■2019.05
日めくり (虫食い)2019年05月(令和元年) ◄►
2019.05.01(水) 「令和」始動
ついでに「日めくり」もrestart、再始動だ。
時計の針が変わった途端、皇太子殿下は天皇陛下と呼ばれている。
学年がひとつ上。子供の頃から浩宮さまの呼び方で馴染んできた。
そういえば名前に「浩」の字がつけられた級友が必ずいた。
間違いなく全世代で名前に「浩」もらっている数は我々の学年がトップだろう。
その浩宮さまが今上天皇・徳仁(なるひと)となる。
徳仁?実は浩宮さまが徳仁さまだということを初めて意識した。
聞けば、美智子上皇后さまは幼い我が子を「なるちゃん」と呼ぶことがあったらしい。
ならば「浩宮」ってなんだったのだ。Wikipediaによると称号なのだそうだ。
ときに私はあからさまな常識めいたことがスッポリ抜け落ちている男なのだ。
さて今日は靖国神社を参詣した。
皆、考えていることは同じで、御朱印を戴きに雨の中、延々2時間の行列だった。
夕方に明治神宮にも寄ってみたが、なんと13時半で受付を打ち切ったそうで、
係員に聞くと最後列は10時間待ちだったらしい。
おかげで今日も無事1万歩を超える。
毎日というわけにもいかないだろうが、今、一日1万歩をノルマにしている。
2019.05.02(木) 母と長谷寺へ
母は70を過ぎたあたりから年に一度、水子供養のため鎌倉の長谷寺に参拝する。
私に弟か妹がいたはずだったことを知ったのは二十歳前くらいだったろうか。
そのときは「ふ~ん」と聞いただけで何も思わなかったが、
母はもとより、私も老いを意識して、人生を顧みるようになってきたのか、
同行を重ねるにつれ、襟を正して拝まなければならないと思うようになってきた。
それはそれとして、鎌倉の寺の多くは山の斜面に建てられている。
石段を昇る母の覚束なさに、長谷寺参りもそろそろ限界かと思った。
おぶさるかといってみたが、GWで人がごった返す中、自分で昇れるという。
必死に手摺りにしがみつく母の姿は痛々しかったが、よく頑張ったのではないか。
もっとも私も体重50キロを背負って石段を昇り降りする自信はなかったが。
2019.05.03(金) 歩るけども歩けども、熱海
競合他団体が仕事をしているにも関わらず10連休を決めた我が職場。
売上と利益に奔走してきた身にとってまったくあり得ないのことだが、
そこは一般社団法人、つまりは非営利団体のお気軽さというものか。
もっとも休みとなった以上、そこにわだかまっていてもいても仕方がない。
ひとり吠えてみてもどうにもならないのだがら(一応、吠えたけどね)、
GWも後半となり、軽く爪痕を残そうと、関東を脱出することにした。
私が関東から出る理由はちょっとした諸事情が絡むことはあっても、
基本は寺社巡りか野球。
軽い爪痕ということなら、一番お手軽な関東脱出は熱海か。
伊豆山神社、來宮神社など知られたスポットもあるし、早速、車で出掛けた。
・・・甘かった。大和トンネルから秦野中井ICまで東名は大渋滞。
何でも今日あたりが、高速道路の下り線混雑のピークなのだそうだ。
ならばとUターンして車を戻し、電車で出直すことにした。
在来線で熱海まで一時間半。何てことはない、最初から電車にすればよかった。
もとより、栄養士の先生に1日1万歩というノルマが課せられている。歩け、歩け。
やはり海はいい。せせこましい生活の中、こういう「抜け」の景色は目の保養になる。
