◎鉄道ミステリ・ライブラリー

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◎有栖川有栖の
  鉄道ミステリ・ライブラリー
有栖川有栖・編
角川文庫


 アンソロジーを読むのは久々のこと。
 もともと短編より長編の読了感が好きなこともあるが、読書はジャンルよりも作家と対峙するものという思いがある。もちろんアンソロジーを編んだ選者への興味ということで、この種のものを否定するものではないし、有栖川有栖に対する信頼に過不足はない。しかし、これが譲ってもらった本でなければ果たして読んでいたものかどうか。
 一冊の本と出会うきっかけは様々。おそらく本の中に江ノ電、東急田園都市線、横浜線など私の土地鑑が活かせる話が出てくるので、きっと面白く読めるのではないかということで譲ってくれたのだと思う。そういう気遣いや親切心が意外と読書時間を豊かにしてくれるものなのだ。

 【鉄道ファンの有栖川有栖が、国内外の鉄道ミステリの名作を厳選。ホームズ最大のライバルの活躍譚から、漫画、エッセイ、ショートショートまで、バラエティに富んだラインナップ。さらに有栖川が原案に加わったイベント「箱の中の殺意」も紙上完全再現!鉄道ミステリ・アンソロジー。】
 
 以前から鉄道マニアを「鉄ちゃん」とは呼んでいた。それが今や「鉄男」「鉄子」という言葉になり、さらに「乗り鉄」「撮り鉄」「録り鉄」、廃線、廃車を趣向する「葬式鉄」などと細分化され、国土交通省のホームページに「鉄男・鉄子、みなさんの部屋」なるページも設けられているともなれば、この流行もちょっとした社会現象になっているようだ。
 さて、この『有栖川有栖の鉄道ミステリ・ライブラリー』の表紙帯には次のコピーがある。“有栖川有栖が鉄道を愛する人たちへ贈る、極上の鉄道ミステリ・アンソロジー!”。
 私も鉄道、あるいは鉄道の旅は嫌いではない。車や飛行機で旅に出るなら鉄道でという思いは強い。古びた駅舎などを見ていると何ともいえない郷愁にも誘われるし、車窓を眺めながら駅弁を食うのも大好きだ。しかし、コレクター的な趣味はないし、車両や機械への興味はない。こういうのを業界では「鉄分不足」というのだそうだ。

 「鉄道ミステリ」といわれるくらいなので、鉄道ものはミステリの大ジャンルなのだろう。
 ミステリ初心者らしく真っ先に思い浮かぶアガサ・クリスティの『オリエント急行殺人事件』など、鉄道の車両内で起こる事件は究極の密室犯罪事件であり、クローズド・サークルの格好の舞台にもなる。他にもアリバイトリックや時刻表トリックなどが紐づき、疾走する舞台がサスペンスを呼びつつも、旅情を掻き立てる効果もある。

 ■ オースチン・フリーマン『青いスパンコール』

 ひょんなところでソーンダイク博士の物語を読む機会を得た。世界の名探偵たちを紹介する本では必ず上位に名を連ねる大家であり、私的には「シンキングマシンとしてご高名はかねがねお伺いしておりました」といったところ。
 といっても微に入り細に入る科学捜査がチンプンカンプンで、ソーンダイク博士ものはこういう流れなのかと、永遠に読むことはないだろうとわかっただけでも、この機会に出会えてよかった。

 ■ フィリップ・K・ディック『地図にない町』

 不思議小説とでもいうのか。こういう話は導入部でいつもわくわくさせられる。存在しないものが、別の次元では当たり前のように存在する面白さ。幻の列車に幻の駅。そしてその種が明かされたあたりからいつも冷めてしまうものだが、不思議を不思議なものとして、そこに運命を委ねてしまう主人公が何とも可笑しかった。

 ■ A・J・ドイッチュ『メビウスという名の地下鉄』

 何となく『トワイライトゾーン』か『Xファイル』の1エピソードのような趣き。ボストンの地下鉄はそんなに魅力のある路線なのかと、思わずネットで地下鉄路線図を検索してしまった。地下鉄が一車両突然消えてしまった理由である「クラインの壺」の理論を真に受けて理解に努める必要がないのがうれしい。

 ■ ウィリアム・アイリッシュ『高架殺人』

 『幻の女』など、アイリッシュの創造するサスペンスに酔いしれたのは大学時代だったか。とびきり面白い小説を書く作家であることは十分承知していたが、ここまでユーモアのセンスがあるとは思わなかった。
 とにかく階段を乗り降りするのが面倒だというものぐさな刑事が、それだけで危険な冒険に乗り出す可笑しさ。そこから生まれる奇妙な偶然の数々などふと思い出し笑いをしてしまう好編だ。ニューヨークの高架鉄道とダウンタウンの雰囲気がイメージの洪水のように押し寄せてくる。
 間違いなくこの本の中で一番面白かった。

