◎メルカトルかく語りき

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◎メルカトルかく語りき
麻耶雄嵩
講談社ノベルス


 【 悪徳探偵メルカトル鮎と五つの難事件!!ある高校で殺人事件が発生。被害者は物理教師、死因は脳挫傷だった。現場は鍵がかかったままの密室状態の理科室で、容疑者とされた生徒はなんと20人!銘探偵メルカトルが導き出した意外すぎる犯人とは。】

 ミステリー小説は決して嫌いではないが、結論からいえば、私は決して「ミステリー読み」ではないことを痛感させられてしまった。
 ロジックだけで成り立っていくストーリーに夢中になれる人はともかく、私のように、人間の心理こそが最大のミステリーだとして、このジャンルにも確たるストーリーとドラマを求める読者にはつくづく不向きな本を手に取ってしまったようだ。
 この麻耶雄嵩という作家の『メルカトルかく語りき』は「日本推理作家協会賞」受賞。「本格ミステリ大賞」受賞。「ミステリが読みたい」第2位。「本格ミステリベストテン」第2位。「このミステリーがすごい!」7位。と、年末に発表されるミステリー大賞で軒並み高い評価を受けていたので、図書館に予約していた。
 こういう初めての作家の、読んでみなければ面白いのかどうかまったくわからない本は図書館で借りるに限る。タダであるという理由とは別に、返却日が設定されていることによって、この本を読む時間があくまでも有限であることが実は大きい。
 変な話、自分が買った本ならば、その本の所有者として読むか投げ出すかは自分の裁量ひとつだが、借りた本ならとにかく完読しなければという義務に似た思いがある。借りるときはまだしも、返却はどうしても負担に思うので、未読のままでは負担に徒労が重なってしまうものなのだ。これは過去に経験したことではある。

 さてこの『メルカトルかく語りき』という本は、『死人を起こす』 『九州旅行』 『収束』 『答えのない絵本』 『密室荘』の五編を収録した連作短編集だ。この一見哲学的なタイトルにどんな意味があるのかと思ったら、なんてことはない主人公の探偵がメルカトル鮎という人物で、シルクハットにタキシードという風体で助手の美袋を引き連れて、キッチュな事件現場に現れて独自の推理を展開していく。
 この場合、美袋がワトソン役で、もっぱら本作の記述者的な役割を果たしているのだが、メルカトルは自ら名探偵ならぬ銘探偵と名乗り、頭脳明晰で天才的な推理力の持ち主であるのだが、時には悪徳に手を染めることも厭わないとんでもないキャラクターとして存在する。
 ミステリー作家は誰もが自分の創造する探偵に独特のキャラクター付けを施すものだが、まずここで重要なのはこの主人公がまったく現実感のない、いかにも虚構そのものといった人物であるということだろう。当然の帰結として物語そのものも現実味の薄い虚構の色合いに包まれていく。こういうのは短編だからこそ可能なのだと思っているのだが、どうだろう。
 皮肉なことに収録中の『死人を起こす』 『答えのない絵本』の若者たちの何気ない日常描写は結構面白く読んでいたのだが、メルカトルが登場して推理ショーがはじまる途端に物語への興味に急ブレーキがかかるという変な読書になってしまった。

 それにしても、ロジックが突出したミステリーは文学というよりも数学的な才能が必要とされるようで私はいつもお手上げではある。
 もともと「フーダニット」(Who done it?)・「ホワイダニット」(Why done it?)・「ハウダニット」(How done it)の三要素こそがミステリーの醍醐味だといわれているが、どうしても数学の文章問題を突きつけられているような強迫観念を抱いてしまう。
 結局、数学的な定理を証明する作業に近く、もっと簡単にいってしまうと謎解きの推理クイズの類となる。いい例が「読者への挑戦」というメタ展開なのだが、私は作家から突きつけられた挑戦状に挑まずしても解答編で唸らせてくれればそれで十分満足だという軟弱な読者に過ぎないのだ。
 まずその前提がクリアされていないのだから、私が『メルカトルかく語りき』を楽しく読めるわけはなかった。何故なら麻耶雄嵩がやっていることは上記のミステリーの三要素を踏まえながらも、それを外しにかかるというアクロバチックな実験だったのだ。

 収録の五作品はすべて犯人が特定されないまま終わる。確実に殺人事件であるにも関わらず犯人が特定出来ないことを証明していくことに大半の推理が費やされていく。
 おそらくプロット好きのミステリー好きにはたまらない展開なのだろう。殺人現場に残された証拠や痕跡からメルカトルは巧みに隠されたトリックを見事に暴いていくのだが、それが結局真犯人には行きつかない。あるいは真犯人はわかっているのかもしれないが、敢えて犯人の名前は明かさない。まさに数学で証明出来ない定理を何故証明できないのだということを算式によって説明するようなもので、私についていける訳がなかった。

 

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