◎人形はなぜ殺される

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◎人形はなぜ殺される
高木彬光
光文社文庫


 高木彬光最高傑作として名高い『人形はなぜ殺される』を漸く読んだ。ただし本作が高木彬光の最高傑作といわれていることは案外、長いこと知らずにいた。高木彬光については光文社のカッパノベルズの思い出と併せ5年前の『能面殺人事件』の頁で雑感を述べている。
 そして本書は同時期に中古本で購入したと記憶しているのでかなりの年数、放置していたわけだ。

【衆人監視の白木の箱の中から突如消えた人形の首。直後、殺人現場には、無惨な首なし死体と、消えたはずの人形の首が転がっていた。殺人を予告する残酷な人形劇。それは犯人からの挑戦状か!?神津恭介がアリバイトリックに挑む。】

 人形を小道具としたミステリはアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』があまりにも有名であるため、「人形=見立て=本格推理もの」というイメージがある。ただ高木彬光に関し、[読書道]で『羽衣の女』に出会うまで、中学生で『ノストラダムスの大予言の秘密』を読んだきりで本質的な知識は乏しく、江戸川乱歩、横溝正史の本格カテゴリーというより、松本清張的な社会派の作家だと思い込んでいた。おそらく角川春樹が『白昼の死角』を映画化したときの印象が強すぎたためだろう。
 『人形はなぜ殺される』は見立てトリック、入替えトリック、アリバイトリックに二度に渡る「読者への挑戦状」。バリバリの本格ものだった。そして二階堂黎人をはじめ後年の新本格派に愛され続ける「戦後本格推理小説の古典」(Wikipedia)といわれているらしい。ならば何故、中学の時に私のアンテナに引っ掛かってこなかったのだろう。
 一方で名探偵・神津恭介の名前だけは、テレビのサスペンス劇場で近藤正臣が当り役とする以前から知ってはいた。なんでも明智小五郎、金田一耕助次ぐ「日本三大名探偵」のひとりなのだそうだ。私には初めての神津恭介となる。
 この人物は刑事でも職業探偵でもない。本職は東京大学医学部法医学教室助教授。高身長の美男子で、6カ国語(英・独・仏・露・ギリシア・ラテン)を駆使し、ピアノの腕前もプロ級という設定だ。
 う~ん、高木彬光はあまりに非の打ちどころのないキャラクターを設定したものだ。推理作家は得てして自分の設定した名探偵に何らかの個性や特徴を描き込みたがるものだと聞く。経歴や外見は立派でも他者に対して唯我独尊的に性格が捻じれていたり、皮肉屋であったり、密かに劣等感を持っていたりと様々な肉付けをされるものなのだが、この名探偵は読者に愛されるキャラクターではなく、天才にして頭脳明晰、ステレオタイプの所謂ヒーロー然とした人物で、警視庁からの信頼も絶大で、事件捜査員も神津の推理に全面協力を惜しまない。
 ここまで完璧だと逆に「個性」ともいわざる得ないが、世界的な名探偵、エルキュール・ポワロはもちろん、シャーロック・ホームズ、フィロ・ヴァンスでも性格的には癖のある人物に造形されていたではないか。
 思うに「日本三大名探偵」と称されるわりに知名度が薄いのはその完璧さゆえではないかと思う。私が昔から神津恭介の名前に馴染んでいたのは、子供の頃から藤原宰太郎や中島河太郎の名探偵の紹介本を好きで読んでいたからに過ぎない。

 その神津恭介が最後の最終章近くまで犯人を見誤り、ミスリードされて翻弄される、最大の難事件と作中にたびたび謳われる怪事件が本作だ。
 モチーフとなるのは魔術。日常的にトリックで観客を騙し喝采を得る超一流のマジシャンが、その頭脳を駆使して計画犯罪のトリックを構築したら神津のような天才にも謎は解けないというのが発端の問いかけになっている。それはなるほどそうなのだろう。自慢ではないが、マジックショー番組で私は魔術・手品のトリックを見破ったことなど一度もない。しかしそのように言い切る高木彬光が、本作で考案したトリックに如何に自信満々であるかということでもある。

 読了後の感想を正直にいえば、私は神津恭介の体臭の無さで物語の膨らみを欠いたような気がしていている。そう私はあくまでも物語主義者なのだ。考案されたトリックがどれだけ素晴らしかろうが、それを第一義的な評価にしていない、いわばミステリ読みとしては邪道な読者を貫いている。魔術のトリック探求を放棄しているのと同様に、本格もののトリックの解明に血道を上げることを一切しない。だから本格探偵小説が幾重にも張りめぐらされたトリックが緻密であればあるほど、私の読書は迷走するという欠陥がある。よって作者による二度の「読者への挑戦」を辞退した甚だ不誠実な読者でもあるのだ。
 それでも『人形はなぜ殺される』に関しては、そのタイトルも含め、高木の巧みなミスリードに気持ち良く翻弄された読書にはなった。
 人形や金融、黒魔術への作者の蘊蓄披露は蛇足に思えたし、何よりも「古典」と称されるように明らかな文体表現の古さに途惑ったものの(神津恭介は大正9年生まれ)、文庫本のページを何度か遡って、トリックの伏線を確認する作業は楽しかった。
 驚くべきは第二の殺人におけるアリバイトリックなのだが、あゝ成程なと感心することもしばしで、探偵作家の凄味を十分に納得させられたので、神津のキャラに物語の膨らみが阻害されたと感じたことは、ある種の無い物ねだりではある。
 きっと金田一耕助だったらもっと面白くなっていた筈なのに、、、といったら故・高木彬光にはあまりにも失礼だろうか。稀代の「戦後本格推理小説の古典」にして、高木彬光の最高傑作だ。失礼に決まっている。



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