で、伊豆半島を巡る「伊豆八十八ヶ所」という巡礼路が引っ掛かった。
八十八は少し多いが、面白いかもしれない。
思い立ったら即、実行。観光客でごった返す熱海市観光協会で納経書を購入。
早速、熱海周辺の二十三、二十四、二十五番を打ってみた。
山道を登って降りて、また登り、修験道の様相を呈しながら、軽く2万歩を超える。
日が傾きかけた時間に駅前に公衆浴場を見つけ、有難く飛び込んだ。
そこは熱海。公衆浴場とて温泉かけ流し。湯舟で足を揉みほぐす。
爪痕ならぬ足裏にこさえた豆を疼かせ、上々の心持ちで帰路を目指した。
2019.05.04(土) 令和一発目は午前十時の『ジョーズ』
十年目の「午前十時の映画祭」もいよいよ今回がファイナルとなる。
映画祭については後日に触れるとして、
令和最初の映画観賞は昭和を代表する『ジョーズ』となった。
映画祭主催者は初期の段階から上映のオファーをかけていたらしいが、
スピルバーグが当時の映像技術の未熟さを理由に拒否をしていたという。
確かにCG全盛の時代、サメの貼りぼて感は致し方ないとしても、
この映画の持つサスペンスとユーモアはまったく色褪せてはいなかった。
1975年12月7日、封切り2日目の日曜日。
中学生はカセットデッキ持参で、超満員札止めの話題作を録音した。
もちろん当時も違法だろうが、“ストップ・ザ・映画泥棒” の概念は希薄だった。
叫び、悲鳴、安堵、爆笑、、、、あの日、横浜ピカデリーは興奮の坩堝と化し、
クライマックスでは大拍手。観客はまんまとスピルバーグに翻弄されていた。
あれから44年。シネコンの静まり返った中でもサメは躍動していたが、
カセットレコーダーが再生していた臨場感を思い出すことは難しかった。
2019.05.05(日) そうだ京都に行こう
令和初日の靖国と一昨日の熱海ですっかり寺社巡りの熱がぶり返してしまい、
GW残り二日もどこか行くぞと思案しながら、宿泊施設をネットで検索していたら、
なんと軒並み空室があるではないか。関西のホテルなど割引になっている。
確かに大連休の残り2日にビジネスのシングルに空きが出るのは必然かもしれない。
淀屋橋のアパホテルなど大浴場付きで半額だ。
思い立ったら吉日。迷わず部屋を押さえる。新幹線は自由席で十分だ。
もともと関西は行きたい所だらけ。今回は京都と高野山に行くことにした。
そうはいってもGW。東山はごった返しているだろうから左京区方面へ。
朝9時に京都駅到着。そこから京阪の七条駅まで歩き、丸太町へ。
平安神宮、金戒光明寺、聖護院、真如堂、吉田神社、知恩寺その他を参拝。
歩くことも目的だ。効率など度外視だから無駄歩きも多かろう。が、京都は楽しい。
とくに「黒谷さん」と真如寺の新緑のもみじは目にも鮮やかで、
これが秋に色をつけたらどうなることか想像するのもなかなかの趣きだ。
それにしても驚いたのが京都大学の巨大さ。行く先々で京大の施設に行き当たる。
最後は今出川通りの進々堂でサンドウィッチとコーヒーで京都を打ち上げた。
百万遍の進々堂といえば森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』のラストシーン。
主人公の「私」がついにナカメ作戦を成功させてヒロインとデートする舞台。
浅田次郎の『活動寫眞の女』にも登場し、ぜひ行ってみたかった店だ。
そんなこんなで進々堂は京大生たちの青春の垢がこびりついている匂いが心地良く、
人生やり直せるなら京大生になるのも悪くないなと思った。・・・・なれるかいな!
