◎キャッツアイころがった
◎キャッツアイころがった
黒川博行
創元推理文庫
女子大生が主人公の話だ。ということで、ここまで9冊読んだ黒川博行の中では個人的にはかなりの異色作となる。
この当時、何故か空前の女子大生ブームだった。確か自分が大学生のときにこのムーブメントが発生した。そうはいっても母校には女子大生らしきものは存在していたが、ジャージ姿でキャンパスを徘徊するような娘たちばかりで、同級生のアパートで灰皿てんこ盛りにしながら「オールナイトフジ」を観て、テレビに出ているような女子大生は自分らの半径10キロ圏内には生息していないなどとダベっていたものだった。
そうはいいながらも私は当時のいわゆるジョシダイセイなる人種もブームも好きにはなれなかった。もともと80年代の軽佻浮薄なサブカル全盛の中でフラストレーションたっぷりに20代を過ごしていた私としては、彼女たちの言動やファッション、立ち振る舞いの数々に「あんたらは何様よ?」と思うことが多く、そういうものをトレンドに押し上げていった時代の緩さに反発したい気分だったのだ。
あの頃の不快感を他の誰でもなく黒川博行によって思い出してしまったのはびっくり仰天もいいところなのだが、人生の悲哀も生活感もまるで感じさせないヒロインの登場は、ちょっとした苦痛で、途中までは最後まで読みきれるのかという疑念が頭の中を駆け巡っていた。
【滋賀県・余呉湖で、身元不明の死体が発見された。胃の中にあった宝石キャッツアイ。続いて京都の学生、大阪の日雇労働者が相次いで殺害され、ともにキャッツアイを口に含んでいた。事件の鍵は殺された同級生が死の直前に旅行していたインドにあると、美大生の啓子と弘美は一路インドへ旅立つ…。】
本作は過去二回「主人公に華がない」という理由で佳作止まりだった“サントリーミステリー大賞”に三度目の正直でグランプリを射止めた作品。大阪府警の一介の平刑事である黒マメコンビに華がないのなら、主人公を女子大生にして思いっきり活躍させてやるという作者の器用さで文字通り花を咲かせたということなのだが、啓子と弘美という美大生が名探偵のホームズとワトソンとなって警察を出し抜いていく内容はまるで軽めなテレビのサスペンス劇場のようでもあり、インド旅行の描写などを典型として、今や死語となった“翔んでる女子大生”ぶりをよくぞ臆面もなく書いたものだと思った。
女子大生探偵は重要な証拠を警察から隠匿し、事件解決のためにインドまで飛び、関係者を訪ね歩き、最後は真犯人をおびき寄せるために罠まで張る。「体制を出し抜く個人」という設定は痛快感を伴うのだろうが、なにせ一連の大阪府警捜査一課シリーズで黒川が描いてきた体制側には十二分に共感してしまっているので、彼女らが活躍すればするほど、フィクションとして女子大生を無敵な存在といて描くことが許容された時代風潮にイライラしてしまうのだ。
それでも結果的に一気読みしてしまい、最後はそれなりのカタルシスを得ることができたのは、ひとえに女子大生たちの描写の軽さとは一転して警察側の描写が普段どおりの黒川ワールドのトーンで語られていたことが大きい。
さらに連続殺人事件そのものの面白さ、例のごとく背景となる宝石業界の魑魅魍魎ぶりが綿密に取材されており、そのあたりに一切の手抜きがなかったことにも大いに救われた。謎の構築やトリックの作り方も本格推理小説としては過不足なく、これを応募されたら過去二作を佳作にしたコンクールの審査員たちもさすがに降参だったことは想像がつく。
死体発見現場が滋賀、京都、大阪ということでそれぞれの警察が合同捜査の不自由な状況となり、面子と縄張りの争いに発展していくあたりは警察小説として面白いテーマでもあるので、出来れば女子大生探偵の活躍を抜きで読みたかったという恨みは残った。まるで別の小説を一冊の本で読んだような不思議な気分ではある。
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