◎北の夕鶴2/3の殺人

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◎北の夕鶴2/3の殺人
島田荘司
光文社文庫


 吉敷竹史を主人公とする島田荘司のトラベルミステリー第3弾。
しかし内容はトラベルミステリーのイメージからは相当にかけ離れたものになった。それどころか『寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁』とも『出雲伝説7/8の殺人』ともまるで違う。

 【五年ぶりに、別れた妻・通子からかかってきた電話はただならぬ気配に満ちていた。警視庁捜査一課の吉敷竹史は通子を追って上野駅へ。発車直後の「ゆうづる9号」に彼女の姿を見つけたが、翌日、列車内で通子と思われる女の死体が発見された!】

 前作の感想で私はこう書いている。
「それでも『占星術殺人事件』『斜め屋敷の犯罪』といったゴシック調探偵小説の豊潤さと比べれば、探偵役の吉敷竹史に御手洗潔ほどのアクがあるわけでもなく、島田荘司という作家の本領とは別の成り立ちをしているのではないかという気はした」。
 別に御手洗潔と比較しても仕方のないことだが、主人公の匂いのなさは感情移入という点でも不満がなかったわけではないのだ。
 ところが『北の夕鶴2/3の殺人』では吉敷の描き方が180度変わった。前二作とも難事件ではあったし、それに立ち向かう職業捜査官としての苦労はあったとも思うが、この作品には男としての苦悩が前面に描かれている。
 今回の吉敷は事件との対峙も職業的使命ではなく、深手を負って死線の淵で喘ぎながら北の大地を這いずりまわっていく。命懸けで追う加納通子という別れた女に対する身を焦がさんばかりの情愛が、いつしか男としての自己証明ゆえの迷走へと変容していく様などは、孤高の美意識がよりハードボイルドの妙味に高まっていくようで嫌いではない。
 ただ、そのあたりのハードボイルド風味はクールでドライというより、かなりホットでウェットなので甘いといえば甘く、一歩間違えば志水辰夫の『背いて故郷』みたいになる危険性もあった。
 しかし、そこに時間限定サスペンスの要素をたんまりと盛ることで、ギリギリの線で読者を引きつける面白さを維持することができたのではないか。『異邦の騎士』を読むと島田荘司のサスペンス描写はなかなか卓抜で、私は大学生のときに読んだウィリアム・アイリッシュのサスペンスを思い出してしまったほどだった。

 とにかく時刻表と睨めっこする従来のシリーズよりも個人的には面白く読めたのだが、実をいうと、何を隠そう私はこの本の感想文を少々ひねた形で書き始めてしまっているのだった。
 この『北の夕鶴2/3の殺人』が島田マニアの間で取り沙汰される最大の由縁は、脱トラベルミステリー志向でも、吉敷竹史のイメージをかなぐり捨てたハードボイルド像でも、時間切れサスペンスの面白さでもなく、ましてシリーズの通奏低音となる吉敷と通子の物語の開始となったことではない。まさに驚愕の大仕掛けで不可能犯罪を作り上げた大トリックのケレンにあるのだ。
 その意味ではトラベルミステリーらしいそれっぽいタイトルは十分に変なのだが、『占星術殺人事件』『斜め屋敷の犯罪』の作者の手による、これはまさに島田ワールドの真骨頂だったといってもいい。

 夏の終わりに、私は池袋にある「光文社ミステリー資料館」で開催された島田荘司フェアに出掛け、そこで展示されていた“斜め屋敷”流氷館の模型をニヤニヤ眺めてはトリックの凄さに改めて唸っていたものだったが、その流氷館のトリックに匹敵するだけの仕掛けが、この三ツ矢マンションのトリックなのではないか。まったくこんな摩訶不思議な超絶事件に立ち会う羽目になった北海道警の牛越刑事には同情を禁じえない。

 それにしても、いかにもミステリー小説らしい「夜鳴き石」「義経伝説」「鎧武者」「心霊写真」といった小ネタの数々を伏線にして、よくぞ大トリックを作り上げたものだと思う。
 もちろん斜め屋敷も、今回の三ツ矢マンションも現実に実行することなど不可能に違いない。だから、あまりにも現実感がなさ過ぎるという評価は島田ミステリーの宿命になるのだろう。しかしバラバラ死体のアゾートも含めて、例え絵空事であってもこれを堂々とやってしまうのが島田荘司の凄いところで、この作家のエンターティメントへの飽くなき好奇心は素直に享受するべきなのではないか。
 とにかくハードボイルドであり、サスペンスであり、ある種のラブストーリーでもあるという大波乱をボロボロになってくぐってきた主人公へ、最後にこんな大難解のトリックを解決させるというのも過酷すぎる話で、トータルでバランスを欠いたという批判には、私もニヤリとしながら賛同することが出来る。


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