◎戸隠伝説殺人事件

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◎戸隠伝説殺人事件
内田康夫
角川文庫


 内田康夫といえば真っ先に思い浮かぶのはルポライター、浅見光彦だが、この作家を薦められたとき、「浅見光彦シリーズ」とは別に「信濃のコロンボ・シリーズ」というのがあることを教えられていた。
 誠に恥ずかしい話ではあるが、処女作『死者の木霊』で執念の単独捜査で難事件を解決した竹村巡査部長その人が“信濃のコロンボ”だったことを読了後に知った。そういえば『死者の木霊』の文中で、制服警官から昇格した記念にコロンボ刑事みたいなバーバリーのコートを買ったというくだりがあったか。
 アガサ・クリスティに例えれば、浅見と竹村とではエルキュール・ポワロとミス・マープルくらいの比重なのだろうが、この際だから浅見ものよりも“信濃のコロンボ”を優先して読んでみることに決めた。そう決めたのは『死者の木霊』が竹村岩男刑事の成長物語という側面もあったからで、そうなると成長後の活躍も読んでみたくなる。

 さて、私が初めて内田康夫という作家を認識したのが『天河伝説殺人事件』の映画化の時だったので、この「伝説」という部分にこの作者のイメージがあった。
 ミステリーの定義は年々拡大解釈されている感があるものの、「伝奇ミステリー」はかなり以前から確立されたジャンルではある。そもそも弥生時代に「三国志」中に記述された「魏志倭人伝」の一文から卑弥呼やら邪馬台国が壮大なイメージとなって日本史が形作られてきたことを思うと、歴史学そのものがミステリー的な要素を孕んでいるものであり、スケールはともかくとしても、内田康夫はそういうジャンルに特化したミステリー作家であるという印象だった。
 もちろん炭鉱労働者の悲哀を描いた『追分殺人事件』や食管法の矛盾を暴く『沃野の伝説』など社会派ミステリーもこなす作家だと知る以前の話ではある。
その意味でこの『戸隠伝説殺人事件』など、さしずめ私の抱いていた内田ミステリーの典型のような作品といえる。

 【鬼女紅葉が敵将平維茂に毒酒を飲ませたという伝説ゆかりの長野県戸隠で毒殺死体が発見された。早速、長野県警竹村岩男警部の捜査が始まったが、その直後、背中に矢を突き立てられた男女の死体が発見される。】

 文庫本で32ページに及ぶ長めのプロローグでは、社家の巫女と子爵令息の逢引きが憲兵に蹂躙される逸話から戸隠村の悲劇的な大火までが描写される。さらにこの地方の鬼女伝説に見立てた連続殺人が過去の怨念に帰結するという内容に、浅見光彦というヒーローものに邁進する以前の内田康夫の草双紙的嗜好を感じさせなくもなかった。
 「見立て殺人」というのは現実ではあまりお目にかかれないということで、小説世界の専売特許なのだろうが、山々に囲まれた信州の土着性に題材が符合してリアルではないがファンタジー小説として読ませるものはある。
 容疑者が浮かんではしばらくして前科が発覚するなど、およそかったるい部分も無きにしも非ずだが、おどろおどろしい因習劇に一貫されていないのは、捜査に東奔西走する竹村刑事の実直なキャラクターと内田康夫の資質なのかもしれない。


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