出町柳から京阪で淀屋橋へ。電車内で甲子園の阪神戦をスマホで観戦。
見事、福留のサヨナラホームランで劇的勝利。
今季、2度目のサヨナラ勝利をまた関西で味わえたのだから最高ではないか。
2019.05.06(月) 聖地・高野山、再び
遍照金剛、阿弥陀如来、大日如来、不動明王様に手を合わせながら唱えていたのは、
“私の健康、両親の健康、まっちゃん(叔母)の回復、仕事がうまくいきますよう、そして私が両親と心穏やかに対話が出来ますようお見守りください”だった。
さて「またいつの日か必ず再訪しようと心に決めたのだった。」と綴って6年。
標高1000メートル、真言密教の聖地を再び訪れる。
よく「一生のうちに一度はお伊勢回りをするべき」といわれているが、
私は高野山こそがそのフレーズに相応しいと思っている。
とにかく女人堂から高野のエリアに入った途端に気分も空気も変わる。
今回は奥の院に直行。弘法大師が未だ瞑想に打ち込んでいるとされる聖地中の聖地。
2キロにも及ぶ長い参道を苔蒸した墓碑を眺めながら歩く。
なかなか1200年の歴史の重みを噛みしめられる機会などあるものではない。
基本は御朱印帳を持ちながらの宿坊めぐりで、
修験者でもなんでもない私ごときは、ただの観光客に過ぎないのだったが、
連休の最終日の後片付け追われる中、各寺院の御朱印巡りへの対応も様々だ。
そこに緊張する中にも楽しさを見つけることも出来る。
中には、「君、ちょっと前までヤンキーだったでしょ」みたいな小僧さんもいて、
きっと手がつけられなくて寺に押し込まれ修業されられている若者なのではないか。と、
勝手に想像をしながら歩く2万歩など本当にあっという間だ。
なにはさておき、京都、高野山で書いていただいた御朱印は65枚。
今回で宿坊すべての御朱印をいただこうかと思い巡らせてもいたのだが、
流石にそれはかなわず、半分も回れなかったのだが、それはそれでよし。
また次に訪れるきっかけをもらったのだから有難いこと。
ひとり道まっしぐらだったが、時代をまたいで思い出深い大型連休となった。
2019.05.07(火) さて仕事再開
早速、仕事がどっと持ち込まれてきた来た。
GWを丸々休んでしまい見捨てられるではないかと密かに心配していたが、
どうやら杞憂に終わったようだ。
10連休。平成から時代変りもしたので、職員の顔を見るのも久しい気もした。
ただ最後まで休みにするかどうか決めていなかったので、
職員も予定が立てられず、とくに旅行に出掛けた話も聞けなかったのは気の毒だった
むしろ全休に反対していた私が熱海、京都、高野山と飛び回っていたのに驚かれたか。
2019.05.08(水) びろうな話だが
このところ肛門から出血している。
痛みはまったくないので痔ではないと思うのだが。
流石に便器が真っ赤になったのは尋常なことではない。
大腸だか直腸に異変があるのか?
次から次へと、、、、、、どうなっているのだが、この身体。
病院に行かねばならねぇか。
2019.05.09(木) 行かなくて良かった神宮
GW直後のヤクルトとの神宮三連戦。
観戦すべきか迷っていたが、体調不良と疲れが溜まっていたので見送っていた。
とくに今夜の試合は見送って正解だった。
5点リードを追いつかれ、延長12回の2点勝ち越しをドローに持ち込まれた展開。
ただでさえクタクタなのに4時間53分。帰宅が午前様ではたまったものではない。
もっとも12連戦の最終にタフな展開に持ち込まれたのは失敗だったが、
サヨナラ負け臭が漂っていた試合を「負けなくて良かった」のかも知れない。
チームが徒労と敗残感満載でどんより新幹線に乗らなかっただけでも大きい。
なにせ最大借金6の単独最下位まで落ち込んだ矢野阪神が、今や貯金3。
早々に挽回出来たのは素直にチーム力が上がったということでいいのではないか。
もちろん6連敗中の巨人相手に勝たないと、阪神タイガースである意味はないが。
2019.05.10(金) びろうな話だが2
パンツを脱ぐことになるかもしれないのでスーパー銭湯のモーニングに寄る。