 ■ アメリア・B・エドワーズ『4時15急行列車』

 こういう余韻で読ませる怪談話は出来ればラジオドラマにして、深夜の国道で車のスピーカーから聴いていたい。ただこの話が『鉄道ミステリ・ライブラリ』に相応しかったのかどうかは不明。

 ■ 雨宮雨彦『泥棒』

 小学生のときによく読んだ「推理クイズ」の中で、連結された車両のひとつをまるごと強奪してしまうトリックを思い出した。あれは車両をロープでつないで連結を断ち、レールのポイントを切り替えて一車両を支線に追い込むというもの。おそらく有名なミステリーからアイデアを抜いたのだろうが、この作品は設定とトリックの奇抜さにおいてその上をいくものなのではないか。

 ■ 西岸良平『江ノ電沿線殺人事件』

 以前、有栖川有栖の著作を求め、書架にあった本書を手に取ったとき、いきなり西岸良平の漫画が現れたのでびっくりした。
 なのでこの一編だけはすでに読んでいた。
 そう江ノ電はまさに魅力に満ちたすごい電車だ。繁華街のど真ん中にある藤沢駅を出発して、まもなく路面電車となり、鎌倉に入った途端に車窓一杯に湘南海岸が広がる。しばらくすると住宅の庭先を信じられないほどスレスレに通過して、鎌倉駅に到着する。途中の下車駅はそれこそ鎌倉文化の名所旧跡が満載で、和田塚の茶屋など、線路つたいに店に入る面白さもある。
 ここで使われたトリックをあまりも漫画的だと思う人もいるだろうが、一度江ノ電に乗ってみると「もしかするとアリなのか?」となるに違いない。
 今回は初めてアンソロジーが【読書道】に登場したが、同時に漫画作品も初登場してしまった。

 ■ 江坂遊『0号車/臨時列車/魔法』

 ショートショートを久々に読んだ。
 久々といっても、このジャンルは星新一と筒井康隆のものしか読んだことはないが、文庫本にして4〜6ページほどの短い話の中に、どれだけ豊潤なイメージを込めることが肝要なのだろう。
 よく出来たショートショートは中篇や長編に転化できるほど内容が詰まっているような気がする。それを極限まで削っていく作業は作家の執念を思わせなくもない。だからというわけではないが、ショートショートを読むと常に勝負を挑まれているような気がする。
 江坂遊という作家は初めて知った。考えてみれば、始発があり終点がある鉄道はショートショートとしては格好の題材なのではないか。この三篇はどれも面白かった。

 

 ■ 小池滋『田園を憂鬱にした汽車の音は何か』

 有栖川有栖は扉で「この一編は小説ではなく、鉄道についてのエッセイ。ただし、凡百のミステリの何倍も濃密な推理が盛られている」と書いている。
 なるほど佐藤春夫の小説に記載された「深夜の汽車の音」が果たして現実だったのか、幻聴だったのかを検証していく過程には間違いなく「捜査もの」の面白さがあった。
 しかし何よりも大正時代の話であっても、舞台となっているのが、今の横浜市緑区付近。こういう話は土地鑑があるのとないのとではおそらく面白さが何倍も違ってくる。
 私はこの汽笛の謎を別の可能性で予測していた。
 本を読んでいるとき、たまたま東急田園都市線がこの辺りを通過していたものだから、少なからず興奮した。

 ■ 上田信彦、有栖川有栖『箱の中の殺意』

 最後は舞台劇。正確な戯曲ではないが、これはミステリイベントのステージで演じられた劇の台本で、観客が犯人を当てるためのテキストもいろいろと添付されている。
 これはなかなか面白かった。なぜ面白かったかというと、私が読んだ有栖川の『月光ゲーム』『孤島パズル』『双頭の悪魔』とまったく同じ匂いが感じられたからだと思う。
 そもそもあれも読者への挑戦ものだったのだから、ミステリイベントと同じ感覚で読んでいたのだろう。
 

 アンソロジーの魅力は様々な作風の作家たちが一冊の本で一堂に介することにある。
 まして有栖川有栖は作風どころか、古今東西を問わず、ミステリというジャンルにも囚われず、漫画やエッセイまで取り入れて一冊の本にまとめているので、その作業は相当、愉悦に満ちたものだったに違いない。 
 それが伝わってくることで、なかなか楽しい編集本となったのではないだろうか。


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