◎植物図鑑

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◎植物図鑑
有川 浩
幻冬舎文庫


 【お嬢さん、よかったら俺を拾ってくれませんか。噛みません。躾のできた良い子です――。思わず拾ってしまったイケメンは、家事万能のスーパー家政夫のうえ、重度の植物オタクだった。樹という名前しか知らされぬまま、週末ごとにご近所を「狩り」する、風変わりな同棲生活が始まった。】

 有川浩の小説はキャラクターを掴むまで時間を要することがままある。かの『図書館戦争』のときもそうだった。
 やはりライトノベルと呼ばれるものに対して、どこかで臨戦態勢を取ろうとして、手間取ってしまうというのがあるのだろう。こればかりは有川浩を何冊も読んでもなかなか思うようにはいかない。読み終えたばかりの『フリーター、家を買う。』もそうだった。
 そもそもこれはライトノベルなんだぜ、対象は中学、高校の主に女の子たちなんだぜ、おのれは50を過ぎたオッサンなんだから、本来はオッサンが妙ちくりんな屁理屈を捏ねながら読むもんじゃないんだぜ、と。
 連続読書だ。今回はラノベに対する臨戦もさっさと整えたつもりだった。しかし肝心なことを失念していた。有川浩の小説には「ベタ甘」というオッサンにはとてつもなく高いハードルがあったのだ。

 それにしてもなんて甘々なラブストーリーなのだろう。デビュー作の『塩の街』の原点に帰ったか?というほどのベタ甘だ。あれから何冊も積み重ねてベストセラー作家に名を連ねるまでになって、どの作品にも必ず恋愛要素は入れつつも、いとも簡単に『塩の街』の時点まで帰れてしまうのもある意味、有川浩の真骨頂なのかもしれない。
 そして、おそらく有川浩はひと昔前の少女向けコミックのフォーマットでこの物語を描いているのだと思う。だから主人公のカップルの関係は非常に簡単明快だ。
 なにせOLのさやかが帰宅したら、見ず知らずのイケメンが行き倒れていたという設定。なんたるベタな設定だろうか。もうちょっと小粋なボーイ・ミーツ・ガール展開もあるだろうにと思えるが、目の前に突然いい男が現れる「私に天使が降りてくる」願望とでもいうのか、夢見がちな少女の夢想として、このベタな展開をあえて有川浩は選択したのだろう。
 イケメンの名はイツキ。物語はさやかの心情で進行されていくので、謎が多くミステリアスなイツキのパーソナリティがやたらに目立っているのだが、実はさやかの情報の方がずっと少ない。そう、読者の大半である若い女性がヒロインに仮託してミステリアスなイツキと暮らすという夢物語である以上、さやかの容姿などの情報は最低限に抑えられているのは当然で、彼女は基本的には受け身の立ち位置から動かない。
 そしてあろうことかイツキは料理など家事一切をこなす万能な居候という役割を担うのだ。要するに「私の前に料理も掃除も上手にこなしてくれるいい男が現れないかな~」という相当虫のいい女子の願望を具現化してくれるのがイツキというキャラクターというわけだ。
 だからイツキは徹底的に女の子にウケるようなキャラクターを迷うことなく驀進する。さやかの方に感情移入させる仕掛けはそこそこでいい。もう読者がさやかその人になっているのだから。
 うーん、オッサンには増々ハードルが高くなっていく一方だ。

 そしてこの同棲生活の中でお互いが惹かれ合って、当然にして結ばれていくのだが、ある日、突然、イツキが姿を消してしまい物語は急展開。残されたさやかは失意のどん底の中でイツキとの日々を追憶するという、これまたベタな展開を経て、最後は帰って来たイツキがすべての謎を明らかにして、ふたりは永遠の愛を誓って大団円となる。
 
 さて有川浩はここまでベタな設定を、ベタ甘に展開させて、ベタの典型でまとめあげた。実際、こういうのは嫌いではないのだろう。
 しかしこのストーリーでは一昔前の少女漫画を踏襲しただけだというのもわかっていたに違いない。いや、わかっているからこそやったのだろう。
 物語の大筋はベタに、しかしディティールは詳細にやる。『植物図鑑』が何ゆえに評判をとったのかといえば、すべてこのディティールのユニークさにあるのだろう。

 イツキは道すがら群生している花や葉っぱに滅法詳しい。そしてその草花をさやかと摘んで料理の材料にして食卓に並べていく。そう有川浩はベタ甘な恋愛小説に仕立てながら、実はオーガニックでアウトドアなグルメ小説を書いていたのだ。
 読者をさやかに同化させ、イケメン相手にたっぷりと疑似恋愛させながら、胃袋まで満足させるとは有川浩おそるべしではないか。
 ヘクソカズラから始まって、ツクシ、タンポポ、フキ、イタドリなど、園芸品種ではない様々な植物が紹介される。そしてそれを天ぷらにし、混ぜご飯にし、ストレートにおひたしにして次々と料る(料るという動詞を初めて知った)。
 まさに「雑草という名の草はない、すべての草に名前はある」ということだろう。
 中には資料をそのまま写したのではないかと思わせる反則すれすれの箇所もなくはなく、一見カタログ小説に傾きかけると、逆にベタ甘の恋愛描写でそれを相殺する。むしろベタ甘を用いることで、イツキとさやかを単に植物のナビゲーターに下ってしまうのを巧みに避けているようにも思える。あいや、お見事としか言いようがない。

 実際、食卓に並んだ「道草料理」を全部食べてみたいと思った。タンポポの花の天ぷらやヨモギのパスタなど、味が想像できないものはとくに。高知県と愛媛県で奪い合いとなるイタドリってそんなに美味なのだろうか。

 「いただきます」という言葉が料理人の手間へのお礼の言葉ではなく、食材の命を戴くから「いただきます」なのだというのは至言。それを知るだけでも読む価値はあった。

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