そして職場を遅刻させてもらい、行きつけの総合病院に直行。
受付で「お尻から結構な血が出る」というと外科に通された。
真っ先に想像したのが、大腸や直腸のガンだった。
鮮血で染まった便器を見た時、いよいよ本命が来たかと思ったのだ。
若いお医者さんから症状を聞かれる。
「痛みはないのですね。では、診てみますからそこに横になってください」
来た。人生で初、肛門に指を入れられる瞬間。
入れられた途端にお腹がゴロゴロと鳴る。
「痛いですか?」と訊かれ、「少し」と答えると、「では器具を入れてみますと」
またお腹がゴロゴロと鳴る。溜まっていたガスが上がってくるだろうか。
そういえば誰かの名言に「アナルは出口ではなく入口だ」というのがある。
「ああ、結構な痔がありますね」といわれ、「へっ?」
スボンを直して説明を受ける。
「あなたの場合は内痔核といって痛みはともないませんが、血の塊があります」
「それは動脈硬化みたいなものですか?」
「いえ、動脈ではなく静脈。まず大事には至りませんが脱肛の恐れはあります」
もし切るのならば専門病院で手術しろということだ。
出血の多さは血液サラサラの薬を飲んでいるからだと思われるが、
念のため大腸の内視鏡検査も受けてみるかと訊かれ、「お願いします」と答える。
この際だから、徹底的に診てもらおうと思った。
それで来週の金曜日「下部消化管内視鏡検査」を受診することになった。
ひとまず職場に電話で報告。
「ガンじゃないかと思ってたら痔」となって笑い話になったらしいが、
上司には「お前、それほっとくと腐ってきて痔ろうになるぞ」と脅かされる。
とにかく今は大腸に余計なものがないかを願うのみだ。
2019.05.11(土) ああダメだ、弱い、情けない
このところお寺巡りを再開して、伊豆の八十八ヶ所に京都、高野山を回っている。
その際、「両親と心穏やかに対話が出来ますようお見守りください」と手を合わす。
正直、老親の言動の数々が世の中の常識と乖離しすぎて向き合うのが辛い。
耳が遠くなっているので言葉が通じなく苛々が絶えない。しまいには怒鳴り合いになる。
怒鳴っているからこちらもついつい大声になる(百恵ちゃんか)
そばに第三者がいれば笑って済ませされることも一対一となるとそれが出来ない。
とくに母。自分のことしか考えない、人に対しては愚痴と悪口。
悲しいかな、私が一番、好きになれないタイプ。
しかしそうはいっても親は親。もちろん人生レベルで感謝もしている。
明日の母の日に向け、穏やかに両親と一日を過ごそうと心に決めていたのだが、
もう車に乗った途端に喧嘩が始まる。
父91歳、母87歳。そんなものにこちらの常識を当てはめようとするから辛いのか。
伊豆、京都、高野山の誓いなど何処へやら、、、こちらも弱い、情けない。
何とかならないものか。
2019.05.12(日) 修善寺から中伊豆へ
伊豆八十八ヶ所遍路を一番から五番まで打ち終わる。
先に二十三から二十五番を打ち終わっているが、やはり納経帳の頭は済ませておきたい。
半島といえば海と崖のイメージだが、ここは伊豆半島の中核。
バスに頼れる札所はバスに頼ったが、何せ便数が少ないので、
修善寺から出発して、出来る限り先の停留所まで歩いて歩数を稼ぐことにした。
狩野川のほとり沿を歩く。途中で名物のあまごのてんぷらとわさび定食で腹ごしらえ。
さらに国士峠を進めば天城越えとなる。
歌の詞にある「わさび沢」「浄蓮の滝」を眺めながら歩いてみようかと思ったが、
天城越えは8.5㎞、行くべきかどうか。平坦ではない「つづら折り」の峠道だ。
止めた。今週末に内視鏡検査を受ける身に無理は禁物と自分を納得させつつ、
(正確には自分に言い訳しつつ)
一番、二番で一旦修善寺に戻り、バスで逆側の三番を目指すことにした。
それでも結構な距離を歩いて歩行距離15.4㎞、23190歩。もうヘトヘトだ。
体重もMAXで87㎏まで増えていたのが3㎏ほど落とした。よしよし。
2019.05.13(月) ファッキン・ロケンロール!シャガナベイベ~!
