◎暴雪圏

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◎暴雪圏
佐々木譲
新潮文庫


 佐々木譲の警察小説を手に取った。読書動機は安心して一定のレベル以上のものが楽しめるだろうという信頼感だったが、結果は「悪くはないが、何も残らないかな」だった。
 もっというと川久保篤巡査を主人公とする前作『制服警官』よりも明らかに娯楽要素は盛りだくさんなのだが、少々面白主義に傾きすぎた気がする。

 【三月末、北海道東部を強烈な吹雪が襲った。不倫関係の清算を願う主婦。組長の妻をはずみで殺してしまった強盗犯たち。義父を憎み、家出した女子高生。事務所から大金を持ち逃げした会社員。人びとの運命はやがて、自然の猛威の中で結ばれてゆく。そして、雪に鎖された地域に残された唯一の警察官・川久保篤巡査部長は、大きな決断を迫られることに。】

 もちろん「面白主義」という点においては『ベルリン飛行指令』 『エトロフ発緊急電』 『ストックホルムの密使』の太平洋戦争秘話三部作においてもたっぷりと「面白主義」は貫かれていた。あれは戦争という現実に相対した虚実皮膜な壮大なロマンだった。戦史という絶対不動の世界観の中で、いかに血沸き肉躍る冒険活劇をものにするという猛々しい意気が全編を貫いた傑作だと思っているが、警察小説という枠の中でそれが十分に発揮しえているかといえば難しいところで、『笑う警官』から『警官の血』を経て『廃墟に乞う』に至るまでひと通り通読した感想では、佐々木譲の警察小説は戦記ものほどの圧倒感は薄いという印象を持っている。
 ベテラン作家といえども佐々木譲も戦後生まれであり、戦史資料の中から冒険ロマンを見出す作業は高揚するものがあっても、常に現実の事件に直面する警察を舞台にすると、例えば北海道警の不正事件を背景に虚実皮膜のフィクションを作り上げたとしても、不必要に大風呂敷を広げきれないもどかしさは自身も自覚するところがあったのかもしれない。
 大風呂敷とは対極な地点に横山秀夫の警察小説がある。よく佐々木譲と比べられるようだが、ああいう風呂敷を逆に畳んでいくような世界観は佐々木譲の資質ではないと思うので、ここはひとつ思い切って大風呂敷を広げてやれと画策したのが、この『暴雪圏』だったのかもしれない。
 前作の『制服警官』には元捜査一課の刑事が、制服の駐在に配属された主人公の憤懣やるかたない心情が見え隠れし、不正事件に揺れる北海道警の歪な人事に対する義憤が佐々木譲の文脈からも漂っていたのだが、ここではそういうものが一切排除されている。
 佐々木譲はこの川久保篤巡査ものを「保安官もの」と位置付けているという。確かに制服の駐在が捜査に参加することはないという恨みはあるが、逆に駐在であるがゆえに町の事件では真っ先に動かなければならず、まして本作のように猛吹雪に閉ざされて本部の応援が期待出来ない状況では、ひとりで警察活動を行う唯一の存在となる。成程、制服警官という制約を逆手に取ったわけだ。

 様々な登場人物が様々なドラマを抱えながら交錯し、一点に吸い寄せられていく。
 帯広近郊の志茂別を襲った彼岸荒れは十年に一度といわれる程の暴風雪となり、駐在所の川久保巡査に死体発見の目撃通報が舞い込む。これを発端に暴力団組長宅で強奪殺人事件が勃発。また胃がんの疑いを持った定年間近の男が事務所にある二千万を持ち逃げし、夫に隠して不倫の清算をしようとする主婦も登場し、好色の義父との同居に耐えられず家出した少女にペンションを経営する夫婦のちょっとした機微などが盛り込まれていく。
 『制服警官』が駐在の身の丈に合わせた事件の連作短編だったことを思うと、『暴雪圏』の盛り込み方はある意味、異常ではある。こういう仕掛けの話は伊坂幸太郎の諸作品や奥田英郎『最悪』などですっかりお馴染みとなっているが、肝要なのはそれぞれの駒の質と数と並べ方と最後のしまい方になるのだろう。
 駒の質は悪くない。その辺りはさすがに佐々木譲の力量で、それぞれが一篇の主人公となっても遜色はない。何よりも川久保篤という不動の狂言回しが控えているのが心強い。駒の数もまあこれがギリギリのところだろう。これ以上多視点で進行するとなると、それぞれのエピソードが煩雑になったり薄くなって記号化してしまう。並べ方もページを先へ先へと読ませていく力はあったのだから良しとするか。

 そうなると問題は最後のしまい方ということになる。最後に登場人物たちが集結することになる猛吹雪に閉ざされたペンション「グリーンルーフ」でのひと幕は正直言うと拍子抜けした感は否めない。
 必然に形成されたグランドホテルの中で、ボイラーの故障で電気ストーブの頼りない暖気に身を寄せる人質たちのうち、ひとりが凶弾に斃される。本来ならば人質も恐怖が最高潮に達する場面だが、これが少しも響いてこないのはどうしたものか。人質たちが現状の恐怖よりも、各々の抱える事情に自暴自棄気味となっていることもあるだろうし、物理的に残りページがあと僅かで川久保篤の到着まで秒読みであることが知れてしまっていることもあるだろう。
 要するに死体が目前に転がっているにもかかわらず、誰にも感情移入が出来ず、緊迫感にも乏しく、どこかで舞台芝居を見ているような感覚に陥ってしまう。大いなる疑問は佐々木譲ともあろう作家がそのことにまったく無頓着でいるということだった。
 
 そこでふと思ったのが本書タイトルの『暴雪圏』。十年に一度かという強烈な彼岸荒れ。猛吹雪が下から吹き上げ、視界を閉ざし、一晩で街を閉ざしてしまうという暴風雪。
 佐々木譲はこの猛吹雪の凄まじい恐怖を半世紀前に起きた小学生集団遭難事件を紹介することで巧みに描写している。成程、この自然の猛威こそが主たる事件なのであって、その中で起こる殺人も強盗もその要素に過ぎないのだということか。事件が突飛な形で終幕を迎えるのも、最後に「風が止んだ」からなのかもしれない。

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