◎二度のお別れ

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◎二度のお別れ
黒川博行
創元推理文庫


 BOOK-OFFにて五冊まとめて購入。当初から目論んでいた黒川博行のまとめ読みをしばらく実行するつもりだ。少なからぬ意気込みがあって、まずはデビュー作から。

 【四月一日午前十一時半、三協銀行新大阪支店に強盗が侵入。四百万円を奪い、客の一人をピストルで撃った後、彼を人質にして逃走した。大阪府警捜査一課は即刻捜査を開始するが、強奪金額に不服な犯人は人質の身代金として一億円を要求、かくして犯人と捜査陣の知恵比べが始まる。】

 奇しくも誘拐を描いた作品が続いてしまったが、この『二度のお別れ』は24年前に単行本が刊行されたということで、歌野晶午が『世界の終わり、あるいは始まり』の作中で刑事にいわせた「被害者宅の電話機にテープレコーダーやら何やらをセットしたり、捜査本部との連絡用に別回線を引いたりしたのはひと昔前の話です」という台詞のままの捜査がこの作品では展開され、犯行の重要な鍵となった携帯電話も電子メールも当然出てこない。逆にいえば、この作品で繰り返し使われる電話ボックスなど今は街中でそれを探すほうが困難な状況にあり、この誘拐トリックも現代では実行不可能ということになり、それはそれで面白い。
 現実の科学捜査の導入が警察推理小説の形を変えたとは聞くが、インターネットの普及などアイテムの進歩は、それが恋愛物語であっても作劇に劇的な変化をもたらせたことだろう。そうなると「まだこの時代は携帯電話などなかった」という前提を承諾しておかなければならない。市井をさまよう人々の姿や社会風俗などは今とほとんど変わらないだけに少し不思議な気がした。
 そうはいっても『二度のお別れ』は、先端アイテムとは別の次元でこれが24年前のデビュー作であることは前提に読まなければならないとは思った。
 『疫病神』『国境』などと比べれば文章表現や台詞。展開のこなれ具合などに多分に若さが散見される。完成された作家をデビュー作から遡ろうとすれば仕方のないことだろうが、見方を変えれば楽しいことでもある。逆にデビュー作が『疫病神』だったら恐ろしすぎるというものだろう。
 しかしスネークプレビューではないが、白表紙で作者を伏せて本書を読んだとしても間違いなくこれが黒川博行作品であると言い当てることはできる。醗酵具合はまだ浅いが、こんなテンポは黒川以外にそうそう書けるわけはないと思うからだ。
 その黒川の世界観を評するときに「秀逸な大阪弁の会話」を挙げるのは、もう私も書き飽きたし、そういう書評を目にするのも食傷気味なのだが、もしこのデビュー作が東京を舞台にして標準語の会話だとしたら魅力は半減してしまうに違いない。黒川にとって軽妙洒脱な大阪弁を自由自在に操れるというのは大きな武器だとしても、作品を発表するたびに同じことを言われ続けるのではないかと思うと、それは才人ゆえの宿命であり、ジレンマとして諦めてもらうしかないのだろうか。

 さて主人公は物語の記述者でもある大阪府警捜査一課第六係所属の黒田刑事。もうひとりの亀田刑事はかん高いキンキン声を発し、童顔で背が低くころころとした体型から「豆狸」と「カメダ」を引っ掛けて「マメダ」と呼ばれている。この通称、“黒マメコンビ”が初期の黒川作品の名物シリーズになっていくということらしい。確か短編にもこのコンビが登場する一編があったように記憶している。
 その黒マメコンビの丁々発止のやりとりが笑いを誘い、ややカルカチュアライズされた上役の描写と合わせてユーモアミステリーの雰囲気を醸しているのだが、黒川本人は真面目に本格推理小説の線を狙っていたのではないかというフシも感じられる。少なくとも誘拐のトリックと意外な犯人という落としどころは十分に練られたものである。
 醗酵度が浅いと書いたが、このデビューから積み重ねていったコンビものが、あの『疫病神』にまで醗酵されたのだから、今こうして黒川作品と向き合うつもりでいる私にとっては興味津々で読んだデビュー作ではあった。


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