[日めくり]を休止していた7ヶ月あまり。
日本映画はかけがえのない二人の俳優を失った。
萩原健一については次の機会に述べるとするが、
そのショーケンよりひと足先に旅立ったのが内田裕也。
近年こそ樹木希林がらみで語られることが多く、奇行ばかりが話題にされていたが、
内田裕也は間違いなく80年代の日本映画を支えた大功労者だ。
『エロチックな関係』(78)『嗚呼!おんなたち 猥歌』(81)『水のないプール』(82)
『十階のモスキート』(83)『コミック雑誌なんかいらない』(86)。どれも傑作揃い。
学生時代、リリースされたアルバム『さらば愛しき女よ』も当然買った。
バイトの帰り、よくウォークマンをフル回転させていたなぁ。
個人的には本職であるロックミュージシャンとしても好物だったのだ。
こんな具合に、突然、内田裕也の話をやり出したのは、
ようやく新文芸坐で追悼上映が決定したとの一報が入ったから。
何度もいうが80年代日本映画を支えた男ゆえ、文芸坐でかかるのは必然としても、
なかなか上映ラインアップに入ってこなくて、ヤキモキしていた。
6月は夜なべ覚悟で通い詰める所存だ。
2019.05.14(火) 一矢報いた逆転勝利 ~東京ドーム
未だタイガースは巨人を叩き潰すためだけに存在している球団だと信じている。
昭和の残滓に過ぎないと言われようが、ここまで思い込み続けた性分は変えられない。
正直、そろそろひとりで球場に行くのもしんどくなりつつあり、
実際、野球を観に行く回数も絞っているつもりなのだが、
タイガースが弱くなったから球場から遠ざかったと思われては癪に障る。
事実、トラの暗黒時代は野球に代わってプロレスにのめり込んでいた。
そこに「野球ごころ」ついた時からのトラ党と言い切れないもどかしさも抱えている。
とにかく今夜のような逆転勝利をレフトスタンドで味わうと、
「また次も行こうか」となる思いと意志だけは健在だと言い切っておこう。
ことほどさように東京ドームでの勝利は格別。
例によってプレーボールからは観られない。その観られない間に試合が動いた。
ドームに向かう丸の内線の車内でスマホの経過を見ると早くも2-0と劣勢。
前を歩く巨人ファンが「今日は勝つでしょ」などと話しているのが聞こえる。
開幕から巨人戦屈辱の6戦全敗。東京に虎がネギ背負ってやって来た感覚か。
先発は前回の東京ドーム観戦で丸と岡本の二発に沈んだ青柳。
また今日も打ち込まれるのかと思いつつ、「いいや、絶対に勝たねばならぬ」と。
今夜のテーマは決まっている。まずは巨人に一矢報いること。
巨人はルーキーの高橋。例によって初モノと左には滅法弱い阪神打線。
新外国人マルテの一発があったようだが、それを含めても終盤まで3安打。
このまま点を返せないまま、追加点を取られズルズル行くのかと頭を過ぎった七回表。
原は投手を交代させる。ルーキーだから100球が目安。これは仕方ないとしても、
ここで潮目が変わる。先頭の福留がヒットで出ると、ここが勝機と代走・江越を送り、
ランナーが溜まったところで代打・北條が同点打。糸原が逆転のセンター前を放つ。
実に気持ちのいい逆転劇を見せてくれ、久々にレフトスタンドが歓喜に湧く。
七回裏から順番を前倒してジョンソンを投入。勝機と見た矢野の采配も光ったが、
何だかんだ言っても失点を初回の2点で抑えていた青柳の粘りが良かった。
結果的には三回以降、2安打しか許していなかったのだ。
かつての青柳はランナーを出すとバタバタしていたが、
今季はマウンドに落ち着きが見られ、自信を持って投げている。
坂本の開幕連続塁打記録も止めたし、虎党の溜飲の下げた試合ではなかったか。
何より令和最初の阪巨戦の勝利は喜ばしい。
2019.05.15(水) ドーム行きたかった
昨日の4-2の逆転勝利を東京ドームで観戦したことは満足だったが、
今夜の13-8の大乱打戦も見たかった。
大味な試合は好みではないが、菅野に4本塁打を浴びせメッタ打ちにしたのだから、
レストスタンドはお祭り騒ぎだっただろう。単純にそこに居たかった。
とにもかくにも菅野のあの薄笑いは生理的嫌悪感を抱かずにはおれない。
さて、私の中のささやかな願望として、糸井のホームランを生で見たいというのがある。
金本、新井、城島といった移籍した大砲の一発はわりとすぐに見られたのだが、
タイガースに来て3年目。未だに糸井のアーチにお目にかかったことがない。
