◎凍える牙

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◎凍える牙
乃南アサ
新潮文庫


 【深夜のファミリーレストランで突如、男の身体が炎上した!遺体には獣の咬傷が残されており、警視庁機動捜査隊の音道貴子は相棒の中年デカ・滝沢と捜査にあたる。やがて、同じ獣による咬殺事件が続発。野獣との対決の時が次第に近づいていた】

 ミステリーにおいて女流作家という言葉はもはや死語なのだろうか。死語であるならば、それは圧倒的な筆力でミステリーの枠にとどまらず文壇を牽引している高村薫、宮部みゆき、桐野夏生らの功績が大きいのではないか。いずれも年度のミステリーベストテンの常連ながら著作に直木賞をもたらせる豪腕の持ち主たちであり、数年前には女流であることを意識しないまま彼女たちの著作を何冊か愛読したものだ。
 彼女らが性差を感じさせない筆力の持ち主であるのだとすれば、やはりミステリーの枠から直木賞を受賞した乃南アサ『凍える牙』もまた最後まで一気に読ませる力を持っている。犯行に使われた発火装置の描写や捜査本部のリアルな描写など、ディティールの確かさでは前記の作家たちと同様の豪腕ぶりを感じることができる。
 しかし『マークスの山』や『模倣犯』が必ずしも女性作家による小説である必然性を感じさせなかったこととは違い、『凍える牙』は徹頭徹尾、女性の筆であることを意識させる作品ではある。「女流作家」は死語でも「女刑事」となると、それだけでひとつのフィクションは成立する。女刑事を描くということは事件に立ち向かうヒロインを描くことのようでいて、実は女刑事の目を通して警察という男社会を見据えるということであり、その視点が何よりも『凍える牙』を面白いものにさせている。

 音道貴子は機捜の刑事だが、男勝りというわけではなく声高なフェミニストというわけでもない。しかし男社会に揉まれることで、理不尽と不条理に怒り、悩み、諦めながら慢性的なストレスを抱いているというヒロインだ。その貴子と捜査で組まされるのが滝沢という叩き上げのベテラン刑事。この滝沢と貴子のそれぞれの心理描写が秀逸。
 女捜査官や女検死官は翻訳ミステリーやサスペンスドラマではすっかり定番になっているが、滝沢にしてみれば刑事は男の仕事であり、その領域に女が踏み込んでくることが我慢ならない。
 「常に危険と隣り合わせ、仕事もきつい。人間の暗部ばかりを見せられ、時間的にも不規則。咄嗟の判断力、行動力が要求される仕事であり、体力的に劣り、本能的に闘争心の弱い女には無理」となる。更に行動をともにするとなると「言葉にも気を使い、便所もその辺で済ますわけにも行かず、深夜の帰りには心配しなければならない」という面倒がつきまとう。おそらく読者は滝沢の言い分に大いに頷きながら、貴子が抱えるストレスにも理解を覚えるという不思議な心理状態になるのではないか。
 そのあたりの心理のあやに乃南アサという作家の非凡さがあり、この物語が女性作家によるものであることの妙な安堵感にもつながっている。

 ところが物語は貴子と滝沢の心理が交錯しながら、思わぬ方向に急展開する。捜査線上に浮かんだ“疾風”と名づけられたオオカミ犬の登場だ。タイトルの「牙」をありがちな比喩だと思っていたので、正真正銘の「牙」が出てきたのには正直驚かされた。
 その“疾風”が出て来たあたりから貴子は次第に滝沢とその背景にある男社会の呪縛から開放されたように生気を迸らせていく。
 とくに閉鎖された首都高速道路を疾走するオオカミをバイクで追跡する貴子との静かなチェイスは本書のクライマックスであり、一種のファンタジーだ。乃南アサの描写力の見せ所としてもページをめくりながら幻惑されるような陶酔感に誘ってくる。
 しかし、それでも貴子がオオカミに魅入られていく動機が男社会に生きる孤独感がもたらせた結果だとしてもいささか唐突だった感は拭えない。リアルな物語が突如としてファンタジーになっていくのは悪くはないと思うのだが、その貴子の心理の変遷だけには妙な男女の壁を感じてしまった。


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