◎疫病神

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◎疫病神
黒川博行
新潮文庫


「わしも安う見られたもんや。そんなカマシで、丸めて転がせると思うとんかい」
「キザなせりふは懲役で習うたんか」
「足元見ずに突っ張らかってたら、どぶ板踏み抜くで」
「おもろい、どぶの底でゴロまいたろ」
「吐いた唾、飲まんこっちゃな」
「眠たい講釈はそれだけか、え」

 こんなどぎついやりとりがバットの芯を食った打球音のように全編に響く快作だ。
この本は六年間、実家の部屋で眠っていた。最初の三十ページまで読んで挫折していたのだ。
 こうして読書慣れしてきたこともあり、実家に立ち寄った際に物置と化している部屋から引っ張りあげものの、いやはや面白かった。こんな痛快作を埋もれさせていたとは一体どんな了見だったのだろうと思う。

 【相手はヤクザ、政治家、建設会社。狙うは数十億円の巨大利権。そして相棒は…疫病神!?建設コンサルタントの所長が巻き込まれる「産業廃棄物処理場」をめぐる熾烈なシノギ合い。襲いかかる容赦ない暴力とやがて姿を現す巨悪の構図とは?】

 映画でいうところのバディ(相棒)ムービーというのだろうか。貧乏建設コンサルタントを営む二宮とやくざの桑原が産廃の処理場に絡む利権をめぐってくっついたり離れたりの名コンビでドキドキハラハラの幸福な読書時間を過ごさせてもらった。
 何よりも冒頭で紹介したように品のない大阪弁のボキャブラリーが楽しい。高村薫にいわせると大阪弁の会話を書かせたら黒川博行の右に出る者はいないらしいが、この本作の持つスピード感は大阪弁による会話のテンポによるところが大きい。
 しかしスピード、テンポというと軽快なイメージの小説かというとそうでもなく、どちらかといえば重厚感が信条の作品かも知れない。ワルがハイエナのようにカネに群がるピカレスクなノーワルでもあり、ハードボイルドではあるのだが、書き味はどこまでもホットで泥臭く、それでいてスタイリッシュな美学で一貫している。
 とにかくやくざや闇金融業者から建築屋までワルしか出てこない小説ではあるが、それらワルたちを向こうにまわして東奔西走する建設コンサルタントの二宮だけが唯一の堅気として描かれており、この二宮の目を通して相棒の桑原をはじめイリーガルな世界を覗いていくという構図が『疫病神』の緊張感であり面白さだ。
 私も仕事絡みでそっち方面のフロント企業との付き合いがないわけでもないが、彼らはどれだけ柔和な表情をしていても、どこか見えない線を引いて堅気と接している風があり、相手を見透かしながら値踏みするような目線を投げてくる。それが異様な凄みとなって映るのだが、概して向う側のコミュニティだけの世界を作ってしまうと映画であれ小説であれそれほどの凄みは感じなくなる。過去、膨大な数のやくざ映画を観てきたが、やくざの恐怖感を実感させる映画には案外お目にかかれないものだ。
 要するに堅気の目に映ってこそやくざの凄みが強調されるわけで、その意味で我々は知らずのうちに二宮に感情移入していくという仕掛けになっている。
 現実社会でも今まさに建設業の談合事件で県知事が逮捕されるなど、この手のニュースは枚挙に暇がないが、思えば落札に参加する大手ゼネコンには下請けがいて、さらにその枝にはイリーガルなグループもぶら下がっているだろうから、利権が巨大であればあるほどからくりは複雑怪奇なはずで、そのからくりを黒川博行は驚くほどリアルに懇切丁寧に描写していく。凸凹コンビのやりとりやアクションは痛快に、しかし背景はリアルにということで、その試みは大成功だったといっていい。

 それにしても桑原というやくざの何と魅力的なことか。喧嘩も強いが目から鼻に抜けるようなクレバーさ。カネの匂いを嗅ぎわける能力はまさしくプロだ。死体も連続殺人も出てこないが、桑原が魅力的に描かれれば描かれるほど、その桑原をして「疫病神みたいな奴や」といわしめられる二宮もキャラ立ちしていく。まさにクライム・バディ・ノベルスの理想形ではないか。


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