリーが霧散してしまったように思えた。
いや書き手の側には手掛ける作品に方法論があってもいいのだろうが、方法論が形式や実験になってしまうと登場人物たちの心情に共感出来なくて困ってしまうのだ。
それでも最初の『ヒア・カムズ・ザ・サン』は面白く読んだ。
サイコメトラーであることを自覚している真也が自らに課している禁忌が少々頑な過ぎるのと、カオルへの思いが過剰過ぎるかなと思いながらも、そこはそれ有川節ということで十分に許容出来たし、父親のエピソードなどドラマチックな展開に唸らせるものもあったと思う。
とくに「人並みの人が作家に劣っているというわけではない。作家の持っている感情の量が異常なのだ」と有川浩が「表現者とはこういう生き物なのだ」とある種の作家論をぶち上げているあたりに目を瞠らせるものを感じた。
しかし続けて『~Parallel』に移ると、娘を持つ父親でなくても話の内容はなんとも辛いし、まして身に覚えのある父親ならばかなり痛いのではないか。
そして父親の存在が突出してしまって真也のカオルが薄っぺらくなったのは否めない。もし、最初のストーリーで若い二人のやり取りは十分描いたので端折ったのであれば少々乱暴にすぎないだろうか。
なによりも、最初の方も所詮はひとつのパラレルだったのかと、せっかくのストーリーの骨がバキバキと砕けていくのを禁じ得なくなってしまうだ。
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