◎宿命

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◎宿 命
東野圭吾
講談社文庫


 昨年のミステリー小説界は東野圭吾に席巻されたらしい。
なるほど『容疑者Xの献身』は年間に発刊されたミステリー小説を格づける週刊文春「傑作ミステリーベストテン」原書房「本格ミステリ・ベストテン」宝島社「このミステリーがすごい!」の年末三大ランキングで首位を独占し、直木賞まで射止めてしまったのだから東野のキャリアとして2005年は華々しいものになったことは確かだ。
 しかし個人的に東野圭吾といえば『白夜行』と青息吐息で格闘した記憶があまりにも強烈で、当代随一の人気作家と知りつつもずっと敬遠してきた作家でもある。
 なぜ『宿命』を手にしたのかというと書店の手書きPOPに惹かれたからだ。
“タイトルに込められた真の意味。それは最後の10ページまでわからないのです……。”

 【高校時代の初恋の女性と別れなければならなかった勇作は、苦闘の青春を過ごし警察官となった。勇作の前に十年ぶりに現れたのは学生時代ライバルだった晃彦で、奇しくも初恋の女の夫となっていた。刑事と容疑者、幼なじみの二人が宿命の対決を果す。】

 ミステリーで最後のどんでん返しといえば古典的には「意外な犯人」「想像を超えたトリック」ということになる。クリスティ、クイーンからクロフツ、チェスタトンまで全部読んだわけではないが、後世に名を残す本格ミステリーとはそういうものだとの固定概念はある。
 ところが『宿命』について東野自身が語るところによると「トリックがあって犯人はこの人、という意外性だけの作品では物足りなくなった。ミステリーではないと言われてもいいから、そういう作品は避けて通りたかった」ということ。その主旨通り、なるほど最後の最後に痛烈なパンチをかまされた気分になる。
 “最後にどんでん返しがある小説”という前提で読み進めていたこともあり、クライマックスに差し掛かったあたりで、容疑者の血縁関係について「もしや」という予感が走ったのだが、まんまとその上を行かれてしまった。おそらく私の「もしや」などは二段落ちを仕掛けた東野の想定内のことだったに違いない。
 しかし決してその意外性で読者を欺いた作品でもない。逢坂剛『燃える地の果てに』、歌野晶午『葉桜の季節に君を想うこと』などは古典的などんでん返しの手法を超越して物語の構成そのものがトリックのような異色作だっただが、本作はそういう類ではなく、『宿命』というタイトルがより読者の脳裏に突き刺す効果を狙い、それはかなり成功したのではないかと思っている。
 ボウガンによる殺人や電脳式心動操作への関心はさほど湧かなかったのも、読み手である私の心に和倉勇作と瓜生晃彦という男二人のライバル関係というものがストーリーを超えた核として存在していた証左なのかもしれない。
 ややマカロニウエスタン的な因果話の後味がしたものの、最後の一行に僅かな友情の萌芽を感じさせ読後感も悪くない。

 それにしても、ちょっとした書評などと気取ってみたものの、私だけのノートにしたためる読後感想文と違って、恥ずかしげもなく不特定多数に発信されるネットの文章でミステリーを語ろうとするとき、内容についてどこまで言及していいやら悩みどころであるということを早くも痛感してしまった。

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