◎九月が永遠に続けば

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◎九月が永遠に続けば
沼田まほかる
新潮文庫


  “ホラー・サスペンス大賞受賞作!” “国内ミステリー第1位”という目立つ帯で平積みにされていた本が、Book-Offにもあったので買ってみた。どうしても安心感を得ておきたい私は「大賞受賞」や「第1位」という惹句に弱い。
 沼田まほかるという作家名はその平積みされた本屋で初めて知った。女性だという見当はつけられても新人なのかそうではないのかもわからないし、名前からの連想で不思議少女による不思議小説ではないかと嫌な予感もしないではなかったが、要するにまったくの予備知識なしで『九月が永遠に続けば』という題名の文庫のページを開いた次第だ。

 【高校生の一人息子の失踪にはじまり、佐知子の周囲で次々と不幸が起こる。愛人の事故死、別れた夫・雄一郎の娘の自殺。息子の行方を必死に探すうちに見え隠れしてきた、雄一郎とその後妻の忌まわしい過去が、佐知子の恐怖を増幅する。悪夢のような時間の果てに、出口はあるのか・・・。】

 わりと一気に読めた。著者経歴によると沼田まほかるは1948年大阪生まれ。この本が作家デビューで、発表されたのが2004年ということで、50半ばの遅いデビューということになる。文章もしっかりとしており、不思議少女ではなくて安心したが、主婦、僧侶、会社社長を経て作家になったという経歴からすると、不思議おばさんだといえなくもない。
 さて、一気に読めたことは読めたのだが、「ホラー・サスペンス大賞」受賞作というわりには、ホラーでもサスペンスでもないという読後感だった。
 物語は水沢佐知子41歳の一人称として「私」で語られる。確かに高校生の息子が突然失踪し、愛人がプラットホームから転落して死ぬという連続するくだりで、もしかしたら息子が犯人なのかもしれないという猜疑に囚われるのはサスペンスだし、元の夫が迎えた妻が狂気の果てに奇怪な肉塊を産み落とすのは間違いなくホラーのテイストではあった。実際、途中までは私もそういうカテリゴリーを感じながら読んでいた。

 息子がいなくなった経緯が「私」にとって何も前触れもなく、サンダル履きでゴミ出しに出てそのまま消息を絶つ。日常生活の当たり前の行為から始まったことの怖さはわかる。とくに、ふと時計を見て「帰りが遅いな、どこで寄り道してるんだろ」から始まって、やがて黒い不安が湧いてきて心当たりを電話する。この心理は十分にサスペンスフルだし、その描写もなかなか真に迫っていたと思う。
 眠れぬ一夜を過ごし、息子のガールフレンドの父親が大阪弁をまくし立てて執拗におせっかいを焼く煩わしさなど、「私」の中でストレスがみるみると膨れ上がっていくのもリアルで真に迫っており、さらに級友たちの証言が出てきて自分の知らない息子像が浮かび上がってくる過程も悪くない。ここまで一人称主人公と読者の思いは上手くシンクロしていたのではないかと思う。
 これも我が子が殺人者ではないかとの疑念に苦しむ親という設定ゆえなのだが、あそこまで心の闇を実験的に描いたものではないだろうと思いながらも歌野晶午の『世界の終り、あるいは始まり』を思い出す瞬間があった。またあの重く世界を覗き込むのかと。そういえばタイトルも『九月が永遠に続けば』と似ていなくもない。
 結果的には『世界の終り、あるいは始まり』の世界観とは次第に離れていき、安心したと同時にやや拍子抜けした感は拭えなかった。
 ホラーはともかくサスペンスではなくなっていく過程で、この小説から気持ちが離れてしまったのは残念だったが、この50代半ばの女性新人作家の書き味はそれほど嫌いではなかった。

 結果的に強いて読後のイメージをいえば、サスペンスやホラーの味付けが施された恋愛小説だったか。
 恋愛はインモラルで傍から見れば反社会的だと思われるものほど、当人同士の意識は純愛であることが多いのだが、それはあくまでも通俗的な概念に過ぎず、どうやら『九月が永遠に続けば』はその通俗に落ちて終わってしまったようだ。


 

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