調べてみたら日本人離れした体躯から放つ飛距離抜群の豪快な一発のイメージだが、
実はまだシーズン20本以上の本塁打を記録した年はない。これは意外だ。
現実、昨日まで糸井はまだ一本しかホームランを打っていないのだから、
球場で糸井の一発を見ていないのは別段運がないわけでもなかったのだ。
ただその糸井。私が球場に行った翌日の試合では一発が飛び出す。二度や三度ではない。
去年だか澤村から放った東京ドームの看板の上を直撃した超特大ホームランなど、
「ああ~見たかった!」と歯軋りせんばかりにビデオを何度も再生した。
そして今日も糸井の鋭いライナーがライトスタンドに突き刺さる。
「またかい!」と、あのニカっと笑った面長な顔にツッコミを入れるのだった。
2019.05.16(木) おかゆに粉末ジュースに
さて明日はいよいよ大腸内視鏡検査。
今日からその準備ということで事前に渡された検査食で一日を過ごした。
朝、8時に梅風味のお粥に殆ど具のない味噌汁。昼は鮭のお粥。おやつににクッキー、
オレンジ味の粉ジュース、夜はコーンポタージュ。19時以降は水かお茶のみ。
私は無類のご飯好きでは有るのだが、お粥、おじや、リゾットの類は苦手。
お茶漬けならまだしもお粥など何年も食べていない。
この齢で何年も食べていないとなると、少なくとも40年は食べた記憶がない。
職員が元気に外食に出る中、湯沸ポットにレトルトを突っ込む侘しさよ。
さらにクッキーの味気なさと粉ジュースのなんともいえない昭和感(苦笑)
ただ明日、肛門に内視鏡をぶっ刺されることを想像するとそれほど空腹は感じない。
結局、帰宅時間とかぶる19時のコーンポタージュはスルー。
要は今日は消化のいいもので済ませ、検査前にお腹の中は空っぽにしとけということ。
空腹ではあったが駅ふたつ歩いて一日一万歩のノルマは達成。
明日は普段より寝坊が出来るので映画館に寄ろうとも思ったが、
ポップコーンは我慢で来ても、旨そうな食事のシーンが出てくると癪なので止める。
コンビニに寄って2リットルの水を購入して、水溶性下剤の仕様をチェック。
食べるなとはいわれても煙草を控えろとは書いていないのを幸いにスパスパやって、
とっとと布団にもぐりこんだ。
2019.05.17(金) 大腸内視鏡検査
なんの偶然か、水溶性の下剤と水を2リットル飲んで、強烈な下痢に悶絶している最中、
NHK「きょうの健康」で大腸ガンと内視鏡検査のすすめについて特集していた。
検査とはいえポリープが見つかったらその場で切除するのだという。
結論からいえば、私の大腸内に異常は見つからなかった。
とりあえず「ほっ」。
検査より、下剤を飲み続けるのがキツかったのは、大腸内視鏡検査あるあるだろう。
下痢といっても水しか出ない状態。実は検査前に点滴を受ける際も下痢気味だった。
まだ下痢が治まっていない旨を告げるも、「大丈夫ですよ」と検査着を渡される。
検査着のお尻が丸開きなのは自分でも「なんだかな~」と可笑しかったが、
点滴に催眠剤が入っているらしく、夢うつつの間に検査は終わっていた。
苦痛は一切ナシ。一番痛かったのは点滴の針だったかもしれない。
先日、すでにケツヴァージンを奪われ開き直れたのも大きかったか。
もう一度言う。とりあえず「ほっ」だ。
2019.05.18(土) 大相撲五月場所7日目 ~両国国技館
国技館での今頃の場所をつい春場所と呼んでしまうが、五月場所が正式名称らしい。
正直いうと7日目くらいだとまだ優勝争いの趨勢も判らず、
ほぼ星取りへの興味は湧かないのだが、例によって先輩が天覧席の隣を抑えてくれた。
元関脇・出羽の花の出来山親方と懇意で、毎回良席を確保してもらっているのだが、
贅沢いえば14日目か千秋楽が観たい。大きな声ではいえないが・・・(笑)
そして悲しいかな例によって白鵬と、新大関・貴景勝が欠場。残念。
稀勢の里の横綱土俵入りはとうとう観られず終いだった。
楽しみは国技館の大広間で振舞われる各部屋持ち回りの300円ちゃんこ。
今場所は九重部屋の塩ちゃんこ。「塩」というだけで美味そうだし、実際美味かった。
さて今場所最大の話題は千秋楽にトランプ米大統領が見物に来ること。
期待の貴景勝の欠場によって星取りの行方がどうでもよくなった感は否めないが。
今日の注目の取組は栃ノ心と琴奨菊の元大関対決。
栃ノ心は十勝以上で大関復帰の可能性があり、なかなか気合いの入った相撲だった。
2019.05.19(日) やっぱカープはクソ強え
