◎人体模型の夜

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◎人体模型の夜
中島らも
集英社文庫


 古本屋のワゴンセール。三冊二百円。中島らもの作品を初めて手にとった。正直、これが文庫であれ定価で売られていたとしたら手にとることはなかっただろう。何故なら中島らもという作家に対してはサブカル側のライターという勝手な決めつけがあったからだ。
 八十年代の浮ついたポップカルチャー全盛の時に二十代を過ごしながら、名画座めぐりなどで七十年代を追体験して過ごしてきた私にとっては、まず八十年代とは物事の本質からズレたところで軽薄に盛り上がりながら、それが「時代の気分だ」みたいに誇示された“嫌味な”時代だというのが持論としてある。
 中島らももそういう一群から出て来たキャラクターであって、コピーライター、ミュージシャン、劇団主宰者、落語台本執筆というサブカルらしいマルチな活動の中に小説家という顔がつけ加えられており、ましてアルコール依存症、大麻所持など生活破綻者のまま死んでいった人の創作を読む勇気もなかった。正直、手にとってしまったのは「読書道」にバリエーションが欲しかったというスケベ心もあったような気がする。
 集英社文庫の表紙は、昆虫の羽根を生やした金髪の少女が真っ赤な唇に白い歯を見せながら薬瓶のようなものを指差しているイラストで、タイトルが『人体模型の夜』。我ながらよくぞ3冊250円の3番目に選んだものだとも思っていた。
 ところが、はたして読み始めると直前まで抱いていた中島らものイメージが遥か彼方に吹っ飛んでしまったのだから、まったく先入観など持つものではない。同時にそうやって勝手な先入観のままに価値あるものを見過ごし続けて生きてきたのではないのかと恐ろしくもなった。

 【ひとりの少年が「首屋敷」と呼ばれる薄気味の悪い空家に忍び込み、地下室で見つけた人体模型。その胸元に耳を当てて聞いた幻妖と畏怖の12の物語。眼、鼻、腕、脚、胃、乳房、性器。愛しい身体が恐怖の器官に変わりはじめる…。】

 本書は通奏低音としてヒトの器官をテーマとした20ページ足らずの連作短編で構成されており、ジャンルとしてはホラーオムニバスということになるのだろう。
 短編が苦手な私がいうのもなんであるのだが、長編と違って短編小説はウィットとエスプリの効かせ具合こそが命脈だと思っているので、その意味では中島らも『人体模型の夜』は一級の作品だった。ある意味で筒井康隆『宇宙衛星博覧会』と匹敵する短編集なのかもしれない。プロローグから『邪眼』までは恐る恐るページをめくっていたのだが、続く『セルフィネの血』を読み終わった辺りから、本書に対する私の心構えを大きく軌道修正する必要を感じた。
 中島らもはアルコール、ドラッグの依存症患者であるため、こういう人の書くホラーオムニバスは幻惑的な精神世界の吐露と、シュールなアヴァンギャルドに走った文体に違いないと思っていたので、ここまでオーソドックスに手堅いプロットで構成してくる文体の持ち主であったことが何よりの驚きだった。確かに内容は破天荒であるが、常識の尺度を踏まえたうえで破天荒をきっちりと演出しているので破綻はなく、正真正銘のプロの仕事になっている。『はなびえ』『耳飢え』に至る辺りではすっかりこの連作短編の世界観にはまってしまったようだ。
 もともと恐怖とユーモアは綱引きの関係なのだろうが、その両者が間断なく引き合うのだからどの作品も魅力的であり、一寸の隙もないように思えてしまったのだから、中島らもの風体と逸話と肩書きだけで判断して勝手にサブカルの一群にしてしまっていた私の先入観を恥じねばならないだろう。


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