◎文福茶釜

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◎文福茶釜
黒川博行
文春文庫


 なかなか落ち着かない日々が続き、読書が滞っていた。まとめて購入済みの黒川博行作品を続ける。

 【入札目録の図版さしかえ、水墨画を薄く剥いで二枚にする相剥本、ブロンズ彫像の分割線のチェック、あらゆる手段を用いて贋作づくりに男たち。古美術でひと儲けをたくらむ男たちの騙しあいに容赦はない。】

 今さら書くのもどうかとは思うものの、黒川博行は京都芸大美術学部彫刻家を卒業し、十年間、公立高校の美術教師の経験があり、妻は日本画家の黒川雅子。黒川博行には『よめはんの社会学』というエッセイもあり、文庫版のあとがきにも「うちの嫁はん」という表現で登場させて、鴛鴦夫婦ぶりを披露しているが、この雅子夫人をネットで検索すると素人目にも堂々とした絵画、デッサン集を見ることができる。
 要するに黒川博行の経歴、周辺には一貫して画壇、美術(業界)というものがあり、それが小説の創作としてのバックボーンになっているということだなのが、例えば、この連作集中の『山居静観』に出てくる美術雑誌の編集者と表具屋主人との会話。

 「絵を大事にしたろという気持ちはないんかい」
 「美術品てなもんは、所詮は金ですわ。値段が上がった下がったで、持ち主は一喜一憂する。
  ただ好きなだけで、何百万、何千万とする絵を買う人間はいてません」
 「あんた、食えんな」

 私はこの台詞を読んだとき、思わず吹き出しそうになった。
『雨に殺せば』『キャッツアイころがった』『暗闇のセレナーデ』『絵が殺した』と、この人は大学で美術を学び、高校で美術を教え、日本画家の妻をめとりながら一体、どんな気分で美術と関わってきたのかと。
 逆にいえば小説家としての資質を目覚めさせた美術業界の闇の深さも窺い知れるということなのか。まして『文福茶釜』に描かれる骨董美術となると真贋をめぐって、一攫千金を狙う男たちの知恵と経験と度胸の騙しあいが展開され、贋作創作の手口の凄まじさもさることながら、関西弁での口撃の応酬、骨董売買の交渉術やハッタリのかましまくりがアクション小説のようなカタルシスをもたらして文句なく面白い。

 さて、この『文福茶釜』は第121回直木賞にノミネートされている。その当時の選評が残っているので羅列してみる。(因みに黒川博行は直木賞に五回もノミネートされ、最終選考ですべて落選という憂き目に遭っている。)

■阿刀田高
「美術品を売買するカラクリが情報として滅法おもしろい。読んで十分に楽しめる短篇小説であったが、さらに吟味して読むと、少し軽い感じがいなめない。短篇小説に必要な作りの精緻さに不十分なものを感じてしまう。」
■平山弓枝
「私自身はこの手の話が好きなので楽しく読んだが、やはり、美術骨董の世界の裏ばなしに終始して、そこに生きる人間像への掘り下げや追求が不足していると指摘されれば、その通りだと思う。話の面白さは所詮、人間の面白さにかなわない。」
■渡辺淳一
「長篇ばやりの今日、期待して読んだが、結果は失望に終った。」
■黒岩重吾
「一気に読ませる。だがその面白さは巧妙な手品の謎を解き明かされる昂奮と同質のものである。この世界の人間にも様々な体臭や悩みがある筈だが、本小説の人物は皆単調で深みがない。「山居静観」が佳作だったが、これ以上のものを並べて欲しかった。」
■津村陽
「作者は関西を題材にして、いつも堅固な作品を組みたてている。こんどの骨董品を扱う業者たちの内幕をあばく短篇集は、手馴れた堅固な展開を示すのだが、迫力があまり感じられない。泡沫のような人物のうえにさしている、陽ざしのような雰囲気がほしい。」
■田辺聖子
「私など骨董に迂遠な者には知らぬことばかりでその点では面白かった。ことに「文福茶釜」がおかしい。ところで、この面白さに滋味をもう少しつけ加えると、底が深くなるのにというのは望蜀、というものだろうか。」
■井上ひさし
「手堅い文章と、いたるところにちりばめられた大阪弁の痛快なおもしろさは、この作者の薬籠中のもの、安心して読み進めることができる。ここでふしぎなのは、一編一編はそれなりに水準を超える出来なのに、五編まとまると、平凡な読後感しか残らなくなることだ。それに登場人物たちはだれひとりとして骨董品を愛していないようで、そのことが作品の印象をずいぶん冷たいものにしている。」

 少々、引用が長くなってしまったが、選考の先生方が共通認識とするのは「描写は面白いのだが、人間が描ききれていない」ということに尽きるだろう。
 確かにそれは黒川作品全般に感じることだが、物語となる背景やからくりの妙味が精緻に渡る取材力によってリアリズム満点に活写され、そこに読者の集中力が加速してしまい、人間ひとりひとりの心情が見えにくくなっていることはあるのかと思う。まして『文福茶釜』のようなからくりの面白さで一気に読ませる群像劇ともなると、その傾向が顕著になる。
 おそらく黒川自身もこの連作集が直木賞の候補にあがることは想定していなかったのではないか。逆に井上ひさしがいみじくもいう「骨董への愛がないのが作品の印象を冷たくさせる」ということが、むしろ黒川の想定した作品意図だったと思うのだ。
 しかし黒川博行をこうして集中して読む者としては、アンダーグランドの複雑怪奇な背景の中に蠢く登場人物たちの生理を、その描写から読み取るという読書テクニックさえ駆使すれば、面白が倍増するのだと確信している。
 傲慢な言い方をすればカタログ小説を嫌悪し、人間本意の物語こそ最上する私がこうして黒川作品を読みつづけているのが何よりの証左だと自負するのだが。


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