巨人に連勝し、意気揚々と東京を後にしたかと思えたタイガースだったが、
どうにも嫌な予感は拭えなかったのは、鯉のぼりの季節だったからだ。
とにかく伝統的に五月のカープは強い印象。強い?クソ強かった。
あっさり3タテを喰らう。それにしてもカープの勢いたるや恐るべしだ。
球団史上最悪のスタートで、数字上は早くも優勝はないともいわれていたが、
まさに驚異的な復活劇。もはやチームに風格すら窺える。
黒田が引退し、マエケンがメジャーに行き、丸が巨人に行ってしまっても強い。
田中や松山など未だに不調なのだが、その他の選手が普通にカバーしてしまう。
いつからカープはこれほど選手層が厚くなっているのだろう。
思えばトラ党になって半世紀を超えるが、V字回復の虎など殆ど記憶にない。
2019.05.20(月) 映画『アメリカン・アニマルズ』は傑作
実際の強盗事件を実際の犯人自身が後述するケイパーもの。
そのスタイルの斬新さに目を瞠る。
まさに虚実皮膜。その突拍子もないアイデアをフルに生かした構成が凄いのと、
ケイパーものとして実にリアルに出来ている。
実在の事件関係者の談話と再現VTRが交互に編集されるのはテレビの常套手段だが、
『アメリカン・アニマルズ』はそんなレベルではない。
ときに実在人物に過去の再現現場を追体験させ、現在と過去がイレコになることもある。
その見せ方のあまりのイメージの洪水に幻惑させつつ、
人生の一時期にある「“特別な人生を拓きたい”幻想」の馬鹿さ加減を、
実際の犯人たちに自己反省させる驚きの構造にもなっている。
今どきの立派な青春映画だが、どこかアメリカンニューシネマの懐かしさも漂う。
この頃、映画を心にとどめることより、本数を消化する方向に行きつつあるなか、
心にとどめおくことを必然とさせる映画だった。
2019.05.21(火) ひでぇ雨
さらに結構な風で傘持つ腕も濡れる。
駅までの道すがら、普段なら気づかない道路の僅かな勾配を、
雨が流れ落ちてくるので、行く手を阻まれる感じ。
これが台風ならそういうつもりにもなるが、
とにかく天気予報の「朝方、南関東で雨が残るでしょう」程度の雨で、
袖が濡れるのは勘弁してもらいたい。
2019.05.22(水) スマホ不携帯
スマホをアパートに忘れてくる。
充電ケーブルに挿しぱなしで玄関を出てしまった。
変な言い方だが、スマホを忘れた理由はよく憶えている。
今朝は出かけに燃やすゴミの日だと気がついたのが原因。
普段、トイレの電気の消灯と腕時計と財布とスマホを持ったかを確認して出掛ける。
これはルーティンのようになっているのだが、
そこにゴミを出すというひとコマが加わったことでスマホが抜け落ちたのだ。
昔からこういうことはよくあることだが、年々ひどくなる。
さてスマホを忘れると一日がどうにも落ち着かない。
以前ほど携帯がなければ仕事にならないまでのことはないが、
実家や親父の施設からどんな連絡が入ってくるかわからない。
仕事帰りに映画を観る予定も中止。
20代にポケベルを持たされて以来、こんな習慣に慣らされてしまったか。
2019.05.23(木) 大物女優の訃報
ほぼ同時刻に京マチ子とドリス・デイの訃報が届いた。
95歳と97歳。お二人とも長生きしたということだろう。
大映の女優は江波杏子と八並映子は亡くなってしまったが、
山本富士子、若尾文子、藤村志保、高田美和と比較的元気でいる。
それでも京マチ子の95歳には驚いた。いつそんなに齢をとっていたのだろう。
確かに『雨月物語』『羅生門』を思えばそんなものかと思うが、
「必殺シリーズ」などは比較的最近だと思っていた。
ドリス・デイはヒッチコックの映画しか記憶にないが、
「毛さらさら」って「ケ・セラ・セラ」と似ているな、と。
こんなくだらないことが頭に浮かぶのだった。
2019.05.24(金) 映画『アガサ・クリスティー ねじれた家』
灰色の脳細胞も詮索好きお婆さんも出てこないが、
探偵が凡庸である前提での作劇の面白さはさすがクリスティーだ。
遺産相続をめぐる話にミスリードしておいて、
殺人事件の夜にチャイコフスキーを舞う少女の姿など、
後から悲しさが効いてくる趣向も悪くない。
ただ英国調の格調と絢爛さがもっと醸されれば良かったのにとは思う。
(※「三行の映画評」より転出)
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